五.問い
その後はたわいのない話をしながら歩き、辿り着く。中氏屋敷。
屋敷は御記氏の屋敷のような静けさと清らかな空気を感じる。
【中氏】は神事を司る氏族である。地位は【連】。先程の話でもあったが、五年前のかの乱で陳氏側に付いていた。原因は陳氏が『徹氏が故郷の信仰する教えを綜氏に伝え、その教えのみを浸透させようとしている。そうなればそなたら中氏は用済み』等々吹き込まれ味方した。乱後は内政に関わらず当主交代し、神事のみに没頭する。現当主は物腰柔らかだが、芯が強く、実直な人柄である。
紹介終わり
「先人、瀧」
「義叔父上」
屋敷の前で声をかけられる。礼をすると手で制される。いつも通りの穏やかな表情で先人と瀧を見つめる。中方能子、咲の夫であり現中氏当主である。咲が嫁いでからよく行き来があり、話す機会もあったので仲が良い。穏やかで博識、先代の行いに眉を潜めつつ、身を慎み、氏族を守っている。腰抜けと揶揄する者らもいるが、強い方だと先人は思っている。
「咲からの知らせが届いたのだろう」
「はい」
先人の返事に頷き、首を振り促す。そのまま屋敷の奥まで歩いていく。徐々に空気が不穏なものになっていく。奥から人が出てくる。方能子がその人に声を掛ける。
「鋭殿」
「当主様」
「師匠?」
出てきた人は師・鋭である。先人は方能子に礼をし、鋭を見る。鋭は先人と瀧を見つめ、声を掛ける。
「来たか、先人、瀧」
「師匠。どうして?」
思いもよらぬ場所で会う事に戸惑う先人を横目に当主・方能子に向き合い、
「話は奥で。当主様、報告は後に」
前者は先人と瀧に。後者は方能子に礼をして話す。
「わかりました。お任せします」
すっと鋭を見て、先人と瀧には穏やかな表情をし、場を去る。その様子を確認した鋭。
「奥だ。来い」
当主が立ち去るといつもの口調に戻り先人と瀧を促す。奥、離れから呻き声が漏れ聞こえてくる。一人? いや、気配は二人。それに…
「要となる者は二人。後は下っ端が五人か」
「正解だ」
瀧がつぶやくと鋭が何ともなしに答える。まだ中に入っていないのに。
「気配は二人感じるが、声は一人。後何となくはわかるが五人は」
「離れから出た先に括ってある。微妙に呼吸音が、」
「見事だな」
先人の疑問に淡々と答える瀧、弟子らそれぞれの鋭さに感嘆する鋭。離れの前に辿り着く。「連れてきました」と声をかけ鋭が扉を開けると、
「あら、先人。思ったより早かったわね。瀧も来たの?」
「伯母上」
「咲様、どうも」
背を向け屈みこむ姿勢でいた咲が振り向き、声をかける。咲の向こうから呻く声。一人は気絶しているようで、もう一人は蹲っているが意識はある。呼吸は乱れているが。
「仕事中にごめんなさいね。でも、放っておくと厄介な事になりそうだから」
にこにこといつも通り穏やかな表情と声だが、場所としている行為はえげつない。蹲まっている男の様子を遠目で確認すると、
「伯母上…これは」
「薬ですね」
「薬だな」
先人の言葉を瀧と鋭が続ける。目視しても傷等は確認せず、血が出ている事も無い。しかし呼吸が乱れている。打撲等なら呼吸が強く乱れるはず。ならば…
「【大知】直伝よ。自白剤のようなもので強く効き過ぎたみたい。しびれが酷いようでね」
何てことも無しに語る咲。遥か昔の祖からでもあるだろうが曽祖父・大知光村の時代大陸からの交流が多かった事、外交をほぼすべて担っていた事から大陸直伝のものも多くあった。薬もその一端だ。
「大陸から伝わったようなので、大陸の人に実際の効き目を聞きたかったのと、口が固い護衛で鋭殿に頼んだのよ」
「成程」
どうして中氏屋敷にいるのかと思ったらそういうことか。咲の要請で佐手彦が手を回したのだろう。
「神事を司る中氏族が屈強な者らを抑えられる訳が無い。ましてや今の時期、特に中氏で騒ぎを起こしたくない。英断です。咲様」
「相変わらず鋭いわね、瀧。その通りよ」
淡々と話す瀧と苦笑いする咲。けれど、
「伯母上、それで」
「ああ、ねえ」
先人の疑問に素早く動き、蹲る男らの前にしゃがみこみ、話しかける咲。穏やかな笑みを浮かべながら髪を引っ張り、顔を上げさせる。…中々にすごい光景だ。
