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和乃国伝  作者: 小春
第一章 はじまり
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四.大知将軍

それからしばらくして…


〔渡来人の村のはずれ 鋭の家〕


 先人と瀧は少し離れた所に身を隠し、様子を伺っていると綜氏の使者が再び訪れる。

先人達は後で聞いたが、かなりの頻度で来ていたらしい。鋭は十数えた時から面倒になり数えるのを止めたが、使者とのやり取りを村人に見られていたので元々怪しいと噂になっていたのが更に広まり都まで届き、瀧の耳にも入ったらしい。  

 使者は鋭に迎い入れた際の給与、待遇など話している。


「我らの主がここまで申しているのです。今日こそはよいご返事を」

「断る」

 

 先人や瀧が聞いている限り悪くない待遇だ。それでもあっさり断る鋭に使者は後ろを見、控えている者らに合図する。皆、服の裾から何かを出そうとしている。


(武器だ)


 実力行使に出たか、と先人が判断し瞬時に動こうとすると、瀧に腕をとられる。こちらを見ずに小さく首を横に振る。(まだだ)と意思表示している。先人は本当に小さく息を付き、前を見る。鋭も気付いている。対峙する重い空気。

 そんな中突然、体格のいい男が現れる。


「これは、これは。宮中でお見掛けしましたね。確か、綜大臣の一族にお仕えする方でしたかな」


 鋭と使者の間を割って入った青年はにこやかな声を使者にかける。使者は割って入られ苛立ったが正体を知られていると驚き、相手を見ると、


「大知将軍」


 驚き、つい声を大きくする。男はにこやかな表情を変えず使者を見て答える。


「いかにも。大知佐手彦。大王より将軍の地位を賜っております」


 大知氏の噂があれど高位貴族。慌てて挨拶しようとする使者を手で制し、挨拶不要の意思表示をする。(計画が狂った)と内心吐き捨て居るように悪態を付く使者だが、表の顔を作り佐手彦に体を向ける。


「将軍ともあろう御方がこのような村で何を?」


 使者の問いに頷き、鋭を見て話す。


「お迎えに」

「迎え?」


 佐手彦の言葉の意味がわからず戸惑う使者。それを気にも留めず話を続ける。


「そちらの御方を我が大知の客人として迎えに来たのですよ。いや、少々手違いがありましてこちらにいらしたとは申し訳ない限り」


 鋭に頭を下げる佐手彦。使者は更に戸惑う。


「話が見えませぬ。どのような経緯で?」

「私も詳しい経緯は知らぬのですが、祖父が生前言っていたのですよ。居の国より頼まれていた御人がいると」

「!」


 使者は驚きの余り、声が出せない。明確に誰とは答えずとも国名のみを使う意味、それは恐らく、と使者は思い巡らしているが佐手彦は気にせず更に続ける。


「かつて交流があり、その縁で頼られたようです。内密にしてほしいとの事で。とても大切な御人だと。事情があり、いずれ国を追われることになるかもしれない。そうしたら面倒を見てほしい、とね」

「噓八百を」


 ついつい礼儀も取れ、ぽろっと本音が出る使者。慌てるが、冷静に頭を巡らす。


(あの【化物】が亡くなってから八年、そんな前からの約定を今更孫世代が叶えて何になる。既にあちら 

 の国でも忘れ去られているだろう。綜氏への当てつけか)


と思案し、嘘だと結論付ける。


「どのような理由でそのような偽りを申されるのかわかりませぬが、こちらは綜大臣様の意思ですぞ」

 

 身分を盾にやりこめようとする使者に笑顔を引っ込め目線を送る。先程と空気が変わる。


「嘘?何をもってそのような」


 重くなる空気に慌てる使者。一族の力が弱まっても兵を束ねる将軍、そう感じさせる圧を感じ慌てて言葉を直し、


「いえ、将軍には申し訳ありませぬが、祖父君は失脚し国を追われた者。何の力も無い。たとえ生前話があったとしても大王や綜大臣に何の御報告も無く」

「内密にとの事。我が祖父・光村は大連としてかつて外交も担い、わが国に来ていた他国の王族とも親しく交流していた。そこに国は関係ない。あくまで個人での関係である。文句を言われる筋もない。軽々に判断しては国同士の軋轢を生みますぞ」


