四.長老
〔宮中・書庫〕
書庫には宇茉皇子と荻君、そして長之皇子がいた。瀧は姿が見えない。
宇茉皇子が援軍に対しての調べを受け取り、驚愕し、怒りを覚えている。
「どういう事だ」
「兄上」
珍しく声を荒げる宇茉皇子に長之皇子は諌めるように声を掛けるが力が無い。気持ちはわかるので止められないのだ。憤慨する宇茉皇子。
「寄せ集め、それも五十。それで居の国へ?我が国の恥でもあり居の国への侮辱だぞ」
「それを采配出来るのですか?先人が」
余りの事に口を挟む荻君。いくら何でも無謀だ。生きて帰れるような采配では無い事に宇茉皇子と同じく内心憤慨している。宇茉皇子が己を抑え、ようやく苦しそうに声を出す。
「…するしかあるまい」
「綜大臣が再編成を求めましたが大王は撥ねつけたと書いてあります。大知佐手彦将軍が奏上していますが叶えられていないとも」
調べの報告書を読む荻君も苦しそうにしている。宇茉皇子は頭を抱え、やがて長之皇子を見つめる。長之皇子は察し、頷く。
「綜大臣でも御せぬのか。ならば、長之皇子様」
「はい。奥を動かしましょう」
「奥?まさか」
奥とは皇后、妃、夫人、嬪が住む処。皇子二人が動かすと言う事は、と察する荻君。
宇茉皇子が決断する。
「二の方様(祖母)を動かす」
「はい。私も一の方様(祖母)に願い出ます」
「!」
荻君が驚き見つめていると、書庫の外から気配を感じる。気配はすぐに入って来る。
「失礼致します」
「いかがした?」
大王に仕えている官人である。慌てたように声を出す様子に宇茉皇子は戸惑い問う。
〔少し前・大王の執務室〕
そこには大王と少しの官人、綜大臣がいる。綜大臣がある奏上を読み、進言する。
「大王。奏上が入っております。大知佐手彦将軍が補佐として居の国に派遣するよう求めると」
「放っておけ」
平然と一蹴する大王。綜大臣が食い下がる。最後の情け。
「大王。せめてこれだけは」
「あれは強い。経験もある。下手になくしたくない。国のために生きている間は働いてもらわねば」
「…」
大王の言葉を聞いた綜大臣が、最後の情けを消す。その時、執務室に慌てた様子の別の官人が入って来た。
「大王、綜大臣。一大事でございます」
「いかがした?」
綜大臣が大王の代わりに問うと官人が一気に言う。
「古志の国より、綾武氏当主が」
「当主?」
当主が何用かと思う綜大臣に官人が訂正する。慌てていたのだ。
「いえ、先々代の」
「…熟練殿?」
五大氏族長老の名を聞き、大王も驚く。大知光村失脚以来、五大氏族は都に入らず、都嫌い。有名な話。どの大王が即位しても出て来なかった存在が何故、と驚愕しつつ、綜大臣に視線を送る。
「大臣」
「私が出ます」
綜大臣がすぐに出る。
執務室から出て、宮中の入り口にその者はいた。古志の国・綾武氏先々代当主であり五大氏族長老と言われる熟練が勝達な佇まいで立っていた。
綜大臣はゆっくりと近づき、頭を下げる。
「これはこれは。綾武殿。いや、綾武様。お懐かしゅうございます」
「綜大臣様。そのような丁寧な挨拶、大臣なのですから私の事は臣下として扱い下さるよう」
優し気なやり取りだが、目が笑っていない様子に綜大臣も理解し、気にせず話す。
「まさか。私よりも年長の御方、長き世を生きて来られた方への敬意をしてお受け取り下さい」
「そうですか。ならば、そうしよう。大臣殿」
敬意など受け取りたくも無いといった様子だが、周りには気付かせず柔らかく返している熟練。綜大臣もわかっているので内心苦笑いをしている。
