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和乃国伝  作者: 小春
第七章 まこと
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十六.都への帰還

今日は連続で投稿しました。次で終わります。

〔青海の国・御記屋敷〕


 都での大王崩御の騒ぎが落ち着きつつあるとの知らせを当主の採が受け取り、先人に伝える。

 その話を聞き、御記屋敷で少しの間休ませてもらった先人と鋭、佑廉、兵らは都へ向かう事とし、挨拶をする。


「それでは、都に戻ります」

「はい。お気を付けて」

「ご無事で」


 先人の言葉に採と瑞がそれぞれ労わるように声を掛ける。先人と鋭が頭を下げ、佑廉も頭を下げるがすぐに上げ、笑顔で答える。


「私がおりますので、大丈夫です。宮中までお供し、こちらの意図を伝えて参ります」

「お願い致します。それと…」


 小声で採が佑廉に話をしている。それを耳に入れる事無く、見つめている先人。だが、ふと思う。


(…意図?)


 困惑した顔の先人が鋭を見つめる。鋭は『向こうに任せておけ』と言う意図で小さく頷くのみとした。


(本人に自覚が無いとは、これは私が言っていいものなのか)


 鋭は思案する。ほぼ部外者なのだ。光村殿と先人の事は。それも恐らく、と言う事なので伝えても良いか躊躇う。そう考えていると、先人は切り替え、改めて挨拶をしている。


「採様、瑞殿ありがとうございました。前当主様にもお会いしたかったのですが」


 まだ会ったことの無い前当主を思う先人。一度も礼をしていない事を気にしている。

 それを察しつつも困った顔になる採。


「父は、熟練様を抑えていますので」

「都で暴れたりなかったようで、祖父様が説得しております」


 瑞も少し困った顔になる。先人が帰還する文をもらった少し後に古志の国から鷹が来て、前当主の武練から父を止めてほしいと文が来たのだ。先人が帰還するにあたり、警戒が強まる事を危惧して釘を刺そうとしていた熟練の意図を宗はすぐに理解し、逆に危ういと説得しに古志の国へ行ったのだ。


 佑廉は頭を下げる。


「申し訳ありません。曽祖父様はこればかりは」

「わかっております」


 主君の事、それも思い入れが強い存在だとわかっている採は苦笑いをする。

 瑞もそれを思いつつ、先人に向き合う。


「先人様、困った事あらばいつでもお頼り下さい。力を貸します」

「瑞様、ありがとうございます」


 先人が礼を言うとすぐに佑廉も声を出す。


「私も、いつでも頼って下さい。此度は都でお別れですが、国は遠くありませんので。他の氏族らがうるさく言ってきたらいつでも綾武氏が対処しますので」

「佑廉殿、お気遣いいただきありがとうございます」


 佑廉に向き、礼を言う先人。二人笑い合っていると、瑞が入って来る。


「…御記氏も対処致します」

「いいえ。筆頭が動けば余計ややこしくなります。我らで良いのです」

「長老様が動くのも危ういのでは?筆頭が動いた方が早い場合もあります」

「いいえ。大丈夫です」


 瑞と佑廉、互いににこにこ笑いながら話しているが内心は互いに不穏である。先人は戸惑っている。

 それを見て、どこかで聞いたようなと思っている採が、ふと思いつく。


「…間を取って守氏でも呼びますか?先人様」

「え?」

「忠誠心が篤く、先々代当主の衡士様こうしさまは礼儀正しく良き御方です」


 突然守氏と言われ、戸惑う先人。

 それに瑞は叫ぶ。


「駄目です。我らより酷い」

「酷いとは?」


 戸惑う先人に佑廉が頷き、続く。


「光村様に忠誠心篤い御方と聞いています。曽祖父様曰く、熱苦しいと」


 瑞も深く頷く。


「私も聞きました。先々代が元皇族。聡大王(光村の最初の主)の末皇子で、武に優れ、将軍になる事を願っていましたが皇族から出すのはと難色を受け燻っておられた処を大知光村様が北の守りにと推薦し、臣籍降下して守気の国を治める事となりました。その事に深く感謝し、大知光村様のためなら命を捧げるとまで言っているのだと」