 佐手彦の『国同士』、という言葉に怯む使者だが、なおも食い下がろうとする。


「しかし、」

「我が国の事情など他国には関係ない」


 佐手彦が強く声を張る。そして一転して柔和になり使者に顔を寄せそっと話す。


「現に我ら大知を頼ってきた。かつてのかの国の王と祖父・光村がどのような関係であったのか、そちらの主に聞いてみたらどうか?」

「いや、しかし」


 事実そこまで親しい付き合いがあったのかはわからないが、それを否定出来る材料も無い。冷や汗をかきながら何とか食い下がろうとする使者に、戦場でよく通る声で話す。


「勘違いなさるな。祖父が失脚しようが、我が大知氏は【連】である。それを忘れるな」


 言葉が出ない使者に、にっこりと笑いかけ、


「少々行き違いがありましたな。そちらの主によくお伝えください。ただし、内密に。外交問題になりかねませぬ。そうすると困るのはそちらでは?大知は内政には関われませんので。お気をつけて、お帰りください」


 悔しそうに帰って行く使者。ほっと息を付く鋭と影から見ている先人と瀧。使者が居なくなったと確信してから脱力する佐手彦である。





話は巌・先人・瀧の話し合いから遡る。


〔大知当主・巌の部屋〕


「と、いうことだ。やってくれ佐手彦」


 突然呼ばれ、突然状況等を聞かされ、頭が混乱している中で兄・巌に決定事項と言わんばかりに役割を聞かされ、思わず


「無理です」


 つい本音が出た。その途端に室内が重苦しい空気に包まれる。


「お前…」


 巌の地を這うような声に後退りする佐手彦。それでも気力を振り絞り、叫ぶ。


「ひっ…兄上、私は兄上を支え、国と大知を守る。その気持ちはいつまでも変わりありませぬ」

 

 佐手彦の叫びに冷静を取り戻す巌。何だかんだあっても信用しているのである。


「わかっている。では何故」

「私は戦場でも名乗りを上げ、正々堂々と戦っております。ですので、演技だのはったりだのが苦手なのです。わかるでしょう」

「叔父上、私からも頼みます」


 頭を下げ必死な様子の先人を見て、うっと呻る。甥であるが我が子の様に育てた存在から頭を下げられると弱いのである。情が深いのだ。


「先人…ってなんで瀧もいる?気配感じなかったぞ」


 巌の横にいる先人から少し下がった位置にいる瀧に驚く佐手彦。いつもの如く平然とした顔で佐手彦に視線を向ける。


「巻き込まれまして」

「色々ありまして」


 佐手彦の問いに色の無い声で返事をする瀧とそれに苦笑いしつつ補填する先人。その二人の様子を見つめて思う。


(瀧は昔から読めない。先人も毎回巻き込まれるとわかっている筈なのに何故付き合うのか)


 幼き頃からの二人を知る者として常々疑問に感じている。


(先人に向けるものと他の者らに向けるものが違うのだ。何か違う、けれど警戒する程のものも感じない、何だ? )


「佐手彦」


 巌の言葉にはっとし、正気に戻る。


「綜氏が我ら氏族にしたこと、忘れた訳ではあるまい。陳氏を動かし、我ら大知氏族を滅ぼそうとした、その屈辱と無念。その後の事もだ」

「当たり前です。忘れる訳がない」


 失脚した氏族、【化物】の氏族、大王の憐れみで残された氏族、多くの蔑む声と祖父により没落した者らの恨み、どれ程のものだったか思い出したくも無い。手を貸してくれる者もおらず、我らは的だった。

巌が更に語る。


「今では大臣として大王の側で権勢を振るい、思いのまま。これ以上力を与えてはならぬすべては大知のため」

「大知氏の再興に、その鋭という渡来人が役に立つと?」

「ああ。我らは内政には関われぬ。国内はともかく国外ともなれば情報は遮断される。それを手に入れたい」

「それが役に立つと」


 頷く巌。


「外交は代々綜氏が世襲していたが、光村の時代は我ら大知が掌握していた。時は経てどまだあれ(光村)の名は通用する。いざという時はそれを利用し、他国との繋がりをもって上に立ち向かうことが出来る。そしてかつての力を取り戻す」


