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和乃国伝  作者: 小春
第七章 まこと
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十四.帰還命令と先人の策

それから数日後、都から帰還命令を携えた使者が正式に津氏の屋敷に来た。


「大将軍、大王崩御により、戦は取りやめることとする。都に帰還するように」


 老年の落ち着いた様子の使者の読み上げに、礼を持って答える。


「大知先人。拝命しました。急ぎ、都に帰還致します」

「それから」

「はい」

「兵は都から来た者らのみとし、後は解散させよと綜大臣の命でございます」

「拝命致しました」


 使者は先人の返事に満足そうに頷く。が、空気が重く感じてもいた。先人と共に礼をとる若き兵ら。その一人が、


「使者殿」

「…兵が大臣の使者に直に声掛けとは。大将軍、どういう教育を」

「古志の国綾武氏当主の子・佑廉と申します。此度は曽祖父・熟練が先の大王に無礼を働いたとか。曽祖父様に代わり、お詫びいたします」

「綾武氏…いいえ。綜大臣様も不問とされました。お気になさらず」


 佑廉の挨拶を聞いた途端、使者の声が小さくなっていく。

 そこで先人らの近くに津氏当主の堅悟と共に立ち、聞いていた侠悟が出て来る。使者の前なのでいつもの着崩した格好では無く津の国の礼服をしっかりと着こなしている。


「使者殿。来られた時に挨拶をしました。津氏当主嫡男・侠悟です。此度は都よりの使者、真にご苦労様です。都も大変だと思います。綜大臣様にもお伝え下さい。津氏も唯一に従うと。よろしいか?」

「な…」


 使者は無礼と言いかけ、気付く。ここは、津の国。反乱を起こした氏族。五大氏族の地。そして、当主の子らの言葉。決して、子供の言葉と断する事は出来ないと。


(大知氏に手出し無用、綜大臣様に対する牽制か)


「…承知致しました。必ず、お伝え致します」


 そう言うしかない。それ以外の答えは無用なのだ。

 使者は先に戻ると言い、去って行った。瀧も、そっと出る。先人に目線を送り、頷く。先人もまた、小さく頷いた。

 先人は堅悟と侠悟の処に行き、礼をする。


「堅悟様、侠悟殿、ありがとうございました」

「いいえ。お会いできて光栄でした。前当主である父もお会いしたかったと思うのですが」

「そういえば、見かけませんでしたが何かあったのですか?」


 出征の事で頭がいっぱいだったが、津氏は当主の他に前当主がいる。五大氏族の津氏の長である。それを思い出し、いなかった理由を問う。何か問題が、と思っているとそれを察した堅悟が首を横に振る。


「いえ。そうではありません」

「山に入っている」


 侠悟が平然と答え、困惑する先人。


「…山?」

「祖父様は自然を読む事に長けている。雨や雪がいつ降るか、どのくらいの規模か、それで土砂崩れがどこで起こったか、どの規模かとか、山を眺めてその空気が変われば様子を見に行く」


 侠悟が遠くを見ながら説明する。それを聞き、先人は驚く。


「すごいです。それで今回も、」

「ああ。兵を出す少し前に突然雨が降って、で、土砂が崩れたと聞いて真っ先に向かった」

「それは大変です。大丈夫なのですか?」


 土砂崩れと聞き慌てる先人だが、堅悟が冷静に話す。


「はい。幸いにも規模は大きく無く、幾人か助けに送りました。それで充分だと」

「良かったです。ですが幾人かいても力が必要では?私に回して頂き、申し訳ありません」


 災害の方に手を回さなければならないのに、と考えている先人に、堅悟は首を横に振る。


「いいえ。父は、強いのです。大岩を砕いたり、熊と遭遇して倒したりと、年齢を重ねてもとにかく強いので、常に動かしていないと気が済まない。今回もほぼ一人で救助していたそうです」

