二.光村の教え
綜大臣と央子が去った後、一息付く先人。
「大丈夫か?」
瀧が気遣うように見つめる。先人は頷き、宇茉皇子に向く。
「うん。大丈夫だ。…申し訳ありません皇子様。綜大臣と言い合いになり」
「よい。むしろよく交渉できたものだ」
「曽祖父様に教わりましたので」
宇茉皇子が感心し、笑みを向けると先人平然として答える。そんな中、荻君が気づかわし気に先人に声を掛ける。
「…先人」
「はい」
「大知の皇子の母は、お前の」
「はい。祖父の弟の娘様で、従妹叔母になります」
「…そうなのか」
驚きを抑えつつ納得する荻君に宇茉皇子が目線を向ける。
「荻君。先人は知らなかった。あの件の後、知ったのだ」
「皇子様は」
「知っていたが、内情が深すぎる。話せる事では無かった。皇族と綜氏、大知氏が絡んでいるからな」
「はい。わかっています」
仕えているとはいえ、主君の内情は国の根幹にも関わる事。そう納得し、荻君は頷く。
その様子を受け、先人は宇茉皇子に声を掛ける。
「皇子様。荻君殿は大丈夫です」
「…いいのか?」
「はい」
気づかわし気になる宇茉皇子に先人は頷く。瀧は首を横に振る。
「先人、それは」
「大丈夫だ。瀧。綜大臣も出すと言っている。そして公になる事も無い」
「…ああ」
若干不満だが先人の言葉に従い黙る瀧。荻君は戸惑う。
「先人、俺は、」
「良いのです。荻君殿。共に宇茉皇子様に仕える同士なのです。隠し事はなるべく無しで」
「…そうだな。お前が良ければ」
「はい」
荻君の返事に笑顔を向ける先人。宇茉皇子が補足するように話す。
「荻君。後で話す。いいか?」
「はい」
荻君の返事に頷き、宇茉皇子は先人に目線を向ける。
「しかし、綜大臣とよくあそこまで話せたな」
「曽祖父様が」
回想・・・
〔九年前 光村の家〕
いつものように光村から教わっている先人。光村は真剣な表情である。
『いいか先人。交渉で大切なのは情報だ。交渉前にどれだけ情報を集め、それをまとめあげ、己が有利になるよう話を持っていくか、それが重要だ』
『はい』
真剣な表情に真剣に答える先人。まだ七つで可愛らしい様子である。光村は続ける。
『淡々と話し、理詰めで交渉できる相手ならばそれで良い。雑談を交えつつ交渉する場合では相手の話の意図を理解しつつ話さなければならない』
『難しいですね』
言葉は大人だがまだ子どもである先人は想像が付きにくいがしっかり聞いている。光村は頷き、続ける。
『後は、威厳だな』
『威厳? 』
困惑する先人に詳しく説明する光村。
『力強く、圧を掛ける。その場に立ち、声、口調、立ち振る舞い、礼儀を守りつつその場を支配するように振舞う。どんなに頭が良く、話術が優れていたとしても威厳無き者では大きな交渉は出来ない』
『はい。それはどうやって』
『私が見本を見せる』
『はい』
光村の言葉に真剣に、しっかり見つめる先人。だが、
『…』
『…』
『…』
ただ見つめ合うだけで時が過ぎていく。先人は困惑する。
『…曽祖父様?』
『そなたにするのは…』
困った表情になる光村に先人ははっとする。
(子どもには出来ないという事か。曽祖父様、優しい)
先人は感動している。*光村は先人には出来ないししたくない。
気を取り直し、光村に強く声を掛ける。
『曽祖父様、大丈夫です。どうぞ』
『しかし、』
『大人の方にも睨まれたり怒鳴られたりしていますので大丈夫です』*罪人を出した氏族
『…は?』
ものすごく重い圧。先人固まる。
『は、すまない先人。大丈夫か』
正気に戻り慌てて先人を揺さぶる光村。
『は。はい。大丈夫です。わかりました。曽祖父様、頑張ります』
正気に戻り気合を入れる先人に光村は微笑む。
『そうか先人。で、その睨んだり怒鳴ったりした奴の氏族と名と人相は?』
『?』
少し空気が変わったのと声が少し低くなったような光村に困惑していると、
『先人?』
更に笑みが深くなる光村に何かが負けて
『…えっと、』
詳しく言った。
回想終わり・・・
「という事がありまして、曽祖父様程の威厳は出せませんでしたが」
思い出し、嬉しそうに語る先人に先人以外の全員が遠い目をしている。
「…そうか」
「…すごいな」
宇茉皇子と荻君が順に相槌を打つ。先人は笑顔になる。
「はい。曽祖父様はすごいのです」
それを聞きながら瀧は更に遠い目になる。
「…そいつら今頃消えているな」