「そうなのですか。そこまで曽祖父様の事を」


 亡くなってもまだそこまで思っていてくれる存在が居る事に感動している先人に佑廉が待ったをかける。


「いいえ。とにかく熱過ぎると聞いています。採様、それはお止めください」

「忠誠心篤い者が側に居ればと思ったのですが。曽孫殿も良き方と聞いていますし。いずれ出仕も、」

「それは私が行きますので大丈夫です」


 出仕と聞き、手を上げる勢いで採に詰め寄る佑廉。瑞も一緒に詰め寄る。


「いいえ。私が、」

「瑞は駄目です。筆頭ですから」

「…」


 採に止められむくれる瑞。

 それを戸惑いながら見ていた先人。思った事をそのまま言う。 


「ですが、守様が忠誠を捧げたのは曽祖父様で、私では無理ですよ。万一頼んだとしても断られます」

「それを聞いたら自害しますよ」

「まさか」


 採から自害と言う言葉を聞き、驚くが、それは無いと小さく笑う先人。

 だが、次の瞬間、全員真剣な表情で黙り込み先人を見つめている。(鋭以外)


 それに困惑する先人を鋭は見つめ、一言。


「やはり恐ろしいな五大氏族は」




 それからしばらくして、青海の国で採と瑞に別れを告げ、都に帰還する先人。佑廉も共に来る。

 古志の国から連れて来た少数の兵は都に入り口に待たせておく。


 先人らが都の中に着くと、最初に感じたのは静けさ。

 どこの屋敷も家屋も店等も閉め切り、静かである。大王が崩御したのだ。都中喪に服すように閑散としている。

 崩御であるから当然なのだが、古志の国との違いに戸惑う佑廉。


「…静かですね」

「凱旋と言っても戦はしていないし、大王崩御が伝わっている。当たり前の事です。行きましょう。佑廉殿、師匠」

「はい」

「ああ」


 そして宮の近くに来てから先人と佑廉、兵らは兵の出で立ちでは無く軽装となり、青海の国で用意してもらった喪服に身を包む。鋭だけ着ていない。鋭は先人を見つめる。


「私は、身分が無いので入れない。先に戻っている」

「はい。ありがとうございました。師匠」

「佑廉殿、先人を頼みます」

「はい」


 鋭の言葉に先人と佑廉は頭を下げる。鋭は佑廉に向き、後を任せる事を告げる。その返事を受け取ると大知屋敷に戻っていく。

 先人はそれを見届け、わずかに残っていた都からの兵に指示を伝える。


「宮中に入ったら皆は、軍部の方へ。後は大知将軍の指示に従うよう」

「は」


 先人は門番に声を掛ける。


「綜大臣様からの使者の言葉により、津の国から戻りました。大将軍の命を受けた大知先人です」

「はっ。綜大臣様より伺っております。出立時の儀式を行った部屋に来られるようにと」

「わかりました」


 門番の兵は慌てつつ、綜大臣からの伝言を伝える。先人の扱いについて話が大きくなっている事を察し、佑廉は小さく笑い、前へ出る。


「綾武氏当主の子・佑廉と申します。我が主を無事に都に戻すため共にまいりました。曽祖父の意思でございます。宮中に入る事、お許し下さいますか?」

「わかりました。すぐに確認をします。おい、」


 門番の兵が更に慌てて、近くに居た交代に来た兵に言伝を頼んでいる。それを横目で見つつ、先人が佑廉に小声で話す。


「佑廉殿、大丈夫なのですか。今は皆喪に服しているとはいえ宮中で名乗りをあげるなど」

「だからこそです。私に手を出す事は最大勢力を敵に回す事。出来ますまい。先人様を守る事にもなりますゆえ」

「お気遣い頂き、申し訳無いです」

「いいえ」


 佑廉が小さく首を横に振ると、言伝を頼んだ兵が戻って来て、門番の兵と話している。ややして、


「どうぞ。共にお入りください」

「礼を申します」


 門番の兵が迎い入れると、にっこりと笑った佑廉が礼を伝え、先人を促し、共に宮中に入る。

 先人と共に居るため案内の者は無く(誰もしたがらないが)、綜大臣の元へ行く。

 佑廉は落ち着いた様子で周囲をそれと無く見ている。


「成程。宮中とはこういうつくりですか」

「はい。昔から何度か改修しているそうですが形は大体変えたりせずそのままだそうです」

「そうですか。…先程の場所から左に、奥…」