「前当主様は、そんなにお強いのですか」


 更に驚く先人に、侠悟が自慢げに言う。


「怖いくらい強い。だが、情に篤く世話焼きで、今回のように土砂崩れなんか起こったら真っ先に走っていき村人らを助けたりしているから皆から慕われている」

「素晴らしい方ですね。前当主様は」

「ああ。尊敬している」


 先人と侠悟が二人笑い合う。堅悟も優しく見つめる。

 そんな中、黙って聞いていた佑廉が声を出す。


「私の曽祖父様も祖父様も父上も皆強いですが」

「五大氏族の長老に恥じぬ、威厳があり強き方です。光村様と共に戦い、内政の方も共に成されていたと聞いています」


 堅悟が思い出すように話す。先人はそれを見て問いかける。


「お会いした事が?」

「大分前です。侠悟がまだ幼い時に」

「そうですか。前当主様にも長老様にもお会いしてみたいです」


 心からそう思い、話す先人に佑廉が自慢げなる。


「曽祖父様にはお会いしています」

「え?」


 気になり聞こうとすると、侠悟が声を出す。


「そういう事だから当分出てこないだろう」

「そうですか。前当主様にもお礼がしたかったです。伝えておいてくれますか?」

「ああ」


 先人の言葉に頷く侠悟。堅悟も頷く。


「亡き祖父も父も、光村様を尊敬しております。祖父と光村様との約束は必ず果たさねばといつも聞いております。今回の件も問題ありません。我らは、唯一を後押ししますので」

「 ? はい。ありがとうございます」


 満足そうに頷く津氏当主・堅悟にやはり戸惑う先人である。


(瀧はそのままでいいと言っていたが、唯一とは?)

