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和乃国伝  作者: 小春
第七章 まこと
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八.津氏

〔津の国・津氏屋敷〕


 津氏の屋敷に着き、門の前の兵に繋ぎを頼むとすぐさま礼を取られ、待つように言われる。先人は戸惑うが佑廉は平然としている。津の国は都嫌いで有名だ。かつての反乱、いや反乱と判断した都により壊滅されられたからだ。


 都の者に対してかなり厳しいと聞いているので大将軍と言えど反発は少なからずあると考えていたのだが…と先人は考え込んでいると、背の高い真面目そうなどこか懐かしい顔立ちの壮年の男と、その懐かしい顔立ちに似た先人や佑廉と歳が近そうな男が現れる。


「津氏当主・堅悟けんごと申します。こちらは息子の侠悟きょうごです」

「大王より大将軍の地位を拝命しました大知先人と申します。尽力して下さり、ありがとうございます」


 先人の挨拶に鋭や佐手彦の部下が頭を下げ、礼を取る。佑廉は頭を下げるのみで、先に挨拶は済ませていたようだ。当主・堅悟は先人を優しく見つめ、侠悟はじっと見ている。

 堅悟が先人に話す。


「兵を見たのですね」

「はい」


 顔を上げ、返事をする先人に堅悟は頷く。


「それは何より。まだおります」

「まだ?」


 先人がどこに、と驚きを隠しながら疑問に思っているとすぐに堅悟が話す。


「守気の国、古志の国、青海の国、味の国より兵をゆっくり進ませております」

「それは、」


 目を見開く先人。五大氏族の兵がすべて動く事に驚きを隠せなくなる。


「五大氏族の預かりし兵、どれも精鋭です。存分にお使い下さい」

「ありがとうございます。ですが、今居る兵だけでも船での移動は」


 戦用の船の数は限られている。すべて結集となれば連れていく事も、それを養う物資も欠く。それをどう補うか、そもそもそれだけの兵をどうするか、と考えている先人に


「何を弱気な事を」

 

 突然話に割って入る。


「侠悟」


 当主が窘めるが無視してそのまま続ける。侠悟が笑いかける。


「どうせなら都に打って出ればよい。碌な兵も寄こさない頂点など必要か?」


 目を見開く先人。当主は更に息子を窘める。


「黙りなさい」

「お前も、曽祖父が失脚して碌な目にあってないだろう。その上居の国とか阿保らしい。言う事聞いている方が損をする。だろう?」

「侠悟!」


 とうとう当主が叱るが、先人は侠悟をじっと見つめている。


「…何だよ」


 先人の真っ直ぐな目が落ち着かなくなり侠悟が問う。


「ありがとうございます」

「は?」

「先人殿?」


 突然礼を言われ、戸惑う侠悟と堅悟。その場に居る皆も戸惑う。それを気にせず、先人は続ける。


「私の境遇を思って言って下さったのですね。ですが私は反乱を起こす気はありませぬ。曽祖父・大知光村は忠誠を持って国と大王に仕えていました。私はそのような事は致しませぬ」

「それで捨てられたらどうしようもないだろ」

「侠悟」


 侠悟の余りの言葉に堅悟が窘める。先人は首を横に振る。


「それでも何もしませんでした。あの兵らを使う事無く」


 侠悟が目を見開く。


「私は国賊になる事はしません。曽祖父・光村の守りしものを穢す真似は。必ず己の力で上に行き【忠臣】が居たと証明します」


 先人は決意を込めて伝える。侠悟は黙って見つめている。他の皆も。

 堅悟が感嘆したように見つめ、声を掛ける。


「先人殿」

「当主様、侠悟殿。海を越える命が下りるまでよろしくお願い致します」

「わかりました」


 先人が頭を下げ、堅悟が答える。侠悟は見つめたまま。

 頭を上げたと同時に先人が決意を込めた表情をして堅悟に切り出す。


「それと、頼みがあります」

「はい」

「こちらへ向かっている兵を都へ向け、ゆっくりと進ませてください」

「!」

「打って出るのか?」


 先人の言葉に驚く堅悟と、驚き嬉しそうな声を出す侠悟。先人は首を横に振る。


「いいえ。北と西、東からじわじわと進み、国境で留め置いて下さい。それだけで良いのです」

「…それは」


 意図を図りかねる堅悟が問う。先人は淡々と話す。


「居の国へ行っても無事に戻れるか分かりません。いざという時のための都の守りとします。万一海を越えられても守れるよう。いざという時の兵の采配は御記様へお願いしたいと思います。古志の国も大陸から船で向かえます。その守りが必要でしょう。そのように知らせて頂きたいのです。海を越えるのは今ここにいる兵で充分です」

