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和乃国伝  作者: 小春
第五章 さきへ
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六.皇子と荻君

「以上が、刺客から得た話となります」

「そうか…」


 しばらくして宮中。いつもの書庫で瀧と先人が宇茉皇子に報告を入れている。冷静に淡々と報告する瀧に考え込むような様子の宇茉皇子。護衛は他の用事に当たっているらしい。


「過去の内情と目的についてはわかりましたが、実際の計画については詳しくは知らされていないようで、襲撃する、とだけはわかりましたがいつ、どこで、誰をがわかりません。薄々は察せられましょうが、確信には至りません。な、先人」

「はい」


 瀧の言葉に頷く。瀧の独壇場である。先人が刺客の空気に飲まれかけたからと、報告を代わったのだ。不甲斐無いと反省し、気を取り直し、宇茉皇子の言葉を待つ。


「首謀者は、陳氏の残党か」

「恐らく」


 瀧の言葉にため息をつく宇茉皇子。


「五年前の乱でほぼ終わったがすべてではない。傍系すべて把握しておらぬ。生き残った者もいよう。身内の敵討ちか」

「綜氏を追い落とす事を目的とする輩、この機会に騒ぎを起こし、責任を上へ押し付ける。その上で、」


 淡々と瀧の言葉を宇茉皇子が続ける。


「騒ぎを治めた大知氏、手助けをした中氏に功績を。そして大知氏を上に付ける。中氏・大知氏を助けたという名目で陳氏も加わり氏族らを束ねる。そしてかつての二人の大連のように…か。あり得ぬ。あの二人は多大な功を挙げ続けた。器が違う…すまぬ」


