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和乃国伝  作者: 小春
第五章 さきへ
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二.過去

それから少し時間が立ち、宮中・書庫


「瀧、何故そうなる?」


 書簡を読みながら、呆れたような声で瀧に訴える先人。一方瀧は平然として書簡を眺めている。


「何が?…宴に参加する人数思ったより多いな。覚えられるかな?」

「出来無いなど思って無いくせに。そうではなくて、態度だ」

「うん?」


 わかっているのに平然としている瀧の様子に息を付くと目線を瀧に向け注意する。


「宇茉皇子様にも護衛の方にも失礼だぞ」

「【方】など付けるな。大した者では無い」


 書簡を見つめながらどうでもよさげに吐き捨てる瀧に気になりつつ、もう一つの疑問を聞いてみる。


「【連】より下と言う事か?若いから当主では無さそうだし、氏族は、首?直?史…では無さそうだな」


おびと】は地方それぞれの規模が小さい国の長に付く。中小氏族が多い。渡来人の後裔などに賜姓しせいする場合もある。*賜姓とは、大王から新しい姓を貰う事。

あたい】は地方それぞれの規模が大きい国の長に付く。渡来人にも与えられる場合がある。こちらも賜姓ありで。

ふひと】は文筆や記録の職務に付いている渡来人に与えられる。


「知らなくていい。それより、今回の命の意図は?」


 素っ気なく答える瀧にまたもや疑問に思うが後者の宇茉皇子の命の意図の話に持っていく。


「護衛、のみでは無さそうだな」


 顔を瀧に向けて話す。


(宇茉皇子様は護衛のみ、と言っていたが裏を読み取れとも言われているようだ)


 と先人は考える。【しのび】を始動させる最初の指令とも取れる。しのびは【影】に在らず。

影以上の諜報力と解決能力が求められる。犠牲を少なくすると言う事は消すことよりも困難なのだ。先を読む力が求められる。一層気を引き締めなければと考え、先を促す。

 瀧は満足そうに頷く。書簡からは目を離さないが。


「だろうな。他国、それも長く友好関係が続いている国から王族に連なる御方と共に来られた方に何かあれば外交問題」

「外交は古くから綜氏が担い、特に力を入れている」


 綜氏は大臣になる遥か前から外交を担う氏族である。現在はすべてを統括しているが外交は世襲で受け継がれつつ、大臣が直接関与している。一時は大知大連(光村)が担っていたらしいが。


「だからこそ、何かあれば責任を取らせる、そして追い落とされる」

「他の貴族らが結び付けば、だな。曽祖父様のように…」


 かつてはっきりしない罪のために他の貴族達が追い落とした曽祖父・光村の事を思う。

 そんな先人に瀧は目線を向け、軽い口調で話を続ける。


「今の大王次第だが、どうだろうな?当時の大王と考えが同じならば追い落とせる。今回の件は落ち度あれば追い落とすのに格好の大義名分が出来上がる」


(当時の大王、曽祖父様を裁いた御方。陳大連の言を信じ追放した。今の大王はどうだろうか。大知氏を警戒しているようだが綜氏とは関係が悪くないとも聞く。真意はわからないが)


「瀧、今の大王はどう思う?織部司の仕事で拝謁することもあるだろう?」

「お前も会った事あるだろう?」


 少し驚いた様子の瀧。珍しいと思いながら、初出仕の時の様子を思い出す。


「立場を弁えるよう、とは仰られたが。警戒しておられた」

「十六の子供に何を警戒する必要がある。…まあ、読めない方ではある」

「お前でも?」


 思わず突っ込むと、瀧が苦笑いする。


「俺を何だと思っている。綜氏を頼りにしているが、何か別に考えがあるようにも見え、かと言って逆らえないような感じかな」

「成程。自身からは動かないが、何か事が起こればひっくり返るかも、か」

「物わかりの良い友で嬉しいよ」

「からかうな」

「違うって。…まあ、だからこそ事が起これば、だな」


 やはり同じかもしれない。かつての曽祖父・大知光村のように…と思いに耽る。


「そうだな…」

「先人、」


 急に声が弱くなった先人に思わず声をかけたという感じの瀧を遮り、


「いや、宴と会議を無事に終わらせないとな。居の国の御方も通訳の方も無事に心安らかに過ごせると良い。そのためにもやれることをやろう」


 奮起するように言う先人にこれまた珍しく頷く瀧。


「そうだな。流石に、あの乱は、酷過ぎだ」




 始まりは政の争いであった。


 五年前、大王の側近として陳大連と綜大臣の二人が存在していた。

 陳大連は綜大臣のやり方を良く思っていなかった。自身よりも大王の信頼を得て他の貴族からの人望も厚く、宮中での地位を上げていく事を危険視していた。

 五大氏族も従う事は無かった。陳氏は大知光村を失脚させた事で評判を落としていたのである。友であり、同士でもあった者を裏切り失脚させた【裏切り】の氏族と影で囁かれていた。


 そんな折、陳大連は目を付けた。

 綜大臣が後見している渡来の氏族。地位は【史】だが、現当主の父の代に繊の国(等の国の前王朝)から来たとされる氏族。彼らと綜大臣は親しい間柄。当時等の国は建国して三年。まだ新しく、安定していない。ならば、


前王朝と繋がっているのでは?

