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和乃国伝  作者: 小春
第七章 まこと
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二.決断

〔宮中・大王の私室〕


 大王が報告書を読んでいると部屋の外で何か言い合う声が聞こえる。


「お待ちください」

「どうした?」


 側仕えの者の止めるような声に大王が部屋から問う。部屋の扉を些か乱暴に開けられる。


「失礼します。大王」

「宇茉皇子」


 普段はなかなか会う事も無い甥に大王が驚き見る。慌てて来た側仕えが謝罪する。


「申し訳ありませぬ。大王」

「よい。皆下がれ」


 大王の声に部屋の周りにいた者らは下がる。二人だけになり、宇茉皇子が礼をする。


「ご配慮頂き礼を申し上げます」

「何用だ?」


 言葉遊びをするつもりもない大王は宇茉皇子に核心を付く。宇茉皇子は静かに冷たく見据える。


「大知先人、出征させるそうですね」

「ああ、もう屋敷に使者が行っている頃だな」

「何故ですか?成人したばかりの出仕したての若者に。他にも将軍はいるでしょう」

「若い方が良いと思っただけだ。いつまでかかるかわからんからな。年長の者よりもと思っただけだ」


 肩をすくめる様子の大王に宇茉皇子は小さく睨む。


「この機に、滅ぼしたいのでは?」

「…」

「先人は大知氏唯一の嫡流。その者を出征させ、万一の事あらば大知氏族は混乱し、内部分裂を起こす。そして」

「滅ぶだろうな」


 平然と言ってのける大王に宇茉皇子が声を荒げる。


「かつての陽大王様のみことのりを破るおつもりですか」

「ただ憐れんだだけであろう。陽大王様の即位もあの化物の力あって。内心は滅ぼしたかったのだろう。それを叶えるだけ。何が悪い?」


 淡々と言ってのける大王に宇茉皇子が強く言い返す。


「大知先人の何が悪かったのです?功績を上げ、氏族を再興したいと思う事も許されないのですか」

「情でも移ったか?無能であれば何もしなかった。けれど、功績を上げた。化物も十五で功績上げ続け大連に成り、すべてを掌握した。大王を蔑ろにした。あれは、化物の血筋だ。いつか必ず化物になり同じ事を繰り返す。その前に防いだだけの事」

「そのような戯言」

「戯言?あの化物は六代も蔓延り国を我が物にしていたのだ。ようやくいなくなったかと思えば曽孫が出て来た。やはり無くすべきであった。甘かったのだ。陽大王は」


 大王の言葉に失望する宇茉皇子。


「…大王は、大王も、そう思われていたのですか、ずっと」

「思うも何も事実だ。そなたも危なかったな。危うくかつての大王らの二の舞に成る処であった。長之皇子も」

「大王。大知光村殿と先人は違う者です。勘違いされてはなりませぬ。五年前は陳氏を。今回は大知氏を。これ以上将軍の氏族を滅ぼせば誰が国を守るのです」

「綜大臣がいるであろう。あれが差配すればよい。そなたも賢くなる事だ」


 笑う大王に、宇茉皇子は俯き、拳を強く握る。


「…もしも、戦で勝ったら?」

「功績を上げれば、それなりのものを授ける。氏族にな」

「先人は」

「また出征させる。名誉な事だろう」


 大王は笑った。




 大王の私室から出て来る宇茉皇子。そのまま真っ直ぐに書庫に行く。待たせていた荻君がいる。

 無言で書庫に入り、〔だんっ〕 拳で壁を叩く。


「皇子様」


 いつもと違い怒りを押し殺している様子の宇茉皇子を荻君は見つめる。しばらくしてようやく声を出す。


「大王は、大知氏を滅ぼす気だ。この戦、勝とうと負けようと結果は同じ…」

「いかがされますか。このままでは」

「…先人」


 己の不甲斐なさを深く思い知り呟く。






 その頃、宮中に女官に扮している霧。突然腕を引かれ、隅に連れて行かれる。影である霧にこのような事が出来るのは、


「あら?久しぶりね」

「取引だ」


 脈絡なく話す瀧を見つめ、霧は笑顔を見せる。


「嬉しいわ」







〔宮中・綜氏の執務室〕


 珍しく感情を露わにする綜大臣が息子・央子に詰め寄っている。


「どういうことだ?央子」

「父上」

「居の国への援軍は断ったはず。それなのに何故派遣する事になっている。大王はそなたからの進言があったと」

「はい。進言しました」


 あっさりと認める央子に目を見開く綜大臣。


「どういう事だ」

「前回の件とそれより前、御記氏との事です。霧から聞いていました。大知先人が動いたと」

「だから?」

「それを大王に進言しました。大知氏があれこれ画策し、功績を立て、密かに五大氏族と繋がっていると。いずれ宇茉皇子と共にこちらに挑まれては面倒。だから」

「だから大知先人と宇茉皇子がかつての大王と光村のようになると進言し、大知先人を大将軍として派遣し、大知氏を滅ぼそうと?」

「そうです」


 平然と言う央子に綜大臣は俯き、そして笑い出す。


「…は、はは。ははは。愚かな事を」

「?」

「負けただけで済むのか?生け捕りにされ人質にされたら?それを我らが突っぱねたら?他国から見くびられ、海を越えてやってくるぞ。その時、どうする?」

「…!」


 何手も先を読む綜大臣に央子はあ然とする。強く央子を睨む。


「付け入る隙を与えたのだ。そなたは」

「しかし、」

「大知氏族を滅ぼすために国を危機に陥らせるかもしれぬのだ。お前が!」

「私は、進言しただけです。決めたのは大王、滅ぼす方法も」


 央子の様子を見ながら綜大臣は静かに語る。


「…お前は、五大氏族も敵に回すつもりか」

「何故そこで五大氏族が出て来るのです?奴らは大知光村が失脚しても動かず、大知氏族が危機に陥っても動かなかった。亡くなっても。もはや昔の話。忘れたのですよ」

「愚か者が」

「父上?」


 央子の言葉を入れず、すぐに決断する。


「…大局を読めない。そこを買って大王に据えた。けれどそれが仇となった。霧を呼べ」

「は?」

「国を滅ぼす天などいらぬ」







〔宮中・服織氏〕


 霧からの情報を頭である吹に伝える瀧。吹は頷き、瀧に顔を向ける。


「瀧、それで首尾は?」

「何とか、と言った処です。出征には間に合いませんが。津の国で留まる手配をしておきます」

「それでいい。海を越えさせてはならん」


 海を越えると手が届かなくなる。それを阻止できれば問題無いと吹は判断する。

 今度は瀧が問う。


「そちらの手筈は?」

「五大氏族すべてに鷹を飛ばし、文も出した。来るぞ」

「御記氏ですか?」


 筆頭が動くと読むが、吹が首を横に振る。


「綾武氏・熟練殿だ」

「…長老自らですか」

「うってつけだろう。御記氏に次ぐ勢力にして古志国綾武氏・五大氏族長老のお目見えだ。それと―」


 吹が瀧に耳打ちする。瀧は笑う。


「大王は震えあがりますね」

「もう終わりだ。手を出してはならないものに手を出したのだ」


 吹も嗤う。


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