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和乃国伝  作者: 小春
第六章 かこ
48/65

五.沈黙の終わり

これにて第六章は終わりです。読んで頂き、ありがとうございます。

第七章は土曜日から始めます。

〔中氏屋敷からの帰り道〕


 咲との話を瀧に話している先人。


「ふーん。そう」

「うん」


 いつもの平然とした調子の瀧に力無く返事をする先人。それに気付き、先人に顔を向ける。


「…大丈夫か?」

「え?うん。何か分かったなって」

「ん?」


 瀧の小さな問いに空を見つめる先人。


「父上が俺を見ないのはそういう事か、って。本当に好いた方との子では無かったから」

「お前のせいじゃない。好いた相手と一緒になるのは高位貴族では難しい」

「うん。わかっている。けど、哀しいな」


 寂しげに語る先人に瀧は気持ちを変えようと話題を変える。


「…それにしても五大氏族から文ってすごいな」

「俺も驚いた。見せてもらったけどすごかった」

「見たのかよ」


 少し興奮気味に話す先人に安心しながら突っ込む瀧。


「伯母上が見せてくれた。大知屋敷にあっても巌に捨てられる。五大氏族の文だから持って来たって言っていた」

「へえ…、どうだった?」

「うん。守様は血文字だった。大きく【嫁がせたら斬る】と書いてあったし、綾武様は大きく一文字で【否】と力強く書かれていて、津様は嫁がせた後に起こるであろう問題をすべて文に細かくびっしり書いてあったし。味様は本当に【阿呆】としか書かれて無かったし、御記様は、すごく丁寧に、怒っていた」


 それを聞きかなり引く瀧。


「何か色々込められるな」

「うん。皆さまが曽祖父様の事を思ってくれていたんだと思って、嬉しかった」

「どれだけ寛大なんだ。お前」


 友の心の広さに呆れていると先人の空気が少し変わる。


「少し、気になったんだけど」

「うん」

「津様の字、どこかで見た事があるような気がして」


 考え込む先人に平然と答える瀧。


「津の国から都まで遠いだろう。あっち(光村の処)にいた時に文を読んだとか?」

「文を勝手に読んだりしない。曽祖父様のものは勝手に触らない」

「ああ、そう。なら、似た字を見たんじゃね?」

「そっか。そうだな…」

「…」


 光村の処に顔を出した時、ものを勝手に触るのを嫌がったのを思い出し黙る瀧。先人はふと、と思い返す。


「そういえば謎が解けなかった」

「謎?」


 先人の言葉に怪訝な顔をする瀧。先人は至極真面目に声を出す。


「俺の顔、誰に似たのかわからなかった」

「気にしていたのか」


 確かに先人は大知氏の誰にも似ていない。それが身内からも疎まれる原因となっていたが、本人は気にした様子が今まで感じられなかったので驚く瀧。


「うん。でも父上の子には間違いないって、伯母上が。少しくらい似たかったなって」

「別にいいだろ。お前はお前」

「うん…」

「気にするなって」


 考え込む先人に声を掛ける瀧。だが、先人は首を横に振る。


「そうじゃなくて、伯母上が」

「ん?」

「曽祖父様に一番似ているって言ってた」

「…え?」


 確かに、そうだが、それを先人が言う事に驚いている瀧。


「伯母上の顔をしっかり見た事無いから気付かなかったけど、確かにそうかなって」

「そうか」


 伯母の顔をまともに見た事が無いと言い切る先人に、思い当たる節がある瀧は言わず返事をする。

 先人は目を伏せる。


「でも…」

「ん?」

「見た目はそうかなって思ったけど、でも、曽祖父様とは…」

「まあ男と女だし」


 似ていても性別が違えば印象も変わると言う意味で瀧は伝える。それを察している先人は首をまた横に振る。


「そうじゃなくて」

「うん?」

「曽祖父様は、私をあんな風に見ないし言わない」

「…」


 瀧は黙って先人を見る。似ているが似ていない。根本が違うのだ。光村と咲は。まったく違う。露ほども似ていない。それが、わかっているが、言えず黙る。傷つけるから。先人を。


