六.統括
熟練が口を濁していると宗と採、瑞が現れる。
「皆様。揃いましたな」
「宗様。採様、瑞様」
先人が気付き、頭を下げると三人も頭を下げる。宗が先人に声を掛ける。
「先人様。一日早くなりましたが、皆揃いましたので始めましょうか」
「よろしいのですか?皆様来られたばかりです。休まれても」
皆着いたばかりと気にする先人にその場の全員首を横に振る。それを見て宗が頷く。
「と言う事ですので」
「はい」
宗へ返事をして、ひとつ息を付く。瀧と目線を合わせ、頷き、皆へ向く。
そして深く頭を下げ、しっかりと顔を上げ、話し出す。
「皆様、遠い地よりお集まり頂き、ありがとうございます。本来ならば私が伺うべき処にも関わらずお越しくださり、感謝の念がつきません。此度、曽祖父・光村の意思により兵を出して頂き、命を長らえる事出来ました。兵達は無事に帰れたと聞き、心から安堵致しました。…」
話の最後に言葉が詰まったようになり、俯く先人に瀧以外の皆が怪訝な顔をする。宗が声を掛ける。
「先人様?」
「今後の事をお話ししたく存じます」
「!」
瀧以外の皆が驚いたように見つめる中、先人は覚悟を決め、話し出す。
「此度は皆様、曽祖父・光村の意思を尊重したに過ぎません。しかし私は今、宮中で皆様を統括する存在として周知されております」
「はい。そうでしょうね」
宗は頷き、答える。皆も各々頷く。先人も頷き、続ける。
「私は、そう思わせたいと思っております」
「それは、どういう意図で」
「綜大臣様も把握していなかった兵の存在、私に預けし兵よりもまだいるのではと思います。それは、国を二分する存在となり、脅威となる」
「はい」
先人の考えに皆頷き、宗が代表として受け答える。先人は強く見据え、続ける。
「ならば、私がそれを抑えられると思わせる、そうしたいと思うのです」
「何故?」
「大知光村と同じです」
皆内心驚きつつ、静かに先を聞いている。
「五大氏族は和乃国最大勢力。五か国すべての国が脅威となります。警戒した綜大臣様が一つ一つ潰そうとするでしょう。しかし、それを統括する者がいれば?五大氏族の誰でも無い統括する者が都に居ればそれは暗黙で国の兵となる」
五大氏族を統括したのは大知光村のみ。唯一ならば抑えられる。唯一は当主でも無い無位の者。手出しせず、適度に持ち上げておけば良いと都は、皇族は、綜大臣、綜氏らは警戒を緩める。そう主張する先人。他に意味があるとすれば、
「此度は私のため、いえ大知光村のために兵を出しました。そのため皆様どの氏族も脅威であると証明してしまった。それは危険です。私が、大知光村に代わり統括したと思わせておけば、都の、宮中の者らにこれは五大氏族の兵では無く国の兵であると思わせられる。そうしたいのです」
大知先人は皇子に仕えている。先人のものは皇子のものである。ならば、国のもの。五大氏族はかつての主のために兵を出した、忠誠のためである。しかし、本来は国のもの。唯一が主と、統括と思わせれば周りも納得する。皆は守られると強く伝える先人。
「先人様、何故ですか?何故我らの事をそこまで」
会った事も知らなかったであろう先人が何故そこまでの事をするのか宗は問う。皆もそう思っている。先人は強く伝える。
「大知光村の守りしものをすべて守りたいのです」
全員黙り込む。
「そして国を安寧に導き、いつの日か必ずその礎を築いた【忠臣】が居た事を証明したいのです。【忠臣】を在るべき処に戻したいのです。私はそれを成すために生きてきました」
先人は深く頭を下げる。
「勿論、皆様を下に見る事など在り得ませぬ。その力を己のものとして振るう事もありませぬ。ただ、そう思わせておくだけのこと。主君である宇茉皇子様にも、長之皇子様にもその事お話しておきます。お願い致します」
場が静まり返る。短いのか長いのかわからない静寂の中、頭を下げたままの先人の頭上から声がする。
「先人様」
「はい。宗様」
宗の声である。先人は頭を下げたまま返事をする。
「頭を上げてください。よく、わかりました。…光村様は正しかった」
「宗様」
頭を上げ、宗を見つめる。宗は先人を泣きそうな顔で見つめていた。すぐに元に戻り、皆を振り返る。
