十.光村と瀧
〔津の国・陣中・天幕の中〕
鋭が兵らの喧嘩を止めに行った後、先人と佑廉は更に策を練っていた。一区切り付いたので互いに肩の力を抜く。
先人が佑廉に礼を伝える。
「策は大分まとめられました。ありがとうございます。佑廉殿」
「いいえ。先人様の采配、見事です」
心からそう思い、笑みを向ける佑廉に先人も笑う。
「昔お会いした方々に教わったのです。もう一度会いたいのですが」
光村の処で出会った二人。練と師を思い出す。その様子に佑廉は更に笑みを深める。
「先人様、それは」
「はい。…?」
何かを言おうとした佑廉に返事をする先人だが、瞬間、耳に音が入って来る。立ち上がり、上を見て、何かを探す様子の先人に佑廉が問う。
「先人様?」
瞬間、気付き、走り出す先人。
「先人様!」
佑廉の声も聞かず、走り出す。頭を過ぎる。
(―――――――――音、これは)
武器を動かす音、鳴らす音、移動した風の音、すべて、わかる。これは、瀧だと。
(何で? 織部司には…)
〔その頃 先人の陣中の近くの森〕
「ちょこまかと、終わりだ」
肩を斬られたのにも関わらず、ちまちま逃げ続ける頭であった男に呆れながら付いて行く瀧。
男は叫ぶ。
「お前、何故大知を選んだ」
「何でもいいだろう」
平然な顔で言う瀧に、思い出したように笑う男。
「思い出した。知っているぞ。お前のした事。お前は八年前、当時の大王、いや、病で倒れていた当時の大王の代わりに我が大王が密かに入れ替わりお前に命を授けた。赦されるのか?主の祖にした事を」
瀧は黙る。男は続ける。もうどうなってもいいと言う風に、最後のわめきを続ける。
「いずれ明らかになる。その時来れば主はそなたを赦さない」
男は嘲るように瀧に叫ぶ。瀧は黙って聞いている。近くに居る気配に気付かず。
男は嗤い、更に叫ぶ。
「お前が、大知光村を手に掛けたのだ」
「うるさい」
斬り捨てようとすると、気配を感じて振り向く。そこには
「瀧」
「先人」
先人が立っていた。
一瞬の隙を付き、男が先人に斬りかかる。だが、瀧が斬った。
そのまま背を向けて歩き出す瀧。すぐに追いかける先人。
瀧は無表情で歩き、思い出していた。八年前の事を・・・
回想・・・
〔八年前・宮中大王の私室〕
その日、内密に一人と呼び出された瀧は大王により、命が下された。
『何と』
驚き問う瀧に、いつもの子どもに似合わず平然とした表情が崩れたのを面白がる大王。いや、皇子だが。
淡々と命を伝える。
『大知光村に薬を届けてほしい』
『私が、ですか。父は』
戸惑う様子の瀧に大王は微笑む。
『そなたもいずれ父の後を継ぐのであろう。我が影として命を下したい』
『私をお疑いですか。監視は大王の意思では? 』
瀧の問いに、大王は更に笑みを深める。
『余りにも仲が良さそうだと聞いたのだ。まさかとは思うが、絆されたか』
『まさか』
瀧の答えに満足そうに頷く大王。
『ならば出来るであろう。我が影よ』
『貴方様の意思ならば出来ません』
入れ替えだ。これは大王の意思では無い。そう主張したが一蹴される。
『今は、私が大王だ。誰も覆せない。綜大臣もわずかな間でも入れ替えたのはばれたくないだろう』
諭大王の具合が悪い。現在、居の国から援軍要請と国内も反乱の疑いがある氏族がいると。今大王に何かあれば国が危うくなる。それを踏んで、こっそり交代している。
*後の月大王になる皇子は、病がちで現在寝込んでいる。
大王の意思、となればどうにもならない。そう考える瀧。
(…これは、試されているだけでは無い。もし仕損じれば)
〔その夜〕
音も無く現れた気配に光村は振り向く。そしていつもの如く冷たい表情になる。
『…お前か』
『どうも』
淡々とした対応に慣れた瀧も簡単に返す。
『このような夜更けに何用だ』
『いいえ。久しくお会いしていないので挨拶をと』
『よく言う。先人から去る気は』
『無いですね。何があろうと』
『…そうか』
瀧から目を離し、書物に目を向ける。瀧は、近くにあった白湯の入った器にさっと入れる。
『そちらも特に用は無いようですね。これにて』
平然として去ろうとする瀧。それに目を向ける事も無い光村が声を掛ける。
『大王か』
一瞬にして空気が固まる。
『…何の事で? 』
『命を受けたか。服織瀧』
ゆっくり振り向く光村に瀧は内心焦りながら表情を、声を変えないようにしている。
回想終わり・・・
〔現在〕
先人は追いかける。瀧は無言で歩き続ける。
「待て、待ってくれ。瀧」
「…」
「瀧」
先人の叫びにも聞こえない振りをして進み続ける瀧。思い出す。
回想・・・
〔八年前・続き〕
光村は器を持ち、瀧を見つめる。
『これを飲めば、そなたの命は完遂する』
『…』
瀧は黙る。否定も肯定もしない。ただ光村を見つめている。
『しかし、先人は赦さない。この先そなたが必要になり側に置いたとしても、先人は決してそなたを赦さない。あの子は、そういう子だ。それでも、構わぬのだな』
『…』
光村の言葉に瀧は黙ったままでいる。その様子の瀧を見て、一つ息を吐くと器を口に近付ける。そして
回想終わり・・・
〔現在〕
瀧が止まる。背を向けたまま叫ぶ。