「あ、ごめん。変な事言った」

「…お前に甘いじいさんだったからな」

「じいさんと言うな」






〔服織屋敷〕


 先人と別れ、服織屋敷に戻り、吹に報告する瀧。


「そうか。先人様は知ったのか」

「はい。宇茉皇子が話したそうです」


 向かい合い話をする二人。


「信を得たようなら何よりだ。そなたは不満そうだが」

「いいえ。出世に便利になれば良いですが。…聞いても?」

「何だ?」


 瀧の様子を察し、指摘するがそれをいなす瀧。吹にここぞとばかりに聞いてみる。


「二十四年前、仁湖殿が消えたのは光村様と話した後と聞きました。何があったのです?」

「…ただの宣言だ。大知氏を救うために皇子に嫁ぐと」


 嫌そうな顔をする吹。珍しい、と思いつつ、瀧も呆れる。


「阿保らしい。先も読めず先走って。それが今。自業自得だ」

「光村様もそう言っていた。そして改めて決意した。大知氏を決して残すまいと」


「だが、先人に会って撤回したと」

「その前にまだある。子を宿した時だ。それは想定外だった。光村様はすぐに遠ざけられると踏んでいた。だが遠ざけられた途端に子を宿していたことがわかった。それを知った時流石に頭を抱えられた」

「そうですね」


 いくら色々乗り越えて来た大連と言えど身内の事となると余計に頭を抱えるだろうと瀧は思う。

 吹は続ける。


「綜氏が子を取り上げたと聞き、私は光村様より探るよう命じられた。仁湖殿は閉じ込められていたが扉越しに話をした。私を綜氏の手の者と思ったようだ。子を救ってほしいと懇願して来た」

「勝手だな」


「まったくだ。報告した後、光村様は五大氏族と繋ぎを付け、綜大臣に沈黙を引き換えに子の命を救うという約束を取り付けた。そして政と関係ない中氏の分流が選ばれ、子はそちらに移ったという事だ」