「皆様、どうですか?」
宗の問いに素早く動いたのは長老である綾武氏の長・熟練である。前ににじり出て先人を見つめる。先程の硬い感じも警戒する様子も無く、泣きそうな嬉しそうな表情をしている。佑廉も熟練の隣で泣きそうな顔になっている。感動しているのである。
「先人様」
「長老様」
「熟練とお呼び下さい。先程の無礼、申し訳ありません。九年前にお会いしたあの日から忘れた事など在りません。佑廉から話を聞き、何も変わっていないと嬉しく思っておりました。ですが、長老として、託す者に値するのか直に見極めたいと思い、あのような態度に。申し訳ありませぬ」
深々と頭を下げる熟練に先人は首を横に振る。
「いいえ。頭を上げてください。幼い私はものも知らず、失礼を働いたので怒っているのかと思っておりました。申し訳ありません」
「いいえ。まだ七つで在りました。それなのに何もかも出来過ぎて、心配になった程です。幸せだったと佑廉から聞き、嬉しく思いました。私も、そうです」
「熟練様」
心からそう思っていると言う様子を感じ取り胸が暖かくなる先人。
頭を上げて優しい表情になる熟練。
「よくぞここまで立派になられました。光村様もお喜び下さいます。先人様、古志の国綾武氏、従いまする。佑廉」
「はい。異論はありませぬ。…そういう事でしたか。素直では無いですね」
先人に礼をして熟練にちくりと一言言う佑廉。先程から腹立たしく思っていたので少し冷たくなる佑廉の目線を黙って受け止めている熟練である。
先人は二人に頭を下げる。
「ありがとうございます。熟練様、佑廉殿」
礼を伝え終わるとそれを待っていたかのように前に出る守氏の長・衡士と曽孫の護士である。二人共感動したと言わんばかりの表情をしている。
「先人様」
「守様、護士殿。様は、」
会った時の話を思い出してつい、遠慮したような口調になってしまう。筆頭、長老が認めたとはいえ、元皇族の方に敬称を付けてもらって良いのかと迷う様子の先人に衡士も護士も察して首を横に振る。
「いいえ。先人様、名を、衡士とお呼び下さい。守気の国・守氏。従いまする。光村様の目に狂いはありませんでした。良く、伝わりました。良いな。護士」
「はい。勿論です」
二人に真っ直ぐに見つめられ、先人は深く頭を下げる。
「ありがとうございます。衡士様、護士殿」
終わったと同時にすぐに声を掛けられる。次は、
「味の国味氏、従いまする」
味の国・味氏の長である溌と孫の航が前に出る。二人共泣きそうな顔で笑っている。
「味様」
「溌でいい。さっきはすまなかった」
素直に謝られるが、先人は首を横に振る。
「いいえ。悪意は無いとわかっていましたが、曽祖父様の事はどうしても、申し訳ありません」
「うん。そうだ。わかる。どんな者かと思っていた。会えば顔も似てないし、覇気も感じられなかった。光村様が我らにを使い次を託すに値するのか怪しいと思い、つい」
「祖父様」
また余計な事を言いそうになる溌を航が諫める。ばつが悪そうに黙る溌。
「はい。そう思うのも当然です。悪意はありませんが怒っているような気がしていました。似ている処があればとは思っているのですが」
「いや、うん。わかった。似ている」
「どこがですか?」
「気迫も中身もそっくりだ。師悟殿は正しかった。腹が立つが」
「?」
何故そこで師様と先人が思っていると、嫌そうな表情になる溌。
「補佐と言ってずっと光村様から離れなかった。腹が立つ」
「そうなのですか」
「うん。反乱で都に質に出て光村様の預かりとなった。次期当主として恥ずかしく無いようにと育ててくれた。厳しいが優しい人だった。で、師悟殿がずっとくっついていた。腹が立つ」
思い出し、更に嫌そうな表情になる溌に先人は気になった事を問う。
「曽祖父様は溌様の師匠なのですか」
「うん。ずっと一緒にいたかった。で、まあ、だから何というか複雑だった。すまん」
「…祖父様」
呆れたような表情をする航。先人は微笑む。
「そこまで曽祖父様の事を思っていて下さったのですね。嬉しいです」
「…そうか?」
「はい。曽祖父様程美しい方はいません。そこまで思っていて下さって嬉しいです」
