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和乃国伝  作者: 小春
第六章 かこ
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二.宇茉皇子と先人

「宇茉皇子様、申し訳ありませぬ。庇って頂き」

 

 綜氏親子から距離を取った後、人気の無い処で謝罪する先人に宇茉皇子は小さく首を横に振る。


「いや、そなたにはまだ早い相手だ。対抗するには大きすぎる」

「はい」


 反省している様子の先人にふとと言った感じで宇茉皇子は問いかける。


「…そなたは五大氏族と関りは?」

「ありませぬ。会った事も」


 先人は即答する。しかし更に問いかける。


「光村殿と過ごした時に、誰か訪ねて来たとか」


 瞬間、空気が重くなる。


「罪人を庇護する者らを裁くのですか?」


 声が低く、重くなる。宇茉皇子は息をのむ。その様子を見て先人ははっと正気に戻り慌てて謝罪する。


「申し訳ありませぬ」

「いや、そんなつもりは無い。もう昔の話でもある。少し、気になっただけだ。二人だけで過ごしていたのかと」

「…何人かは来ていました」

「そうか」

「曽祖父様は古き知人と言っていました」

「そうか」


 先人がぽつりぽつりと答える。言える範囲を考えてそれでもかなり限界なのだろうと感じ頷くだけの宇茉皇子。


(瀧とは別だが先人とも未だに距離感が掴めないな。先人にとって大知光村殿は絶対なのだろうな)


 普段は素直で穏やかだが譲れないものがある。先人にとっては大知光村なのだと改めて実感する宇茉皇子なのであった。


「もう少し歩く」

「はい」


 互いに気持ちを切り替え歩き出す。そして宮中の人が余り寄り付かないであろう倉庫の近くに辿り着く。そこに宇茉皇子が突然止まる。


「皇子様?」

「前の問いに答えようと思う。静かに」


 宇茉皇子の言葉に疑問を持ちつつ静かにしていると、風に乗って何か、


「…歌?」


 先人が思わず呟く。宇茉皇子がこちらを見ず小声で問う。


「聞こえたか?」

「はい」


 小声で返すとすぐに速足で戻ろうとする宇茉皇子。


「なら離れるぞ」

「え?」

「早くしろ。見つかる」


 訳も分からず付いて行く先人。後ろではまだ小さな歌声が響いていた。





〔宮中・書庫〕


 さっきの歌声の場所から脇目も降らず速足で書庫に戻って来た宇茉皇子と先人。周囲を警戒しながら互いに息を付く。そして


「ここならいいか」


 こちらを見る宇茉皇子に疑問に思い問う先人。


「先程の歌は?」

「大知の皇子」


 宇茉皇子の言葉に目を見開く。皇子は続ける。


「現大王の御子は皆幼くして亡くなっている。陰謀では無い。病だ。大王自身も幼い時分体が弱かったそうだ」

「はい。聞いています。ですから後継は大王の妹君であり、先々代大王の皇后様でもある方の御子・長之皇子様が有力視されていると」


「ああ」

「宇茉皇子様も候補にあると聞いています」


「建前上そうなっているだけだ。私は、後継になれぬ」

「綜大臣が認めないのは何故ですか?…申し訳ありません」


「私の血が、気になるのだ」

「?」

「…現大王は私の叔父だ。実の」


 目を見開く先人。


「あの、現大王は」

「病で隠され育てられた。その内にどちらの皇子か分からなくなった。綜大臣が世間知らずな都合のいい存在として都合のいい方の子として即位させたのだ」

「そんな事」

「私の母の血すら認めなかった。皇后にさせても針の筵。私を守るため幾度も陰謀と戦いそして…あの男だけは決して赦さぬ」


 静かだが怒りと憎しみに満ちた空気と声。いつもとはまったく異なる。


 綜大臣には姉が二人いる。どちらも同じ大王(通称・陽大王)に入内した。長姉である方は一の方と呼ばれ二番目の姉君は二の方と呼ばれている。


 一の方は皇子と皇女が一人ずつ。皇子は先代大王(通称・月大王つきおおきみ)。皇女は先々代大王(通称・諭大王ゆうおおきみ)の皇后であり長之皇子の母である。


 二の方の御子は皇子と皇女。皇子は反乱の疑いありと綜大臣に処され、自害。皇女は宇茉皇子の母で月大王の皇后。二の方の御子はこの二人とされていたが現大王もそうだった。現大王は一の方の皇子とされている。*この時代は両親どちらかが違えば婚姻できます。


「現大王は」

「知っている。しかし兄である皇子や姉である私の母とは付き合いがほぼ無かった。病がちで離されて育てられていたから。私自身、血のつながりがあると言われても実感が無い」