「放っておかなかったんだ」

「皇族の血がある子だからな」


 その言葉に対し首を傾げる瀧。


「思う処は無かったのですかね。皇族も、綜氏の血もある」

「…皇族に対しては思う処が多いのだ」

「含みがありますね」

「とにかく、それで完全に背を向け、自身も沈黙した」


 話を無理に切り替える吹に詮索無用の空気を察し話を続ける。


「成程。五大氏族の沈黙もあるでしょうがよく綜大臣もよく生かしたものだ」

「二の方が抑え込んだ」

「よく抑えられましたね」

「子を二人亡くし、もう一人は奪われ、亡き娘の産んだ子(孫・宇茉皇子)の立場を危うくした。命懸けで抑え込んだのだ」


 事情は良く分かるがそれでも大臣を抑え込んだ二の方を純粋にすごいと思った瀧。二の方を思い出す。


「織部司の仕事でお会いした時は明るく、はっきりものを言い、筋の通った方だと思っていましたが、更に強い方でしたか」

「ああ。単体で見ればまったく害は無い。むしろ良い方に入る。しかし弟(綜大臣)が絡めば」

「はい。わかりました。なるべく姉弟まとめては関わらないようにします」


 息を付き、答える瀧に頷く吹。


「そうしろ。…それで光村様は完全に大知氏を見限り無為に生きていた。だが、」

「先人に会って、考えを変えた」

「そうだ。先人様は、光村様を救ったのだ」

「何がお気に召したのでしょう」


 ふと思った疑問をぶつける瀧。吹は少し考え、やがて答える。


「…すべてだろう」

「重」

「そうとしか思えんし言えん」

「重すぎる…」

「互いに良ければいいのだ」


 その言葉に心底嫌そうな顔をする瀧。吹は平然としている。


「嫌ですが。…それと」

「何だ?」

「先人は誰に似たのですか?顔」

「何故聞く?」


 突然の疑問に眉をひそめる吹。瀧はからかう意図は無いと首を横に振る。


「私は気にしていませんが先人が気にしていたので。ずっと気にしていたらしいです」

「そうか。そういえば知っている者がいなかったか」


 先人と聞けばあっさり答える。吹のその様子に眉をひそめる瀧。重ねて聞く。


「誰です?」

「光村様の奥方様だ」


 平然と言う吹と目を見開く瀧。


「え。そっち。妻を好いていたのですか?いや、なら唯一は妻に…」

「嫌いでは無いが好きでも無かったと光村様は祖父や父に言っていたらしい」

*吹の祖父はようで父はりゅうと言う名。どちらも光村に付いていた。

「どうでもいいのかよ」


 光村の言い様に素で呆れる瀧。吹が眉をひそめる。


「大連として目の前の問題が山積みだったからな。屋敷に戻る暇もなく、顔も覚えていたか怪しい」

「最低ですね。先人はそんなに似ているのですか?」

「言い方をどうにかしろ。祖父か父が光村様に付いていたから数度しか見ていないが、まあよく似ている」

「そうですか。先人は似ている処が欲しいと言っていましたが」

「中身はよく似ている」

「やめてください。あいつはあいつ。似ていません」


 本当に心底嫌そうにする瀧に呆れる吹。


「まったく。他はあるのか?」

「総領姫(咲)は似ていますか?」


 空気が少し固まる。

 少しして吹が問う。


「…お前はどう思う?」

「顔は、似ているように思います」


 目鼻立ちは整い、綺麗な顔立ちを思い出す。咲と光村、顔だけならと思う瀧。しかし、とも思っている。吹は目を伏せる。


「光村様は嫌っていた」

「は?繋ぎを付けて会っていたのに」


 瀧の言葉に心底嫌そうな顔をする吹。珍しい表情である。


「大知氏を無くすまで付き合っていただけだ。本心は会いたいとも思っていない」

「相当ですね。何がそんなに」

「あの姉弟は一人を除いて濁に染まっている。染まっていない方を当主にしていれば命脈は保てたが、判断を誤り、それを直そうとしない。それに」

「それに?」

「お前も良く分かっているだろう」


 先人への対応態度、それが光村には赦せない事なのだ。


「はい。そうですね」

「そういう事だ」

「はい。で、結局父上はどう思われているのですか?」

「似ていない。一つも」


 瀧の問いに温度の無い声で答える。心底そう思っているしどうでも良いと感じられる。


「先人も違うと言っていました。曽祖父様は自分をあのように見ないと」

「光村様を恨みながら求める愚かしい女子だ」

「嫉妬ですか?」

「だろうな。面倒だ。自身が光村様に先人様を会わせろと言ったのに」

「予想外だったのでしょう。知っているのですか。先人が、唯一だと」


 瀧の言葉に吹は黙り込む。


「え」

「光村様がかつて近い事を言った。だが恐らく信じてはいない」

「そうですか。ではこの先知ることになったら」

「当主と共に隠居させる。監視を付けて」

「仕事が早い事で」


 心からそう思うとわかる声で言う瀧に吹は苦笑いをする。


「話は終わりか?」

「はい。これから宮中ですか?」

「面倒だが、一応な」

「面倒って、主では?」


 空気が凍る。


「真はわかっているのだろう?」

「理由はわかりませんが」

「お前が定まったら話す」

「…お気を付けて」






〔大知屋敷・先人の部屋〕

 眠っている先人。夢を見ている。光村と過ごしたあの日々の。


【青海の国 光村の家】


『わかりましたか?先人殿』

『はい。ありがとうございます。練様』

 光村の家の庭先で武術を習っている先人。師は、練と名乗る人。歳は光村と同じ位。光村と同じ位若々しく精悍で鍛えられている。幼い先人にも礼儀正しく接し、品がある人物である。近くに座り優しく見つめる光村。

