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和乃国伝  作者: 小春
第一章 はじまり
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一.大知氏

和乃国


 宮廷に近い屋敷で若い男子が一人で剣を振っている。その者は、大知先人。大王の元で代々将軍を勤める氏族・大知現当主の嫡子である。*氏族は一族をまとめて言う。

 ここは大知氏の屋敷。一人で剣術の修練をしていると先人を呼ぶ声が聞こえてくる。先人は手を止め、声の主に近付き、礼をする。声の主は先人を見て声をかける。


「先人」

「父上、これから宮中ですか?」

「ああ、屋敷を頼む」

 

 声をかけたのは大知氏現当主であり先人の父・いわおである。大知光村直系の孫である。大知光村が失脚した後、大知氏族は政の場から遠ざけられている。身分としてはまだ高位貴族の証である【むらじ】を名乗ることは許されているが、中枢には関わる事を禁じられている。


 現在は綜氏そうしが一手に政を動かしている。綜氏と陳氏のべし、この二氏族によって大連・大知光村は失脚したのである。*陳氏は五年前に没落。


「剣術だけでなく学も優れていなくては。我が一族の嫡男は文武に優れていなければ困る。いずれそなたが氏族を担い、大知の栄光を取り戻すのだ」


 ぞっとする程昏い目をする父に先人は思いをはせる。父は変わったと言われている。曽祖父・光村が失脚して氏族が的となり周囲からの蔑み、恨みの声。助けてくれる者もおらずその仕打ちを受け続ける内に変わったと。学に優れ、穏やかな人だったと聞いているが私は知らない。幼き日よりずっとこうだったのだ。

 目の色を変えて綜氏の失脚を望み、一族の再興と栄光をうたい五年前に陳氏が滅んだ時には笑っていた。


「はい」


 先人の返事に満足して巌は屋敷を出て行った。先人自身はまだ宮中に出仕していないので屋敷で学問か修練だ。やっと宮中に出仕する事になりそうだと先日父から聞いた。氏族諸々の事情もあり我らは警戒されているので成人の歳を越えても出仕せず、十六になったのだ。*当時は十二から十五までに成人する。 

 宮中に出仕するのは成人してからという決まり先人が一息ついていると、頭上から影が出来、髪をくしゃくしゃにされる。


「兄貴は相変わらず、だな」

「叔父上」

 

 先人の頭を撫でたのは現当主・巌の弟・佐手彦さてひこである。大王に仕える将軍の一人で、戦上手と名高い。幼い頃から修練をつけてもらっている。婚姻せず、同じ屋敷の敷地に別棟を建てて暮らしている。


「お前のようなぼやっとしている奴が権謀術数どろどろの宮中で渡り合える訳がないのに」


 わははと笑いながら更に先人の髪をくしゃくしゃしにしている。


「だったらそう言ってください」

「一族のどろどろを一手に引き受けた兄上にそんなこと言えるか」


 先人から手を離しがたがた震えるふりをする。そんな叔父の姿を見て困った顔で見つめる。


「叔父上は良く宮中で働けますね」

「俺は〝武〟で身を立てているからな。戦場に行けと言われればどこへでも行く。それしか出来ないと他の者らもわかっている。何も言われん。だが、兄上は」


 ふっと哀しそうな顔をする。父は変わらざるを得なかった。一族のせいで。


「ま、お前はこれからだ」

「他人事だと思って」

「いいや。お前の名は先人。先を読む。細かなところを読むことが出来る。普段ぽやぽやしているがここぞという時に化ける。昔からそうだろ。お前のその良さがわかる主に仕えられれば必ず使い物になる。お前は俺や兄貴とは違う。じーさんと同じだ」

「曽祖父様と?」

「ああ。恐ろしく先まで見据え、そしていつの間にか問題を解決していた。その性質だけは似るようにって兄上が名付けたと聞いた」

「父上が…」

 

 先人は幼き頃を思い出すが想像がつかない。巌は、曽祖父を憎んでいるのだ。


「おっと、俺も軍部の方に呼ばれてたんだった。じゃあな」


 佐手彦がはっと突然思い出したようで急いで去っていく。さて、もう少し修練を始めようとすると庭の方角からひょっこり塀を乗り越えてくる人影。


「よっと。」

「瀧?」

「先人。ちょっくら遊びにいこうぜ」

 

 にっと笑う若い男。この者は宮中で大王、皇族などの衣装・装具などを用意する部署、織部司おりべつかさの長である服織はとり氏族の嫡男・たきである。父同士が友だった縁で幼き日より付き合いのある幼馴染である。先人より二つ年上で友のような兄弟のような存在である。先人とは違い、要領よく、頭もいいし、強いのに本人は飄々として『そこそこ出世して、そこそこ生活出来ればいい』とのこと。もったいないなと先人は思っている。ちなみに服織氏は大知氏と同じく【連】である。



〔数刻後・都から外れた村近く〕


「遊びって、ここは」

 

 瀧の後に付いて先人が辺りを見回しながら歩いている。都から外れると自然しかない。瀧が少し先を見ながら話す。


「何でもさ、この先にある村に変わった渡来人がいるらしい」

「変わった?珍しい事は無いだろう」


 瀧の言葉に不思議そうに返す先人。渡来人は、大陸から交易目的あるいは何らかの技術・知識を伝えに来てそのままこの国に留まっている人達のことを指す。昔からいるので珍しく無いのだ。


「そうなんだけど、何か違うんだよな。今までのと」

「?」


 前を見ながら首を傾げる瀧を見て、先人も首を傾げる。瀧はいつもはっきりと言うのに珍しいと思いながら後に付いて行く。


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