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和乃国伝  作者: 小春
第七章 まこと
53/128

五.大知大連の逆鱗

〔宮中書庫〕


「綾武氏が?」

「たった今来られ、大王に謁見をと」

「兄上」


 急ぎ来た官人から綜大臣の言伝を聞き驚く宇茉皇子と長之皇子。荻君も驚いている。


(五大氏族筆頭・御記氏に次ぐ勢力である綾武氏。それも)


「長老・熟練殿…」


 宇茉皇子の呟きに長之皇子は言葉を引き継ぐ。


「確か、古志の国の反乱は大知光村殿が収めたのですね」

「はい。陳新鹿殿と共に」

「!」


 陳新鹿と言う名に動揺する荻君。長之皇子も動揺しながら考えている。


「大知光村殿、陳新鹿殿、当時を知る者。五大氏族の長老が何故…」

「それで、長之皇子様と宇茉皇子様も謁見の場へ来るようにと」


 官人の言葉に皇子二人が顔を見合わせる。

 荻君を裏で待たせ二人謁見の部屋に行く。すると既に綾武熟練が大王と対峙していた。簡単な礼のみで済ませ向き合う様子に大国の領主たる威厳が備わっていた。


「古志の国綾武氏、参りました。大王」

「老いた身で都までご苦労だったな」

「少々堪えましたが、国のために参りました」


(綾武熟練…、すでに八十近いと聞くが老いを感じさせない勝達さ。流石五大氏族)


 宇茉皇子は様子を間近で見て感じている。戦乱の世を生きた者にしか感じない静かな空気感。


(…淡々と話しているが、わかる。これは)


 察するが静かにその場を見つめている。長之皇子も何かを察しているが黙っている。

 大王が熟練に本題を切り出す。


「それは結構な事だな。此度は何用だ?」

「居の国に援軍を送られると」

「これはこれは、お早い。流石ですな、綾武様」


 大王と熟練の話に入る綜大臣。地方の大国だが情報は逐一流れている事がわかり内心焦りつつ持ち上げる態度をしている。それに気にも留めず、熟練は話を続ける。


「援軍を送るとならば万一にも敗戦した場合、広の国、識の国或いは等の国が海を越えて来ないとも限りませぬ。我ら五大氏族より都への守りの援軍を代表として連れてまいりました」

「ほう、それは何より」


 大王の感嘆の言葉に、綜大臣も柔らかい表情になる。


「それは助かります。綾武様。…兵はどちらに?」

「都の入り口付近においております。兵を見て都の者らを不安にさせる訳もいかぬでしょう」

「そのような報告は。確認せよ」

「はっ」


 すぐに確認の指示を近くに居た部下に出す綜大臣。

 熟練は気にせず辺りを見回す。


「しかし、何もかも懐かしい。変わりませんなあ、ここは」

「そなたもかつては宮中に出ていたのだったな」


 大王の言葉に懐かしむように話し出す熟練。


「若い時分、我が氏族が血気盛んなばかりに国を揺るがした事申し訳ありませぬ。しかし、大知大連様の配慮により大王より許され生き長らえらせて頂きました。古志の国も取り上げられず氏族も失う事無く、感謝しております」