「まさか」
笑顔のまま言う先人に皆また遠い目になる。
(自覚が無いのか恐ろしい。やはり唯一)
宇茉皇子と荻君は同じ事を考え、瀧は
(怖。)
と思っていた。*光村にしょっちゅう圧を掛けられていた瀧。
そんな中、宇茉皇子思い出す。
「…そういえば先人。先程の頼みとは?」
「はい」
〔その後・織部司〕
その後仕事をこなし、宇茉皇子の元から辞し、織部司に来ている先人と瀧。先人が何やら手を動かしている横で瀧が声を掛ける。
「で、ここで?」
「うん。ごめん。瀧」
「いいけど」
瀧の返事を聞きながら、顔を出した織部司の長であり瀧の父・吹に声を掛ける先人。
「服織様、申し訳ありません。突然来て勝手を言いまして」
「いやまったく。それをするとは驚きだが」
吹が驚く表情で見つめている。その先には刺繍。瀧が感心したように言う。
「お前、出来たんだな。刺繍」
「うん。曽祖父様に教わった」
先人の言葉に固まる瀧と吹。恐る恐る聞いてみる瀧。
「…出来たのか?光村様」
「子どもの頃手先が不器用だったから祖父様に無理やりさせられたって、困ってた」
笑いながら手を止めない先人。吹が横から感心したように言う。
「そうか。聞いた事が無いから驚きだが、上手いものだ」
「ありがとうございます。服織様。当分通っても良いでしょうか?」
「ああ。しばらくここは使わないからいいぞ」
「ありがとうございます」
先人がお礼を伝えると吹が優しい表情で頷く。それを見た瀧が鳥肌を立てているが先人は気付かない。
「親父、もういいから仕事戻れ」
「お前も手伝え。先人もまだいるだろう」
「うん。瀧も次期当主だし、仕事を覚えないと。ここはいいから」
「…わかったよ」
渋々頷き、吹に付いて行く瀧。
「じゃあ、早く来い。後ここでは長だ」
「はい。長」
空き部屋に入り、互いに態度を変える。頭と部下。吹が問う。
「で、何だあれは?」
「五大氏族に贈り物らしいです」
「…ん?」
困惑する吹。
回想・・・
〔宇茉皇子の元から辞する前〕
光村との思い出の話が終わり、宇茉皇子に頼みをする先人。それを聞き、戸惑う宇茉皇子。
「礼を言いたい?」
「はい」
「五大氏族にか?」
「はい。曽祖父様の意思とは言え、見ず知らずの私のため(綾武様以外)にあれだけの兵を出して下さった。礼をしたいのです」
「成程」
先人の言葉に納得し、頷く。先人は頭を下げる。
「申し訳ありません。こんな時に」
「いや。それはそなたのせいでは無い。色々重なっただけだ。そうだな。そなたもこれから統括する立場だ。交流するのも必要だ。しかし、すべて回るのは」
「はい。ですが、呼び出すのも失礼です。こちらが礼を言わなければならないのに」
「そうだな。で、どうするのだ?」
五大氏族すべての領国を回るのは難しい。長く都を離れなければならないし、統括する者が回っていたら妙な疑いをかけられかねない、そう懸念している宇茉皇子に先人は真っ直ぐに考えを伝える。
「御記当主・採様に文を書きます。意見をお聞きしたいと思います。私的に文を出してもよろしいでしょうか?」
「ああ。そなたは真面目だな。私的な文ぐらい」
「それでも疑念を持たれる理由をつくってはなりません」
「そうだな。配慮に礼を言う」
「そのような事、当たり前です。ありがとうございます」
回想終わり・・・
〔再び 織部司〕
「という事で」
「そうか、成程」
説明をする瀧に吹は頷く。瀧はため息を付く。
「先人は唯一の自覚が無いです。あくまで兵を出したのは光村様の指示。自身のためだとは微塵も思っていない」
「何故そうなった…。指示は勿論だが、綾武様や津様も他に伝えてある。才があり、光村様が自ら選んだ後継だと」
「本人には何も言ってなかったんですね」
「…こちらの誤りだ。成人したら伝えるつもりだったのだろう」
吹もため息を付く。伝えたいが、先人の父の友人という立ち位置のため難しいのだ。
瀧が気になっている事を問う。
「…五大氏族は先人の事をどう思っているのですか?」
「かなり重い」
「え」
「主を壊され、無為にされ、守れず悔いだらけ。それを救い、託した存在だ。重いぞかなり」
「悪く思われて無いなら大丈夫か」
「思う奴がいたら叩き斬るだろうな」
「怖」
光村は先人に弱いです。吹さんは表向きの立ち位置が難しいので直接助けたくても出来ないのです。