「それでよろしいのですか?無理な出征を命じたのですよ」


 先人の話を聞き、堅悟は問いかける。恨みは無いのかと。出征だけでは無い事は先人も受け止めている。その上で、首を横に振る。


「大王あってこそ国は守られる。曽祖父様はそう言っていました。私も、その意に従います。忠臣の意に従うのみです」


 呆気に取られ皆(鋭以外)、先人を見つめる。見た目は覇気が無い、穏やかな様子なのに、内には強き信念と聡明さがあり、それが表に出ている。才の無い凡庸という噂など消し飛ぶほどに。

 先人は続ける。


「それに、皆様が兵を出した理由は、国のためと証明出来ます。大知光村への忠誠と国を守るため両方だと。それならば綜大臣も誰も安易に手出し出来無いでしょう」

「我らの事も」


 考えているのかと驚く顔をする堅悟と侠悟を見つめ、柔らかく微笑む。


「当たり前です。私は大知光村の守りしものを守ります」

「…承知しました。先人様」

「承知しました」


 堅悟と侠悟が言葉を直し、先人に従う。先人は頭を下げる。その場の皆、先人に心から従う意思を見せた。佑廉も感動している。曽祖父・熟練の言葉は間違っていなかったと思っているのだ。鋭も弟子の本領に満足してた。先人は皆の言葉に嬉しく思っていたが、堅悟に様と敬称を付けられてた事に気付いていない。



