八.生き残りの哀しみ
〔翌日朝・宮中〕
今日の宴は夕刻から行われる。その後、密談の場が設けられる。朝から最終の手続きに追われる臣下達。その中でも、
「綜大臣」
「どうした?」
綜大臣も準備をしていると官人が慌ててやって来る。綜大臣がそちらを見ずに問うと
「徹殿からの知らせで」
「変更?」
その後、少し遅れて宴が行われた。その後の密談も、滞りなく。
「何も無い?」
「はい。命のままに配置していたのですが」
「ほう…」
綜大臣と霧は考え込む。
〔同時刻・? 〕
「感謝します。徹様」
「礼を言うのはこちらの方です。ありがとうございます。大知様」
〔時は戻り、前日・宮中離れ〕
職人の頭である徹沙須那は、他の職人達に声を掛ける。
「明日は宴の日当日である。他国から来られる客人と皇族、綜大臣、貴族も参加する大きなものである。やり残しの無いようしっかり努めるのだ」
「はい」
頭の言葉に職人達皆大きな声で返事をする。皆頭を慕っている様子が伺える。
しばらくして皆作業を終え、各々帰って行く。一人の職人が気付き
「頭、どうされたのですか?」
宮中に上がる職人らは言葉も自然と丁寧になる。頭である沙須那が皆と違う方向に歩いているのに疑問に思ったのだ。
「いや、最後に点検をしておこうと思ったのだ」
「そうですか。抜かりないですね、頭は」
「はは。細かい処が気になってな。先に行ってくれ。後はこちらでやっておく」
「手伝わなくでも良いですか?」
「ああ、すぐ終わる」
「わかりました」
職人は帰って行く。小さく笑い、それを見送る沙須那。
「…」
離れからある小さな出入口。入ってすぐに雨に濡れぬよう囲まれている廊下から離れの部屋に続いている。元々職人や下人が出入りに使っていたが今は使われていない。鍵が付いているが、すぐに外す。そして、細工を施そうと手を動かす。ふと、陳氏の生き残りであり刺客である者らとの話を思い出す。
『いいか?我らは宴が始まればここから入る。見た目にわからぬよう細工をしておいてくれ』
刺客の一人が図面を出し、沙須那に指示を出す。
『客人らは傷付けないでくれ』
『騒ぎを起こしたいだけだ。そなたとて思う処はあるだろう』
『…』
刺客に言われ、黙り込む。刺客の一人が嘲るように言う。
『綜大臣、綜氏族さえ関わらなければそなたら氏族も今頃安泰だっただろうに。親しくしていてその内心は他国の内情を知りたかっただけ。そうとも知らずそなたらは利用されたのだ。そして、守らなかった。許せるのか? 』
『…そなたらも同じだろう。在りもしない事で我らを滅ぼした』
『なら、何故手を貸す』
『優しい振りをして近付き、手に入れ、問題を押し付け、助けず、見ていた者らを許せると?私はどちらでも良い。そなたらが勝とうが綜大臣が勝とうが、天の意思に任せる』
『我らが負ければそなたも終わる』
『どちらでも良い。綜大臣がどうするか、見ものだ』
昏い目をし、淡々と話す沙須那に刺客らはぞっとする。
『恐ろしいな、お前は』
かつての乱の前を思い出す。皆、この国に足を付け、穏やかに生きていた。その時を。
細工をしようとした手を掴まれる。気配を感じなかった。
「それ以上はいけません。徹様」
「…どなたでしょうか?見かけぬ顔ですが」
「私は、大知先人と申します」
「大知?ああ、あの」
「はい。そうです」
「高位貴族の嫡子がこんな処で何を?私は鍵が壊れていたので直していた、それだけです」
先人は小さく首を横に振る。
「昏い目をしています。私はその目を持つ者らをよく知っています」
「!」
先人の言葉に沙須那は逃げようとする。先人は止める。
「お待ちください」
「わかるのなら、わかるでしょう。貴方もまた、綜氏が滅びるのを望んでいる筈。放っておけば」
