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和乃国伝  作者: 小春
第六章 かこ
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四.沈黙の理由


 先人が宇茉皇子から辞して来た途中で瀧と合流しそのまま帰路に就く二人。


「ふーん。そうか」

「うん。そう」


 先程まであった事の話をする先人にあっさりと返事をする瀧。先人も同じ調子で返す。


「…軽く言うな」


 自分を棚に上げて先人に小さく注意する瀧。


「瀧がそう言うから」

「お前なあ。しかし、大丈夫なのか。その、仁湖殿とか言う叔母の事とかは」

「うん。閉じ込められている以外は酷い事はされて無いようだし」

「閉じ込められている時点で充分酷いだろうが」


 正論である。しかし、


「外に出て酷い目に合う事を考えればどうなのだろうと思って」


 その言葉に瀧は苦しくなる。先人の昔を思い出す。


「…悪い」

「ううん。大丈夫だ。外は何故か少しずつ減っていったし。飽きたのだろう」

「へー…」


「大知の皇子様も中様が保護して下さっているし、綜大臣も綜氏も注視していないようだから大丈夫だと皇子様が」

「信じているんだな」

「主君だからな。お心を見せて頂いた。難しい事だろうに」

「利用しているだけだ」


「瀧。心配してくれてありがとう。だけど俺を利用しても何にもならない。その価値も無いのだ」

「…」


「捨て石にされるとまだ思っているのか?そんなに弱くはない。自分の身は自分で守れる。練様れんさまに教わったからな」

「…練様って、光村、様の処に来ていた人?」

「うん。強い方だった。師様も強かったけど、師様は主に大陸の方の話をしてくれた」


「そうか。まあ、お前がいいなら、まだいい」

「?(まだ?)」


(練の字は変えるが代々あの氏族につく。師は、恐らくあの氏族の先々代。五大氏族の中でも特に重きを置く氏族の長らを付けるとは。何をやっているのだ。あの男(光村)は。先人は決して価値無しでは無い)


「で、この後どうする?中様に話を聞きに行く?」

「うん。伯母上(咲)もいるし。でも叔母上(仁湖)の事は皇子様から内密と言われているから、聞けたら聞く」

「雑だな。いいのかよ」

「駄目なら、叔父上(佐手彦)に」

「ああ、成程」


 甥に甘い男を思い出す瀧。だが、内心は


(選べない半端者)


 冷たく見据えていた。






〔中屋敷〕


 神事を行うだけあって神聖な空気が包んでいる。宮中より少し離れている。自然が多いと力が安定するなどの理由があり、宮中からあえて離れている。門を叩き、使用人に名乗るとすぐに呼んで来てくれた。


「先人」

「伯母上、お元気ですか?」


 最近だが、前回の一件以来会っていなかったので気になっていたがいつも通りである。


「ええ。瀧も一緒にどうしたの?」

「義伯父上(方能子)に会いに来たのですがよろしいですか?」

「?いいわよ。入りなさい」


 不思議そうにするが招き入れてくれる。客用の部屋に通されるとすぐに呼んできてくれた。方能子が現れる。


「先人、瀧殿。今日はどうなされた?」

「お忙しいところ申し訳ありません。お聞きしたい事があります」

「私は行くわね」


 言葉と共に出ていく咲。


「義伯父上。お聞きしたい事があるのです」

「何でしょう」

「綜氏より預かりし方の事です」


 瞬間、空気が固まる。


「…何故それを」

「その方をどうするとかではありません。私が今仕えている方はご存じでしょう?」

「成程。お聞きに」

「どこまでご存知なのですか?」

「ほぼ、でしょうか。知るのは私のみです。領地の者にはとある筋から預かった者で、神事に携わる我が弟子という事にしております」

「伯母上は」

「知りませぬ。この事、大きな力が動いております。秘を話せば知る者ら、氏族もろとも滅ぼされてしまうでしょう」

 

