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和乃国伝  作者: 小春
第七章 まこと
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十七.練との約束

これにて第七章は終わりです。少し長めでしたが読んで頂き、ありがとうございます。

〔宮中・綜大臣の執務室〕


 大王崩御から大将軍である先人の帰還、綾武氏当主の子の牽制と落ち着かない中、次の大王をどうするか考え込んでいた綜大臣に央子が深く頭を下げ、謝罪をする。


「父上、申し訳ありませぬ」


 項垂れた央子の様子を見つめ、綜大臣はため息を付く。


「目先の事だけに拘りこの結果を招いた。目先の利に囚われてはならぬ。今後の教訓にしろ」

「はい。ですが、」

「まだどうとでもなる」


 綜氏の力が削がれたのでは無いかと案ずる央子を察し、綜大臣は訂正する。皇族に血があり、大臣も揺らいではいない、援軍出征は央子が関係した事は下が知る事は無い。大王崩御についてもただの噂。そう一蹴する様子にほっとしつつ、もう一つの懸念を伝える央子。


「五大氏族は」

「今はどうにも出来ん。しかし、唯一は国を乱す事は望んでいない。真に主とするならば意思には逆らうまい。とにかく、次代をどうするか。そなたも共に考えよ」

「よろしいのですか?」


 もう一つの懸念も一蹴され、しかも重大な決定に関わる事を手伝えと言われ、央子は戸惑う。

 綜大臣は書簡を見つめながら淡々と述べる。


「今回の事は上のみの話。そなたは前大王が心配で進言した。それだけだ。先走ったのはあちらだ。それに」

「はい」

「目先の事に拘り過ぎる以外は、そなたの才を信じている」

「父上…」

「切り替えろ。さて、どうするか…」


 深く考え込む綜大臣を支えるべく、思案に耽る央子である。 



一方、その頃


 宇茉皇子からとにかく帰り、休むよう指示をされ、帰途に就く先人と共に歩く瀧。帰りの道中で瀧が前を向きながら先人に話しかける。


「お前、本当に自覚が無かったのか」

「うん。大切にされているとは思っていたけど【唯一】とは思わなかった」

「鈍い。鈍すぎる…。冷酷無比の大連、と言われていただろう。それがお前にだけ優しかった。それだけでも答えだろう」


 内心頭を抱えながら話す瀧に先人も前を見つめながら何とも言えない顔をしている。


「曽祖父様は最初こそ突き放していて言葉は少なかったけど悪意も何も無かった。向ける視線も態度も気遣ってくれていた。その後はずっと優しかったし、皆が言う噂なんて偽りだらけだと思っていた」


 優しく見つめ、色々教えてくれ、共に在った日々を思い出す。冷酷などと一度も思わなかった。噂など当てにならない。そう思っていた事をそのまま瀧に伝えるとため息を付かれる。