 一端言葉を区切り、巌は先人を見つめる。


「そしてそれを継ぐは先人。すべては大知再興のため。頼む」


 佐手彦に強く語り掛ける。兄のその姿を見つめ、硬く目をつぶる。


「…わかりました」


 色々葛藤しながら承諾する。大知氏再興、それは一族の悲願である。次に繋げるためにもと悩みながら決断した。


「叔父上、ありがとうございます」

「では早速訓練しましょう」


 先人は笑顔で礼を言い、その横で平然な顔で言う瀧。


「は?」


 思わず素で返事した佐手彦に瀧は表情も変えず説明し始める。


「仮にも大臣の使者の前でいつもの口調で行くおつもりで?あちらの方が高位なのですよ。下手な対応をすれば氏族もろとも滅ぼす名分を作ってしまいます。非公式とはいえ使者なのですから頭は良いと考えます」


 さっさと捲し立てるように言う瀧に続き先人も語る。


「使者の対応を見ましたが、鋭殿に強く出られ怯みはしましたが冷静に見ていました。何度も来たという事も村で噂になっています」

「つまり、何だ?」


 話の意図がわかりにくく問う佐手彦に瀧が続く。


「怪しい者、という事で村から追い出されると算段していたかもしれませんね。毎回相手を追い払えていると安心させ、実はあちらの手の内」

「追い出されなかったら?」

 

 更なる佐手彦の問いに先人が続ける。


「それでも村の者らには疑惑は生まれていると考えられます。それでも追い出されなければ村の者らを質として脅しをかける」

「鋭という者は強いのか?直接仕掛けず外堀を埋める真似までするのは」

 

 他の氏族も高位であれば個で影を付ける。綜氏ならば精鋭を持っている筈、と言いたい佐手彦の様子を察して瀧が続ける。


「かつての影かもしれない存在です。そうそう手出しはしないでしょう。しかし、そう考えれば手強い。一枚も二枚も先を読まれるでしょうからこちらもあらかじめ訓練しておくのです」

「…わかった」


 暗に(訓練しないと出来ないでしょ? )と言われているのがわかる。表面的には丁寧に話しているように見せて無礼な物言いをする瀧にむっとするも話には納得する。が、佐手彦は思う。


(しかし、何故こうも引っかかる物言いと視線を我ら(先人以外の大知氏)に寄こす。昔から)


と瀧に会う度に感じる違和感に疑問を持つが未だに解消されない。


「叔父上、お手を煩わせて申し訳ありません。よろしくお願いします」


 演技等は元々の性質に合わないという己の気質もわかっていて敢えて自分をということなれば、仕方無い。それも大知氏再興のためと、当主に言われれば尚更だ。それでもこちらに気遣い頭を下げる先人(育てた甥)に落ち着きを取り戻す。先程の話でも状況を冷静に判断しどう動くかを考えている。甥の成長を感じ、覚悟を決める事とする。


「わかった。任せておけ」


 佐手彦がそう答えるといつの間にか消えていた瀧が部屋に戻ってくる。隙の無い動きに


(だから、いつの間に移動した)


 と心で突っ込んだ佐手彦に平然として服を突き出す瀧。


「服はこれで」

「は?」

「いつもの服装では侮られます。普段から高位には見られないのに。後、これを」


 小さな木簡もっかんも突き出す。*木で出来た短冊状の板。文字を書く。現在紙より主流。


「台詞を覚えてください。いつもの口調では相手にもされません。渡来人はあくまで我らの問題であると強く主張するのです。…大知光村の気高さをお持ちください」


 最後の言葉だけ嫌そうに言う瀧と目を輝かせ何度も頷く先人。先人は何故か祖父(光村)を慕い、瀧はまあ、噂等で嫌なのだろうと佐手彦は思う。巌は言わずもがな、であり目を閉じて暴れるのを我慢している。


「気高さ…というか碌に会った事も無いが、努力する」


 佐手彦は精一杯記憶を辿るが…やたらと顔立ちがいいただの口の悪い爺さんだったとしか思い出せない。妙に威圧感はあったなとか、立ち振る舞いに品もあったような等、とにかく記憶を振り絞りながら瀧に教えを乞う。

 瀧にかなり失礼な叱責と共に指導されている様子を巌は腕を組んだまま見ているだけ。巌曰く、(偽りは吹(瀧の父)の得意分野だ)とのこと。友なのに辛辣である。


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