綜大臣は彼らを使い自身の勢力を拡大し、大王を越えようとしているのでは?大陸にあるような事が行われるのでは、と噂を流す。


綜大臣は反論する。

繊の国と彼らは関係無い。彼らは二十年以上前から和乃国に来ている。この国の人間だ。

親しいのは父の代からかつての故郷の話を聞かせてもらっていただけ。三国以外の話はなかなか聞けないからだ。超大国と争う気など無い、ましてや簒奪など、我が祖を侮辱する気かと強く主張した。


大王は綜大臣の声を支持した。陳大連を諫めた。しかし、それを屈辱ととらえた陳大連が自身のみで動いた。


渡来の氏族を捕らえたのである。激しい尋問が行われる。


綜大臣は返すように主張した。罪なき民、和乃国に知識をもたらしてくれた渡来の者らを傷つけるなと。その際、少し前から病に伏していた当時の大王も動く。

しかし、受け入れられず、彼らは、滅ぼされた。


綜氏族の怒りが爆発した。陳氏との戦である。

他の氏族はほぼ綜氏に従い、皇族も戦に出た。宇茉皇子も初陣であった。

戦はすぐに終わった。陳大連に従う氏族はほとんどいなかったのだ。陳氏は敗走。陳大連は処された。


その後すぐに大王は危篤となり崩御。心労もたたったのだろうと噂された。


渡来の氏族はほぼ処されていたが、生き残りがいたという。綜大臣・綜氏族は内密に保護し、その後どうしたのかはわからなかった。

 



〔回想終わり・現在〕 


今回の情報を見るに、通訳の方は女性。それも十七の歳。あの乱の当時まだ十二歳。兵に囲まれ、屋敷に火も放たれ、氏族の者らは…。どれ程辛く、苦しかったか。察するも余りある。そして、それを行ったのは


「―陳氏」


 思わずといった風に呟く先人。


「恨んでいるのか?」


 察したように問いかける瀧。首を横に軽く振る。


「何故、とは思う。同じ大連であったのに…」

「それ以上言わなくていい。裏切ったのだ、同士を」


 陳新鹿大連。かつて大知氏と共に大連であった。元々大知氏は将軍氏族の末席で、光村の祖父の代から大王直属の軍を率いるようになった。一方陳氏は司法を管轄する氏族であったが、大知光村の友であった陳新鹿が功を立て、都より外の戦を鎮める軍を司る将軍となった。それから更に功績を上げて大連となった。大王を守るため共に力を合わせて国を治めていたという。

 しかし、ある日大王に報告した。大王は信じ、そして大連・大知光村は失脚したのだ。

 それから後、陳氏は友であり同士を裏切った【裏切り】の氏族、そう呼ばれた。




〔同時刻・宮中〕


「納得出来ません」


 滅多に使用しない宇茉皇子の執務室。宇茉皇子と共に来た護衛・陳荻君は強く主張する。

 その様子に宇茉皇子はため息を付く。


「決めた事だ」

「見つからないよう、裏から護衛に回ります。それで、」

「青海の国ですぐに気付かれていたのに?…先人も瀧も能力、身分共に今回の件は充分こなせる。直接宴に参加する資格も在り、多少動いていても気に留められない、気付かせない。…今のそなたでは無理だ」


 荻君では表に立つことは出来ない。その事を説いていく宇茉皇子。荻君は頭ではわかっているが納得出来無い様子だったが、ふと思い立ち静かに問う。


「それだけですか?」

「…わかっているのだろう」


 先程の服織瀧の言葉だ。


『出来ませんよね。向こうも望まないでしょう』


 荻君は思い出し、拳を握る。


「尚更、私なら」

「そなたの事はどうでもよい。あの方の気持ちを考えよ。そなたら氏族は、決して許されない事をした。それに」


 宇茉皇子が荻君を静かに見つめる。

 空気が変わる。


「何か?」

「『覚悟』はあるのか」


 宇茉皇子は静かに、強く、問う。




〔回想・五年前 陳氏〕

 戦に敗れ、氏族は没落した。周りにいた、仕えていた者は去った。私は、まだ成人していない事、戦に参加していなかった事、止めようとしていた事を考慮され、罪には問われず放逐された。