「あのなあ。噂でも少しは真が混じっている。真が混じれば信憑性が増す。そういうものだ」

「うーん」


 先人が呻る。わからないと言っているように。その様子に瀧が止まり、先人に向き、しっかりと見つめる。


「冷酷無比の大連、実際そう見えていた者らもいたって事だろう」

「確かに、国と大王を守るために手段は選ばなかったと」

「ほら、そうだろ。そんな中で大切にした存在がいた。だからお前は唯一なんだよ」


 瀧が主張するが先人は考え込む。


「五大氏族の皆様は?今も思って兵を出した。なら、曽祖父様の大切な存在じゃないのか?」


 大切に思われていた存在は自分だけでは無い。そう主張する先人に瀧は大きく首を横に振る。


「主君と臣下だろうが。臣下に対する思いと愛情とを一緒にするな」

「…愛情?」

「いや、悪い。その、身内として思っていたんじゃないかと」

「…」


 瀧の言葉に黙り、固まる先人。その様子に瀧は声を掛ける。


「先人?」

「そんな」

「ん?」

「そんなに私の事を…」


 感動している先人に瞬時に冷える瀧。*瀧は光村が嫌。


「…いや、一般論」

「は、そうだよな。うん。でも、そうだったら嬉しいなって」

「うん。お前はそういう奴。とにかく、そういう事。唯一はお前。以上」

「…」


 なおも考え込む先人。瀧は再びため息を付く。


「まだ引っかかるのか?」

「直接聞きたかったなって」

「上手く言えない人だったんだろう。ずっと国と大王のために戦乱の世を生きてきて情も何も捨てて走って来た人間がそんないい事言えるか?」

「瀧」

「大知光村はお前を思っていた。皆に【唯一】だと言っていた。それで充分じゃ無いのか?」

「うん。そうだな。ありがとう瀧」


 先人は嬉しそうに頷く。気持ち的には嫌だが、納得した様子にほっとする瀧。真剣な表情になり、話題を変える。


「…今回、五大氏族が動いた。大きく動くぞ」

「そうだな。戦いだ」


 唯一が周知されたならどうなるか、瞬時に悟る二人。瀧が問う。


「上に立つ覚悟は?」

「思ったよりずっと早かった。もっとかかると。でも、決めている。曽祖父様と約束した時から」

「そうか」


 頷く瀧に、先人は目を伏せる。


「瀧。ここで離れた方がいいかもしれない」

「先人」

「でも、居なくならないでくれ」


 真っ直ぐに見つめ、瀧に伝える。瀧は静かに見つめている。


「…」

「我がまま言ってごめん。今も昔も。でも、」

「離れない。そう言ったろ」

「瀧」

「俺はとっくに決めている。付き合うぜ、どこまでも」

「…うん。ありがとう」

「仕方ねーな。お前は」


 互いに笑う。先人は嬉しそうな哀しそうな顔をしている。それを見て、瀧は思う。


(離れた方が瀧は静かに穏やかに生きられる。そう思っているのだろうな。そうされたら俺は生きていけないのに)


