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和乃国伝  作者: 小春
第七章 まこと
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十一.友と影

〔現在・津の国・陣中前〕


 瀧が泣き止み、二人地面に座っている。陣中の前だが、少し離れているし、木々に隠されほぼ見えない。先人が瀧に振り向く。


「瀧、一つ、聞いてもいいか」

「うん?」


 互いに目を合わせる。偽りは無い。先人は哀し気な顔になり、問う。


「曽祖父様は、自害されたのか」


 目を見開く瀧。やがて、一つ頷く。結果的には自害なのだ。


「知っていたのか?」


 瀧の問いに、遠くを見る先人。淡々と話す。


「体に傷も無く、抵抗した様子も無かった。もし、誰かに襲われたとしたら、曽祖父様はきっと何か残したと思う。それを身内が見たら噂になる。そう、見越して」


 その言葉に瀧は思い出す。光村が亡くなった時、大知氏に知らせが入った。先人は入れてもらえず、光村は寂しく葬られた。それを、先人が隠れて一人掘り返そうとしていた。鋼も来て、瀧も。瀧は父の吹を呼んだ。そして、別の場所に皆で葬った。その時、見たのだろう。先人は、光村の体を。


 あの時の先人の顔が忘れられない。深い絶望と、心が遠くに行ったような、そんな気がした。

 

「…そうだな。俺はきっかけをつくった。恨むか?」


 先人は首を横に振る。


「瀧は瀧の考えがあったのだろう。賢い瀧でもそうなったのならどうしようも無かった、そう思う」

「いや、いやもっと、」

「ごめん」


 先人が謝り、瀧は戸惑う。


「何、」

「ずっと一緒に居て苦しかっただろう。知らなかったとはいえ苦しませて、我がままを言ってごめん」

「お前は悪く無い。俺は、お前と居て苦しいときもあった。けど、それでもお前と共にいたかった。真だ。嘘じゃない」


 必死で伝える瀧に、先人は優しく、哀しい表情になる。


「うん。ありがとう。瀧。…これからも、いなくならないでくれるか?」

「当たり前だ。先人。俺はもう、お前から離れない。共に在る。そうしたいのだ」


 しっかりと目を合わせ、強く伝える瀧に先人は頷きつつ、


「瀧…でも、服織氏は継がないと」

「それは、どうとでもする」


 途端に言葉が小さくなる瀧。先人は首を傾げる。


「なるのか?」

「なる。というかこんな時にそんな話するな…」

「そうかな?」

「そうだ」


 共に笑い合う。いつもの二人だ。

 

 少しして、先人が問う。


「…瀧、森の者らは叔父上の出してくれた兵に似ていたが」

「ああ。入れ替わってようだ。気付かなかったのか?」

「うん。叔父上の処で会った事はあるけど、今回は佑廉殿や侠悟殿も居たから余り近付いて話す事が無くて。でも目線の先には居たから、津氏の情報等は問題無さそうだ」

「ああ。目当てはお前だったから…佑廉?」


その時、


「先人様、大丈夫ですか?」

「佑廉殿。大丈夫です」

「…誰?」





〔都・宮中 書庫〕


 大王崩御の儀式の準備があり、宮中は騒がしい。次代も正式に決まっていなかったため、皇族、綜大臣の判断待ちとなっている。それでも各部署は細々と仕事をしている。宇茉皇子も各部署の手伝いを日毎交代で行っていた。今度は宮中儀式の資料となる書を探している。

 すると、長之皇子が急いだ様子で現れる。


「兄上」

「長之皇子様。いかがされましたか」

「綜大臣が、居の国の援軍を取り下げると」

「はい。私も先程聞きました」


 そう。宇茉皇子も先程、綜大臣の使いで来た官人から聞いたばかりなのだ。綜大臣は先人の主君となっているからと気を使ったと官人は言っていたが、恐らく、とも考えている。


「元々大王の独断で行われた事。崩御と言う事情もあり、綜大臣が判断しました。以前の交渉の通り物資のみ援助とし、改めて居の国に文と使者を送ると言う事になりました」


 長之皇子の説明に宇茉皇子が頷く。


「何よりです。大王崩御だけでなく、新しき大王即位の準備がありますので何も言われないでしょう」

「はい。津の国に帰還命令の使者を送ったと。先人が戻りますね、兄上」


 嬉しそうにしている長之皇子。先人を気に入っているのである。

 しかし、と考え込む宇茉皇子。


「はい。気を引き締めないと」

「…五大氏族ですか」


 長之皇子が気づかわし気になる。宇茉皇子はそれを見つめ、淡々と話す。


「はい。此度の事であの者らを動かせるのは誰か、皆思い知ったでしょう」

「大知氏の扱いが変わると?」


 荻君が口を挟む。五大氏族が動き、それは大知光村の意思。唯一。謁見の部屋の裏で聞いていた。都の外の最大勢力を使い、抑えられるのは、そう考えると頷くしか無い。ならば大知氏、と思っている荻君を見つめ宇茉皇子が首を横に振る。