*先人は己が光村の唯一であるという事を知らない。肝心の光村が言っていないため。光村は先人の前だと威厳も語彙力も吹き飛んでしまうので、肝心な事を伝え忘れていた。


 堅悟が先人を見つめ、静かに問う。空気が少し張りつめたものに変わる。


「…それで、兵はいかがしますか。先人様」

「?勿論、お返しします。都から連れて来た兵は私が。佑廉殿が連れて来た兵も共に。その後はお返しします」


 問いの意図がわからない。当たり前の事を聞かれ、その通りに答える先人。侠悟と佑廉も静かに見つめている。

 堅悟が更に問う。


「よろしいのですか?先人様の兵ですよ」

「曽祖父様の意思をお守りし、皆様が出して下さった兵が何故私のものなのです。無事に返せて良かったです」

「…そうですか。その通りに」


 先人の言葉に、張りつめていた空気が霧散する。堅悟は優しく見つめ、侠悟と佑廉も同じである。

 先人は佑廉に向く。


「佑廉殿。兵について長老様から指示は」

「はい。受けております。その通りに」

「ありがとうございます」


 先人は礼を伝え、佑廉は頷く。侠悟はふと、気付く。


「都の兵、少なくなってないか?見ないな。先人の叔父の兵」

「…もういません。入れ替わっていたようです」


 先人の言葉に皆驚く。佑廉は確認したが、顔の判別は不要と判断していたのである。

 堅悟が伺うように先人に問おうとする。


「それは、」

「狙いは私でした。津氏の情報は持ち去っていないので大丈夫です。皆いません」

「先人、」

「申し訳ありません。私の誤ちです」


 堅悟に最後まで言わせず説明する。侠悟も言いかけるがすぐに謝罪をする。言い訳もせず、味方の裏切りより津の国を優先する先人に、器を感じ、従う堅悟。


「…いいえ。わかりました」

「先人様。あの時の、」

「はい。申し訳ありません。話を大きくなり、動揺が出れば危ういと判断しました」

「いいえ。その通りです。わかりました」

「皆様、ありがとうございます」


 佑廉が問いかける。先人は言い訳も無く、将としての判断と揺るがず言う。それを見て頷き、従う。

 見ていた侠悟も頷く。先人は頭を下げる。


 堅悟が話を変える。


「都に戻られますね。使者は先に行くようなのでその後に出せるよう仕度をします。侠悟」

「ああ。準備は任せろ」


 侠悟に頷き、佑廉に目を向ける先人。


「ありがとうございます。佑廉殿も共に。青海の国で別れましょう」

「いいえ。都に付いて行きます」

「ですが、都は」


 断ろうとする先人に首を横に振る佑廉。


「先人様を無事に送り届けないと曽祖父様に斬られますので」

「大袈裟ですよ」

「いいえ。それに、私が宮中に顔を出せば、牽制にもなります」

「宮中まで。危険です。五大氏族なのです。それに、長老様が大王の前で何かされたのでしょう」


 都での話を瀧から聞いていた先人は佑廉を気遣うが、佑廉はしっかり頷く。


「大丈夫です。帰還命令を出した使者の様子を見る限り、恐ろしくて手が出せないでしょう。それに」

「五大氏族を敵に回す真似はしない、か。やはり切れ者だな」

「ありがとうございます。侠悟殿。では、参りましょう。先人様」


 互いを認め合う言葉を交わす二人。佑廉は先人を促すが、先人は考え込んでいる。


「…」

「先人様?」

「先人?」


 佑廉と侠悟の声掛けに気付き、顔を上げる先人。堅悟と侠悟をしっかり見つめる。


「堅悟様、侠悟殿、頼みがあります」



 ・・・説明中



「…成程。分かりました」


 先人の説明が終わると堅悟は理解し、頷く。先人は堅悟と侠悟を見つめ、真っ直ぐに伝える。


「津の国は昔から独自で大陸と交易をしています。交易で来られた方々に今の事を伝えて頂きたいのです」

「わかりました。かつての乱によりその特権も奪われかけましたが、光村様の恩情で続いています。これも意思なのでしょう。従います」

「ありがとうございます」


 堅悟の言葉に深く頭を下げる先人。それを見て、侠悟は少し笑う。


「こちらには何の利も無い事なのにお人よしだな」

「侠悟殿、」


 佑廉が諫めようとするが、先人は頭を上げ、首を横に振る。


「いいえ。居の国は和乃国の友好国。かつては王族の方も留学していたと聞いています。それに、戦を防げます」


 その言葉に皆が驚愕して先人を見る。堅悟が考えながら話す。


「…居の国が滅べば、広の国が居の国の持つ船団を率い、この国に来ると?」

「それもありますが、広の国を手に入れたい等の国が介入したら、」

「等の国が三国を滅茶苦茶にする。それを制した国がこちらへ来る、という事ですか」

「等の国と三国すべての知識と技術が一つにまとまるのです。上手くまとめられれば、それを使って攻められたらこの国は滅ぼされるか、属国になるかどちらかです」


 堅悟と先人の会話に佑廉も侠悟も目を見開いている。互いにそこまで先を読んでいなかったのだ。

 佑廉は驚きつつ、先人に問う。 


「そこまで読んでいたのですか?」

「はい。今回の出征も居の国でそれをどうにか抑えられないかと考えていました」


 先人はしっかりと頷く。佑廉も侠悟もその様子と言葉に黙り込み、見つめる。

 堅悟との話を続ける。


「等の国が出征準備を始めたと噂を流し、広の国はすぐに精鋭をそちらに向ける。その余りの兵で居の国を攻めても抑えられると、そういう事ですね」

「はい。師匠が、居の国に王の信頼篤い優れた将軍が居ると教えてくださいましたので」

「…詳しい師匠だな」


 怪しむように言う侠悟に笑顔を向ける先人。


「はい。いつまでも主のために生き、慕い続ける忠誠心が篤い方です」


 本質を見る目を持って侠悟の発言に悪意があるとわかっている筈だが、師を一切疑わず、それも主君が違うと言うのに信を置く。懐の深さと聡明さに深く心が動く。


曽祖父様じーさまの目に狂いは無かった…)


 侠悟は曽祖父を思い出す。自分が決して勝てないと思う程に強く、器が大きく、…気は短いが、情が篤い人の事を。もう一人、決して敵わない相手を見つけた。心からそう思い、息を吐く。