「聞いていただろう」
「うん」
「聞いたからには側にいられない。お前だって無理だろう」
背を向けたまま俯き、力無く佇む瀧に先人は叫んだ。
「瀧。俺は居なくならないでくれるなら何も聞かないと約束した。だから聞かない。だけど、違うなら違うと言え」
「そう言ったら信じるのか?お前は」
振り向き、更に強く叫ぶように言う瀧に先人は真っ直ぐ見つめ答える。
「当たり前だ。瀧はずっと変わらず居てくれた。初めて会った時からずっと服織瀧は何も変わっていない」
「…」
先人の強い声と澄んだ目を見て、瀧は思い出す。光村の言葉を。
『愚弄するな』
『我が唯一、大知先人はそのような者では無い』
『必ず、真を見る』
「…」
(あんたの言う通りだったよ。大知光村)
そして瀧は叫ぶ。
「が…う。……ない。違う。俺は殺していない!」
「うん。わかっている。瀧は、瀧だ」
泣きながら先人に抱き着く瀧。先人はただ優しくその背を撫でていた。
回想・・・
〔八年前つづき〕
器が床に落ちる。瀧がはらったのだ。震える瀧を冷たく見つめる光村。
ふらつく足取りで立ち去ろうとすると、光村が言う。
『無駄だ。外に見張りが居る。吹では無いな』
『何故? 』
『試しているのだろう。そなたを』
『…』
瀧が外の気配を数えていると、光村が声を掛ける。
『そなたの主は誰だ? 』
『…私は、大王の』
『先人だろう』
目を見開く瀧に光村は淡々と述べる。
『そなたは、吹にも誰にも頼ろうとはしなかった。誰も信じてはいないのだ。そして一人でここに来た。何故だ? 』
『命、が』
力無く答える瀧に光村は頷く。
『そうだ。大王の命に背く事は出来ない。そしてその命が意味する事もわかっていた。私か先人かどちらかを選ばなければならなくなった。だから来た』
『…』
黙って聞いている瀧。気にもせず続ける光村。
『大知氏の支柱である私と、大知氏次代の血統の先人。万が一、私が大知氏のために動く事あらば必ず次代である先人と結びつく。そしてかつての力を行使し、国を揺るがすと、上はそう考えている』
『…』
『ならば、どちらかを消せばいい。そなたが命を完遂せずとも良かった。そうしたら服織氏を下における、そして次代の血統(先人)を消せば良い。私が生きていても次代の嫡流がいなければ誰も味方には付くまい。それが、この国の理なのだ』
『…』
瀧が拳を握りしめる。
光村はそれを静かに見つめる。
『そなたはわかっていた。そして迷わず我が元に来た。吹や氏族に恨まれ、憎まれようとも…。そなたはただ、先人を救いたかった。それが答えだ、服織瀧』
はらった器はひっくり返る事無く落ちている。それを拾う光村に瀧は叫ぶ。
『やめろ』
『そなたが守れ。そうするのだ』
そう言い、光村が飲む。
『…時間差か。苦しんで終われという事か。症状が出るのは後、少しか成程』
『何を、吐き出せ』
『吐き出したら先人が消される。出来る訳が無い。私の唯一なのだ』
止める瀧に叫ぶ光村。瀧は苦しみ、声を出す。
『…俺じゃ、俺じゃ駄目なんだよ。先人はあんたじゃなきゃ駄目なんだ』
『そんな事はわかっている。誰のせいでこうなった。そなたと大王だ』
『…』
『しかし、選択は間違っていない』
ぐら…ふらつき、光村は座り込む。
『大王はどちらでも良いのだ。ならば、答えは変わらぬ。…そなたの命をもらえるならこの場で叩き斬り、生き延び、先人を支え、待つつもりだった。悔しいが、そなたに託すしかないようだ』
哀し気に言う光村に、瀧は俯く。
『先人はいつかこの事を知る。事実のみで真などわからない。俺は、恨まれるだろうな』
『愚弄するな。そなたは先人をわかっていない』
襟を掴まれ、睨みつけられる瀧。どこからそんな力があるのか、力強い。
『我が唯一にして後継、大知先人はそのような者では無い。我を信じたのだ。周りも身内も国賊扱いした男を忠臣と呼んだ。誰に何を言われても己の見聞きし、考え抜いたものを信じる子だ。そなたもわかっているだろう』
『あ…』
言われ、気付く。そう、そうだ。大知先人はそうだと、心から思う瀧。
光村は力強く言う。
『必ず真を見る。そなたは我と同じ道を行かぬ』
『…? 』
光村の最後の言葉に疑問に思う瀧だが、襟から手を離される。力が無くなっているのだろう。光村が小さく笑う。
『…もうすぐ終わりだ。行け。吹には、これを。万一の時と思い書いたものだ。役に立つとは。終わりだ。とっとと行け』
『…俺は、あんたが大嫌いだ。大知光村』
『奇遇だな。我もお前が嫌いだ。服織瀧』
部屋から出ると、後ろで倒れる音がする。だが瀧はそのまま歩き続ける。
『…終わったか? 』
『確認を』
見張っていた大王個人の影に問われ、答えると数人入っていく。
『…確認した』
『流石、服織』
『…大王に報告を頼みます。戻りますので』
『ああ』
歩きながら、表情も変えず、ただ前のみを見つめていた。一筋、涙が頬を伝っていた事も気付かず。
今回は回想と現在が行ったり来たりでわかり辛いと思いますが、瀧と先人を軸にしました。
瀧と光村についてはいずれ書きます。二人は本編から見てもわかると思いますが仲良く無いです。