 その言葉に瀧が続く。


「だから五年前の乱の後、貴方が当主になった。秘を知り、守り、口外せぬその人柄を買い、大きな力が綜大臣を動かしたと」


 瀧の言葉に方能子は頷く。


「はい。ですが私は当主になる事、望んでおりませんでした。命じられただけでなく、人として、ただ哀れに思ったから力を尽くしたまで」


「はい。わかっております。義伯父上はそのような方ではありませぬ」

「ありがとう。先人」


「それで、その預かりし方は、今は都から離れた領地にいると」

「はい。内密にと連絡が入り、手の者とすぐに」

「ありがとうございます。その方は、どのような方ですか?」

「明るく、朗らかに育った。聡明で人に好かれる。先人より七歳上になるな」

「名は、聞けますか?」

「私の知る名はろうです。そう呼んでいます」

「え?」


 先人は固まる。瀧も驚き、先人を見る。

 先人は思い出す。かつての師の声を。


『朗だ。今日から私がそなたの師匠だ。よろしく頼むな。先人』

『高みに立ったら、私の願いを叶えてくれるか?』


 固まる先人を見ながら、瀧も思っていた。


(追い出せと言うだけで何かと思ったらそういう事かよ。どいつもこいつも肝心な事を言わない)


 固まっている先人に方能子は気づかわし気に声を掛ける。


「先人?」

「いえ。ありがとうございます。義伯父上」


「朗に問題が?」

「いえ。知りたかったのです。何もありません」


「そうか。この件無くとも何かあれば話を聞く。いつでも来なさい」

「はい。ありがとうございます。気遣って頂いて」

「礼を言うのは私の方だ。先人」

「?義伯父上?」

「その時来れば話そう。忘れるな」

「はい」

「…」


 方能子の真剣な声に戸惑う先人。それを静かに見ている瀧。

 その後、話は終わり、方能子と別れ、部屋を出ると咲と会う。咲は先人と瀧を見て声を掛ける。


「話は終わったの?」

「はい。伯母上にも話があるのですが、よろしいですか?」

「?ええ」


 先人の言葉に戸惑うが頷く咲。瀧は空気を察し少し離れる。


「先人。俺はここで休んでいる。いいですか咲様」

「ええ」

「うん」


 先人と咲の二人が移動して奥の縁側にいる。


「それで?」

「仁湖叔母上の事です」


 空気が固まるがすぐに戻る。咲はため息を付く。


「…そう。知ったのね。宮中に行けば、皇族の近くに居ればいずれ耳に入ると思っていたわ」

「何故私に話してくれなかったのですか?」

「話せなかったのよ。巌の前では特に」

「父上?」

「仁湖は巌と一緒になる筈だったのよ」

「…え?」


 咲の言葉に驚く先人。咲はそのまま続ける。


「…今から二十四年前、かしら。大変だったのよ。大知氏への攻撃が。それより前に父と叔父が相次いで亡くなって巌が当主になった。まだ成人前で、親戚がうるさくて。叔父が亡くなった時すぐに仁湖が屋敷に来た。婿に入っていたのよ。亡くなってすぐに縁を切られたけど。まあそれはいいわね。仁湖はとてもきれいな子で優しくて、私は妹が佐手彦は姉が出来て嬉しかった。巌も不器用だったけど優しくしていた」*仁湖は巌と同じ歳

「はい」


「私に婿は来ないし、佐手彦もああだし、巌も勿論。大知氏と婚姻を結びたがる氏族などいなかった。その内に、いつの間にか二人が思い合うようになった」

「父上と仁湖叔母上が、ですか?」

「ええ。血は近いけど、いとこ同士だし問題無いと思ったのよ。巌は固い男だし、それでいいと。でも、そうはならなかった」


「現大王が見初めたからですか?」

「そう。一皇子であったときに惚れ込んでしまって。是が非でもと。体が弱いが皇族と縁続きになれると親戚が騒いでね。勿論、反対したわ。向こうは大知氏の事を知らないんだもの。知れば必ず碌な事にならないと思った」

