十二.佑廉と瀧
〔青海の国・御記屋敷〕
居の国への援軍取りやめの文が都から青海の国の御記氏に届けられる。前当主であり、五大氏族をまとめる筆頭の役目を持つ宗が最初に読む。同じ部屋に当主の採と瑞がいる。
文に目を通しながら宗が瑞に声を掛ける。
「瑞、先人様が戻られると」
「そうですか。良かったです」
瑞の喜んでいる声色に驚き、顔を向ける宗。瑞は御記氏の力が強く受け継ぎ、人の持つものが見えてしまう性質なので幼い頃から人にあまり感情を向けないのを知っているからだ。採も驚いている。
「珍しいな。そなたがそのような」
「祖父様、私とて人心はあります」
少しむっとした様子の瑞にまた珍しいと思いつつ、素直に謝る。
「すまぬ。気に入ったのか?」
「聡明で情が篤く、しかし現実を見て行動出来る。その時己が出来る最高で最善を常に考え模索している。良き方と思います」
「絶賛だな。前は聞かなかったが」
以前の話(第三章)の事である。その後も淡々としていたのでそこまで思いがあったとは知らず驚いている宗に瑞は柔らかく話す。
「以前から良き方と思っておりましたが、今回、恨んでも仕方が無い状況であのような配慮が出来るとは、気に入りました。とても」
「良き主従になれそうだな」
「はい」
かつての光村と自分のように、と思った宗がふと、思う。
「それは良いが、」
「祖父様?」
「服織を怒らせるな。あれは怖い。代々な」
「…そうですね」
(紋を付けていましたし)
瑞の様子で何かを察した当主採は
「今代も、ですか」
「そのようだな…」
ぽつりと呟いた採とそれに追随する宗。
「?」
遠い目をする前当主と当主を不思議そうに見つめる瑞であった。*かつて色々あり。
〔その頃、津の国では〕
天幕から突然出て行った先人を追って来た佑廉だが、見つけたと思ったら隣に知らない者がいた事で警戒している。その様子を察し説明しようとするが、瀧も見知らぬ顔に警戒をしている。
(そう言えば、瀧は知らない者に対して警戒が強かった)
ふと、幼い頃を思い出す先人。鋼や先人に対してはいつもの調子だが、例えば大知屋敷に出入りしている者が知らない者だったり、鋼の鍛冶場にいつもと違う者がいたら明らかに空気が変わる。傍目には変わらないが内心での警戒が強かったな、今はほとんど無いけど、と思っていると瀧が佑廉を見つめ、声が低くなる。
「…で、誰?」
「先人様、この者は」
瀧の様子に警戒が強くなる佑廉。慌てて紹介する。
「瀧、綾武佑廉殿だ。古志の国から来られ、私の補佐をしてくれている。とても聡明で頼りになる方だ」
「これは、綾武の若様でしたか。失礼致しました」
先人の紹介に目を見開き、大仰しく礼をし、謝罪をする瀧。その様子を佑廉は一瞬驚くが、静かに見つめる。
先人が佑廉を見つめ、瀧を紹介する。
「佑廉殿。この者は服織当主の子、瀧です。友なのです」
「…そうなのですか。服織氏、織部司の…」
何か違うものを感じて警戒しつつも紹介を受け入れる佑廉。その時、はっと気が付き思い出す。それは津の国に行く前、古志の国にて曽祖父・熟練に言われた事を。
回想・・・
佑廉が津の国へ行く仕度をしている最中、熟練がやってくる。
『佑廉。先人様を頼むぞ』
『はい』
『色々思う処はあるのだろうが、そなたが見極めよ』
『はい』
光村が亡くなって以降、都の警戒が強くなり、五大氏族に監視が入っていた。光村の敵を討ちに来ないかと。それで、唯一と言われている存在、主君の情報がわからなかった。
曽祖父・熟練が会った時から九年、光村が亡くなって八年が経ち、忘れているだろう、当時才があったかもしれないが今は違うだろうと疑っている事を知り、自身に確かめろと熟練は言っているのだと察し、返事をする佑廉。
佑廉の返事に熟練は頷き、そしてふと、思い出した様子になる。
『それから…会う事は無いとは思うが念のために言っておく。服織には気を付けろ』
『…服織?宮中で大王や皇族の衣装を仕立てている織部司の長の氏族ですか?』
政に関与せず、衣装や飾りを用意したり仕立てている部署の氏族・服織氏。それの何を警戒すれば良いのかと疑問に思っていると、熟練は真剣な顔で佑廉を見つめる。
『そうだ。いずれ話すが、とにかく、万が一遭遇したら気を付けろ。怒らせると厄介だ』
『何故ですか?』
(衣装係と言われている存在が厄介?)
