四.筆頭との対面
〔青海の国・御記屋敷〕
門の前の兵に声を掛ける。
「都から来ました大知先人です。当主様と約束をしているのですがご確認ください」
「はい。お待ちください」
すぐに近くの使用人に話を通している。屋敷を守る兵であるのに穏やかな対応である。少しすると当主では無い方が出て来る。曽祖父様より若いが、高年の品のある男性が出て来る。
先人と瀧を見つめ、簡単な礼をする。先人と瀧は丁寧に礼を返す。
「初めてお目にかかります。御記前当主・宗と申します。以前は採と瑞が世話になりました。礼が遅れて申し訳ありませぬ」
優し気な口調だが、こちらを伺う様子を感じ、気を引き締める先人と
(頭。何か違う)
と内心愚痴る瀧。
「前当主様自らの出迎え恐縮です。大知先人です。此度の礼、遅れまして申し訳ありません。助力頂き、感謝してもし切れません」
「いいえ。こちらは光村様への筋を通したまで。その後は兵をお返し下さり礼を言います」
「それは皆様の兵です。曽祖父様への忠誠から私にお貸しくだされただけでしょう。曽祖父様との約束を覚えていて下さり、ありがとうございます」
先人が深く頭を下げる。宗は黙って見つめている。
「どれだけ時が経とうとも覚えていて下さった事、とても嬉しく、有難く思っています」
頭を下げたまま、心からの礼を尽くし話す先人をじっと見ている宗に、瀧は察する。
(見極めているな)
領国を治める者として正しい判断だが、初対面でこれは無いのではないか。兵は返したし、問題も起こしていない。先人を侮っていると感じ内心腹立たしく思っている瀧。
先人は頭を下げたまま真っ直ぐな言葉を伝え続ける。
「この度も無理を言い、皆様と会う機会をつくってくださりありがとうございます。本来ならばこちらから出向く処であるのにも関わらず」
誠意ある態度で接している先人だが宗の表情は変わらない。
「兵は皆様のものです。大知光村の意思で皆様に預けた国の兵です。私のものではありません。己のものなどとは微塵も思っておりません。ありがとうございました」
そうして最後まで伝えて、先人は宗と目線を合わせる。そして目を伏せる。
「…申し訳ありません」
突然謝る先人に目を見開く宗。瀧は察し、黙って見つめる。
「曽祖父様への忠誠のためとは言え、会った事も無い私に兵を出す事に思う処があったと思います。領国と氏族、民、皆様を巻き込みました。申し訳ありません」
「…それは、」
宗が何か言おうとするが、先人が続ける。
「この責は私が取ります。何があろうと皆様を守ります。それだけ、お伝えして頂けますか?」
再び深く頭を下げる先人。宗は静かに声を出す。
「会いに来られたのでは?」
「前当主様は疑っておられます。私は入るべきではありません」
「それは、」
「ですが、皆様が遠くから来られます。せめて礼を伝えたく思いますのでこちらで挨拶する事叶いましょうか?お願い致します」
頭を下げたまま伝える先人。瀧も頭を下げる。内心憤慨している。
(試すのはわかる。だが、やり過ぎだ。唯一を何だと…)
「なりません」
「いいえ。挨拶だけでもしたいと思います」
宗の言葉に先人は真っ直ぐに答え、座り出す。瀧も座る。
「お立ち下さい」
「いいえ。挨拶せねば曽祖父様に顔向けが出来ません。礼を失しては嘆かれます」
「そうでは無く、」
「挨拶して帰りますので」
「なりません」
先程から表情が一変している宗に気付かず、先人は座り続ける。瀧は面白そうにしている。
「父上。先人様と何を立ち話を…何を、」
「何をさせているのです」
先人が到着したと聞き、自身が会うと出迎えに行ったきり戻ってこない宗が気になり来た採と瑞が驚き慌てる。先人は座ったまま頭を下げる。
「採様、瑞様。お久しぶりです。こちらで挨拶だけでもと思いまして」
「何を言っているのですか。お入り下さい」
「祖父様、何をさせているのですか」
慌てている採と宗を問い詰める瑞。宗は表情を崩し慌てた様子を見せる。
「いや、そんなつもりは」
「主君を外に座らせるなど、光村様が知ったら嘆かれます」
「唯一を侮辱されるおつもりですか」
採と瑞が非難している中、先人は冷静に話す。
「採様、瑞様。此度の事、皆様を巻き込み申し訳ありません。せめてお詫びと挨拶だけでもと思いこちらで待たせて頂きます。終わり次第すぐに帰りますので」
