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和乃国伝  作者: 小春
第七章 まこと
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六.光村の願い

〔その頃 織部司〕


 熟練と話をした吹が織部司に戻り、待機していた瀧と共に何事も無く仕事をしている。服織は政に関わらない部署なので熟練が大王に謁見していてもその場に入れない。しかし、気配無く監視していた服織の者が戻り、頭である吹に報告し、去って行く。


「熟練殿、宗殿共に都を出た。一応連れて来た兵らも共に出たと」

「早」


 素で感想を言う瀧に吹は呆れた顔になる。


「鍛え方が違うのだ。そちらの首尾は?」

「上々です。大臣も動き出しましたので」


 瀧の言葉に頷くき、ため息を付く。


「勝手に居の国援軍を決め、大知氏を滅ぼすと決め、策を弄した大王を綜大臣がどう思うか、それに至らなかったゆえ自滅するのだ」

「五大氏族も動きましたし」

「五大氏族が誰に従っているのかわかれば綜大臣は、どちらを生かせば良いか即断するだろう」


 吹の言葉ににやりと笑う瀧。


「そうですね。私も首尾を見届けた後、連れて帰ります」

「任せる。こちらは我らが動く」

「全精力使いますか?頭」

「聞くまでもない」


 二人笑い、そして各々の持ち場に別れる。

 瀧は綜大臣の元に行く。少し前に生け捕りにした男を連れて。霧に引き渡す。


「連れてまいりました」

「入れ」


 淡々とした声で返事をし、霧が連れて来た男を見つめる。男は脅えている。

 そんな男に綜大臣は満面の笑みを浮かべ


「そなた、我に願いがあるな?」


 男の目が見開く。その目に光が見えると更に笑みを浮かべる綜大臣。

 軽く手を上げられ、席を外せと指示された霧は外に出る。部屋の気配を監視しながら。


「どう?」


 軽い調子で話しかける。瀧である。霧は中の気配を気にしながら


「助かったわ。大臣がお喜びよ」

「それは何より。使用人が分流とは言え綜氏の奥方様に手を出そうとか」

「大分前から懸想していたそうなのよ。分流に付いている影が言っていたわ。懸想だけなら良くある話。だけど、ある日、本懐を遂げそうになり」

「それがばれて逃げていたと。奥方様は無事だし、一方的に付きまとわれてたらしいけど、災難だな」

「ええ。夫は憤慨して探していたのに見つからない。よくわかったわね」


 それには答えず、瀧は


「で?決行は?」

「大臣がすぐに堕とすわ。…夜明け前に」

「早いな。流石。で、次は?」


 霧が瀧に近付き小声で話す。


「…え?」


 瀧の珍しく驚く声に霧は笑う。


「大臣は、叶内淑那様になりたいのよ」

「成程。じゃあ、用済みか」


 驚きをおさめ、淡々と話す瀧に霧は不思議そうな顔になる。


「何の話?」

「何でも。そちらは問題無い」


 一人納得する瀧。霧は話を変える。


「貴方はいいの?大王を救わなくて」

「次代が決まっている以上、その御方に仕えるまで。俺らはそういう存在」

「達観しているわね」

「余計な事をしなければ安泰だっただろうに。あいつの芽はもう無い」

「?」

 

 戸惑う霧に軽く首を横に振り、手を振り、去る。歩きながら思う。


(あの大王が大人しくしていて大知氏を放っておいてくれたら、次代はあの皇子の芽もあった。だから目を瞑っていたが、次代があの方ならば、もう無い)





