三.余波のはじまり
〔宮中・宴の場〕
ざわざわと人があちこちで動いている。
「人が多いな」
その様子に素の感想を言う先人。先人と瀧が、辺りを怪しまれない程度に見回しながら話す。職人らがあちこち手直しをしたり、ちょっとした小物や舞台などもつくっている。
「宴だけでは無く密談も兼ねているから場をつくるのに力を入れているんだろう」
冷静に話をする瀧。瞬時に仕事に切り替わっている。見習わねばと思う先人。
「…そうだな。しかし、さっきも思ったが、出入りする人物すべての把握は難しいのでは?後でこれも報告」
と話を続けようとすると突然、瀧に腕を掴まれ物陰に引っ張り込まれる。
「瀧?」
「気配消せ。―そこ」
その言葉に咄嗟に気配を消す。(*師匠に教わった)瀧が首をしゃくる方向を見ると、職人達の頭と思われる者と、お付きの者ら、護衛の者らに囲まれている四十五十の歳位の壮年の男性。
(この者は?)
先人が疑問に思っているとすぐにわかった。
「これは、綜大臣様。直々のお越し、痛み入りまする」
(綜大臣⁉ )
驚き、目を見開くがかろうじて声と気配を出さなかった。後で瀧にはかなりやばかったと言われるが。
「手を止めずとも良い。様子を見に来ただけだ。―首尾は?」
「多少計画にずれはありますが、問題無く」
「そうか…」
職人の頭?と綜大臣の会話を黙って聞いている。瀧と目線が合い、頷き合う。
(あれが、綜大臣…。遠目でしか見た事が無く、姿をはっきり見るのは初めてだ。堂々として威厳のある声、風格。大臣にふさわしい方だ。…曽祖父様には叶わないが)
先人は曽祖父・光村を思い出す。過去を悔い、己を罪人としていたあの人を。しかし、私には誰よりも忠の心を持ち、清廉で、澄んだ人だ。だからこそ、誰よりも苦しんだ。
ぽん
軽く背中を叩かれ、はっと正気に戻る。目線を合わせず瀧が首をしゃくる。何を考えているのかお見通しなのだろう。きっと顔も呆れている。―駄目だ。仕事と言い聞かせる。
師匠に教えられた。自然と同化する。意識を近くの木に向け、耳だけ聞く。
「そなたも嬉しいだろう」
綜大臣の声がする。威厳はあるが親し気に声をかけている様子に(以前からの知り合いか? )と思う先人。
「大臣様には感謝しております。妹を居の国に出して頂きました」
瞬間に元々の柔らかい空気が少し硬くなる。
「…償いには、遠いが」
「充分です。…例の場にご案内致します」
その声と共に場を去る職人の頭?と綜大臣の面々。去ってしばらくしてそっと声を出す。
「…瀧、今のは」
「ああ。生きていたのかもう一人」
会話の流れで察する先人と瀧。
「徹氏。通訳の方である篠殿の兄だ」
『徹氏』。地位は【史】。繊の国から来た渡来人が始まりとされる氏族である。繊の国
では兵馬の権を持つ一族を本流としているがかなり遠縁である。和乃国に来た際、知識を伝え、通訳もこなすので重宝され、大王より姓【徹氏】が与えられ宮中で文筆の仕事を行っていた。
かの事件後氏族はほぼ絶えたとされたが、もう一人、生きていたのだ。
〔夕方・宮中〕
「以上が調査した事です」
「成程」
宮中の書庫で宴の場での事を報告している先人に頷く宇茉皇子。調査報告と共に綜大臣と徹氏との会話も報告している。その場には瀧と、護衛(陳荻君)もいる。
瀧が宇茉皇子に語り掛ける。
「生き残りがもう一人いたのですね」
「上の方で内々にしていた話だ。私も最近まで詳しくは知らなかった」
「綜大臣、綜氏族が隠していたのですね。まさか職人の頭になっていたとは」
「兄の沙須那殿が望んだそうだ。氏族を弔っていきたいと。只、同じ仕事はしないと言ったそうだ」
「元々馬具製作の一族だったからな。沙須那殿本人も製作の方が性に合っていると。職人でも姓はそのままだ。地位も同等にして綜大臣・綜氏族で保護している。」
「破格ですね」
「当然だ。それ以上の事をしようとしても受け付けないと綜大臣も珍しく嘆いていた」
「親しいですね。流石身内」
「おい! 」
「瀧」
皮肉を言う瀧に荻君が我慢できず怒鳴り、先人も名を呼びいさめる。宇茉皇子は気にしていない風に瀧に続きを促す。
「…他には?」
「親しく語らっていましたよ」
ちら、と荻君に軽く目線を入れて話す瀧。一瞬空気が変わりそうになるが宇茉皇子が話す。
「旧知の仲だからな。外交担当である綜氏は大陸の話に興味を持つのは当然。当時も親しく付き合いがあったようだからな」
「乱の切っ掛けをつくった責任もあるでしょうし」
「瀧」
それ以上言うなとばかりに言葉をかける先人を察し、それ以上は口をつぐみしれっとしている。宇茉皇子が話を変える。
「先人も、綜大臣を見てよく気付かれなかったな。あの方は察しが良いが」
「かなりぎりぎりでしたが」
「すみません」
瀧が呆れ顔で先人を見、素直に謝る先人。少し笑う宇茉皇子。
「瀧が瞬時に指示をし、補助をしてくれました。それが無ければ動揺して気付かれていたかと」
