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和乃国伝  作者: 小春
第六章 かこ
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三.大知仁湖

「先人?」


 宇茉皇子の言葉に正気に戻る。


「いえ、すみませぬ」

「いや。それで仁湖殿の事は、大知氏族の中では」


 宇茉皇子の言葉に首を横に振る先人。それを見た宇茉皇子はため息を付く。


「そうか…」


 先人は先程の歌を思い出す。確かあの歌は、


「歌っていたのは、従叔母様いとこおばですか?」*従叔母…親の従妹

「そうだ。閉じ込められ、時折歌っている」

「何故ですか?」


 今に至るまで話に聞いた事も無い従叔母の存在。その方は現大王の夫人にもなっていない。そして皇子を産みながら閉じ込められている。その真実に堪えながら努めて冷静に問う先人。


「大王は知らなかったのだ。幼い頃から体が弱く、外に出る事も少なかった。だから外の情報が遮断されていたのだ。仁湖殿を妻にした後、真の意味での恐ろしさに気付いたのだ」

「恐ろしさ?」


「大王を操り、国を我がものとした、国と大王に喰らい付いた【化物】の血、それが恐ろしくなったのだ。それで閉じ込めた」

「そんな、」


「命を奪う事は出来なかった。思いも少なからず残っていたのか化物の怒りを恐れたのかはわからない。だから閉じ込め監視を付けた。しかし、その時懐妊していたのだ」

「!」


 衝撃で固まる先人。宇茉皇子は淡々と続ける。


「そして皇子が産まれた。どうする事も出来ず奥(皇后・妃らが住む処)で隠されて育てられた。母と引き離され」

「誰が、育てたのですか?」


 震えを抑え問う先人。


「祖母が、二の方様が守っていた。一の方様に頼み、奥の夫人らを味方につけ綜大臣を抑え込んだのだ。しかし、皇子だ。皇女ならば綜大臣も捨て置いたかもしれないが」

「それで、どうなったのです?」


「神事を司る神官とする事とした」

「!中氏、ですか?」

「ああ。分流の方に預けた。本流では隠しきれないと思ってそうしたと。生涯神に仕え婚姻も子も成さないという条件の元そうしたのだ」

「それは、綜大臣の意思ですか?」

「二の方様がある御方の意思と提示した条件の元、綜大臣を抑えたと。それしかわからない」

「…」


『これ以上、何も出来ぬ』


(…もしかしたら、曽祖父様が)


 考え込む先人に宇茉皇子が気づかわし気に声を掛ける。


「先人」

「はい」


「驚いた事であろう」

「…はい。あの、大知の皇子様は今も中氏に?」

「ああ。都から離れた処で神事を行っていたが、前の件で逃がしたと言っただろう」

「はい」


「都から出し、中氏の持つ領地へ移した」

「伯母上(咲)の夫である中氏の方能子様の元は分流…まさか」


 はっと気が付く先人に頷く宇茉皇子。


「だからこそ五年前の乱の際、中氏が陳氏に味方をしても許されたのはそう言う事だ」

「罰すれば万一にも大知の皇子様の事が漏れないとも限らない。だから、ですか?」

「ああ」

「…知りませんでした。何も」

「そなたが産まれるずっと前の話だ。当時の大知氏はこれで権力が取り戻せると大喜びしていたらしいが」

「…そうでしょうね。父上も」


 いつもの巌の様子を思い出す。大知氏再興を望む、昏く濁った目を。


「いや。聞いたところによればそなたの伯母(咲)、父である当主殿(巌)、叔父である佐手彦殿は反対していたらしい。それ以外の大知氏の親戚らが話をまとめようとしていたと」

「…え?」

「語り部からの話だ。そこはよく考えたのだろう。目先の利では無く後の事を考えて判断したのだろう」

「…そうですか」


 意外な言葉に内心驚いている先人。宇茉皇子がその様子を不思議そうに見つめる。


「先人?」

「いえ、何も。それで従叔母様は今も出る事は叶わないと」

「ああ。現大王の意思だ。恐ろしいが命は奪えない、離せばどこから話が漏れるかわからない。葛藤してこの結論なのだ。…くだらない話だが」

「化物などいません」


「ああ。…若き日の光村殿に似ているらしい」

「え?」

「大王は知らなかった。知らずに魅かれてしまった。そうしたら大知氏で化物の孫。それだけならまだもう少しまともに扱ったのかもしれない。だが、よく似ていたそうだ」

「そうなのですか。大王は叔母上(仁湖)の事を」


 思っているのだろうか、と気になる事を問うが宇茉皇子は首を横に振る。


「どうだろうな。私にはそういう感情はわからない。だから考えようもない」

「二人の奥方がおられるではありませんか?」

「綜氏の血筋、私の監視と血を残すために嫁いできたのだ。わからぬ」

「…そうでも、奥方様達には心があります。心から慕っておられるかもしれません。皇子様は良き御方です」


「後見がいない。力無き皇子だが」

「それでも志高く、高潔な御心をお持ちではないですか。皇子様の事を慕っている長之皇子様も、ずっと側に仕えている荻君殿もいます。宮中での評判も良く立派な方です。奥方様達はわかりませぬが一緒に居て辛くは無いのでしょう?」