呼吸を乱しながら男が咲を睨みつける。
「お前…よくも」
「屋敷を訪ねてきたときは礼儀正しかったのに。それが本性?さっきの話から察するに私が、【大知の姫】と知っていて来たのには驚いたけど」
ちなみに、咲が中氏に嫁いだと言う事は知られてはいるが、他の貴族達も余り両氏族に関わりたくないため暗黙の了解となっている。咲の言っているのは顔を知られているという事。【大知氏】は化物が宿ると言われ遠巻きにされている上、姫なので出仕していない、まして婿入りの話も来ていないで存在は知られているが顔はわからないとされているのだ。
「恨みは無いのか?今こそ、我らが力を合わせれば」
睨みながらも企みに誘い続ける男。理でも情でも無く怒りで交渉してきたか。先人、瀧、鋭は傍観する。咲はため息をつく。
「綜氏を追い落とし、再び【大知】の時代へ。―阿呆らしい」
心底呆れたといった感じの咲に戸惑う男。続ける。
「綜氏を万に一つ落としたところで他の有力氏族が出るだけよ」
咲の言葉に男は薄く笑う。
「沈黙を守り、己の氏族を守る事しか考えぬ者らに何が」
「五大氏族も動かせぬくせに」
男は、目を見開く。先人達も驚き、咲を見る。表情も声色も変えないまま咲が続ける。
「和乃国最大勢力も動かせ無いのに笑わせる」
男はぐっと口を動かし何かを言おうとするが、黙り込む。
「かつての大連の血筋にも関わらず皆動かなかったのでしょう。それが答え。判断するまでも無いとされた。役不足なのよ、あなた方は」
柔らかそうに、そして蔑んで話す咲に、男の目が血走り、叫ぶ。
「ふざけるな!それを統括したのは元々将軍氏族末席のお前らだろう。ならば、」
「【大知光村】は別格よ」
男の髪を離し、それを上回るように叫ぶ咲。周りは圧倒され、沈黙する。先人も、瀧も、鋭も、男も驚き咲を見つめる。
「あれだけの有力氏族を束ねていけたのはそれなりの理由がある。恩義、裏取引、政略、力。あの男はすべてを兼ね備えていた。すべてを手に入れ何も分けずすべてを失ったのよ」
先人は驚いている。伯母・咲はいつも穏やかで柔らかく、芯が強い。己の心のままに叫ぶ姿など一度も見た事は無かった。曽祖父・光村の話も数えるほどしかしたことが無いが父上のように恨む姿など見た事も感じた事も無かった。しかし…伯母もまた…
咲が小さく息を吐く音で正気に戻る先人。咲が冷たく男を見据える。
「あなたは、何者?」
「…」
圧倒され、言葉を出せない男。場の空気が凍る。咲の圧が強すぎ、言葉を発せない男の様子を見、これ以上は無理だと察した先人は少しの間の後、すっと前に出て男と咲に近づく。
「伯母上」
咲に声をかける先人。目線で伝えると咲は小さく頷き、男から離れる。今度は先人が男の前に屈みこむ。瀧と鋭は様子を見ている。
「そこまで内情に詳しいのなら、私がわかるな」
確信を込めて言えば、男が頷く。先程の言い合いで血の巡りが良くなり薬が更に回ったらしい。
脂汗をかき、息を乱している。それを見、更に伝える。
「…陳氏だな」
男が目を見開く。すぐに逸らそうとする。
「逸らすな。私を見ろ」
いつもより重い声で言う。先人は表情を変えない。鋭は静かに先人を見つめる。瀧も静かにそして平然とした表情で見ている。【大知光村】は先人の唯一の逆鱗だ。咲は先人の様子に驚き見つめている。男から目を逸らさず、先人は続ける。
「綜氏を追い落としたい。その考えはわかる。どの氏族も内心思っている事だ。しかし、何故失脚した我ら(大知氏・中氏)に声をかける。声をかけるならば先程伯母上が言った通りの有力氏族ら、それに準ずる氏族らだろう」
淡々と話す先人に先程の咲と違う空気を感じ違う圧を感じる男。声を出せない。挟めない。
「ある程度の内情を知りながら滅びかけた旧勢力の氏族に近付く、諾とする可能性があると考慮して」
一息区切り、男を見据える。一切の感情が見えない。男は、ぞっとする。
(滅びかけた【化物】の氏族の末裔、凡庸と聞いていた。皇族に仕えているが力も無い皇子の元。化物があれを授けたのも、老いたからと。しかし、しかしー)