「哀しいのです。その目を見ると」
「!」
昏く、濁った目。大知皆の目。沙須那もその事に気付くと立ち止まる。
「私は、私の道を行きます。相手を落とすのでは無く、己の力で上に行く。【忠臣】との約束を果たすために」
「…。祖を、信じておられるのですか」
「はい」
「…私も、祖を信じております。祖父も、父も、一族皆。ですが、もう」
振り絞るように言う沙須那に先人は静かに伝える。
「妹君が生きておられます」
「あれは、綜氏を信じております。私は、信じる事が出来ません」
「ですが、たった一人の身内を傷つける事が、貴方様の一族皆の望む事でしょうか」
「…」
「渡来の氏族がこの国で生きて、名を貰う。どれ程大変な思いをされて来たか、私にはわかりません。それを奪われる苦しみも。ですが、貴方様は生きている。篠様も、生きているのです。信じる道は違えても貴方を思っている。貴方様がこの場を用意していると聞いた篠様は嬉しそうにしていたと聞いています」
「…」
「篠様から帰る場所を奪うのですか?貴方が居なければ、今度こそ一人になります。それをお望みですか?」
「…大知様」
「まだ、間に合います。お力をお貸しください」
先人の言葉に、沙須那は父の言葉を思い出す。篠が産まれた日の事を。
『沙須那、そなたの妹だ。そなたも共に守るのだ』
『はい。父上』
父と約束した事を。俯き、考え、そして
「…何をすれば?」
〔そこから、次の日。宴当日。夕刻〕
既に延期と連絡されているため人通りも無い宴の場に先人と瀧が隠れている。
「そうか。徹氏か」
「瀧は気付いていたのか?」
「協力者はつくると思っていたが、まさか徹氏とは」
「すぐわかった。昏い目をしていた」
「…大丈夫か?」
「うん。あの方は、まだ大丈夫だ」
「…」
瀧が黙って先人を見る。先人は視線の先、沙須那の様子を伺う。そして、動く。
「瀧」
目線はそのままに小さく言うと共に静かに動き出す。
沙須那が宮中離れ奥の出入口から小さく声を掛ける。
「来たのか?」
「ああ、開けろ」
内から戸を開けられ刺客らが入り込む。すべて入った処で外が塞がれる音がする。
「何」
声を出そうとした瞬間、
「あんたが頭目?」
「お前―」
話そうとした瞬間、口を布で塞がれる。声の相手も口を布で覆っている。
「話さなくていいよ。意識は保っておかないと、お頭さん」
(香?薬か)
気付いた瞬間、他の者らは倒れているのに気付く。くつくつと笑う声がする。
「今気付いたの?随分甘い事で」
「来い」
もう一人の声。頭は叫ぶ。
「待て。我らを捕らえたとしても、塀の者らがすでに越え」
しん…と静まり返っている。
「宴は?」
「こちらの手違いで変更になった。今朝早くの話だから情報が遅れたんだな。ご愁傷様」
「何?」
「徹様ともあろう御方が、手違いとはね」
「!」
目を見開く頭。二人の遥か先にいる男を見つけ、睨む。
「お前…、裏切ったのか」
「まだ、生きたくなったのだ」
徹沙須那が、いた。
〔前日・宮中離れ・先人と沙須那の会話 回想〕
「私は何をすれば?」
「あの出入口を開けるのです」
「そうすれば一斉に刺客が入って来ます。防ぐ事は難しく」
「はい。なので、あの出入口の先、宮中への入り口まで素早く動き、閉めて下さい」
「追いつかれませんか?」
「なので、口を塞いでいてください。沙須那様は耐性がありますよね」
「…成程」
*宮中に出る貴族は薬等の耐性をつくる訓練をしている。
〔回想終わり〕
「塀に配置した刺客らはある方の手の者らが抑えている。終わりだ」
先人の言葉に肩を落とす頭。しかし、
「負け…。いや、まだ、まだだ。まだあの皇子が」
小さくぶつぶつ呟いていると、瀧が顔を近付ける。
