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和乃国伝  作者: 小春
第七章 まこと
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十三.出征取りやめ

〔翌日・兵の天幕〕


「先人」

「侠悟殿」


 朝になり皆話し合いをしていた中、侠悟が現れる。颯爽と近付き、書面を見せる。


「都から届いた。大王崩御。戦は取りやめ、戻るよう命だと」

「大王が?」


 侠悟の言葉に驚く先人。侠悟がため息を付く。


「俺らの伝手の話だと、賊に襲われたらしい」

「賊にやられたのですか?」


 佑廉が冷静な声で聞く。在り得ないと言う空気で。侠悟は首を横に振る。


「いや、賊は追い出したが、その後胸を病んで、という事らしい」

「それは―」


 佑廉が言いかけると鋭が被さるように話す。


「かなりのこじ付けのように聞こえるな」

「師匠」


 鋭を見つめる先人。鋭もため息を付く。


「まあ、その方がいいのだろう」

「だろうな。俺もそう思う。権威を守るため、賊にやられたと言えない、そう言うこったろ」


 侠悟も呆れたように話す。先人は問う。話をしながら書面を読んだが肝心の話がわからない。侠悟の伝手から情報を整理する。


「賊は捕まったのですか?」

「即日捕まえ、処されたらしい。綜大臣の迅速な対応で」

「…綜大臣」


 侠悟の言葉に、ちら、と先人を伺う佑廉。佑廉は考えを話す。


「そうなれば、すぐに対応し、処した綜氏がまた権力が増しますね。都に戻り先人様は大丈夫でしょうか」

「そうとも限りません」


 突然違う声が出てくる。その声が続ける。


「賊の侵入を許し、結果大王は崩御。対応は迅速で良いですが、元々綜氏の権力集中を快く思わなかった氏族が離反するとも限らないでしょう。新たな勢力も生まれつつあるので」


 先人を見る。瀧である。


「…成程」

「五大氏族を動かすという事は、都の外の勢力を統括出来るという事。綜氏に充分対抗できます」

「成程な。ま、綜氏は痛手を打った。取り返すのは時間がかかる。その隙に、か。で、誰?」


 佑廉が納得し、瀧が語る。それに納得した侠悟。瀧を見る。


「侠悟殿。服織瀧です。私の友で、昨日の夜に来ました」


 先人が紹介する。侠悟が瀧をじっと見つめる。瀧は笑みを浮かべている。


「昨日?俺ら夜まで話していたが、その後か?」

「はい」

「ふーん。衣装係の氏族か。津氏当主の子・侠悟だ。随分遅い援軍だな。兵の数は変わらなかったから、一人で来たのか」

「友が心配でしたので」


 更に笑みを深める瀧に侠悟は探るように見つめる。


「将軍氏族、大連を輩出した嫡子と衣装係の氏族の子、どうにもつり合いが取れないな」

「反乱氏族の中に友を置くのは心配で。それを抑えた大連の血筋ですから何かされないか気が気で無く」

「…は?お前喧嘩売っているのか?」


 心から案じていると言う風に話す瀧に聞き捨てならないと反応する侠悟。侠悟の様子を見て瀧は更に心配げに話す。


「いいえ。事実を言っております。津の国は都も都の者も嫌っておられます。生きて帰れる者も少ないとも。なので心配で」

「嫌うのはそれなりの理由がある。知らないのか。あれは反乱では無い。都の者らは相変わらず何も知らずわかろうともしないのだな」


 怒りを向ける侠悟。先人が止めようと声を出そうとするが瀧が目線を送り、話を続ける。


「それでも都に反旗を翻したのですからそう言われても仕方ありません。先人の曽祖父である光村様はそれを抑えられたのですから、恨みを持った者らに何かされないかと。…若様は先人に何も?」

「…は?」

「国を壊された恨みは無いのですか?」


 瀧の言葉に瞬時に空気が変わる。重く暗いものに。

 津の国の者すべてが持つ、強き恨み。それが先人では無く瀧に向けられる。


「…お前、」


 侠悟が言葉を出す瞬間に、[ごんっ]という音が聞こえる。先人が瀧の頭をげんこつしたのだ。

 先人は侠悟に頭を下げる。


「申し訳ありません。瀧、」

「…申し訳ありません。つい」


 先人に促され頭を下げる瀧。

 正気に戻った侠悟は、辛そうな顔を先人に向ける。


「先人、俺は」

「恨まれても仕方ありません。都が判断を間違えたのです。非はこちらにあります」


 頭を下げたまま先人は謝罪を続ける。侠悟は驚く。


「…知って、」

「曽祖父様から、師様から聞いています。それでも受け入れこうして力を貸して下さり感謝しております。佑廉殿も、古志の国もそうであるのに。申し訳ありません。ありがとうございます」


 侠悟に頭を下げ、そして佑廉にも向かい、頭を下げる先人。

 それを見た佑廉は首を横に振り、慌てる。


「先人様。違います。綾武氏は」

「津氏は恨んでいない」


 佑廉の言葉より先に侠悟が叫ぶ。その声に先人が驚き、頭を上げ侠悟に向く。瀧も頭を上げて問いかける。


「真ですか?」

「瀧」


 諫める先人。それを見つめ、先人に向かい侠悟が強く言う。


「当たり前だ。確かに反乱とされ、破壊された。だが大連だった光村様がこの国を立て直した。皆に頭を下げ、都より人手を出し、津の国の風習を学び、何も変わらず再建した。津氏もそのまま治める事を許された。それは曽祖父様じーさまから聞いているし、感謝している。津の国の者すべて光村様は恨んでいない。その光村様の唯一を恨むなど、叩き斬られても文句は言えない」


(曽祖父様の唯一…?)