『先人。今の動きは良かった。後は相手の目線を誘導する事と気配を消す事を覚えねばな』

『光村殿。そのような難しい言い回しでは伝わりませぬ』

『先人はわかるのだ』

『はい』

 自信ありげに言う光村と元気に返事をする先人を嬉しそうに見つめる練。


 場面が変わる。練が帰る時の事。

『先人殿、もう少し大きくなりましたら私の曽孫をお側に置いて下され。きっとお役に立ちましょう。そのように育てますので』

『?』

 練の言葉に困惑し首を傾げる先人。光村は苦笑いをする。

『練殿。有難いが、まだ早い』

『わかっております。いずれ、先人殿、お忘れなきよう』

『?はい』

 優しく見つめ、去っていく。この日以降、会うことは無かった。



また場面が変わる。今度は、師と名乗った人が帰る時。


 師は先人を抱きしめている。


『光村殿。連れて帰っていいですか?』

『駄目に決まっているだろう』

『余りにも熱心に聞いて、理解も早いので育てたいのですが』

『駄目だ』


 しばらく光村と師との間で押し問答が続いていたが、とうとう師が諦め、ため息を付く。


『私の曽孫も先人殿のように素直ならばいいのですが。頭はいいし、情も篤いのですが、口が悪いのが難点で』

『この前話してくれた曽孫様ですね。それでも大切なのが伝わってきます。羨ましいです』


 そうしていつも見て考えてくれている存在が近くにいる事に羨ましさを感じた先人はそのまま伝えると師が優しく見つめる。


『…先人殿。いずれ紹介します。あの子もきっと気に入るでしょう。側に置いてください。かつての光村殿と私のように』

『師殿』


 光村が何かを言おうとしているのに被さって更に先人に伝えてくる師。


『一番に、頼みます』

『?』


 先人が困惑して見つめるとにっこりと笑っていた。それから会うことは無かった。




??? 宮中・一室


 広い部屋に一人、壮年の男が居る。やがてどこからか影が出て来る。


「来たか」

「は」

「それで、いかがであった?」

「援軍あれば有難いと」

「そうか」


 壮年の男が満足そうに頷く。部屋には壮年の男と影の二人。話が続く。


「等の国が今は動かないと言うのが濃厚。広の国の兵を抑えられるかと気にしておられるようです。ですが強制はしないと」

「何故だ?」

「綜大臣が以前の交渉で強制はしないと取り付けていたそうで」

「ああ、成程。それはどうとでもなる。居の国は友好国。動かすのもありか」


 壮年の男が笑う。


「では、どなたを」

「決まっているだろう。大知だ」

「…とうとう、ですか」

「綜大臣の息子(央子)が前に言ってきよった。宇茉皇子の元に大知あり。大層親しいとな」

「【化物】が。私に孫(仁湖)を寄こし、今度は曽孫(先人)を皇子に寄こすとは」

「つい最近も親しくしておられたと情報が」

「亡くなっても絡みつくとは。これは、もう次代を無くすしかないな」

「はい」


 壮年の男は、大王。影は、皇子時代からの独自の影である。


 その話を、気配も無く見つめる男。激しい憎悪を隠しながら。

 やがて目線で交代を告げ、去っていく。鷹らを飛ばし、別に文を五通。手の者に渡し、行かせる。



 五通すべて、目的の地、目的の人物に伝わる。その時、






 沈黙が消える



 しかし、大王は知らない



 沈黙が消えた時、すべてがひっくり返ることを



 沈黙が消えたのは逆鱗に触れたからだと



 自らの終わりが来るのだと、まだ知らない



第七章から物語が大きく動きます。五大氏族が登場します。また読んで頂けると嬉しいです。よろしくお願いします。

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