〔津の国・港〕


 青海の国の湖から川船で、波流の港へ。そこから海の船に乗り換え、津の国へ行く。途中、いくつかの港を経由しながら七日かけて津の国の港に辿り着く。

 船から下り、一息付くと佐手彦の部下が話しかけてくる。


「結局、二十の兵も残りませんでしたね。大将軍」

「いいのです。その分は私が動けば良いですから。皆は良いのですか?」


 その言葉に笑う。


「佐手彦将軍から頼まれましたので、お供致します。怒らせると怖いので。ご存知でしょう?」

「?」


 怒った処を見た事が無い先人は困惑していると、それを察して更に笑う。


「どうやら、甥には甘いようですね」

「大将軍」

「師匠、いや鋭殿。兵の様子は?」


 ここでは立場が上なので言い直す先人。それを見て、それでいいという風に鋭も頷く。


「まだましな者らが残ったようです。これなら罠を張り奇襲も可能そうだ」

「そうですか」


 話をしていると、身なりがしっかりとした者らが近付いて来る。その中心に先人と同じくらいの歳で、爽やかな、しかし意志の強そうな目をした者がいる。

 察した先人がすぐに礼をして出迎える。


「津氏様の使者でしょうか?私は大知―」

「存じております。先人様ですね。私は津氏の者ではありませぬ」


 同じ年くらいの者が柔らかく話したと思えば、しっかりした礼をする。


「古志の国綾武氏当主の子・佑廉ゆうれんと申します」


 先人が驚き、目を見開く。慌てて再び礼をする。


「綾武様」

「佑廉で良いのです。大将軍」

「何故、ここに」

「津氏当主にも話を通しました。こちらへ」


 先人の問いに答えず、先を歩く佑廉。戸惑いながら着いていくと小高を上り、そこから見下ろす。すると、


「これは」


 多くの兵がいた。数にしてこれは、


「貴方様の兵です。大知先人様」


 驚く先人に佑廉は語る。曽祖父から聞いた、八年前の事を。




 光村は、五大氏族に繋ぎを付け、会っていた。失脚して三十年と少しぶりであった。


『どういう事ですか。光村様』


 味氏の長・帆凪が光村に声を荒げる。守氏の長・衡士がそれを止める。


『帆凪様。おやめください。光村様の意思です』

『衡士様、納得出来ますか。幼子に兵を任せるとは正気とは思えない。光村様』


 帆凪は強く主張する。光村は意思を曲げず、静かに話す。


『今ではありません』

『ではいつ?成長してもまだ若い。兵を任せるには心許ない。出来ませぬ』


 受け入れられないと主張する帆凪に熟練は静かに見据えて言う。 


『光村様は十五の時から戦に出ている』

『熟練殿。我々は光村様に恩あるとは言え、どう考えてもおかしいだろう』


 なおも主張する帆凪に止めに入る宗。


『お止め下さい。帆凪様、熟練様』

『宗殿。しかし』

『光村様のお考えを聞きましょう』


 宗が止めても収まらない帆凪に黙って流れを見つめていた津氏当主・師悟が皆に話を聞くよう促す。皆、光村を見つめる。

 光村は語り始める。


『私は大知氏と共に消えるつもりであった。我が命尽きた時、すべて終わらせると決めていた』


 静かに、そして凛として話す光村。一つ区切り、目を伏せる。


『だが、まだ終わらせたくなくなった』


 その言葉と共に顔を上げ、光村は皆を見つめる。帆凪が口を挟む。


『幼子を憐れまれましたか。自身の血を』

『帆凪様、』


 宗が止めようとすると、光村は強く言う。


『私を忠臣と言ったのです』


 皆、驚き黙る。*熟練と師悟以外

 光村は続ける。


『周りも、身内も私を国賊のように扱い、そう言っている。その身内として虐げられて生きて来た子で在る筈なのに、罪人では無い。化物などいない。私を忠臣とそう言ったのです』

『辛いから何かに縋りたくなったのだろう』

『国賊扱いの者に縋りつく幼子などいない』


 帆凪が光村に言い返すが師悟が冷静に帆凪に言い返す。


『目が、淀んでいないのだ。濁が無く、昏くも無い。私に礼をしたのだ。国と大王と大知氏を守ってくれた事への礼を』


 皆更に驚く。


『私は一将軍として大知氏を残そうと思った。あの子が血と志を残してくれるならいずれ濁は消える。それで良いと。だが、あの子は、先人は大連に成ると言って聞かぬのだ』

『は?』


 光村の話に素で驚き、声が出た帆凪。


『自分が大連になり、国と大王に忠誠を尽くし守り抜けば己の行いを見た者らが化物などいない、忠臣がいたのだと納得するだろうと。…大知氏再興のため産まれ、そのために育てられた。子どもの姿だが口調も頭も大人のようにも感じられた。そのように振舞う事しか許されなかったのだ。放っておいた私の罪だ』

『…言いたい事はわかりました。しかし、何故』


 帆凪の言葉を遮り、突然跪く光村。皆驚き、見る。


『私は譲歩して来ました。すべてを隠し、それを利用し、特権を与え、氏族を保護して来ました。…我が最期の望み、聞き届けて頂きたい』


 全員息をのみ、光村を見つめる。


『先人が今の志忘れず成長し、宮中に入れば必ず頭角を現す。その時大王、皇族、綜大臣、陳大連…力を持った者らが警戒し、死地に送るだろう。その時が来たら、かつて見逃した兵らへの全権を与えてほしい。必ず、大知氏を滅ぼそうとするだろう。ならば狙いは』


『唯一の嫡子、ですか』


 綾武氏の長・熟練が指摘する。


『かつての大王のみことのりで表立っては滅ぼせない。ならば血脈を絶つ。そういう事ですね』


 守氏の長・衡士が静かに言う。


『…頭角を現した時ならば、そこまで危険視されるならば器は充分か』


 味氏の長・帆凪が息を付く。


『問題無いかと』


 津氏の長・師悟が笑う。


『…皆一致しました。承知しました。光村様』


 御記氏の長であり筆頭・宗がまとめ、礼をする。


『礼を言う』


 皆に頭を下げる光村。それを見つめる皆。そして、宗が問う。


『貴方様がそこまでされるほどの御子なのですね』

『私の、唯一なのだ』


 泣きそうな、嬉しそうな顔をした光村。皆はそれを忘れない。




 話が終わり、今。


 佑廉の昔語りが終わり、先人は黙り込む。佑廉はそれを見つめている。


「皆、それで承知したそうです」

「…」

「皆光村様に恩があり、筋は通さねばと」


 佑廉の言葉を危機ながら、先人は思い出す。光村の言葉を。


『そなたがそなたで在る限り、私はそなたと共に在る』


 それに気付かず佑廉は話し続ける。


「かつての反乱氏族の系譜で生き残った者らを密かに保護し、五大氏族それぞれに預け密かに匿い、育てていました。いざという時、国を守れるようにと。皆、命永らえた恩で兵として生きる事とした。それが子孫に受け継がれ、今があります」

「…」

「主は貴方です。大知先人様」


 何とも言えず立っている先人に鋭が声を掛ける。


「かつて己が鎮めた反乱氏族を匿い、新たな兵とする事など我が国では考えられぬ。それを成しながら己のために使おうとしなかった。間違い無く、大知光村という人物は【忠臣】だったのだろうな」

「師匠」

「それを託した。それがかの方の思いだろう」


 鋭のその言葉に泣きそうになるが、今は、と思い飲み込む先人。鋭に返事をし、佑廉に向く。


「はい。佑廉殿」

「はい」

「津氏当主に挨拶を。共に行ってもらえますか?」

「無論です」


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