「失脚し、追放した罪人を持ち上げ過ぎだ。あれは己が国を手に入れたかっただけだ。そなたらも、利用されただけだ」

「ははは」


 大王の言葉に笑い出す熟練。


「綾武様」

「いや、忠とは何だと思いまして。忠を守った者が【罪】となるのか?いやはやわかりませぬな。宮中とは」


 咎める綜大臣を手で制し、熟練は笑いを止め、冷たく話し出す。その様子に大王は侮辱を感じつつ問いかける。


「…何が言いたい?」

「忠臣から唯一を奪ってはなりませぬよ。大王」

「…?」


 意味が分からず困惑する大王やその場の者ら。目を見開く綜大臣。離れている宇茉皇子と長之皇子は何かを察して黙り込み、大王と熟練を見つめている。

 そこに、熟練が連れて来たと言っている兵らの様子を見に行った者の報告を受けた官人が来る。


「大王、大臣」

「どうした?」

「兵は、居たそうです。ですが」


 官人が言いにくそうに綜大臣に小声で伝え、それに驚き声が出る。


「十?」


 その場に居る臣下らもひそひそし出す。『十だと?』『五大氏族が?』

 大王が声を張り、叫ぶ。


「綾武熟練。どういう事だ」

「これは参りましたな。道に迷いましたかな?」

「愚弄しておるのか」

「まさか。ああ、間違えてはおりませぬな。正しき処に行ったまで」


 熟練が笑顔で答える。


「?」

「…まさか」


 大王は面食らい困惑するが、綜大臣は瞬時に察する。





〔その頃 青海の国〕


 わずかな寄せ集めの兵らと共に青海の国に辿り着く。屋敷には先人と鋭、佐手彦の部下が行き、他の兵は屋敷から離れた広い場所に休ませてある。多く無いとはいえ、屋敷の前に都からの兵を置くのは礼を失するからだ。

 屋敷の前に居た兵に話をし、やがて瑞が現れる。先人を見て頭を下げる。


「先人殿」

「瑞様。お久しゅうございます。船の手配、有難く思います」

「いいえ。兵は」


 気づかわし気に言われる。青海の国に入った時から手の者が確認していたのだろう。わかっている様子に頷く先人。


「充分です。多ければ移動もままならないでしょう。…瑞様」

「はい」

「ここまでで歩くのもままならない者は置いていきます。都まで戻す事頼めますか?」

「それでは兵は居なくなります」


 瑞は驚き、困惑する。先人は小さく笑い首を横に振る。


「居の国で兵の采配をします。少なくとも策を巡らせれば抑える事叶いましょう。広の国とてこの先、等の国との戦もある。居の国に兵を多数配置出来ぬはず」

「広の国と等の国が結べば」

「考えましたが在り得ぬと、師も言っておりますゆえ」


 瑞の見通しに先人は隣の鋭を見つめ答える。瑞は鋭を見つめる。


「師、だったのですか?」

「はい。渡来人が師ではあらぬ誤解もうまれると思いまして。申し訳ありません」

「瑞様。私の意思です。申し訳ありません」


 以前会った時に護衛としていた事に対し謝罪する鋭と先人に首を横に振る瑞。


「いいえ。警戒は当たり前です。…真ですか?」


 謝罪を受け取り、すぐに話題を戻す瑞に、鋭も先人もすぐに答える。鋭から話す。


「等の国はあくまで広の国を我がものにしたいのです。長年戦ってきた因縁もあります。互いに和睦交渉は在り得ぬと存じます」

「居の国も和乃国も等の国との戦は望んでいません。等の国も今すぐに和乃国を手に入れる事考えてもいないでしょう。師と同じ考えで決めたのです」


 二人の言葉に頷く。様子から、血の力から判断をする瑞。


「先人殿、鋭殿、承知しました」

「ありがとうございます」


 先人の礼に、瑞は真剣な顔になり、見つめる。


「津の国にはもう、おりますゆえ、お好きにお使い下さい」

「瑞様?」

「先人殿、いえ先人様。貴方様に大きな守りがあります。それを、使う時。必ず貴方は守られます。必ず」


『そなたがそなたである限り、私はそなたを必ず守る』


 瑞の言葉に、かつての光村の声が聞こえる。


「瑞様」

「お行き下さい。すべてはそこから」






〔宮中・謁見の部屋〕


「綾武熟練」


 正しき処と言う言葉で察した大王が怒り、叫ぶ。

 その場に居る兵らが一斉に剣に手を掛ける。

 綜大臣だけが止めに入る。


「大王」


 大王の前に立ち、請う綜大臣。五大氏族を怒らせてはならない。それもわからず只激昂する大王に失望し続ける。

 綾武熟練はにやりと笑う。


「私を討ちますか?出来るものならやってみろ」

「…」


 大王は怒りに震えるが、綜大臣に止められて抑えている。他の兵らも熟練の圧が強く動けない。

 熟練は威厳に満ちて叫ぶ。


「我は五大氏族長老・綾武熟練。我を討てば五大氏族が黙っていない。乱世に逆戻りだ。それでも大王のため、討つ覚悟あるなら討てばいい」


 気迫が強く、圧が強い。乱世を生きた者しか出せない空気。皆黙るしか無い。


 し…ん


「大王、成りませぬ」


 綜大臣はなおも止め続ける。

 熟練は周りを見渡し、ため息を付く。


「手ごたえの無い腑抜けばかり。忠臣など一人もいないようですな。では、これで」


 颯爽とした足取りで場を後にする熟練。出る前に一瞬止まり、そして一言。


「大知大連の本領、とくとご覧あれ。大王」

 