「荻君。それは違う。扱いが変わるのは」

「大知光村と先人」


 長之皇子の言葉に疑問を感じる荻君。


「…二人だけですか?」

「綾武殿は大知光村殿を忠臣と呼んだ。それは今も五大氏族は大知大連のみに従うと宣言したのと同義だ。それは追放した大王や皇族、綜氏に従う気は無いという事だ」

「大胆な事を。それでは反旗を翻したと思われても仕方が」


 宇茉皇子の説明に驚く荻君。その様子を見ながら続ける。


「だが、こうも言っている。忠臣から唯一を奪ってはならない、と」

「つまり、唯一を奪わなければ、その唯一が望む限り、こちらに付くという事、ですね」


 長之皇子も話に入る。宇茉皇子は頷く。


「その通りです。そしてその唯一とは」

「先人」

「!」


 長之皇子の鋭い一言に荻君が驚く。綾武氏・長老の様子からそうではと思っていたが改めて言われるとやはり驚く。

 長之皇子は宇茉皇子を見つめる。


「そうですね。兄上」

「流石です。長之皇子様。綾武熟練殿が仰っていました。先人が光村殿の唯一だと」

「では、これからは」

「手を出す者らは居なくなる。迂闊に近付けば五大氏族が動く。大知大連の名において」


 二人の皇子は互いに頷く。話を続ける。


「綜大臣、綜氏もですね。央子殿の進言で先人の出征が決まったと聞いています。そして逆鱗に触れた。自身らがつくり出した化物とした存在に。…兄上」

「はい」

「先人の主は兄上です。綜氏を抑える力を持ったのです。兄上もまた、表に立つ時が来たのです」

「長之皇子様。ですが、私は」

「どのような形になろうとも我らは変わりませぬ。良き国を共につくりましょう。兄上」

「はい」


 二人笑顔で向き合う。が、荻君が考え込んでいる。その様子に気付き、長之皇子が声を掛ける。


「荻君、どうした?」

「いえ、少々思ったのですが」

「どうした?」


 神妙な顔になる荻君に宇茉皇子も気になり、声を掛ける。

 荻君は考えをまとめながら話す。


「五大氏族の内、綾武氏、味氏、津氏はかつて反乱を起こしました」

「ああ」


 長之皇子が頷く。


「その反乱を鎮めたのは、大知光村殿と、我が曽祖伯父・新鹿では?」

「…そうだな」


 宇茉皇子は何となく荻君の言いたい事を察する。荻君は続ける。


「何故、光村殿を主君と慕い、曽祖伯父には恨み憎しみのみなのか。大連として反乱を抑えたのは同じ。こう、何と言いますか、扱いの違いが気になると言いますか…」

「…」

「光村殿を失脚に追い込んだ事で恨み憎しみを向けるのは当たり前ですが反乱からかなり後の話。その前の事がわからないのですが、光村殿が五大氏族を統括し、皆の主となった経緯がわかりません」


 光村失脚より大分前から五大氏族と関りがあった筈なのに光村との扱いの大きな違いに何かが引っかかっている荻君。どちらも反乱を鎮めたのにも関わらず、光村は主君と慕われ、新鹿は違う。この歴史は陳氏族の禁忌とされていたので荻君は知りようが無いのだが、光村は新鹿の友だったとだけはわかるが、五大氏族との関りが見えてこないのだ。