 先人達が去ると、堅悟と侠悟が話始める。


「…ああいう奴だったのか。曽祖父様じーさまが言っていた俺の主は」


 曽祖父・師悟の言葉を思い出し、深く頷く侠悟に、堅悟は呆れた顔をする。


「侠悟。口が悪い。お前は先人様より一つ年上だろうに。まったく失礼な事を」

「全く気にしてなかった。それどころか礼を言われるとは。曽祖父様じーさまが言っていた通りだ」


 心優しく聡明で清廉な子、光村様にそっくりだと良く言われていた事を思い出す侠悟。


「言葉を何とかしなさい。祖父様の目は確かでしょう」

「ああ。そのままだ」


 堅悟が注意をするが、聞いているのかわからない様子の侠悟。先人が去った後を見ているのだ。

 堅悟はその様子にため息を付く。


「まあ、光村様は容姿が美しい御方だったそうですが」

「悪く無いが中身だけか。似たの」

「無礼ですよ」


 容姿については曽祖父の言葉を覚えていなかった侠悟。先人の容姿を素直に言う。嫌味や悪気は一切無い。多角的にものを見て、俯瞰をし、判断決断する性格なのだ。

 侠悟は少し考え、笑い、動き出す。


「気に入った。俺、あっち行くわ」

「補佐は必要ありません」


 行こうとする侠悟に堅悟は待ったをかける。驚く侠悟。


「は?」

「綾武氏当主の子・佑廉殿がいたでしょう。先人様の師匠も付いてきたそうですから」

「ああ。長老の曽孫」

「ええ。熟練様の事は知っているのですか?」

曽祖父様じーさまが言っていた。長老の話は覚えている。見て来るか」

「侠悟。まったく、」


 さっさと向かう侠悟を強くは止めない。堅悟も思い出していた。祖父であり先々代当主・師悟の事を。


『侠悟を一番に』


 亡くなるまでずっと言っていたのだ。




〔その頃・宮中〕


 宇茉皇子と荻君がいつもの書庫に居ると、長之皇子が慌てて入って来る。珍しい事に驚いていると更に驚愕する事が伝えられる。


「大王が…崩御?」

「今朝、急にとの事です。兄上、賊が侵入し」

「討たれたのか?」


 大王が賊に討たれたとあれば皇族の力は失墜する、と思っていると長之皇子が首を横に振る。


「いえ、証言者からの話では賊を退却させ、その時の精神的な衝撃で胸を病み、亡くなられたと。医官も確認して結論付けました」

「…真に、そうなのですか」


 長之皇子の説明に、宇茉皇子は疑念の声を出す。長之皇子も頷く。


「私も、そう思います。大王では賊を退却させられるとは思えません。ですが、もう」

「綜大臣の決断か」

「此度の出征に思う処あったのでしょう」

「大王の独断専横が逆鱗に触れた。二人のな」

「はい」


 綜大臣と大知光村。思いは違えど逆鱗となったのだ。

 宇茉皇子が続ける。 


「それで賊はどうなったと?」

「捕まったそうです。綜大臣が直々に采配を、すぐに処されるそうです」

「…隠蔽ですか」


 苦い顔をする宇茉皇子。祖母である二の方を思う。


(ほとんど付き合いも無いが叔父。二の方様もこれで子はすべて。さぞ…)


「では、出征はどうなるのです?」


 荻君が切り出す。宇茉皇子の様子を気にしつつ長之皇子が続ける。


「綜大臣の判断次第。ですが、大王崩御となれば」

「…戻るだろう。しかし、何故」

「兄上?」


(兵が居なくても影は付いている筈。何故、離れた)


 宇茉皇子は疑問と共に思い出す。


『動かないで下さい』


(瀧…。まさかな)





〔宮中・とある隠し部屋〕


 その頃、宮中のとある場所、誰も知らず気付かれ無い、静かな処に、十人以上縛られて置かれている者らがいる。


 縛られてはいるが口は塞がれていないため、一人が声を出す。


「何のつもりだ」


 声の先には、一人の男。暗く影になり、よくは見えないが、縛られている男はわかっている。それは、


「何とは?」


 心底不思議そうな声色で話す男。…吹である。

 縛られている者らは大王の皇子時代の影らである。その頭である男が吹を睨みつける。


「我らをどうするつもりだ。我らは」

「大王は、崩御された」


 問いに答えず、淡々と告げる吹に驚愕する頭。

 吹はため息を付き、残念そうに語る。


「そなたらが仕事を怠ったせいで賊に襲われその衝撃で胸を病み、そのまま、だそうだ」


 吹の言葉にかっと怒りを覚え、頭は叫ぶ。


「お前ら(服織氏)がそうしたからだろう」

「次代はすぐ誕生する。先のものはいらぬ。影は、我らのみ」


 温度の無い声で淡々と話す吹。感情の切り替わりが早く追いつけない。すべてが演技、そう考えるとぞっとする頭と仲間の影ら。

 吹の様子に、自身らは誤解をしていたと悟る。


(大王の影。服織氏のみなのはわかっていた。だが、代々大王が独自の影を持つ事もあった。だがそれらも次代誕生と共に消えている。服織が取り込んだと思っていた。しかし)


 完全な思い違い。真に消えていたのだ。

 悟ったと気付いた吹が静かに話す。


「宮中、他氏族の事を知っている者らを次代の大王が使うとは限らない。余計な情報を外に漏らされる恐れがある。毎回それを考えない者らが多くて困る」


 吹の手先に気配を感じる。武器だ。そう感じ、頭は叫ぶ。


「待て、まだある」

「何が?」

「津の国に先に送った。大王の命で兵の中に。大知氏は滅ぶ。嫡流の血をもって。それを新しき大王に」


 それを聞き終わる前に近くの者に指示を出す吹。


「瀧に伝えろ」

「承知」


 指示を受けた一人が去る。頭は気付く。この場には、たくさん、居るのだ。服織が。

 吹は頭に近付き、嗤う。


「さて、こちらの番だ」



 頭は、影らは後悔した。甘く見ていた事、決して手出ししてはならぬものを見誤った事に


吹さんは怖いです。

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