更に疑問になり問う。熟練は小さく首を横に振る。
『先人様といて、服織と遭遇したらわかる』
『…わかりました』
『それでいい』
熟練の仕草と表情でそれ以上は話せないのだと察する佑廉。疑問に思うが頷くしかなかった。
回想終わり・・・
(あの服織)
思い出し、取りあえず礼を取る佑廉。
「…初めてお目にかかります。綾武氏当主の嫡男・佑廉と申します」
身分的には佑廉が上だが、主君である先人の友と言う事で礼儀に乗っ取り先に挨拶をする。
佑廉の様子に瀧も慌てて、と言った風に挨拶をする。
「服織当主嫡男・瀧です。五大氏族長老様の曽孫様にお目にかかれて光栄です」
挨拶を交わす二人だが、佑廉は何やら違和感を覚えている。
(さっきの口調から一変して礼儀正しい。かもしだす空気も警戒から一変して静かなものに)
何やら違和感は拭えないが、取りあえず現状を聞く佑廉。
「何故ここに?」
言いながら、気付く。血の匂いを。佑廉の様子を察した先人が補足する。
「先程、突然襲撃されて応戦したのです」
先人の言葉に頷く瀧。佑廉はその言葉に驚愕し、声を荒げる。
「その者らは」
「そこの森の入り口で倒れています」
瀧が表情も変えず答える。それを置いとき、佑廉は更に問う。
「何者ですか?」
「わかりません。賊ではないでしょうか?兵では無さそうでした」
佑廉の問いに礼儀正しく答えているが表情も変えず淡々としている瀧に目を見開く佑廉。
(冷静に答えている。服織殿が斬った?)
内心動揺と警戒をする佑廉。だが、この平然とした瀧の様子と静かに話を聞き頷く先人を見て
「…そうですか」
と言う他が無い。今は。
何かを察しているような佑廉に小さく笑みを向け、先人は瀧に向く。
「瀧。とにかく今日はもう休んだ方がいい。湯を用意するから。佑廉殿。他の兵はもう使いましたか?」
「はい。当主様と侠悟殿に感謝しないといけません。気を遣って頂きました」
先人に問われ、すぐに答える佑廉。その言葉に瀧は少し考える仕草をする。
「津氏の当主様はわかるが侠悟というのは…ああ、成程」
(成程?)