「皇子は、来ない」
「!」
瀧の声にぞっとしつつ目を見開き驚く頭。瀧が昏い顔で笑う。
「大知が復活してもお前達は在り得ない。残念だったな」
頭が瀧を睨み付ける。言い返そうとするが、恐怖で声が出ない。
「すぐに仲間に会わせてやるよ」
昏い笑みを向ける瀧に更に恐怖を覚えていると、少し離れた場所から
「もし?」
女性の声が聞こえる。宴の場の奥での出来事なので何か起こっていると気付かれていない。先人、瀧、沙須那は動きを止める。
「手違いが起こったと聞きました。兄に何かあったのではないかと。どなたかおられませんか?私は」
「―」
沙須那は声で理解する。
瞬間、頭が暴れ出し、走り出す。
「待て」
「こうなれば綜氏に一矢報いるだけでも。お前さえ、お前だけでも」
「篠!」
切られた。だが、
「お前は」
頭が驚く。荻君である。
「お前に再興は無理だ。私が復活させる。祖の誇りと共に」
「この、裏切り者が」
「やめろ!」
再度切りつけようとする頭を先人が止める。瀧が頭の後ろに回り、口を塞ぐ。
「もう、眠っておけ」
頭が倒れる。瀧が離れた処まで引きずる。
「篠!大事ないか」
「兄上。私は何とも。ですが、」
篠は荻君を見つめる。咄嗟に刃先を掴んだが肩を切られている。
「大丈夫ですか?」
篠の声に先人も荻君に近付く。
「大事ありません」
肩を抑えながら言う荻君に篠は慌てて
「手当を」
と手を出そうとすると、荻君は振り払う。
「大した事ではありません。それより早くお戻りください。こちらの不手際で危険にさらし、申し訳ありませぬ」
篠と沙須那に深々と礼をする荻君。篠は首を横に振る。
「いいえ。私は何も見ませんでした。変更はありましたが予定通り行われるのですね」
「はい。勿論です」
「わかりました。戻ります。兄上」
篠は沙須那を見る。沙須那は先人を見つめる。先人は小さく頷く。
「ああ、行こう」
近くにいた兵に声を掛け、篠と沙須那を連れて行ってもらう。そして、
「陳殿。手当を」
二人去ったのを確認してから荻君に声を掛ける先人。荻君は首を横に振る。
「いい。こちらの後始末が先だ」
「先人、そいつ連れて先に行ってくれ」
瀧が言う。
「瀧は?」
「少し後始末をする。香というか薬を焚きすぎた」
「また?…気を付けてくれ。まだ油断は出来ない」
「ああ」
先人が荻君と共に宇茉皇子の元に報告に行くために去る。それを確認し、
「いるんでしょ?頭」
先程とは違う頭に声を掛ける瀧。瞬時に瀧の隣に来る兵。
「丁寧なのかそうで無いのかわからぬな」
変装した吹である。
「どっちの顔(父なのか頭としているのか)か分かりませぬゆえ。兵に紛れていましたか」
「まあな。たまには我らも仕事をしないとな」
冗談めいて言う吹に瀧は視線も合わせず話す。
「よく言う。―で、いかが致します?」
「一応大王には話をしておく…までも無いな。計画で終えたのだ。わざわざ話す事も無いだろう」
「綜氏には?」
「頭は勿論の事そこらに倒れている者らの中で陳氏の血筋は声を出せぬようにして綜氏に放り込んでおく。少しは溜飲が下がるだろう。我らからの贈り物だ」
「お優しい事で」
「他は、こちらで処理しておく」
「ここには来ていない連絡係の陳氏の者らも同様ですか?」
「内情を少しでも耳に入れた者らも同様、あちら(綜氏)に放り込んでおく」
「陳氏には容赦が無い」
「計画に加担していない一応の直系(荻君)と少しの傍系は残してある。それで充分だろう」
「傍系の生き残り。あの者(荻君)に伝えますか?」
「知らん。縁があれば会うだろう」
「本当に容赦が無い」
「生かしておくだけありがたいと思え。お前は先人様の処に戻れ」
「はいはい。―承知」