「此度は何用で参られたのですか?」
「大王にとっておきを用意しておりましてな」
「それは、」
「謁見の場にて、お話申し上げます」
にっこり笑う熟練。それを見つめ、思い出す綜大臣。
(昔、宮中に父の供で行った時(茉子成人前)に見た事があるが笑うような男では無かった。ああ、一人だけは違ったか…)
大知光村。あの者だけには、そう思うが、取りあえず笑い返す綜大臣である。
〔前日 青海の国・御記屋敷〕
当主一族(宗、採、瑞)が部屋に集まっている。服織から届いた文により五大氏族が動く。筆頭としての采配を皆で話し合っていた。
「熟練様を都へ?真ですか父上」
熟練を都へ行かせたと言われた当主・採が驚き、父であり前当主、五大氏族筆頭の役目である宗に詰め寄る。瑞は黙って聞き、宗は平然としている。
「妥当だと思うが。我ら五大氏族の長老である。大王も綜大臣も他の氏族らも安易に手を出せん。衡士様(守氏)も溌殿(味氏)も彊悟殿(津氏)も了承している」
「それは、そうですが」
「不満か?」
言葉を濁す採に問いかける宗。瑞が考え、宗に問いかける。
「祖父様、意図はわかります。しかし危うくありませんか?かつて反乱を起こした国の長ですよ」
「どうとでも出来る。綜大臣は決して手出し出来ぬ。五大氏族長老が動いたのだ。先の意図も読んだであろう」
「先の?」
瑞の言葉ににやりと笑う宗。
「決して触れてはならぬものに触れたという事だ」
「はい」
その言葉で瑞は意図に気付き、頷く。宗が立ち上がる。
「大知大連の本領の欠片を見る事になるだろう。さて、私も動くか。行ってくる」
「お気を付けて」
「行ってらしゃいませ」
「瑞、先人様の迎えを頼む」
「はい」
後を任せ、宗は向かう。都へと。
〔宮中・現在〕
「ご案内致します」
綜大臣が案内を申し出るが手で制される。
「構わぬ。宮中の事は覚えておる。老いてもなお」
次の言葉も言わせぬと言わんばかりの突き放す態度。それに苦笑いをする綜大臣。
「綜大臣殿。先に行かれよ。謁見の場にて、再び」
「はい」
これ以上は無理と悟り、早々に離れる綜大臣を尻目に熟練が目線を送る先―
―偶然通りかかったと言わんばかりに自然に歩いてきた吹である。
綜大臣が去った後、熟練は吹に声を掛ける。
「これは服織殿。久しぶりですな」
「これは綾武様。お久しゅうございます。祖父、父共々お世話になりました。古志の国から宮中までのお越し、大変でしたでしょう」
砕けた調子で話す二人。服織氏は織部司関連で大王と近く、大連とも政関係無く近い位置にある。宮中に熟練がいた際、光村に付いていたため会う事も話す事もあった。裏の事も知っている。
熟練が語り始める。吹も同じ調子で返す。
「まったく陸地は疲れますな。老いたものだ。天は高くあるが、日は雲に隠れつつある」
「雲に覆われ見えなくなるでしょう。新たな光は再び出ましょうが」
「良き光となればよい。光を遮る雲をはらう良きものがあればなおさらいいが」
「はらうものを邪魔するものは消えるがよいと思います。我らが消せればと思います」
天は国、日は大王。雲は色々。新たな光は新たな日を言う。雲をはらうものは主。例えをしながら会話をしている。周囲は気候の話をしているのだと思っている。
「ははは。期待しておりますぞ」
「はい」
礼をしてすれ違うその一瞬、周囲に聞こえない声で素早く会話をする。
「手筈通り曽孫を行かせた」
「了承しました。光村様に代わり礼を申し上げます」
「忠義深いな」
「真ですから」
互いに目線は別に、小さく笑う。