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和乃国伝  作者: 小春
第七章 まこと
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九.主

〔津の国〕


 都が騒然となっていた頃、離れている津の国には未だ情報が入って来ず、先人らは戸惑っていた。


「命が下りない」


 与えられた軍幕に先人、鋭、佑廉が共に寝泊まりしている。今は三人で作戦会議をしているのだが、居の国へ出る正式な命が下りないのだ。津の国へ向かう命の後、無事に着いたら、正式な文書と共に居の国へ出る事になっていたのだが、と先人が考え込む。


「何かあったのでしょうか?」

「津の国に着いた連絡はすでに届いている筈だが」


 佑廉も戸惑い、鋭も困惑している。先人も考えながら話をする。


「大王はすぐに出征させたがっていたように感じます。だから綜大臣だけで出征儀式をしたのだと」


 先人の言葉に目を見開く佑廉。それは聞いていなかったのだ。


「それではいざという時正式では無いと突っぱねられます」

「…執念深いな。そちらの大王とやらは」


 出征命令からすぐに出た事に疑問を感じていた鋭だがそれがわかり呆れている。

 先人は二人を見て大丈夫だという風に頷き、話を続ける。


「とにかく、居の国に着いた時どのように動くか策を考えます。佑廉殿は古志の国へお戻りください」


 兵を連れて来ただけでも都から何か言われるだろうと危惧し、戻らせようとするが佑廉は首を横に振り、強く言う。


「いえ、厳命されているので帰りません。曽祖父にも叱られます」

「…子どもか」


 佑廉の言い様に素で返す鋭。その言い方にむっとする佑廉だが、先人が小さく笑う。


「五大氏族の長老様ですから、強い方なのでしょうね」

「年寄なだけだろ。うちのじーさん(曽祖父)の方が強い」

「は?」


 話をしていると突然別の声がする。その言い様に佑廉は憤慨する。しかし声の主は平然として先人の隣に座る。津氏当主・堅悟の子・侠悟である。


「侠悟殿」


 驚き名を呼ぶ先人に侠悟は笑い、鋭や佑廉を見る。


「よ。補佐に来た。先人が来る前にも屋敷で会ったな。佑廉殿」

「はい。侠悟殿。補佐は私と言われておりますのでお気遣い無く。後、我が曽祖父の方が強いと思いますが」


 互いに軽く挨拶をしてすぐに言い合いになる侠悟と佑廉。元々、氏族自体好戦的な性質なので根本と言うか素は二人共そうなのである。


「へー。そう。南一帯を手中に収めて反旗を起こさせず、民に慕われ、南の守りを徹底している礎を築いた曽祖父様じーさまが、たまたま国の要を一挙に持ち、大人しくしているだけの都近くの国のじーさんに劣ると」


 侠悟の言い様に内心の憤慨を抱えながら言い返す佑廉。


「たまたまではありません。資源は確かに豊富ですが、それだけで国は収まりません。古志の国は東西に広く、かつては他の三氏族が抑えてましたがそれをまとめ、反旗を起こさせず守っています。その気になれば海から大陸へ行く事も可能。曽祖父は文武に優れ威厳も在り統括する力を持っている。侮辱は赦しません」

「うちの曽祖父様じーさまも冷静沈着だが情が篤い。そして強かった。生きていれば長老はこっちだった」

「無礼な」


 互いに譲らない状況に止めようとする先人だが、それを黙って見ていた鋭が一言。


「そしてどちらも反乱を起こし、大知光村殿の温情で生き延びた。という事か、先人」


 侠悟と佑廉が黙る。話を振られた先人が苦笑いをする。


「師匠…、その通りですが」

「どちらの氏族も光村殿に恩があるのだろう。後継の前で喧嘩をするな。戦の話をせぬなら去れ」


 鋭の一括に佑廉と侠悟が言い合いをやめる。


「申し訳ありません」

「分かった。こちらこそ申し訳ありません。てか、誰?渡来人か」


 佑廉は謝り、侠悟も謝るが、鋭の存在を忘れていた事に気付き、問う。津の国は大陸との交易をしているので渡来人はすぐにわかる。どこの出身かも大体。ただ、鋭に関しては良く分からないので困惑している侠悟。

 先人がすぐに紹介する。


「師匠の鋭です。渡来人です」


 先人の紹介で侠悟に軽く頭を下げ、先人に目線を送り、作戦会議の続きをする。


「で、居の国の話だが、こちらは海から攻めた方が良いな。居の国は陸から攻め、挟み撃ちに」

「海から攻められる船はどのくらいありますか?」


 鋭の策に先人は船の数を侠悟に問う。侠悟は考え込む。


「それもだが、広の国は海に出ないのか?」


 広の国も海に近い。かつては居の国を越えて船で和乃国を攻めようとした時代があることを曽祖父から聞いている侠悟は不思議そうにする。


「広の国に船は無い。陸戦だ。海を使いこなせない。遥か昔から隣の大国と戦い続けて海までに考えがいかなかった。隣は海を必要としない陸戦だ。陸戦のみに特化している。居の国を手に入れたいのは海の支配と船を使いこなしたいため」