「はい」

「だけど親戚はそうはいかなかった。あれほど惚れ込んでいるのだから知っても問題無い、大知氏再興のため、皇子の妻にとしつこかったわ」


「それで、どうなったのですか」

「どうにもならなくなってある筋から呼んでもらったのよ。あの人を」

「あの人?まさか、」

「そう。祖父様(光村)」

「都では無い処で落ち合い、二人で話した」

「曽祖父様は?」

「否。自分の血を皇族と混ぜる事許さないと」

「…そうですね。そうすれば曽祖父様は、大知氏は野心ありと更に警戒され、攻撃される。それを見越して」

「…あなたはあの人に寄り添うのね」

「伯母上?」

「その一言でそう読むのは貴方だけよ。私はただの恨みだと思っていたわ」

「…」

「幼子に情でも掛けたのかしら。私達には冷たかったけど」


「伯母上。私は」

「冗談よ。あの人はそんな人では無い。話を戻すわね。否とされ、別れた後、五大氏族からも圧が来てね」

「え?」

「大知光村の血を皇族と混ぜる事許さぬという意図の文、五通。先代か当主直々よ」

「先代様か当主様達が?」


「文はどれも強く書かれていたわ。血で書いたのもあったわね。あれは怖かったわ」

「ちなみに、どちらの」

「守気のかみきのくに守氏もりしよ。すごかったわ。あれは。古志のこしのくに綾武氏あぶしもね、文一杯に【否】としか書いてないし、津のつのくに津氏つしはやたら細かくこの婚姻がもたらす不利益を説明文にしていたし、味のびのくに味氏びしは【阿呆】としか書かれてないし、青海のおうみのくに・筆頭の御記氏おきしは丁寧な文章だったけどとにかく赦せないのが伝わって来たわ」

「そうですか」


(何かすごい)


 感心する先人。


「それで巌が怒ったのよ。何もしてくれず、なのにこんな時だけ出てきて否とは、と。勿論反対していたけれどあの人も五大氏族も口だけ出してくる状況に腹立たしくもあった。そしてある日、あの人の処に仁湖だけ呼ばれた。そしてその翌日消えたのよ」

「消えた、とは」


「皇子の処に行って、妻となった」

「何故ですか」


「あの人ではないわ。仁湖が自ら選んだのよ。一度だけ文が来た。大知氏再興のために己が決めたと。そして皇子は仁湖に夢中になった。だけどしばらくして消えた」

「それは…」

「大知氏の恐ろしさを知り、怖くなったのでしょう。居場所がわからず、妻と言う立場もいつの間にか無かった事にされていた。これが、知っている事すべて」

「探さなかったのですか?」

「出来無かった。そうすれば私達が危うかった。皇族に太刀打ちできる訳が無い。そしてあの人からも五大氏族からも完全にそっぽを向かれた」


(…曽祖父様はその時大知氏を諦めたのだろう。だけど、)


 そう思うと同時に光村の言葉を思い出す。


『そなたに覚悟があるのなら私も覚悟を決める』


(私のために…)


「先人?」

「ありがとうございます。お話頂き」


「いいえ。今更だし、噂をどこかで聞いたとしても問題無いと思っていたのよ。巌の事もあるし」

「はい。思い合っていたのですね」

「ええ。一緒になってくれれば」

「すみませぬ」

「先人のせいではないわ。そういう事だから貴方が誕生するのに時間がかかってしまった」


「辛かったでしょう」

「…それは貴方が言う事では無いわ」

「あの」

「何?」


「仁湖叔母上は、曽祖父様に似ていますか?」

「と言うか、私に似ている」

「え?」

「私が一番似ている」


「…そうなのですか」

「ええ。腹立たしいけれど」

「私は、私を産んだ方ですか?」

「それがわからないのよ。本当に。巌の子には間違いないのよ。ちゃんとしていたから」

「はい」

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