 熟練が去った後、その場にあった熟練の圧が取れ、騒がしくなる。

 長之皇子が宇茉皇子を見つめる。


「兄上」

「少し、離れます」


 返事も聞かず、熟練の後を追いかける宇茉皇子。宮中に居た事もあるため、知り尽くしているようですぐには見つからない。


(どこだ?何故、気付かなかった。いや、考えもしなかった)


 あちこち探し、走る。


(先人が光村殿を慕っていたのはわかる。しかし、光村殿が先人をどう思っていたのか、考えもしなかった)


(先人は一度も、光村殿を冷酷な人間と言っていない。幼い子ども冷たくする理由など無い、そう思っていた)


(けれど、大知光村は情が薄い人間だと、子にも孫にも失脚後、手を差し伸べ無かった。それはすなわち、自滅するのを放っておいた。残す気が無かったのだ。大知氏を。それが)


 一つ一つ、区切るように考える。


 先人を思い出す。


『何故、国は在る』

『幼き日、共に過ごしました』

『曽祖父様のような美しい人と比べるなどおこがましいです』


 一つ一つの言葉から、答えが出る。


(よき曽祖父を演じる必要など無い。ならば、光村殿は)


 熟練の言葉を思い出す。


『忠臣から唯一を奪ってはなりませぬ』


 冷たい汗が頬を伝う。


(大王は、大知大連を怒らせたのだ。いや、逆鱗に触れたのだ―)





 その頃、謁見の部屋から出た熟練は速足で宮中の外へ向かっていた。すると向かい側から歩いて来る見覚えのある者。御記氏前当主にして五大氏族筆頭を勤める宗である。伝手を使い、正体を知られずに宮中に入ったのだ。互いに見つけると共に外へ向かって歩き出す。


「熟練様」

「宗殿。来られたか」

「謁見は?」

「終わった。しかし、骨が無い」

「?」


 ため息交じりになる熟練に困惑する宗。続けて語り出す。


「怒りで襲いかかるかと思いあれこれ準備していたが、使わなかった。昔とは違い腰抜けが多いな」

「熟練様…。ならば」

「こちらでの役目は終わった。出るか」

「はい」


 二人、宮中の出入り口に差し掛かると後ろから


「お待ちください」

「?」


 熟練と宗が同時に振りかえる。宇茉皇子が追いつき、二人を見据える。


「私は宇茉皇子と申します」

「存じております。月大王の皇子様ですね。先程もおられましたね。綾武熟練です」

「御記宗です。皇子様、申し訳ありませぬが時間が無いのです。これにて」

「兵は、先人の元ですね。何故貴方がたが」

 

 その言葉に困惑した顔をする熟練に宗が補足する。


「先人様を側に置いているのです」

「ああ、成程」

 

 先人が皇族に仕えているのは聞いていたが、どこかは把握していなかった熟練。宇茉皇子と目を合わせ、向き合う。


「皇子様。我ら五大氏族、皇族の味方をしている訳では無いのです」

「わかっています。貴方がたを御せたのは大知光村殿だけ」

「ははは」

「?」


 熟練が笑い出し、困惑する宇茉莉皇子。笑いながら更に続ける。


「あの御方は、我らを御そうとなどしておりませぬ。ましてや力で捻じ伏せる事も。そのような野蛮な事は何一つ」

「では、何故」

「己が私心など微塵もない。そう言う御方だったから我らも従ったまで」

「…」


(ああ、やはり我らを恨み、憎んでいる)