 鋭の言葉に頷く先人。


「それは聞いた事があります。曽祖父様も居の国の戦の時に広の国は陸に特化し、海は使えないと聞いたと。海流の問題もあるとも聞きました」


 鋭と先人の言葉を聞き感嘆する佑廉。自身の考えも話す。


「成程。海を使えない。ならば和乃国の独壇場ですね。物資輸送なら古志の国でも可能です」

「津の国も戦用の船は充分ある。物資輸送の船もな。物資が潰えぬなら戦いは続けられる」


 侠悟も負けじと考えを話す。

 色々な話し合いは続く。それを影から見つめる男が一人。鋭は横目で警戒しながら続けていた。





〔夜・陣中〕


 夜もそこそこになり、侠悟は屋敷に戻って行った。戻るのも躊躇っていたが当主の堅悟に策を上げ、可能かを聞きに行ったのだ。天幕には先人と鋭、佑廉が一息付いている。

 そこに、近付く気配を感じる。天幕の前からすぐ声を掛けられる。


「すみませぬ」


 佐手彦の部下の一人の声である。中から先人が返事をする。


「どうしました?」

「陣中で諍いが。戦に出られず鬱憤が溜まっているようで」


 止められるが、一応と言った風に言う様子に大将軍として立てていると感じ、鋭は立ち上がる。


「…私が行こう」

「師匠」


 自分が、と言おうとする先人に鋭が首を横に振る。


「諍いなら歳が上の方がよいだろう。佑廉殿、頼む」

「はい」


 佑廉の返事を聞き、出て行く。




〔先人の陣中から少し離れた森〕


 大王の皇子時代からの影らが潜んでいた。その中での頭らしき男が考え込んでいる。


「都から知らせが来ない」


 その言葉に他の影も話始める。


「何かあったのでしょうか?」

「まさか」


 部下の言葉に在り得ないと言った風に首を横に振る頭の男。

 部下が頭に問う。


「決行は?」

「予定通り。兵に潜ませてある者らが奴らを分散させ、引き付ける。一人になった処を」


 にやりと笑う。叔父の兵がすり替わっている事に気付かない大将軍の若造を嘲っている。

 部下が更に問う。


「他の兵らはいかに?」

「五大氏族の血縁以外は消せ。兵を守り切れなかった。本人が亡くなろうとこれは大将軍の罪。五大氏族も名声を失うだろう。大王の思うがままだ」

「成程。では」


 頭の言葉に動こうとする部下達。その時、


「そういう事か」

 

 どこからか冷たい声がする。どの部下の声では無い。瞬時に構える。だが


「ぐあっ」


 呻く声が聞こえたかと思えばそこかしこから叫び声と苦しむ声。夜目が利く影らも目視出来無いおびただしい…暗器?


「動くな」


 黒い影が首元を捉えていた。月明かりが薄っすらと照らす。


 瀧である。


「お前は、大王の、服織」

「命令は撤回だ。大王はもういない。役目は終わった」


 瀧のいないと言う言葉に瞬時に理解する。そして問う。


「…大王が、何故」

「さあ、色々重なったんじゃない?心労が」


 揶揄うような声に頭は睨みつける。


「愚弄しているのか」

「…」


 瀧は黙る。その時、頭の首元にある暗器が動こうとするのを感じ、声を張る。


「待て、ならば、新しき大王に大知氏を捧げる、それでいいだろう」


 瀧の意識を一瞬持っていき、その隙に避けるが、肩を斬られる。


「終わりだ」


 頭が肩を抑えている。容赦の無い冷たい声が聞こえる。考える。


(どうやって来た。ここまで陸路ではいくら我ら影でも間に合わない。…潮の匂い?)