「…父上」
「祖父様」
先人の言葉に採と瑞が静かに宗を睨みつける。それに内心頭を抱えながらふと、宗は思い出す。かつて同じ事をした御方を。
六十年近く前
『当主様、門の前に大連様が』
『何?』
門の前に座っていた男。大連・大知光村。
『大連様。何用ですか』
『国のため、力を貸して頂きたいのです』
『お入りください』
『皆様私を疑っておられる。入る事なりません。せめて話を聞いて頂きたい。ここで構いません』
『…古志の国の御方ですか』
『同盟国でも無い国と手を結び、共に力を貸して頂きたい』
『しかし、』
『皆様を巻き込みます。申し訳ありません。しかし必ず守ります。お願い致します』
幼き時分、初めて見た澄んだ目をした真っ直ぐな御方。頑として聞かなかった。同じ目を今、そう思い、先人に向かい合うように座り、頭を下げる。
「…申し訳ありません」
「前当主様」
「試す真似を致しました。」
顔を上げ、しっかりとこちらを見つめ話をする宗に先人は深く頷く。
「当たり前です。私は大知光村の曽孫と言うだけ。何の価値もありません。それなのにも関わらず兵を出して頂き、会う機会を設けてもらいました。本来ならば許される立場ではありませんのに。仁湖従妹叔母様の事も聞きました。皆様に申し訳無く、謝罪とお礼をしなければと思っておりました。機会をつくっていただき、心より礼を申し上げます」
「いいえ。兵の事はこちらが筋を通したまで。その後の采配、見事でした。津氏当主殿からも話は来ております。あの者の事は先人様には関係の無い話です。気になされる事はありません」
「いいえ。我が事です。すべて」
真っ直ぐに見つめる先人に偽りの言が無いと判断した宗は一つ頷き、手を差し伸べる。
「お立ち下さい。良くいらして下さいました。心より礼を申し上げます。先人様」
敬称を使われた事に戸惑う先人だが、宗の意を汲み、手を重ね、立ち上がる。
「それはこちらの言葉です。お会い出来、心より嬉しく思います。前当主様」
先人の言葉を聞きながら先程思い出した昔を再び思い出す。
回想・・・
光村は頭を下げる。
『皇統が絶えます。器ある方がいます。その方を次に、』
『真にですか?』
『偽りはありません。その御方こそ、この先に必要なのです』
『地方出身の小さな領地を治める皇孫のためにそこまでされますか』
『はい。国のため、いえ、我が事です。すべて』
光村の様子を見つめ、御記当主は手を差し伸べる。
『…お立ち下さい。その意受け取りました。力になりましょう』
『心より礼を申し上げます。祥様』
回想終わり・・・
(父(祥・御記氏先々代当主)と同じ事をした。するとは思わなかった。私が…)
また宗は黙る。先人は気づかわし気に見つめている。瀧は、
(…落ちたな)
良く分からないが何か向こうの琴線に触れたらしいと、瀧は察した。先人は声を掛ける。
「前当主様」
「いえ。光村様を思い出しました。かつて似たような事を仰っていました」
「そうなのですか」
「かつて、我ら御記氏の前に現れ助力を求めた時に同じ事を」
「嬉しいです」
「…はい。似ておられます。先人様」
「ありがとうございます」
(…様?)
宗の言葉に嬉しくなり、笑顔で返事をする先人だが敬称を使われた事に疑問を抱く。宗は先人の隣にいる存在に目を向ける。
「そちらは?」
「服織当主の子、瀧と申します。お会い出来、光栄に思います。以前、先人と共にこちらにまいりました」
「服織…。聞いております。その節は礼をいいます」
「いいえ。従っただけです」
「成程。瑞の申す通り、ですな」
「はい」
宗と瀧の話がわからず困惑する先人。宗は先人に目を向ける。
「門の前で長く話をし、申し訳ありません。お入りください」
「はい。ありがとうございます。早くに着いてしまいました。皆様は明日ですね」
「綾武様と味殿は来ております」
「そうなのですか。早く御着きで」
「待ちきれなかったのでしょう」
不思議そうな顔をする先人と
(成程。頭の言う通りか)
最初とは打って変わった柔らかい空気の宗に納得する瀧である。そもそも先人が帰る選択をしなかった事が答えだと今気付き、頷きながら宗に続く先人の後を歩く。*本質を見る目