「そうだな。あれ程美しい方はいない」
「はい。わかります」
二人思い耽っている。皆(若様)以外頷いている。瀧はかなり引いている。
「うん。良く分かった。先人様、貴方様は光村様を引き継がれた。真っ直ぐで清廉で高潔な思いを。それを思い知りました。味氏は貴方様に従いまする。航」
「はい。先人様、従います」
「ありがとうございます。溌様、航殿」
味氏の二人に礼を伝え終わると、最後に津の国・津氏の長である彊悟と孫の侠悟が前に出て頭を下げる。
「津の国津氏、従いまする」
「彊悟様、侠殿」
礼をして頭を上げ、嬉しそうな表情で先人を見つめる彊悟と侠悟。彊悟が噛み締めるように語る。
「父が居ましたら喜んだでしょう」
「師様には色々な事を教わりました。大陸の話も、そのおかげで今回居の国からも」
先人が思い出しながら話していると、侠悟が被さってくる。
「知識をあげてもそれを使いこなせなければ意味が無い。曽祖父様も喜んでいる」
「そうだと嬉しいです」
亡くなっていた事に寂しさを覚えながら小さく笑うと彊悟と侠悟も笑い返す。
「はい。きっと喜んでいます」
「ああ。きっと」
「侠悟」
「はい。従います。先人様」
最後に侠悟が丁寧に挨拶をする。先人が頭を下げる。
「ありがとうございます。彊悟様、侠殿」
「先人様」
宗に声を掛けられる。宗は、採と瑞を皆より前に連れて、先人のすぐ前に向かい合い座る。
「前当主様、採様、瑞様」
「名をお呼び下さい。青海の国筆頭御記氏、従いまする。良いな。採、瑞」
先人に柔らかい表情を向け、すぐに隣の採と瑞に声を掛ける。二人、頷く。
「はい。そのように。従います」
「従います。先人様」
「ありがとうございます」
採が頭を下げ、次いで瑞も頭を下げる。先人も深く頭を下げる。頭を上げるよう促し、宗は先人を見つめる。
「皆一致しました。お願い致します。先人様」
「はい。こちらこそ、お願い致します」
「ですが一つ訂正を」
「はい。何でしょう」
「皆様、構いませんな」
宗が振り向き、全員頷く。先人は怪訝な顔をするが、すぐに宗は先人に向き直り、真剣な表情で見つめる。
「振りではありません」
「それは」
「五大氏族を統括して頂きます。先人様」
「しかし、それは」
「皆様一致しております。光村様の守りしものをすべて守って頂きます」
「はい。必ず」
頷く宗に先人も頷き返す。そして瀧を見る。瀧は笑って頷く。
「では、これにて終了致します」
〔別室〕
話の後、一息付けたいと瀧が宗に伝え、別室に通される。現在は瀧と先人の二人である。
瀧は労うように先人の肩をもんでいる。
「良くやったな」
「うん。実はかなり震えていた。大丈夫だったかな、俺。瀧?」
「ああ。堂々としていた。お前は上に向いているよ」
いつも通りの瀧の様子に先人はほっとする。
「瀧が居てくれたから、ありがとう」
「…何言ってんだ」
「辛いのに、我がまま言って一緒に居て、今も、ごめん」
「我がままなどでは無い。もう、辛くない」
話の意図はわかる。だがそこに深く触れず、いつも通りに平然とする瀧に先人は少し振り向き、心配げに見つめる。
「本当か?」
「ああ」
「うん。ありがとう。瀧」
「何言ってんだ」
二人笑い合う。少しして、ふと、と思い出したように瀧が忠告する。
「ただ、まあ、余り人を誑かすのはやめろ」
「?何の事」
「五大氏族」
「そんなつもりは」
「わかっている。ただ、全員やられていたぞ。あれは。忠誠心が強いのは良いのだが、思い入れが強いと大変だ」
「話を真剣に聞いてくれていただけだって。曽祖父様の事を思ってくれているんだ」
「…」
先人の言葉を聞きながら吹の言葉を思い出す瀧。
『五大氏族はかなり重い』
「瀧?」
振り返りながら怪訝そうに見つめる先人に瀧はため息を付く。
「上の世代は、まあ、あれだが、下の世代は…」
「若様達?」
「…都に来ない事を祈る」
「何で?」
(とにかくこれで土台はほぼ固まった。次は…。しかし、あの男のどこが良いのか)
次の事を考えつつ、大知光村が五大氏族の中で色々違う事に複雑な思いを抱く瀧なのであった。