 潮の匂いに気付き、頭は顔を上げる。


「お前、まさか」


 その声に、瀧は思い出す。



回想・・・


 大王崩御を見届け、すぐに先人を追った。青海の国、御記氏を頼った。服織と名乗り、対処をしたのは瑞であった。


「お力をお貸しください」

「服織殿。貴方は大王の影、ですね」


 瑞が冷たく見据える。瀧は黙る。


「祖父から聞いております。代々大王のみに仕え、大王の命のみを遂行する存在がいると。まさか、連の氏族とは思いませんでしたが」

「表向きは織部司を、争いとは関係ない処に、裏はその通りです。初代から、ずっと」

「血では無く、大王という存在のみに忠誠を捧げ、命を遂行する。貴方の目的は大知氏ですね」

「はい」


 瀧の言葉に瑞は冷たく、淡々と話す。


「私は大知氏族を好きではありません。祖を侮りながら祖の名と力に縋りつく。ですが、先人様は違います。あの方だけは違うのです」

「はい」


 瀧は頷く。


「我が曽祖父から祖父、父に受け継がれた大知光村様との約束、それは果たさなければならない。そうしなければ筋が通らない」

「はい」


 瀧はまた頷く。その様子に困惑する瑞。


「それをわかっていながら、何故ここに」

「瑞様。我が目的は大知です。そして我が主は一人だけ」


 瀧が服の裾をまくる。瑞は目を見開く。


「それは」

「頼みまする。力をお貸しください。我が主を、守るために」

「瀧殿」


回想終わり・・・



〔現在〕


 瀧が冷たく見据える。頭の男が斬られた肩を押さえながら逃げ、叫ぶ。


「どうやった?御記氏と味氏がそなたに手を貸すわけが無い。そなたは大王の影であろう。我らと同じ、何故大知氏を」

「我が主は唯一人」


 頭の男に最後まで言わせず、瀧は近付く。一歩、また一歩と。男は思うように動けず転ぶ。

 その背に向かい、瀧は嗤う。


「大知先人」






〔宮中のとある隠れ場所〕


 津の国へ向かった影らの事を部下に命じ、瀧に知らせを送った後である。

 吹は嗤って頭を見る。


「さて、こちらの番だ」


 ゆっくり近付いて来る吹の圧に恐れを成し、待ったをかける。


「待て。大王が亡くなられようがその命は絶対。次代が生まれようと遂行するのでは無いのか」

「関係無い」


 一蹴する吹。だがなおも食い下がる。その様子に吹は侮蔑の目を向ける。それでも止まらない。


「大知氏はどの皇族も警戒している。ならば次代が誰で在ろうとも滅ぼしてしまえばお喜びになるのでは」

「…皇族程、代々の大王の言葉を絶対としている。そう育てられている。代替わりしてもかつての大王の言葉を次代が撤回する事は国の威信にも関わる。そんな頂点に誰が従うか」

「だが、大王は」

「だからこうなったのだ。そなたらは、終わりだ」


 この世の者とは思えない程恐ろしい顔をした男が静かに、重い声で言う。かろうじて生きていた部下らの悲鳴が響いていく。


「今代の大王の命は、聞けぬのか。そなたらに意思など無い。ならば」

「違う」


 叫ぶような声に吹は重い声で答える。


「我らはな、正しき大王の影なのだ」


 吹は思い出す。今から四十年以上前の事を…



〔四十年以上前・とある場所〕


 光村が立っている。目の前にある男が倒れている。息はもう無い。光村は驚愕し、後ろに居る皆に問う。


「何故だ…何故、そなた達が」


 背を向けたままの光村に、服織当主のようが静かに声を出す。


「良いのです。我らは永く居過ぎました。初代より影として生きてきた我らの責です。貴方様にさせる訳にはまいりませぬ」


 すべてを諦めた声に光村は黙り込む。

 その場に居る服織氏すべて首に小刀を向ける。


「我ら服織氏族すべて、ここで」


 その気配を感じ、光村は振り向き叫ぶ。


「違う。私の責だ。私がしなければならなかった。そなた達にそうさせてしまったのは、私だ」

「光村様」


 光村の叫びに皆手を止め、見つめる。この御方だけであった。我らを人と扱ったのは。そう思い、皆見つめる。光村は強く叫ぶ。


「今すぐここを去れ。良いか。私が独自で雇った者らにさせた。すべて私の指示で遂行された。そなた達は大連の命に逆らえず場を離れた。何も知らぬ」

「出来ませぬ。我らは代々大王の影として生きました。それを」

「違う。そなた達は正しき大王の影なのだ」


 全員、息をのみ、黙る。皆、目を見開く。


「正しき大王の影として国を守るために在るのだ。私が必ずあるべき形に戻す。正しき大王を立て、国と民を守る。必ず成す。そなたらは正しき大王と共に国を守れ。大連・大知光村の命である」

「光村様」

「すまぬ。ようりゅう、吹。皆、すまぬ…」


 光村は俯き、そして跪いて謝った。影は人に非ず。主君の命にのみ従い、すべて捧げる。己が意思など無いと言われ育った我らに、人として気遣い、扱ってくれたのは、道を示してくれたのはこの御方だけであった。

 

 皆、泣いた。そして、命に従った。我らの主は唯一人。



〔現在〕


 吹が嗤う。


「もう一つ教えてやろう」


 頭であった男はもう声も出せない。恐ろしく、圧倒的な存在に何も言えなくなっている。

 吹は嗤いを深める。


「我らの真の主は大知光村様、唯お一人である。そなたらはあの御方の唯一様を害そうとした。万死に値する」


 男は恐怖で震えが止まらない。


「安心しろ。簡単にはいかせない」


 吹は、にっこりと、嗤った。


服織氏は光村に忠誠を誓っています。光村の唯一である先人も守らなければと思っています。

過去はかなり後で明かされます。今はここまでです。

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