判断を誤った。【化物】は、
「そして今。五年前の乱の関係者がこの国に戻って来た。それも居の国の使者と共に。商人では無いのはわかっているのだろう。万が一何か事が起これば綜氏の責に出来る。その上で我ら(大知氏・中氏)が救えば、そして危険を察知し知らせたとするそなたら陳氏が出れば再興出来ると踏んだのか?そして我らに恩を売り、出世の足掛かりにしようと思ったか?」
男の反応を一切気にせず話し続ける先人。男もただ聞くしかない。
「最初に中氏に声をかけたのは、わかっていたから。大知氏の総領姫もいると。共に抱き込めると思いここに来た。そう判断出来るのはその歴史を知り、共に在った者」
言葉を区切る先人。周りの空気が更に重く冷えたものになる。
「陳氏だけだ」
何の感情無い顔をしながら、しかし、感じる。【怒り】いや【憤怒】。男から汗が一筋流れる。
( 見誤った。【化物】が年老いたからだと、憐れみを見せたのだと。しかし、違う。【大連・大知光村】は…ここに )
その思考を遮断するかのごとく瀧が声を出す。
「中氏を味方に付ければ、妻である大知総領姫も動くと?そして大知光村の直系である現当主が立てば他の氏族も黙ると?何なら五大氏族も動くと?それはさっき咲様が言っていたがあり得ぬ。現当主には誰も見向きはしない。愚策だな」
冷たく言葉を出す瀧と、ため息を付く咲。
「お恥ずかしい話だけれど、その通りよ。読み違えたわね」
心底呆れたといった様子で話す咲に、場の空気が少し収まったかと思われた。しかし、男が声を出す。
「誰が今の当主と言った」
男は逃れられないと悟り俯く。そして考える。どうすれば打開できるかーそれは
「愚策と言ったな。確かに、判断を誤った。わかっていれば他にやりようはあった」
瞬時に判断し話し出す男。そこにいる男以外の皆、何を言い出すかと見つめている。
男は顔を上げ、先人に目を合わせる。
「最初から我らの狙いは、お前だ。大知先人」
男の言葉に瞬時に場の空気が変わる。薄ら笑い、男は続ける。
「今の当主は当主にあらず。仮初だ」
「父は当主だ。仮初ではない」
先程からの表情が崩れ、言い返す先人に瀧と鋭が瞬時に気付く。すぐに抑えようとするが、男は続ける。
「仮初だ。何も知らず、己が当主と思い込んでいる。お前だ、お前だけだ。氏族らも認めざるを得ない」
「何を、」
「かつてのように我ら陳氏と手を組め。高みに立つのだ。過去は水に流し、滅んだ氏族同士手を携える。それが出来るのはそなただけ」
「出来る訳が無い。大王が認めるものか」
男の術中にはまりつつある。空気が逆転しかかっている、しかし話を止める事が出来ない。遥か深い内情を鋭では止められず、咲は固まり、瀧は
「ならば新しき大王をたてればよいであろう」
空気が固まる。男は咲を横目で見、笑い、続ける。
「いるであろう。一人、大王に成り得る資格を持つ、そなたらの皇子が」
男以外全員黙り込む。男は先人をしっかり見据え、
「大知先人、お前は、大知光村のために生まれてきたのだ」
その言葉をぶつけられ、先人は瞬時に思い出す。
『すまぬ、先人。すべて背負わせることになる。だがー』
光村の言葉を思い出していると突然、どさっと倒れる音を聞く。男が倒れていた。
「すみません、咲様。薬を焚き過ぎました」
瀧が事もなげに言う。男の話のさなか薬を更に焚いていたらしい。勿論、男以外効かない程度に。
「あら…そう…。薬が効きすぎておかしくなったのかしら」
珍しく動揺している様子の咲を気にも留めずいつものように軽い調子で話を続ける瀧。
「気付けの薬を入れますね」
瀧が先人を軽く押し、下がらせ男に近付き、気付けをする。男はすぐに気付く。
「はっ…」
声を出そうとする男に、無表情の瀧が男しか分からないように声と圧をかける。
「余計な戯言など聞きたくない。要点のみ聞く。お前はそれだけに答えればいい」
反論しようとする男は気付く。先人とは違う、昏く、重い表情と言葉。否と答えれば命は無い。こいつは…
「あ…ああ…」
(【化物】…もう一人の…)
先人と咲は気付かない。鋭は確信する。やはり、と。