「…負けたわ」

「はい。私も」

「?」


 佑廉も同じ事を考えていた。曽祖父・熟練は威厳があり、強く、立ち振る舞いも地方氏族とは思えない程品があり、都の者と比べても上をいく程。尊敬もしているし、逆らえない相手でもある。それとは別に逆らう気も起きない程の相手に出会った。自身の主君だと言われて育った相手。心から感嘆する。


 そんな様子の侠悟や佑廉に困惑し、堅悟を見つめると柔らかい表情で頷かれた先人は、更に困惑する。




〔それから数刻後〕


 船の仕度が整ったと言う事で、先人と佑廉は挨拶をする。


「では、堅悟様、侠悟殿、大変お世話になりました。ありがとうございました。どうか御達者で」

「はい。お気を付けて」

「またな」


 堅悟と侠悟が一言ずつ伝えると、深く頭を下げ、二人は船に乗り、去って行く。

 それを見届けた後、堅悟と侠悟親子が話し出す。


「どうでした?」

「…あれは、相当だぞ。曽祖父様じーさまが光村様と育てたとは聞いていたが」


 心から感嘆した様子の侠悟に小さく笑う堅悟。すぐにいつもの平然とした表情になる。


「ええ。別で長老様も教えていたと聞いています」

「俺と同じように教えていたんだろ曽祖父様じーさま。どうなっている?」

「先人様は大知氏での教育で元々素地があり、光村様が開花させたと聞いています」


 堅悟が祖父である先々代当主から聞いた話をそのまま伝える。どうも話を覚えているのと無いのがまばらにあるのにため息を付く。幼い頃だから仕方無いとも思うが、と考えている堅悟。

 侠悟が素で思った事を言う。


「大知氏の教育どうなっている?」

「光村様が認める完璧な子を育てようとしたと。相当過酷だったらしい」

「は?」

「当主は血筋を残すために誕生させ、完璧な子にしようとしたが才が無いと判断して血さえ残せばいいと放っておいたそうですよ」

「才が無い?どこがだ。少し居ただけでもわかる。あれは為政者の器だ」


 堅悟の言葉に驚く侠悟。才が無いとどうやって判断したのかと問いたくなる。侠悟の考えを察しながら続けて話す。


「罪人を生み出した氏族と周りから相当責められていたと。光村様が出会った時にはすでに大人の振舞いをしていたと祖父様から聞いています」

曽祖父様じーさまが言っていたのはそういう事か。子どもにさせてもらえなかったって言うのは…阿呆が」


『子どもにさせてもらえなかったのですよ。内も外も敵だらけ』


 その言葉を思い出す。哀しそうに、そして怒りを内に抱えていた曽祖父じーさまの事を。


「本来の性質が自身を守ったとしか言えないとも祖父様は言っていました」

「大知氏は愚か者ばかりだ。光村様と先人以外」

「だから、先人様以外光村様は認めなかった。そういう事です。今回の事は父上に報告しておきます。無礼な口調と態度をしていたと」


 静かに睨む堅悟に慌てる侠悟。曽祖父じーさまが一番怖いが、祖父様じいさまも強さが半端では無いのだ。


「やめてくれ。叩き斬られる。もうわかった。あれは、先人、先人様にはこれから尽くす」

「真ですね?」

「真だ。…あ、」


 言いながら気が付く侠悟。その様子に不思議に思い堅悟が問う。


「どうしたのです?」

「先人、様の友と会った。都の織部司の氏族の子、服織瀧。あいつ、何か変な感じだったけど、服織について聞いた事あるか。父上」

「……………会ったのですか?」

「昨日の夜、一人で来たようだ。反乱を起こした氏族と絡んで来たが、何か知っているか?」

「…服織には気を付けなさい。今はそれだけしか言えません」

「?」


 困惑する侠悟。*服織と先々代当主は過去色々あり。

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