「どうかしましたか?」


 佑廉が小さく独り言を言っている。気になり聞くが、先人を見つめ、にっこり笑う。


「あちらには、小さな倉庫があるとか」

「長老様にお聞きしたのですか?はい。あります。ほとんど使われていないそうですが」

「それも残っていましたか。良かったです」


 先人は戸惑い見つめるが、佑廉は微笑んだまま歩いている。

 その後すぐに目的の部屋に辿り着く。部屋の前に居る兵に一礼して、部屋の中に向かい、声を掛ける。 


「綜大臣様、大将軍・大知先人戻りました。帰還の挨拶に参りました」

「古志の国綾武氏当主の子・佑廉、主君と共にご挨拶に参りました」

「入られよ」


 二人で入ると此度も綜大臣が一人で待っていた。

 部屋に入り先人と佑廉が跪き、礼をする。


「大知先人、戻りました」

「綾武佑廉、ご挨拶致します」

「面を上げられよ」


 二人顔を上げると


「良く戻られた。大将軍。それから、綾武氏の、佑廉殿。初めましてですな。綜茉子と申す。大臣を拝命されておりまする」


 柔和な顔で帰還を心から喜んでいるように見える様子で労わる綜大臣。それを見た佑廉は微笑みながら内心冷たく見据えている。


(…油断も隙も無い。演技がお上手だ。己を良く見せる事に長けている。曽祖父様の言っていた通り、か)


 佑廉の綜大臣への悪意を感じつつも、先人は剣を綜大臣に掲げ、頭を下げ、礼をする。


「預かりました剣を、お返し致します。成果を上げる事叶わず、申し訳ありません」

「いいえ。急な事でした。海を越える前で良かった。戦中に呼び戻す事など困難。この後は屋敷に戻り、ゆっくり休まれよ。その後は、宇茉皇子様の元へ戻りなされ」

「はい」


 労わるように優しい言葉と口調の綜大臣に返事をし、更に頭を下げる先人。その様子に頷き、佑廉に向く綜大臣。


「佑廉殿は」

「先人様を無事に送り届けた後、国に戻ります。此度はご挨拶もかねて参りました。対面叶い恐縮です」

「こちらも、うれしゅうございました。熟練様や先代、当代の当主様方によろしくお伝えください」

「ありがとうございます。綜大臣様も、我らの思いを酌んで頂ければ幸いと思います。それは五氏族の総意でございますゆえ」

「…わかっております。総意に反せぬよう監視したいと思います」

「安堵致しました。これで安心して国に戻れます。万一あればいつでも」

「はい」


 穏やかだが、内心は警戒と牽制が混じった会話である。綜大臣は佑廉を見て思う。


(若いが、すべて見通し、その上で我らを牽制している。主君に害をなす者らを出すなと。五大氏族長老の血は伊達では無い。他の若い世代も同等の器ならばこちらが危うい)


 佑廉も綜大臣を内心で見据えている。


(無理な出征を命じておきながら謝罪も無い。あくまで前大王の暴走。だから自身に罪は無いと。唯一を甘く見ている)


 ぴんと張りつめた空気だが、すぐに霧散する。改めて先人と佑廉が礼をし、場を辞する。


 部屋を出て、少し離れた人が少ない処に行き、ほっと一息付く先人と佑廉。


「大丈夫ですか。佑廉殿」

「はい。きっちりと釘を刺せたのでしばらくは大丈夫です。何かあればお知らせください。鷹はありますか?」

「鷹は、無いです」


 首を横に振る先人に、佑廉が笑顔を向ける。


「そうですか。では、我らから送りますので連絡はそれで」

「よろしいのですか?そんな大事な」

「はい」


 笑顔のままの佑廉に頭を下げる先人。


「何から何まで助けて頂き、ありがとうございます」

「いいえ。主君のために尽くすのは当然ですから」


 佑廉の言葉に困惑する先人。


(大将軍の任は外れ、今はただの大知氏で、身分なら綾武氏が上。兵は曽祖父様(光村)の意思で五大氏族が恩を返す、筋を通すために出した。佑廉殿は長老様の意思で津の国に来た。津の国でも堅悟様と侠悟殿がかつての乱の恨みも無く迎え入れてくれた。恨みは無いとも言っていた。曽祖父様の唯一とは…。青海の国でも採様と瑞様の様子が前(第三章)と少し変わってたように思う。…何故?曽祖父様への忠誠のため?…主君とは?)