 やはり何も聞かない優しい主君にどこまでも付いて行くと決めている瀧である。


 少しして、先人が思い出す。


「あ、佑廉殿に薬の処方を渡さなくては」

「ああ、綾武氏の若様。どこにいるんだ?」




〔都の入り口付近〕


 宮中で別れ、落ち合う約束をした場所に佑廉は古志の国の兵らと共に待っていた。先人がすぐに声を掛ける。


「佑廉殿」

「先人様」

「遅れてすみませぬ」

「いいえ。…服織殿も」

「はい」


 先人の謝罪に首を横に振り、瀧を伺う佑廉。津の国で別れた以来だが、どうにも疑惑が晴れないのだ。

 瀧は平然と、しかし丁寧な態度で接している。先人が処方を書いた文を渡す。


「薬の処方です」

「ありがとうございます」

「私の手跡で読めるかどうか」

「いいえ。綺麗な手跡です。…先人様」


 恐縮する先人に首を横に振る佑廉だが、すぐに声が少し低くなる。


「はい」


 察して返事をする先人。真っ直ぐにこちらを見つめる様子に佑廉は畳みかける。


「陳氏は」

「大丈夫です。違う方です」

「真にそう思われますか?」

「はい」

「あの者は、」

「荻君殿ではありません」


 先人の言葉で意図を察し、取りあえずは理解したと頷く佑廉。


「何かありましたらお知らせください。すぐに対処致します」

「ありがとうございます。…佑廉殿」


 佑廉の気遣いに礼を言う先人。しかしすぐに空気と表情が引き締まったものになる。それを見て、佑廉も気を引き締める。


「はい」

「この度は巻き込んでしまい、申し訳ありませんでした。曽祖父様の言葉があったとはいえ、兵を出すなど、五大氏族皆様の立場を危うくしました」

「先人様」

「責は取ります。皆様は私が守ります。大知光村がそうしたように」


 目を見開く佑廉。先人は真っ直ぐに見つめ、続ける。


「決して己のものと思っておりません。今回の事があったとはいえ、皆様の兵です。私心で使う事も利用する事も無いと、そう伝えてください」

「…」

「御記様にも伝えます。許されれば、皆様すべてに私から。長老様にそうお伝えください」

「…」


 黙り込む佑廉に心配になり見つめる先人。


「佑廉殿?」

「申し訳ありません」


 佑廉が深く頭を下げる。驚く先人。


「何がですか?」

「夢物語と思っておりました。曽祖父様からいずれ会う主君と聞いていました。ですが光村様が亡くなり、情報が入らず、月日だけが流れ、人は忘れ、変わっていくものと」

「はい」


 頷く先人。そうだろう、人とはと思っているのだ。佑廉は頭を下げ続け、続ける。


「ですがその時が来て、何一つ忘れていない様子を見て己が情けない。忘れ、変わるものも無いのだと思い知らされました」

「忘れた事などありません。成すために生きてきました」


 先人の静かな、強い言葉に頭を上げる事が出来ない佑廉。


「はい。疑っていた事、心より謝罪致します。申し訳ございません。先人様」

「いいえ。皆様も忘れていなかった。嬉しかったです。頭を上げて下さい」

「曽祖父様は忘れておりません。何一つ」

「?」


 忘れていないと言う佑廉の言葉に困惑する先人。佑廉は、ゆっくりと頭を上げ、先人と目を合わせ、真っ直ぐに見つめる。


「約束したと。私を側に置いてくれと」

「会った事は」


 無いと言おうとした先人に佑廉は一言。


「練」


 先人は目を見開く。佑廉は続ける。


「曽祖父の名は綾武熟練。光村様の処では練と名乗ったと」

「…」


 その言葉で、思い出す。練の言葉を。


『先人殿、もう少し大きくなりましたら私の曽孫をお側に置いて下され。きっとお役に立ちましょう。そのように育てますので』


「練様」

「はい」


 涙が出て来る。佑廉が慌てる。


「先人様」

「申し訳ありません」

「え」

「私は忘れていました。私も、そうだと思って。ですが、覚えていてくれたのですね。練様は」


(自分だけだと思っていた。皆忘れ、置いて行くものだと。だけど、そうで無かった…)


