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和乃国伝  作者: 小春
第八章 とうかつ
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三.惚気

〔数日後・宮中〕


 いつものように瀧と宮中に向かう。今回は瀧は織部司に顔を出す用事があり、先人一人で宇茉皇子の元へ行く。特に仕事が無い時は書庫に籠る事が暗黙の了解らしく、先人と瀧も心得ているのでそちらに向かうと宇茉皇子と荻君がいた。礼をする前に宇茉皇子に声を掛けられる。


「先人、返事が届いている。御記当主殿からだ」

「ありがとうございます」


 返事が早い事に驚きつつ礼を伝える先人。五大氏族は基本的に都から通達された文などの返事は遅く、場合によっては出さない時もあるのだ。その事を理解している宇茉皇子が苦笑いしながら先人に文を手渡す。

 文を受け取る先人に荻君が不思議そうに見つめる。


「何故皇子様の処に?」

「私が頼みました。大知屋敷に御記様の文が届いたら大変な事になるので」

「そうだな。確かに。五大氏族筆頭から来たら大騒ぎだ」


 大知光村が統括していたとはいえ今の大知氏は光村を貶めている。何事かと騒ぎになるのは必定と考え頷く荻君。その考えを察し、先人は苦笑いする。


「それもありますが、荻君殿は聞きましたか?」

「ああ。大変だったな。簡単に言える事では無いが」


 前大王による本来夫人になっていないといけない大知仁湖と皇子の話。宇茉皇子から話を聞き、驚愕した荻君は先人を労わるように声を掛ける。その声色に先人は小さく笑う。


「はい。ですが出られました。二人穏やかに過ごせれば良いです」

「お前は優しいな」

「そう思っているだけです」


 先人と荻君の話を聞きながらふと、と気になった宇茉皇子が問う。


「先人、今の大知当主は五大氏族とは何かあるのか? 」

「仁湖様の時に反対の文が来て、それで」


 先人の様子を見て五大氏族の文を大知氏が受け取れば騒ぎになる他に何かあるのではと考えた宇茉皇子。先人の言葉で納得する。


「ああ、そうか。…好いた相手を忘れていないと言っていたが、まさか」

「はい。そのようです」

「…大丈夫か?」

「はい」

「?…まさか、そうなのか」


 荻君も察した。先人は頷き、宇茉皇子に目を向ける。


「皇子様、今拝見してもよろしいですか?」

「ああ。構わない」


 お言葉に甘えてその場で読む先人。読みながら驚いた表情になっている事に気付いた宇茉皇子。


「どうした?」

「集まると言っています」

「は?全員か?どこに?」


 先人の言葉に驚く宇茉皇子。荻君も驚き目を見開く。先人は続ける。


「青海の国、御記様の屋敷です。全員集まると。十日後、よろしいですか?」

「構わぬが、すごいな」

「はい。遠い国もありますのに」


 守気の国は北にあり、山の方なので海も川も使えず歩きのみ。舗装されていない山道なので辿り着くにも時がかかる。人によって平均七日から十日もかかる。津の国も海を使えるが遥か南。船で港を乗り継ぎながら平均七日から十日かかるのだ。そこからわざわざ来てくれることに驚き通しの先人である。

 宇茉皇子は考え込む。


「それもあるが、今まで集まった事が無い。大王や綜大臣が即位の儀や祝いに呼んでもまったく」

「曽祖父様のためです。曽祖父様に恥じぬよう話をしてきます」

「…そうか。わかった。三日でいいか?」

「はい」


 青海の国は都から半日程で着く。充分な時間を与えられ先人は深く頭を下げる。宇茉皇子は頷き、荻君は神妙な顔になる。


「五大氏族に直接会うのか。気を付けろ。気性の荒い者もいる」

「綾武様ですか?」


 宮中に行ったと聞いているので聞くと荻君に深く頷かれる。


「ああ。すごかった」

「そうなのですか」


 何故そこまで言うのか不思議に思う先人だが、もしや、と思う。しかし、とも思い、昔を思い出して見る。光村と、練と過ごした時を。


『先人殿』


 武芸を教えてくれる時は強い口調もあったが理不尽な事は一切言わなかった。動き一つぶれがあればその後の代償もしっかり丁寧に教えてくれ、それ以外は優しく接してくれたと思い浮かべる。光村の側に寄り添い、嬉しそうに語り合っていた姿も思い出す。


(曽祖父様と一緒に笑っていた事しか思い出せない。忘れているだけなのだろうか)


 更に思い出そうとしていると、瀧が入って来る。


「戻りました。…どうした?」


 先人の様子を見て思わず聞いた瀧。先人が困惑したような表情で瀧を見つめる。


「瀧」

「?」


 わからず困惑する瀧。



 