「…まあ、良くしてくれている。だがそれは皇子で」

「後見無き、力無き皇子に尽くすのですか?」


「…まあ、そうだな。確かに。こんなややこしい事情を抱えた男に嫁がされて文句も言わずたまに行っても嫌な顔一つ見せず迎えるなどなかなか無いな」


「そうですよ。立派な方々です」

「…何の話をしていたのかわからなくなった」

「は…そうですね」


 二人小さく笑い合う。


「…従叔母様は出る事は、今は」

「ああ。現大王の世では無理だ。次代に変われば機はあるだろうが」

「…そうですね」


「恨むか?助けぬ私を」

「そんな。皇子様のせいではありません。こうして気に掛け、皇子様の家族が従叔母様と皇子様を守って下さいました。感謝しなければならないのに恨む事など在り得ませぬ」


「…そなたらしいな。他の者なら助けて当たり前のように言うだろうに」

「力があっても難しい事あります。私は、知っているので」

「…そうか」


 そういえばと気になる事を問う先人。


「従叔母様はどのような方ですか?」

「穏やかで、優しい方だ。幼き日、隠れて宮中をあちこち散策していたら歌が聞こえて来た。そして扉越しに少し話した。互いの身分を明かさず。来てはならないと言われたが時々会いに行った。…母が恋しかったのだな。私も」

「皇子様」

「今も時々扉越しに話をする。監視も同情している面があり見て見ぬふりをしている者もいる。その者の番になった時にな。…優しすぎるくらい優しい方だ。宮中で生きるには弱すぎるくらい。大知氏再興のために嫁いだのだろうな」


「暮らし向きは?」

「外に出られない以外は不自由無いようにしているようだ。祖母(二の方)の目もあるだろうしぞんざいにはしていない」

「二の方様はそこまで…」

「子を二人も失い、今は現大王と私しかいない。己の血を守りたいのだ。たとえ次代に残せずとも生きていてほしい、それが願いなのだ」


「宇茉皇子様は、二の方様の事を」

「心より慕っている。あの御方の内の強さは母にも繋がる。優しいが、強い母であった」


「…曽祖父様の処に古き知人は来ておりました」

「は?…ああ。言っていたな」


「私が会ったのは二人です。曽祖父様は嬉しそうでした。どちらも曽祖父様と同じくらいの年齢のようで、私にも色々教えてくださいました」

「そうか」


「名は、明かせませんが。申し訳ありません」

「いい。どうした?」


「皇子様が明かして下さいました。宮中での秘めたる事、自身の事を」

「その対価か?」


「皇子様は、誠実でした。だからお返しがしたいのです。しかし、名は」

「わかっている。安易に明かすものでは無い。どこで漏れるか分からぬ」

「迷惑を掛けたくないのです。どこの方かはわかりませぬが」


「光村殿の処以外では?」

「いいえ。一度も。いつかお礼が言いたいと思っているのですが」


「…そうか。聞いていいのかわからんがどのような人物だった?簡単でいい」

「一人は、鍛えておられて強い方でした。武術を習いました。意志の強い目をしておられました。もう一人は背が高くすらっとしていて涼しげな方で、色々知っておられて教わりました」


「違う感じの二人だったのだな」

「はい。ですがどちらも優しい方でした。曽祖父様だけでなく私にも」

「そうか」


 ふっと会話が途切れる。そして


「今日はもういい」

「え?いえですが、まだ早いです。荻君殿もいないのに一人には」

「妻の処に行く。そう言えば綜大臣も満足するだろう」


「そうですか」

「ああ。先程会った時少々、あからさまな態度をしてしまった。疑念は解かねば。それと妻らも労わらねばな」

「皇子様。先程は私のために」

「いい。それは私の責だ。とにかく、今日はもういい。休め」


「はい。…あの今日の事、瀧にも話していいでしょうか」

「瀧?ああ、内密にするならば良いが、何故?」


「偽りを向けたくないのです。瀧には。申し訳ありません」

「いや。いい。が、何故そう思う?」

「瀧が瀧として居てほしいのです。私の我がままなのです」

「…そうか。わかった」

「はい。ありがとうございます」


(二人の関係性が未だにわからない。が、互いを思っているのはわかる。瀧の方が強いようだが。信頼、いやまるであれは忠誠だ。瀧の言動行動は)


「後、師匠(鋭)にも言ってもいいでしょうか」

「ああ。内密にな」

「大丈夫です」


(まあ、知ろうと思えば知れる内情だしな。大陸の者ならすぐにわかるだろうし)


「師匠は主君を裏切りません」

「!」

「外に流す事もしません。私が裏切らぬなら決して裏切らない。そういう方です」

「…そうか。わかった。下がれ。瀧にも伝えておけ」


 その言葉に礼をして去る先人。その背を見つめながら


(本質を見る目、か。光村殿にもあった。だが、何故…)


 一人思案する宇茉皇子であった。


鋭は主君と別れる際に信を置いた者、置いてくれた者を裏切るなと言われています。大陸関係の情報は鋭が主君の事を思い流さないと決めています。主君は特に何も。小さな国だから知られても別にと思っています。この二人の話はいずれどこかで出します。

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