 侠悟の話に感動していたが(光村の事)、唯一に引っ掛かる先人。

 それに気付かず、侠悟の言葉に頷く佑廉。


「その通りです。先人様、綾武氏も恨んでなどおりません」

「佑廉殿」


 佑廉が先人を強く見つめる。


「古志の国は元々遥か昔から幾度も反乱を起こしています。曽祖父様が若い頃には長きの戦で疲弊し、綾武氏の力が衰えつつあったのです。その時に光村様が現れ、特権を与える代わりに、国に仕えるよう、幾度も交渉に通い、説得されたそうです。大陸との交易はその時にかなり縮小されましたが、元々津の国より大陸に近いため、戦場になりやすいと防衛に力を入れるのが目的と光村様の案です。古志の国の内政もしっかり見て話し合い、そして綾武氏は立ち直り今があります。感謝こそすれ、恨みなどありません」

「佑廉殿…」


 先人は感動して見つめている。(光村の事)

 その視線に強く頷く佑廉。


「なので、私も恨みや余計な感情をぶつければ叩き斬られます」

「恐ろしいな五大氏族は」


 先程から黙って聞いていた鋭が思わず素で突っ込む。故郷でもそういう事はままある話だが和乃国は比較的穏やかな気質だと思っていたからだ。都と地方の違いを思い知る鋭である。


 そんな鋭に苦笑いを浮かべる先人。次に瀧に謝罪を促す。


「師匠…瀧」

「申し訳ありません。失礼を申しました」


 瀧の謝罪を受け、侠悟も落ち着き、気が付く。


「…いや。確かに、先に説明するべきだった。都にそういった情報が入っていない事は津の国にたまに来る都の者の様子でわかっていたのに。先人が普通に話しているから忘れていた」

「そうですね。先人様は私が綾武氏と名乗っても普通にされていましたし。何か聞いていたのですか?」


 侠悟の話に佑廉も気付き先人に問う。先人は首を横に振り、小さく笑う。


「いいえ。皆様、悪意を感じませんでしたから」

「…光村様の、」

「本質を見る目か。成程。曽祖父様じーさま言ってたか」


 曽祖父・熟練から聞いていた話を思い出し、驚く佑廉。侠悟も言われていた事を思い出し頷く。


「皆様、曽祖父様の事を思っていて下さり、ありがとうございます。嬉しいです」


 出征が決まり、今まで気を張っていたが光村の話が聞け、守られている事を深く実感し、泣きそうな、嬉しい顔になり佑廉と侠悟を見つめる。それを見て、二人黙る。


「どうしましたか?」

「いいえ。お礼を言われる事などありません。聞いた通りの方だと、自分が情けなくなりました」

「ああ。何やってたんだろうな。ずっと」


 佑廉と侠悟がしみじみと言う。それを見て、不思議そうに見つめる先人。

 鋭は黙って見つめ、瀧は察する。


(やはり、先人の会った練様と師様と言うのは…)


 予想通りだと思う瀧であるが、父(吹)が情報を出さない事を恨めしくも思う。基本的に聞かないと答えないのだ。


 侠悟が息を付き、先人に向き直る。


「先人、今日明日には都の使者が来るそうだ。その際正式な命を受ける事になっているから屋敷に来い」

「はい」


 先人の返事に佑廉も被さる。


「私も行きます」

「佑廉殿」

「曽祖父様が都で暴れたと思いますので、都の使者に牽制できればと」


 佑廉の意図に侠悟が頷く。


「成程。唯一に五大氏族の後押しが真にあると思わせる。切れる奴だな、佑廉殿」

「津氏の後押しは?侠悟殿」

「無論だ」

「ありがとうございます」


 突然意見が一致した二人を不思議そうに見つめる先人。それもあるが、とも考える。


(唯一?後押し?)


 先人は先程から何となくわからない言葉が出ていて困惑し、瀧に答えを求める。


「瀧、」

「任せとけばいい。その方がすんなりいくだろ」


 瀧が平然と言い、鋭も頷く。鋭は事情を知らないが、何となく察している。


「うん。わかった」


 わからないが取りあえず納得した様子の先人を横目で見て小さく笑う瀧。


(絶対わかってないな。言わんけど)


 大知光村に過去色々酷い目に合わされたので言いたく無い瀧である。


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