「そう言えばそうだな。兄上は何かご存知ですか?」


 荻君の言葉に長之皇子も疑問に思う。新鹿に関しては情報が史書以外ではほぼわからない。誰かが隠したかのように。なので、宇茉皇子に向き、問う。

 宇茉皇子は少し考え、話始める。


「戦では陳新鹿殿の独壇場。策とその後の処理は大知光村殿が担当したらしい。五大氏族の各当主と直接交渉したのは光村殿だ。戦で壊された国を立て直したのも」

「確か、反乱後の交渉も立て直しも光村殿に一任されていたと。新鹿殿はどうしていたのでしょう?」

「戦乱の時代ですから、大きい小さい関係無く反乱があったそうなのですぐに戦だったのでしょう」


 宇茉皇子の言葉に成程と頷く長之皇子。


「すぐに戦ならば顔を合わせる事も無いでしょう。関りが薄かったのもありましょうが…」


 その先を言いにくそうにする長之皇子に荻君は察し、頷く。


「戦で壊した男、確かにそうですね」

「荻君」


 気遣うような声を出す長之皇子に荻君は小さく首を横に振る。


「いえ。納得しました。向こうの立場ならそうでしょう」

「…」


 二人の様子を見ながら宇茉皇子は思う。


(新鹿殿は都の将軍としての意識が高い人物だったと聞く。大王、皇族を守る事が国を守る事。その意志が徹底していた。反乱はどうとっても反乱。国を揺るがす罪と考え、処断する。そういう考えだった。五大氏族は反乱を起こした国が多い。新鹿殿は領国を壊し、去った男という認識が強い。その後の立て直しはすべて光村殿の采配。壊した男と立て直した男、慕うのはどちらか、彼らの立場ならそうなるだろう。御記氏と守氏は別の理由があるがそれでも光村殿の采配だろう)


*語り部からの情報。あまり語るなと釘を刺されている。






〔都・大知屋敷〕


 帰還の知らせが届き、巌が屋敷に戻ると、咲が来ていて、佐手彦も居た。皆で巌の部屋で話す。


「先人が帰還するようだ」

「はい。良かったです。兄上」


 嬉しそうにする佐手彦に巌は黙り込む。咲は安心したように一息付く。


「本当、海を越えてずっと戦い続けるのではないかと。良かったわ。ね、巌」

「…」

「巌?」


 黙り続ける巌を見つめる咲。やがて静かに話す。


「五大氏族が動きました。兵を先人のために」

「じーさま(祖父・光村)が用意してくれていたとか。真に、良かった」


 佐手彦が安心したように頷くと、巌は怒りに満ちた声を出す。


「何故先人のために?我らのためには何一つしなかったのにも関わらず」

「巌、先人が戻るのです。嫡流の血は守られました。それで良いのではないの?」

「…そうですね。姉上、貴方はいつも正しい」


 咲の言葉に項垂れ、耐えられず出ていく巌。佐手彦は巌を心配しつつ咲を見つめる。


「姉上…」

「大丈夫よ。佐手彦。先人が帰るわ。お祝いをしないと」

「はい」


 何が良いかと考えている佐手彦に、咲は冷たい声を出す。


「それにしても、やはり己の血が絶えるのは嫌なのかしらね。五大氏族が勘違いしなければいいけれど」

「勘違い?」

「あの人が先人を認める訳が無いもの。才が無いそう言ったのは貴方だったわね。佐手彦」

「…はい。…じーさんも幼子には弱かったのでしょう」

「まあ、歳の割に小さかったものね。あの子」

「…はい。そうですね」


 昏い目になる咲の言葉に従いつつ、佐手彦は内に思いを秘めている。


(後、少しだ。もうすぐだ。先人…)




〔古志の国・綾武屋敷〕


 屋敷に戻った熟練は遠くを見ている。津の国の方向である。それを察している息子であり前当主の武練ぶれんと孫であり当主の錬丞れんじょうが見つめている。やがて屋敷に鷹が降り立つ。文が括り付けてあるのを錬丞が見つけ、外し、熟練に持っていく。


「祖父様、鷹が文を」


 察してすぐに取り上げる熟練。すぐに読み上げる。

 安心したような表情になる熟練に武練も錬丞もほっとした顔になる。


「…都に戻られるようだな」

「父上」

「祖父様」

「無事に戻る。そして扱いは変わるだろう。綜大臣、綜氏はどう出るか」


 今後の先人について思いを巡らせる熟練。光村と先人と過ごした日。決して忘れてはいない。光村への忠誠と思いは変わらない。だが、先人にも強い思いがある。それを感じ、察している武練と錬丞もまた先人を気に掛けているのだ。

 武練が様子を伺うように話掛ける。


「父上」

「…やはりもうひと暴れしておくか」


 その日、再度都に向かおうとした綾武熟練をその息子と孫が必死で止め、ついには御記氏前当主・宗まで呼ぶ羽目になったのである。*御記氏の先々代当主は光村より前に亡くなっています。


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