〔夕方・帰り道中〕


 今日は仕事も少ないので早めに帰る事となった先人と瀧。道中人気が少ない場所を選びながら今日あった事を話す先人。それを聞き、驚く瀧。


「え?来るの。全員」

「うん」

「当主達?」

「ううん。五大氏族の長で、曽祖父様と同世代の方々だから、先々代当主様か前当主様のどちらかで、後は佑廉殿や侠悟殿、同世代の方々が来る。だから二人ずつかな」


 御記当主・採の文の内容を話す先人。珍しく驚いたままの瀧。


「へえ。新旧の面子かすごいな」

「うん。すごい事になってきた」

「大丈夫か?」

「うん。お礼をしっかり伝えたいし、曽祖父様の話も聞けたらいいなって。若い頃の話とか。格好良かったのだろうな」


 思い耽る先人に瀧は遠い目になる。


「へー。礼よりそっちかお前は」

「違う。本当にお礼がしたいんだ。…瀧」

「うん?」





〔青海の国で集まる前々日・宮中〕


 いつもの書庫で宇茉皇子と荻君に挨拶をする先人と瀧。


「では皇子様、荻君殿。明日の朝早々に行ってまいります。三日後には戻ります」

「ああ。気を付けて」

「ああ。…服織も行くのか?」

「荷物持ちですので」


 荻君の指摘に当たり前と言わんばかりに返事をする瀧。


「ごめん。持ちきれなくて。皇子様は、大丈夫ですか?」


 瀧に謝りつつ、宇茉皇子に問う。宇茉皇子の護衛は荻君しかいないのだ。今までは良かったが先人が統括と言われている以上、主君となっている宇茉皇子も扱いが変わりつつある。何かあればと思い伺う。当の宇茉皇子は平然としている。


「この前と違い荻君がいるし、まあ、いざという時は妻か二の方様(祖母)の処に行く。大丈夫だ」

「荻君殿は奥に入れるのですか?」

「…特別にな」


 先人の問いに遠い目をする荻君。宇茉皇子は苦笑いをする。


「二の方様も楽しんでおられるからな」

「?」


 先人はわからず困惑するが、瀧は察する。


「ああ、成程。私は楽しめませんが」

「二の方様はお気に召しているのだ」

「変わったご趣味で」


 宇茉皇子と瀧の会話に更に困惑する先人。


「何の事ですか?」

「いい。先人。気を付けて行ってこい。早く帰れ」


 先人の問いに答えず、急かす荻君に聞いてはいけない空気を察して切り替える。


「?はい。皇子様、荻君殿行ってまいります」

「ああ。気を付けて」

「五大氏族には気を付けろ」


 宇茉皇子と荻君の言葉に礼をして、場を辞す先人と瀧。




〔翌日朝・青海の国へ行く道中〕


 箱をそれぞれ持ち、歩く先人と瀧。先人は箱を見てほっとしている。


「間に合ってよかった」

「先に染めていたのは驚いたけど」


 先人が刺繍をする前に染めていたのだ。さっき知り驚く瀧。


「師匠の住んでいた村に染色の職人の方が居て、前に見た時色が鮮やかで綺麗だったから。こっそり通って習っていた。親切な人で良かった」

「言ってくれれば良かったのに。手伝ったのに」

「俺は出征をしていたから休みをもらえたし、瀧は出仕だろう」

「どうとでもした」

「駄目だ。仕事」


 先人の真面目な言葉を聞かない振りをして瀧は話を変える。


「しかし、刺繡も一つ一つ違うのにしたのだな」

「曽祖父様が。五大氏族の詳しい話は聞かなかったけど印象を花に例えてくれた。その時優しい顔をしていたから。伝わればいいなって」

「そういうものに興味無さそうなのに」


 瀧は光村を思い出す。無愛想な圧の強い口の悪い男。花を好むとは思えない。そう心から思い、伝えると先人は嬉しそうに微笑む。


「うん。花の名前を聞いた時、わからないって言っていた。その後教えてくれた。たまたま花の書があったらしくて調べてくれていた。それで興味を持ったみたい」

「へー」


 遠い目になる。先人と自分との接し方の違いに違う人間の話を聞いているような気になる。実際は同一人物なのだが。

 瀧の様子に気付かず、前を向き更に嬉しそうに語る。


「本当にすぐに覚えていた。やっぱり頭が良くてすごい人なのだって思った」

「ほー」

「何を聞いても名前や由来や意味をすぐに言い当てて、素敵な人だなあって」

「はー」


 瀧の気の無い返事にようやく気付いた先人は顔を向く。


「瀧、どうした?」

「いや、延々惚気はきついと思って」

「惚気?」


 困惑する先人に瀧は何気に問う。


「どんだけ好きなんだ?」

「え。全部」

「…」


 無言になり速足になる瀧。


「あ、瀧。待って。どうした?」

「別にー」

「ごめん。嫌だったよな」


 歩調を緩める瀧。


「…そんなんじゃねーよ」

「でも」


 傷つけたと思い目を伏せる先人に瀧は首を横に振る。


「本当に惚気がきついだけ」

「惚気。なのか?」


 瀧の首を横に振る気配と言葉に顔を上げる先人。困惑している。瀧は深く頷く。


「うん。そう」

「…本当の事しか言ってないんだけど」

「うん。お前はそういう奴」


 呆れながら言う瀧。

 ふと、空気が変わる。


「…大丈夫かな」

「ん?」

「いや、少し緊張している」

「ああ、まあそうだな。五大氏族だし」

「それもあるけど、話を聞いてくれるかと思って」


 前を向いている先人だが、まだ十六。それが五大氏族の長らと若達に会う。重圧を感じていることを思い、瀧が明るく言う。


「兵を出してくれただろ」

「それは曽祖父様のため。俺は会った事も無いから」

「そのじいさんが認めていたから大丈夫だろ。主君の唯一に無礼な事はしないだろう」

「じいさんと言うな。うーん」


 それでも考え込む先人に瀧は更に明るく言う。


「少なくとも、長老様は大丈夫だろう。あちらの若様も、後津氏の若様も」

「うん。ここまで来てくださった。失礼の無いようにしないと。後、瀧」

「ああ。わかっている。しっかり話せ。何かあれば連れて逃げてやる」

「うん。ありがとう。そうならないようにしないと」

「大丈夫だと思うけど」


(叩き斬られるらしいし)


 瀧の思いを知らない先人はまた考え込んでいるのである。


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