 話ながら言葉の最後にはっとして先人を見る宇茉皇子。先人は小さく笑い首を振る。


「いいえ、私は曽祖父様にはかないませぬ故」

「それに、大王が許すはずがない。あの御方は綜大臣を頼りにしている。まあ、それも…、いや、何でもない」


 話ながら言葉が小さくなる宇茉皇子。…何かあるのだろう。疑問に思いながらふと刺客の言葉を思い出す。


『いるだろう、もう一人。大王の血を受け継ぐ、そなたらの【皇子】が』


「先人?」


 宇茉皇子の呼ぶ声にはっと正気に戻る。気を取り直し、


「いえ、皇子様。此度の件は大知氏・中氏両氏族関与しておりませぬ。ご容赦くださいませ」


 疑惑を持たれても当然であるが、そうでは無いと強く否定する。実際、そうなのだから。


「わかっている。すぐに報告ご苦労であった。引き続き調査を頼む」

「「承知しました」」


 宇茉皇子の言葉に了と返す先人と瀧。



 宇茉皇子から辞して再度調査に向かおうとする先人と瀧。しばらく共に歩いていたが先人が足を止める。


「瀧、先に行ってくれ」


 先人の様子に察した瀧は軽く首を振る。


「言わなくてもいい」


 何を、とは言わない。宮中というのもあるがあえて言わなくてもわかる。言葉は少ないが心配しているのがわかる。有難いと思う。しかし、


「ありがとう。すぐに行く。頼む」


 しっかりと目を合わせ瀧に告げると、一つため息を付かれて頷き、落ち合う場所を告げ先に向かう。

 そして先人は、


「先人?どうした」


 書庫にまだ居た宇茉皇子をしっかり見つめると


「お話があります」






「で?」


 書庫を出て歩きながら宮中の奥に共に行く。奥の庭が見える縁側に辿り着くと先を歩いていた宇茉皇子が先人を振り返り、問い始める。


「お手数お掛けして申し訳ありませぬ。先程の報告、まだ話してない事が」

「だろうな。顔が強張っていた」


 神妙な面持ちで話をしようとする先人の言葉を切り、何とも無いという様子で話す宇茉皇子。


「何故、問わなかったのですか」


 驚き、思わず問う先人に小さく笑い、


「言うだろうと思っていた。お前なら。現に来ただろう」


 何とも無しに言う宇茉皇子に叶わないと思う先人。


「…で?」


 続きを求める宇茉皇子をしっかり見つめ答える。


「刺客は言っていました。大王の血を受け継ぐ、我ら【大知】の皇子がいる、と。それは」


 初めて聞く、知らなかった事、と言おうとすると


「先人、私には【語り部】がいる」

「…は?」


 途中で言葉をまた切られた上にその言葉。戸惑う先人を気にせず話を続ける宇茉皇子。


「我ら皇族・綜氏が未だに【大知氏】を警戒しているのは光村殿だけが理由ではない」

「どういう事ですか」

「この件が終われば、話す。安心しろ。決して皇子は表に出る事は無い。必ず守る。今はこの件に集中しろ」


 戸惑うが、頷く。宇茉皇子様はすべて、わかっておられる。ならば今はー


「わかりました。では、戻ります」

「ああ。頼む」


 宇茉皇子はその場に佇み遠くを見る。ここに残るという事だろう。宮中の奥ならばそこここに見張りの兵達がいる。そう読み、場を去ろうとすると、ふと、宇茉皇子が呟く。


「良き声だ」


 自分に言った言葉では無いと思ったのでそのまま歩き出す。ふと、どこからともなく声が聞こえる。―歌?どこかで… 幼き日を思い出す。それは、咲が歌っていた。一人で、どこか遠くを見て。


 歌を口ずさんでいる女性が一人。周りは小さな窓しかなく、最低限の調度品がある程度。小窓から空を見つめただ、歌う。その女性は、咲に似ていた。




〔夕暮れ時・宮中〕


「…誰ですか?」


 宮中、与えられた部屋から一人出て空を見つめていた篠は気配を感じ、振り向く事無く問いただす。薄暗く、少し離れているので影になり相手がわからない。しかし、悪しきものを感じない。憎悪も、侮蔑も、殺気も。かつてのように。ふっと自嘲の息をつくと影が頭を下げた。


「申し訳ありませぬ。主の命により、見回りをしておりました」


 若い男、同じか歳上か。真面目そうな声に少し空気が和らぐ。


「そうでしたか。お世話をかけます」

「とんでもございません。しかし、ここは宮中とはいえ油断がなりません。お戻りください」

 

 本当に真面目な人だ。若いようなのに更に上に感じる。


「はい」


 頷き、戻ろうとする。事が起こるとすればここでは無い。そう察するのは、過去の教訓か。そう思っていると、ふと、


「貴方様の主は、綜大臣ですか」


 何となく聞いてみる。何故だろう。しかし、綜大臣様の周りからは感じられないものを感じたからだろうか。


「…はい」


 間があったが返事を聞き、部屋に戻る。戻る背中を見つめる気配がする。哀しいものを感じた。

 去っていく篠の背中を哀しい目で見つめる影、ややして別の影が近付く。小さく言葉をかわし、その場を去る。宇茉皇子の言葉を伝えに来た者と、荻君である。




「皇子様、お呼びで」


 宮中の人通りがほとんどない庭に佇み背を向けている宇茉皇子。後ろを振り向く事無く


「来たか」


 荻君の言葉に素っ気無く返す。いつもと様子が違う事に戸惑いながら言葉を返す。


「今は用向きを控えて頂きたいです。私はー」

「陳氏」


 冷たく言葉を出す宇茉皇子に驚き、背を見つめる。


「伝手でな。話が来た。接触して来たのか」


 誰が、とは聞かず話をする宇茉皇子にすべて察していると確信した荻君は小さく頷き、


「はい」

「いつから?」

「断りました。付いている者らにも関わるなと」


 だんっと音がする。宇茉皇子が柱を叩き付けた音だ。荻君は目を見開く。


「いつだと聞いている」


 怒りを押し殺している声。宇茉皇子がこれほどの感情を出した処を見るのは初めてである。荻君は俯き、やがて顔を上げ覚悟を決めたように話し出す。


「居の国からの話が来た時に一度。後にもう一度」

「何故報告しなかった」

「話が来た時に内々に探りを入れました。しかし、動きらしい動きも無い。口だけのはったりとも考え、だから」

「見過ごしたと」


 荻君の言葉を一つずつ潰していく宇茉皇子。内心に怒りを隠し持ちながら冷静に話す。


「隠し通せるとでも?…甘く見ているようだ。私を誰だと心得る」


 荻君を冷たく見据える宇茉皇子に息を吞む荻君。それでも続ける。


「何かしら疑われれば真に【陳氏】は滅ぶと思ったのです」

「私が信用ならぬと?」

「そうではー」


 続けようとする荻君の言葉に上書きするように宇茉皇子は、叫ぶ。


「そうだ。そなたは私を信じておらぬ」


 し…んと静まり返る。二人、見つめ合う。少しの間の後、荻君が声を出す。


「では、何故【大知氏】を受け入れられたのです?貴方様は私に信を置いたのでは無いのですか。それなのに【陳氏】を仇としている【大知氏】を。それも、失脚は我ら氏族の誤ちであると。―何がしたいのです」