すぐに察したような瀧の様子に更に違和感を覚える佑廉。先人は瀧の様子を見て説明する。
「侠悟殿は当主様の嫡男だよ。瀧の一つ下で、佑廉殿と同じように補佐をしてくれている。二人共聡明で助けられている」
「先人様、勿体無いです」
先人に褒められ、嬉しく思う反面、侠悟と同等と思われるのが不満な佑廉である。*五大氏族は主の一番になりたがる者ら。
佑廉の不満に気付かず、先人は優しく伝える。
「いいえ。本当に有難く思っています」
「優秀なのですね。流石長老様のお血筋ですね」
「いえ」
(…何か違う何かを感じる)
佑廉は瀧の言葉に更に違和感を覚える。何者だと考え込んでいると先人が瀧を気遣う。
「瀧。休んでくれ。傷は?」
「無い。返り血だけだ」
(いや、織部司…)
佑廉は違和感が増す一方だが気を取り直す。
「では休む場所を」
「佑廉殿。私の処で休ませます。それで良いですか?あらためて用意するのも大変ですし。瀧もいいか?」
「いいけど。何故若様に聞いているんだ?」
「佑廉殿と同じ処で寝起きしている。兵が多いからな。それに兵の様子や策を話したりする時が多いから共に居た方が良いと思って」
「…成程」
納得する瀧。先人は佑廉に向く。
「良いですか?佑廉殿」
「構いませぬが、鋭殿もおられます」
佑廉の言葉に瀧が反応する。
「師匠も共に?」
「師匠?」
先人の師と聞いているが、瀧もそう言ったので驚く。先人はすぐに説明する。
「共に弟子なのです」
「そうなのですか」
(将軍氏族と織部司の氏族が同じ師…)
疑問が増える佑廉。先人は瀧に向き、声を掛けている。
「師匠なら大丈夫だ。行こう、瀧。着替えは俺のでいいか?」
「丈が気になるが、ま、いいか」
「瀧は俺より背が高いからな。佑廉殿は?」
瀧と話し、佑廉に共に戻るかと問う先人に首を横に振り、にっこりと笑う。
「念のため、賊と思われる者を見てから行きます。その後、戻ります」
「一人で大丈夫ですか?」
「すぐそこですから」
気遣う様子の先人に佑廉は礼をする。そして現場に向かおうと歩き出すと、背中から「先人、ちょっと」と声が聞こえる。それから素早く後ろに近付かれ、耳元で囁かれる。
「…余り詮索しない方が身のためですよ。若様」
その言葉と冷たい口調にぞっとしていると、
「長老様も黙認なさいます」
重ねて佑廉に伝えていると、先人が不思議に思い、
「瀧?」
「うん?夜の森は危ないから気を付けるようにと言っておいた」
瀧の言葉に頷き、佑廉を気遣う先人。一人は危ういと踏んだのだ。
「そうか。佑廉殿。気配はありませんが、兵を呼びましょう。共にお連れ下さい」
「いいえ。大丈夫です。先人様もお気を付けて。側に、危うき者が居るかもしれませんので」
先人に優しく答えながら、瀧に冷たく視線を送る佑廉。それを受け止め、小さく笑う瀧。
「私は大丈夫です。佑廉殿がそう言うなら。すぐにお戻りください」
「はい。お気遣いありがとうございます。先人様」
改めて礼をして、その場を去る佑廉。古志の国・綾武氏当主の子として色々なものを見聞きしてきたので大概の事では動じない。見た目は品の良い若君、内心は冷たく俯瞰的に相手を見つめる性質なのである。
(曽祖父様が言うからには何も詮索はしない。だが、主君に仇成す時は…)
綾武佑廉。この時既に先人を主君と認めている。主君以外には容赦はしないのである。
〔森の入り口〕
佑廉が森の入り口に着くと、直ぐに見つける。
(斬られた跡…、十、いやもっと…)
既に息の無い者らを見つめ、切り口を見るが、武器が判別しにくくわからない。
『服織には気を付けろ』
佑廉は曽祖父・熟練の言葉を思い出す。そして服織瀧という人物の事も。
(あの者は私を見ているようで見ていない。この事も、何も感じていない。あの者が、見て、感じているのは)
瀧と先人の様子を思い出す。誰も立ち入れない何かと、服織瀧という人間がいた。
『先人様と共に居て服織と遭遇したらわかる』
(…成程。了解しました。曽祖父様)
再度曽祖父の言葉を反芻し、頷く佑廉。
(味方ならば問題無い。不満だが)
主君の側に常にいる怪しき危うき存在に息を付く佑廉である。
五大氏族は皆かなり癖が強い方々ばかりです。全世代。
次の章で全員出します。今回は綾武氏と津氏が中心です。御記氏は筆頭なのでほとんど出ます。