真面目に報告している先人に苦笑いする瀧。場の空気が軽くなる。宇茉皇子は瀧を見つめる。
「動揺せず、補助にも回りながら気配を気付かせない。瀧、流石だな。まるで、そなたは」
「後、気になることが」
宇茉皇子の言葉を遮り、瀧が話を変える。少々空気が変わった感じがする。
「何だ?」
突然の切り返しに冷静に対処する宇茉皇子。瞬時に意識を切り替える。
「職人が多いようでしたが、すべて把握を?」
「宮中に出入りする者らは把握済みだ。綜大臣が厳命している」
「職人らに付き従う者らも、ですか?」
「無論、そうだ」
頷き、返す宇茉皇子に瀧が更に返す。
「その者らの中に、荷物持ち、忘れ物を届けに来た、言付けを届けに来た等些細な用で来た者らも把握を?」
「…それは、」
宇茉皇子が言葉を濁すと更に畳みかける。
「疑えばいくらでも出てくる。まあ、把握済みの者らも身辺すべて徹底的に洗うべき、でしょうね。場合によっては脅しか金品ちらつかせて手引きか何かしらの細工をする、という事も考えられます。些細な用で来たと言う者らは上との連絡係、とも考えられますし」
「再度調べるよう働きかけよう」
「お早めに」
珍しく流暢に話す瀧に皆が驚き見つめていると、瞬間、空気が変わる。
「後、私は只の織部司の服織ですよ、皇子様。お疑いなら辞しますよ。いつでも。な、先人」
冷たい空気の中、突然振られた先人は戸惑いながら瀧を諫めようと声を出す。
「瀧」
「いや、すまない。戯言だ」
瀧を諫める先人を手で制し、謝罪する宇茉皇子。
「皇子様、謝罪などー」
先程から棘のある言い回しの瀧に謝罪など無用と言おうとすると更に空気が冷たくなり、目の前にぞっとする程無表情の瀧がいる。
荻君は宇茉皇子の後ろにいるので瀧の表情も空気も読み取れる。先人は瀧と並んでいるため、表情に気付か無い。それと、空気も。先人には悟られないようにしている。
(…何者だ。こいつは… )
「戯言は嫌いです。相手をお選びに。調査がまだ残っていますのでこれで。行くぞ、先人」
捲し立てるように言い、先人の腕を引き、簡単な礼をして共に出ていく。先人は素早い行動に成すがままである。
出て行って少し間があり、やがて軽く息を吐く宇茉皇子。
「嫌われているようだ。私は」
自嘲気味に言葉を発する宇茉皇子に瀧からの圧に言葉を発する事が出来ない荻君。宇茉皇子はふっと思う。
(あれは、やはりーいや…)
何度も考えたが、確信が持てない。真にいるかもわからない。しかし、何かを感じる。遥か昔より大王を守りし、【大王の影】―。真にいるとするならば…
〔???〕
―夜・都の外れの廃屋小さな明かりがあるのみ。身なりも良くない数人の者らが円を囲んで話し合っている。
「浮かれているな、綜氏は」
数人の者らの一人が口火を発する。すると次々に話し出す。
「居の国から来た商人と称した高位の者との密談。通訳の女はかつての者。それらを手厚く庇護し、国と国との関係を強化。なおかつかつての乱を思い起こさせなおかつそれらを鎮めた手柄を大々的に広める。そして、氏族の力を更に強固にする」
「大王の側近は代々、いや、永代綜氏とする事を公にする事も同然だ」
「すなわち、この国は綜氏のもの、そういう算段だろう」
皆一様に怒りを露わにしている。
「外交を成功させ、かつての乱を鎮めたという宣伝をし民の心すらも掴むつもりだ。そうなれば、」
「綜氏の手柄。宮中でも外でも威信を示すことになる。そうなれば誰も手が出せぬ」
重い空気が場を支配する。その内の一人がぽつりと漏らす。
「かつての【化物】を超えるかもしれぬ」
更に空気が重みを増す。しかし、その中の頭らしき者がその言葉を聞き、薄く笑う。
「そうなれば、だ。今ならば【化物】よりは優しいものよ。準備は、どうだ」
頭らしき者の一声に場の空気が重いだけのものから引き締まる。一斉に
「ぬかりありません。騒ぎが広まればこちらのもの。後は三当主(陳氏・大知氏・中氏)がつけば」
「若く弱腰な当主などいらぬ。何の芽も出さず表に出ぬ。皇位継承に出遅れている皇子の護衛に身をやつすとは、かつての大連氏族の者とは思えぬ」
頭が吐き捨てるように言うと、部下の一人が更に続ける。
「もう一つの大連の当主(大知氏)も、ですが引き入れてもよろしいので?」
「無能でも構わん。力は衰えど【化物】の直系、嫡流だ。大いに利用させてもらう。もう一つの氏族の当主もだ」
皆一様に頷く。頭が部下を見渡し、一人に目を向ける。
「見つかったか?」
「ほぼ確信に近いかと」
「いざという時は連れてこい」
「はっ」
その声と共に皆が散る。最後に頭が廃屋から出、ぽつりと漏らす。
「【化物】の血は、もう一つー」
言葉と共ににやりと笑う。かつての乱ですべてを失った者ら、生き残りの陳氏である。
そして、船が波流の港に到着したと宮中に報告が入る。かつての乱の余波が、始まろうとしていた。