 力無くなっていく荻君の言葉に怒りを霧散させ、見つめる宇茉皇子。空気が変わる。そして


「何故、国は在る」


 宇茉皇子の言葉にはっとし目を見開く荻君。続ける。


「真に私欲に生きた【化物】であるならば国は疲弊し、民は逃げ、他氏族・他国が攻め入る大義名分を与える。しかし、それは無い」


 初めて対面した時の先人の言である。宇茉皇子は続ける。


「何故、国は在る。皇統は絶えていない。何故、【大知】は残った」


 すべて先人の言葉である。改めて反芻する。荻君は、黙る。


「それが答えだ。誰にどう言われても、己の目で見て、考えた先人の結論だ」


 冷静な顔から少し、柔らかくなり、荻君を見据える。


「先人は大知光村殿に会った事があるらしい。実際に会い、姿を見て声と言葉を聞き、何かが響いた。そして己の道を決めたのだ」

「私は、会った事も無ければ声も知らず言葉も聞いたことが無い。周りの声からしか、それしか、わからなかったのです」


 苦しそうに、悔しそうに話す荻君。曽祖伯父そうそはくふでありかつての陳大連・陳新鹿のべのあらかに会ってみたかった。そうすれば、私も何かが変わっていただろうか。と思いに耽る。


「陳大連の直系はいない。光村殿が失脚した後、数年後に職を辞し、その後亡くなった。後継たる息子がいたが病に侵されその後絶えた。そなたは新鹿殿の後を継いだ弟の系譜。知るすべは無い」

「…はい」


 真の直系ではない。それは【裏切りの氏族】と呼ばれる事への逃げ道ともなるが反対に強みも無いという事だ。私は、あれを持ってはいない。先人は、持っているのだろうか。


「しかし、私が知るところによれば武勇に優れ、聡明で権謀術数に長け、それなのにも関わらず情にも篤く人望もあった。光村殿失脚前で悪く言う者は誰もいなかった」

「…」


 宇茉皇子の言葉に目を見開く荻君。曽祖伯父自身の話は聞いたことが無い。戦歴や交渉などの事は聞いていたが人柄についてはほぼ知らないのだ。氏族皆が愚か者、追い落とす期を間違えた、地位も名誉も化物に囚われたせいでと。それで地位を戻すことに躍起になり、手を出してはならない領域に…


「荻君」


 宇茉皇子の呼び声に意識を戻す。宇茉皇子は荻君を見据える。


「私は、そなたら氏族がしたことを許すことは出来ない」

「はい」


 当然だと思いつつ唇を噛み締める荻君。宇茉皇子は淡々と続ける。


「しかし、それに囚われてもならないとも思っている。そなたは言った。償いたいと。偽りでは無いとあの時感じた。そしてかつての陳大連・陳新鹿殿が国と大王のためにどれ程貢献してくれていたかもわかっている」

「はい」

「同じく光村殿がどれ程貢献してくれたかも知っている。陳大連と共に」

「…」


 黙り込む荻君。宮中の噂で聞いていた。〝武〟の陳大連と〝知〟の大知大連、この二人がいる限り国は安泰ともされていた。二人は友であり、深く信を寄せていたとも言われている。


「何が二人を違えてしまったのか、今となっては知りようが無い。しかし双方信念があったのだろう。…そなたらと同じく」

「皇子様」

「そなたは【陳氏】の再興への信念、先人は【大知光村】の汚名を雪ぐという信念、どちらも覚悟があるのだろう」


 言葉を区切り、優しく微笑む宇茉皇子。


「過去は変えようが無い。どれ程の真実があろうとも。しかし、今は変えられると私は信じている。共に、良き国をつくるため今一度手を取り合い、立つのだ。信を置くのならば、私は答える。必ず、【陳氏】は復活し、【大知光村】の汚名は雪がれよう」


 宇茉皇子のその言葉に膝を付き、頭を深く下げる荻君。


「皇子様…申し訳ございませぬ。申し訳、」

「よい。今回限りだ。それで、向こうの要求は?」


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