「二の方様は」

「看病のために何度も通っていたがある時分から綜大臣に阻まれていた」

「ある時分?」

「父(月大王)もまた病がちだったからな」

「…身代わり?」

「ああ」


 宇茉皇子が事も無げに答える様子を見て先人は色々察する。


(月大王が皇子の時分に万一亡くなった時のための替えとして綜大臣は自分の手元に入れたのか。もしかしたらすり替えも考えていたのかもしれない。年齢も近いから)


 月大王が皇子の時分に誰にも知られず亡くなったとしたなら、亡くなったのは現大王として、そして現大王は月大王としていたのかも知れない。そう考えるとぞっとする先人。


「では、現大王は綜大臣の事は」

「思いはある。世間知らずだが大王となり世の理もわかってきた。綜大臣に対し色々思う処が生まれてきた。だから怒りの矛先の代わりを用意した」


「代わり?」

「大知氏」

「!」

「大知の皇子。それは現大王にとっては思い出したく無い話だ」

「お話頂けるのですか?」


 宇茉皇子が頷く。


「今から正確に言えば二十四年前になるか。現大王は成長と共に体も安定した頃でまだ一皇子だった頃、おしのびで街に出た。その時にとある氏族の娘に一目惚れをした。周囲の反対を聞かず妻の一人として迎い入れた。それが大知氏の姫であった」

「直系の姫は伯母上(咲)だけです。分流の方ですか?」

「分流ではあるが光村殿の孫だ」

「曽祖父様の?私は知りませぬが」


「光村殿には息子が二人いた。長男で嫡流の系譜なのがそなたらだ」

「はい」


「次男の方に一人娘がいた。その方が妻となったのだ」

「…え?」

「名は大知仁湖おおともにこ。聞いた事は?」

「…一度だけ、曽祖父様が」





〔九年前・青海の国・光村の家〕


「母は諦めろ!」


 深夜ふと目が覚めると家の中から声が聞こえる。先人がそっと近づき覗くと


「先人は才がある。私が育てる。そして上に立たせればいい。私の血を公表し二人で立てば思うままだ。そうすれば、母は救える」

「愚か者が!」


 激昂している光村と後姿で分からないが若い男の人。言い争いをしている。


(あの男の人の声…)


 聞き覚えがと思いながら見つめていると、


「先人殿」

師様すいさま


 後ろから声を掛けて来たのは曽祖父様の知人のすいと言う方。曽祖父様と同じ位の年齢で涼やかな方である。師は困った顔を先人に向ける。


「見てはなりません。戻りましょう」

「曽祖父様は大丈夫なのですか?」

「はい。聞き分けの無い者を注意しているだけです。すぐに終わりますよ。行きましょう」

「…はい」


 その時、


「…先人?」


 聞き覚えのある声に後ろを振り返ろうとすると師が先人を背中から抱きしめた。なので相手は見えない。


「お前ここに居たのか?見ないと思ったら」

「誰の事です?そんな者はおりませぬ。話が済みましたならお帰りを」

「一緒に頼んでくれ。身内ではないか。力を貸してくれ」

「…身内?」


 その言葉につい返してしまった。師は強く抱きしめ静かに言う。


「先人殿。耳を貸してはなりません」

「私と共に高みに立とう。そうすれば」

「やめろ!」


 光村が出て来る。いつもと異なり怒りに満ちた声で相手に向き合っている。


「何故母を救ってくれないのです。身内では無いですか。私は先人と同じ貴方の血が」

「無い」

「!」

「我が血は先人だけだ。他など無い。決してな」

「母を救いたいのです。五大氏族を動かしてください」


 若者の言葉に更に怒る光村。


「いい加減に」

「国はどうなりますか?」

「「「!」」」


 先人の問いに皆一瞬黙り込む。


「身内なのに、曽祖父様が守ってきたものを壊すのですか」

「…先人」


 若者が先人に近付こうとするが光村が阻む。


「近付くな」


「五大氏族の皆さまにも守る者達がきっといます。それを犠牲にせよと言えるのですか。兵を出せば戦になります。もっと苦しむ者達が出ます。それでも」

「…それは」

「私には言えません」


 光村が先人を抱きしめる。


「曽祖父様。他に方法は無いのですか?」


 首を横に振る。苦しそうな顔をする光村は静かに語る。


「何をしても大知に、皆に疑念が生まれる。共倒れになるだけだ。…これ以上は何も出来ぬ」

「貴方が」


 若者の言葉を遮り、そちらを向く。


「国賊を誰が信じるか。仁湖にこが選んだ道だ。耐えるより他ならん」

「愚かしい」


 光村は静かに睨み、そして師もまた同じ表情を若者に向けていた。


皇族・綜氏の話はややこしいので紹介を読んで頂けるとわかりやすいと思います。

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