 改めて色々混乱している先人である。

 そうしていると、声を掛けられる。


「先人」

「宇茉皇子様」

「よく戻った。無事なようで安堵した」

「はい」


 帰還を喜ぶ空気と口調で話しかける宇茉皇子に先人も笑顔で答える。その様子にひとつ頷くと、佑廉に目を向ける。


「そちらは?」

「宇茉皇子様でしょうか。お初にお目にかかります。綾武氏当主の子・佑廉と申します」


 先人が紹介する前に挨拶をする佑廉。笑顔を向ける様子に宇茉皇子は不穏なものを感じるが、気にせず優しく対応する。


「綾武氏の。宇茉皇子だ。此度は先人が世話になったな。礼を言う」

「いいえ。それはこちらの意志ですから。皇子様に礼を言われる事などございませぬ」


 空気が変わる。先人は佑廉の真意を察し、言葉を出そうとするが宇茉皇子が目で制する。それから向き直り、笑顔のまま答える佑廉を静かに見据え、思う。


(礼は不要、か。笑顔が上手だ。綾武殿(熟練)を見ていなければ気付かなかっただろうな)


 佑廉に笑顔を見せ、話を続ける。


「綾武殿には世話になった。礼を伝えておいてくれ」

「礼、ですか。曽祖父様は皇族の方々のお言葉など恐縮してしまうので受け取られるかどうか。一応伝えてはおきます」


 皇族から断固として何も受け取りたくないという真意を見せつつ丁寧に話す佑廉に更に笑みを深める宇茉皇子。


「それはすまない。では文を書こう」

「最近目が悪いので読めるかどうか。申し訳ありませんが」

「そうなのですか?ならば目に効く薬草で薬を煎じます。大知氏特製で曽祖父様に教わりました」


 佑廉が断る意思を出すと、先人が声を出す。口を挟む事は止められていたが、力を貸して下さった長老様の事につい、出てしまったのである。*本質を見る目は嘘は見抜けない。悪意殺意があるかのみ。

 先人の言葉に、佑廉が先程から見せる笑顔と違う笑顔を先人に向ける。


「それは、曽祖父様も喜びます。ありがとうございます」

「いいえ。こんなものでお礼にもなりませぬが。あ、でも煎じてすぐが良いので作り方を書いたものを渡しますがよろしいですか」

「はい」


 心から喜んでいる様子の佑廉を見つめ、こちらの話を続けようとする宇茉皇子。


「目が悪いのならそなたが文を読んでは貰えないか?」

「皇族の方が書いたものなど読めるでしょうか。自信がありませぬ」


 瞬時に表情が変わり心から恐縮している様子を出すが、宇茉皇子は気付く。


(読む気が無いな。これは)


 そもそも文を受け取るのかも怪しい。そう考えていると、先人が佑廉に笑顔を向ける。


「皇子様の手跡は見事なものですよ。私の字の方が読めるかどうか、丁寧に書きますのでご容赦ください」

「そのような事はありません。津の国でも拝見しましたが見事なものでした」

「良かったです」


 心から安心した様子の先人に佑廉は笑みを浮かべている。宇茉皇子はそれを無言で見つめている。


(やはり先人が唯一であり、主…)


 改めて認識し、この先どうするか思案する宇茉皇子。すると、


「無礼だぞ」


 荻君が出て来る。宮中に綾武氏が来ている話が届いていたので、荻君は宇茉皇子から少し離れているよう言われていたが、先程からの佑廉の宇茉皇子への態度に我慢出来ず出て来たのだ。