 そう思い、静かに涙を流す。そのまま佑廉を見据える。


「先人様」

「曽祖父様がいて、練様がいて。幸せな時間でした。ありがとうございます。そう、伝えてもらえますか」

「はい。必ず」


 先人を見つめ、佑廉は強く頷く。先人は笑みを向け、そして慌てる。


「後忘れていた事の謝罪を。いえ、私から文を」

「いいえ。大丈夫です。伝えておきます」

「ありがとうございます」

「いいえ。曽祖父様は喜びます。必ず」

「そうだといいです」


 泣き笑いになる先人に佑廉は優しく見つめる。


「はい。…では、これで戻ります。何かあれば鷹でも文でも」

「はい。ありがとうございます」

「必ず、対処致しますので」

「はい」


 何度か振り返り先人を見つめる佑廉に、先人は笑みを向け、見送る。

 瀧は複雑そうな顔をしている。



「…」

「瀧、どうした?」

「いや、また面倒な事に」

「ん?」


 先人が小さく問うが、瀧は首を横に振る。人誑しが、と内心悪態を付いているが、話を変える。


「長老が付けば敵なしだな」

「曽祖父様を思ってだ。その思いに恥じないよう前へ進むだけ」

「お前の事も思ってくれていると思うが」

「うーん。どうだろう」


 考え込む先人。瀧がじっと見つめる。


「…お前さ」

「うん」

「大事に思われているんだから少しは自覚を持ったらどうだ?」


 昔からそう。他者の好意に対してまったく気付かない。考えない。そういう傾向があるのはわかっていたが、光村の唯一すら自覚が無い、その事に心配になる瀧。

 瀧の言いたい事はわかるがわからない先人は小さく首を横に振る。


「瀧。俺にはわからないから」

「俺は?鋼は?」

「わかる」


 先人は頷く。瀧は続ける。


「光村様は?」

「うん」

「…叔父は?」

「うん。服織様も鉄様も鍛冶師の皆様もわかる」

「他は?」


 思いつくまま話していく瀧と先人。他と聞かれ、少し考える先人。


「宇茉皇子様や長之皇子様は良き方だと思う。荻君殿も。御記様の採様と瑞様も。佑廉殿も練様も。津の国の堅悟様も侠悟殿もわかる」

「身内(大知氏)では?」

「曽祖父様と…叔父上?」

「…大丈夫か?」


 事実、そうなのだが、あまりに淡々と答え、哀しそうな顔になる先人が心配になる瀧。

 先人はいつも通りになる。


「うん。気にしているだろうし、屋敷に戻る」

「…一緒に行こうか?」

「ううん。大丈夫だ。あ、先に鋼の処へ」

「…ああ。鋼の処は俺も行く」

「うん」


 嬉しそうな顔になる先人。それを見つめながら瀧は今後、いつ大知氏をどうするかいずれ頭と相談しないといけないと思案する。




〔服織屋敷〕


 鋼の処に行き、再会を分かち合い、その後それぞれ帰途に着く。先人は大知屋敷に、瀧は自分の屋敷に戻る。いつもの通りにすっと入り、父であり頭の部屋に行く。気配があり入ると既に吹が待っていた。


「戻ったか?」


 瀧を見る事も無く口を開く。瀧は向かいに座る。


「はい。先人も綾武氏も兵も皆、在るべき場所に」

「何よりだ」


 安心したような声色を出す頭に珍しさを感じる瀧。


「綾武氏も津氏も問題無さそうです」

「当たり前だ。どちらも会い、才を見込んだのだ」

「そこまででしたか。聞いておりませんでしたので」

「聞いてこなかっただろう」


 平然と言う吹を思わずといった風にじっと見つめる瀧。聞かなければ何も教えないやり方はどうかとも思うが自身の自業自得(光村の事)もあるので何も言えないのである。


(憎まないとは言われたが、恨んでいるのだろうな…)


 選択に後悔は無い。だが、父から主を奪ったのは確か。複雑な父子なのである。


(だが…)


 と思い、瀧が居住まいを正す。その様子に何かを感じ、吹は目を向ける。


「五大氏族が動きました。そして先人が周知されました」

「ああ」


 周知。五大氏族を統括する者、大知光村の唯一。沈黙は終わった。


(それはすなわち、)


 吹が思い巡らしていると、瀧が静かな声を出す。


「そろそろ、潮時かと」

「ん?」


 真っ直ぐに吹を見つめる。


「先人を、大連にします」


 目を見開く吹。


「出来るのか?」


 思わず、と言った風に声が出る吹に瀧はにやりと笑う。


「その前に余計な者らを取り除かないと」

「それも、出来るのか?」


 余計な者ら、その意味がわかり過ぎる程わかっている吹は瀧に問う。取り除くにはいくつかの問題がある。それをわかっている瀧が頷き、吹を強く見つめる。


「頭は?」

「当たり前だ。お前の覚悟を聞いている」


 手を貸すのは当然と暗に言う瀧を察しながら吹は覚悟を問う。瀧は平然としている。


「とっくの昔にそうですよ」

「そうだったのか」

「はい」

「なら、やってみろ。手が入れば直ぐに言え」

「承知」


 頭の許可を得て笑みを浮かべる瀧。


(あいつが約束を果たしたその時、)


『お前は唯一にはなれん』


(どうだか。吠え面かくなよ。大知光村)


ここまで読んで頂き、ありがとうございます。第八章はすぐに始めます。更新は水・土曜日にしていきます。よろしくお願いします。

第八章は五大氏族全員出ます。

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