 宇茉皇子は謁見の部屋で感じた事を更に実感した。


「その方を追い落とし、追放し、無為に生きさせ、その後国は仮初の安定を得た。しかし内部はぼろぼろ。どういう事でしょうね?」

「それは、これから」

「これから?我らの時代はそんな時など無かった。いつでも即断即決だ。そうで無ければ生き残れぬ」


 強い圧に言葉が出て来ない宇茉皇子を気にも留めず続ける熟練。


「乱世を知らぬ子どもよ。その中で忠を貫き国を安定させた臣下を追い出しつかの間の仮初の安定を得た。そして今この有様」

「…」

「我らを止めに来たのですか?止まりませぬよ。我らは筋を通します」


 少し落ち着いた様子の熟練の言葉に、宇茉皇子はようやく声を出せ、問いかける。


「先人は、唯一なのですか、光村殿の」

「唯一の光、そう言っていました」


 宗が答える。無表情で。

 熟練が静かに続ける。


「すべて捧げ、すべて奪われ、背を向けられ、追放された忠臣がその人生でたった一つ得た光を奪おうとした。許せますか?」

「…」

「では」


 黙り込む宇茉皇子を一瞥して去ろうとする熟練と宗の背に、叫ぶ。


「止めぬ」


 熟練と宗が止まる。宇茉皇子はそのまま続けて叫ぶ。


「何も知らぬ。私は大知先人の主だ」

「利用し、大王に成られるつもりで?」


 熟練が振り向き、冷たく問いかける。宗も振り向く。宇茉皇子はかなり近付き、強く見つめる。

 

「私は別の道を行く」

「大連と並び立つと?それではいつか対立し、追い落とす」

「私はしない。必ず、共に立つ」

「…やれるものならやってみろ。しかし、我らは従わぬ。我らが従うのは大知光村様と唯一様のみだ。―どけ」


 熟練が宇茉皇子の肩をはらう。よろけるが受け止められる。宇茉皇子が謁見の部屋に居ない事に気付き、探しに来た荻君である。


「荻君」

「大丈夫ですか。皇子様。無礼者が」

「よい。…?」


 荻君を諫め、目線を送ると二人、固まっている。


「御記殿、綾武殿。いかが、」

「陳新鹿」


 熟練は殺気をまとい、荻君を睨みつける。宗は無表情で見つめている。


「友を売った裏切り者が我にものを言うな」

「な」


 熟練の怒鳴り声に荻君は怯む。そんな様子を気にも留めず熟練は近付き荻君の胸倉を掴む。


「…あいつでは無い。生きていたのか分流。陳荻君。お前はあの男に似ている。誰よりも近くにいて友と呼び共に力を合わせ、あの方の信を得ていたのに。先人様を裏切ってみろ。その身今度こそ我が八つ裂きにしてくれる」


 強い憎しみの声と目。余りの恐ろしさに荻君は声が出ない。


「綾武殿」


 宇茉皇子が止めるも収まらず、


「熟練様。ここは、」


 宗の声で熟練は一息付き、荻君を吐き捨てるように投げる。その荻君に宗が近付く。


「…恐ろしい程の因縁ですね。分流の若。再び事を起こせば容赦はしません」

「な」

「我らは決して同じ轍は踏まない。お忘れなきよう」


 恐ろしい程冷たい目をした宗はやがて熟練と共に去って行った。

 宇茉皇子は荻君に手を差し伸べる。


「荻君。大丈夫か」

「はい」

 

 宇茉皇子の手を断り、己で立つが、震えが止まらない。


「そなたの名で気付いたのだろう」

「はい」


 名だけで陳氏という事を理解した。宮中に出ていない五大氏族が。それは


「綾武殿も御記殿も大知光村殿を慕っていたのだろうな。いや、今も」

「…そのようです」


(全身で感じた。強い怒り、憎しみ。いや、まだ優しい言い方だ。御記様が止めなければ斬られていた)


『お前はあの男に似ている』


(私は、陳新鹿に似ているのか…)


『先人様を裏切ってみろ。今度こそその身八つ裂きにしてくれる』


(私は、違う。裏切るものか)


「皇子様…戻りましょう」


 思いを振り切るように宇茉皇子に声を掛ける。その様子を察し宇茉皇子は話し出す。


「ああ、もう私は動く必要は無いな」


 頷く荻君。


「五大氏族、いや、大知大連の逆鱗に触れたらどうなるか、皆、これから知るだろう」

「…はい」



荻君と新鹿は顔がそっくりです。何故か。性格は違います。

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