 先人は荻君を見つめ、頭を下げる。


「お久しぶりです」

「ああ、先人。久しぶりだな。無事で良かった」

「ありがとうございます」


 久しぶりの再会に二人挨拶を交わすと、佑廉が不思議そうに見つめる。


「先人様、こちらは?」

「私の護衛です。忠誠心が強いので、礼儀をわきまえず申し訳ありませぬ」

「ですが、この者は皇子様に対し物言いが」

「よい」


 すかさず宇茉皇子が対応する。先人には何も言うなと言う目線をまた送る。先人は察して黙るが、荻君が止まらない。それを止めていると、佑廉が怪訝な、冷たい顔になる。 


「…どこの氏族ですか?そこまで言われるのならばさぞ良きお血筋なのでしょうね」


 その言葉に場が凍る。佑廉は最大勢力の一つである古志の国綾武氏の若なのだ。故に自身に反論する者などほぼいない。それに噛みついて来る者は容赦はしないと言う意志で相手を見つめる。

 先人が何かを言おうとすると、別の声が話しかける。


「兄上。荻君、どうした?」

「長之皇子様」


 宇茉皇子と荻君の後ろから現れる長之皇子。供の者はいない。こっそり抜けて来た様子である。先人を見付けると目を見開き、笑顔になる。


「先人が戻ったと聞いたので。無事でよかった」

「ありがとうございます」


 先人が礼をする。長之皇子はそれを見て頷き、隣にいる佑廉を見つめる。


「そちらは?」

「こちらは、綾武氏当主の子・佑廉殿です」

「そうか。長之皇子だ。此度は世話になったな」

「いいえ。…荻君?」


 先人が紹介すると、佑廉にも笑みを向ける長之皇子。それに宇茉皇子に向けたような笑みを向けると、先程の名前に引っ掛かる。曽祖父・熟練が言っていた事を思い出す。


『光村様には罪など無かった。微塵も私心を持たず、大王に忠誠を捧げたというのに。あやつは、誰よりも近くにいてわかっていたのに、決して赦さぬ。陳新鹿』


 時折、苦しそうに吐露している曽祖父・熟練の姿。

 そして、五年前も。


『陳氏が渡来人を?こちらに付けと。どこまで愚かな』


 文を叩き付けている熟練。震え、憤怒を抑えている姿。


『生き残った?当主の子が?皇子の庇護を受け生き残ったと。大知氏には、光村様には何もせず、そのせいで先人様は…。ふざけるな。名は…』


 戦が終わり、陳氏は滅んだ。しかし、生き残りがいると知り、不問となったことに憤っている。光村様には手を差し伸べる事もしなかったのに、陳氏には差し出す。それに強い怒り、憎しみ、それよりももっと深く強いものを見た。


 生き残った当主の子の名を引き絞るように言う。


『陳荻君』


 思い出し、声に出す佑廉。


「陳荻君殿、ですか?」

「…そうだ」

「庇護した皇子とは、宇茉皇子様でしたか。成程」

「共に納得している」


 認める荻君と先人も承知していると伝える宇茉皇子に笑みを深める。


「五大氏族を手中に収めたかったのですね。だから見向きもされない大知氏より、生き残りの陳氏を助けたと。かつて文武に長け情に篤かったと評判の高かった陳大連の血筋を」

「…そんなつもりは無い。再興を助けたいと思ったまで」

「慈悲深い事です。それは良い事をされていますね。曽祖父様にお伝えしておきます」

「それは恐らく知っている。宮中で会ったからな」

「そうですか。では、失礼致します」


 これ以上は話す事も無いと態度で示し、去ろうとする佑廉を先人が引き止める。


「佑廉殿。少しお待ち頂けますか。薬の作り方を書いた文を渡したいのです」

「都の入り口で待っております。綾武氏からの兵と共に」

「ありがとうございます」

「いいえ。では後で」


 先人の言葉に柔らかく丁寧に答え、場を去る佑廉。

 気まずくなった空気に長之皇子が謝罪をする。


「…兄上、申し訳ありません。荻君もすまない」

「いいえ。いずれはわかる事です」

「大丈夫です。…綾武氏は、恨んでいます。いえ、五大氏族すべてでしょう」


 宇茉皇子は首を横に振り、荻君は佑廉が去った後を見つめ、思い出す。御記氏にも言われた事を。


(筆頭、長老がそうならば残り三氏族も…)


 深い恨み、憎しみそれより遥かに強い、それを思い荻君はため息を付く。その様子を見つめ、切なくなる先人。


「津の国で話を聞きました。皆様、曽祖父様に恩があると。それで」

「わかっている。曽祖伯父の罪だ」


 仕方無いという風に頷く荻君。

 話を変えるように宇茉皇子が改めて先人に声を掛ける。  


「先人」

「はい」

「改めて言う。無事で戻り何よりだ」

「はい。ありがとうございます」


 礼を言い、深く頭を下げる先人に長之皇子も声を掛ける。


「兄上も私も動いていたのだが大王の独断が強く止められなかった。すまない」

「いいえ。それはどうにもならなかった事です。大王が大知氏を警戒していたのですから」

「どうにもならず、兄上と共に奥から祖母を連れてくる処であった」

「え?」


(祖母…。一の方様と二の方様)


 察して目を見開き見つめる先人に宇茉皇子が慌てる。


「長之皇子様」

「それ程心配していたと言う事だ。良かった」


 長之皇子の話を聞き、皇子二人に向かい再び頭を下げる先人。


「ご心配をおかけしました」

「いや」


 宇茉皇子の返事を聞いた後、伺うように見つめる先人。恐る恐る聞いてみる。


「…あの、大王が崩御されたと。突然の事で、何があったのですか?」

「詳しい事は?」

「はい。…賊に襲われ、その後胸の病でと」

「そうだ。綜大臣が采配をした。独裁が過ぎたのかもしれん」

「…そうですか」


 確信は出来無いが恐らく、と察する先人。それともう一つと、考えている。

 宇茉皇子は淡々と話を続ける。


「皇族も貴族も混乱している。次代が決まっていない」

「大王に皇子は」

「それは無い。それは認められないのだ。綜大臣が認めない」


 先程の一つとは、従妹叔母・仁湖の産んだ朗皇子の事。それを伝えるがすぐに否定される。


「では」


 先人が長之皇子を見つめる。綜大臣が推すのは恐らく、と言う事をわかっている宇茉皇子だが、現段階では何も言えないと首を横に振る。


「まだわからない。綜大臣が迷っている。いや、当初は決めていたようだが予想外な事が起こったからな」

「五大氏族を統括出来る存在が誰に味方をしているか、それで迷いが出たのだ」


 宇茉皇子の言葉に続き、長之皇子も説明する。その話に疑問を抱く先人。


「誰ですか?」

「は?」

「…そなただろう」


 先人の問いに、長之皇子が思わず素で返事をし、宇茉皇子が戸惑いながら先人に伝える。

 先人は首を横に振る。


「私ですか?いえ、兵は曽祖父様が五大氏族の皆様を動かし用意してくださっただけで」

「光村殿がそなたに与えた。これは、証明だ。そなたが光村殿の、忠臣の唯一なのだ」

「…え?」

「「「え?」」」


 先人の困惑した様子に長之皇子と宇茉皇子、荻君が戸惑った声を出す。


 そこに、瀧が入って来る。


「先人」

「瀧」

「戻ったようだな。良かった」

「うん。ありがとう」


 何とも無いような再会の言葉を交わし合う二人だが、互いに分かり合った空気で見つめ合う。その空気に周りは少し不思議に感じたが、すぐに元に戻る。


「随分見かけなかったな。瀧」

「先人が居なくなったら寄り付かなくなって」


 宇茉皇子が瀧に声を掛けると、追随して荻君も言う。瀧は平然としている。


「こちら(織部司)の仕事が入ったのですよ。次期当主ですから。これは、長之皇子様」

「ああ、何度か祖母や母の処で会ったな。直接声を交わすのは初めてだな。よろしく頼む。服織瀧」

「光栄の至りでございます。それで、どうされたのです?」


 入った時から空気がおかしいと感じていた瀧が問うと、宇茉皇子がすかさず声を出す。


「先人がおかしい」

「は?」

「?」


 瀧が困惑し、先人も困惑していた。


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