 行く当ても無く一人、かつての屋敷に佇んでいると、宇茉皇子が現れた。静かに見つめ、こう言った。


「許されぬことをした」

「はい」

「権力を取り戻したいか」

「私は、陳氏を継ぐ者です。そう育てられてきました。氏族を再興したい。けれど、」


 言葉を区切る。言っていいものか、迷ったのだ。宇茉皇子は静かに見つめるだけ。しばしの静寂が二人を包む。やがてー


「けれど、ただ、償いたい」


 引き絞るように出た言葉。苦悶の末、辿り着いた答えだった。言葉が止まらない。


「戦に犠牲はつきものです。しかしそれは戦に出た者のみ。罪無き民を傷つけるものでは無い。償えぬ事をした。けれど、償いたい。そうで無ければ氏族を担えない」


 気が付いたら泣いていた。将たるもの、泣いてはならぬ、そう教わっていたのに。それも正しかったのか、わからない。少し間があり、やがて、


「そなたに問う。覚悟はあるか」


 静かに、そして強く問われた。私はー




〔回想終わり〕


「…勿論です。変わらず、胸に」

「そうか。とにかく、今は先人達に任せよう」

「しかしー」

「宴の準備等の裏の方はそなたに任せる。くれぐれも他の貴族、特に綜氏には感付かれるな」

「はい」


 渋々なれど譲歩した宇茉皇子に礼をとる。【償い】など、許されるわけが無い。許してはなら無い。互いに。【裏切りの氏族】、友を裏切り、同士を追い落とし、己が信念を貫いた陳大連・我が曽祖伯父の果ては、これなのかと胸をよぎる若き当主である。





それから少し時間が経ち、現在。先人と瀧はとある空き地の前に立っていた。


「ここ…だな」

「そうだな」


 痛むようにその場を見つめる先人と表情が読めない瀧。

 ここにはかつて屋敷があった。あの乱を引き起こす切っ掛けとなった事件の渡来の氏族が住んでいた屋敷。ここで事件は起きたのだ。

 宇茉皇子の指令で参加者には目を通した。宴自体は宮中だ。しかしその前にこの屋敷跡に来る可能性も考慮して周囲を調査するという事で二人やってきたのである。


「何も無いな」

「そうだな。屋敷跡の近くは皆引っ越したらしいし」

「…凄惨だった、と聞いている」

「ああ」


 過去を思い、胸が苦しくなる先人と読めない顔をしている瀧。


「ここに来るかな」

「…来る可能性は大いにある。氏族らに思いがあるならば」

「周囲には何も無い。何か事を起こすとしても丸見えだ。ここで襲撃等の可能性は低いと考えた方がいいだろう。瀧はどう思う?」


「そうだな。的にもなりやすいが、これではな。宴と密談の場所を抑えておくか」

「そうだな」

「先人?」


「いや、強い力を持てば、罪無き者も問えるのかと」

「…思い出した?」

「強き力を持っても他の力を持つ者らに抑えられ、国を追われる。少し、思っただけ」

「…強き力を持つ者でも、己を綺麗に見せる事が出来なければ落とされる」


「瀧?」

「たとえどんなに手を汚しても、皆の前では己を綺麗に見せなければならない。それが正しいと思わせなければならない。それを怠れば、濁に飲まれるだけ」

「…」


「綜大臣は己を綺麗に見せられる。だから皆が疑ってもどこかで大丈夫だと思わせられる。そう出来なければ、人は汚れたものを忌避する。誰かさんはそれが出来なかった」


 目を見開く先人。瀧は続ける。


「為政者には必要だ。それが無ければいつか落とされる。お前は、そうなるな」

「瀧」

「強き力を持つならばそれを持ち続ける事も必要だ。そして皆の気持ちをこちらに向けないといけない。この者なら大丈夫だと証明し続けなければならない。そして強き力を正しく使えるようにしないといけない。これから先、同じ事を繰り返す事が無いように」


「うん。そうだな。そうしないとな」

「大連になるのだろう。そのくらいの心構えで無ければ務まらない」

「ああ。次代をつくるためにも、そうなって見せる。ありがとう、瀧」


「…てっきり怒られるかと思った」

「?」


「いや、」

「ああ。ちょっと怒ったけど、大丈夫」

「本当か?」

「うん。その通りだ。繰り返さないようにしないと」


「ま、気が向いたら助けてやるよ。大連様」

「揶揄うな。…行こう」

「ああ」


 先人と瀧が去った後、屋敷跡に男が一人。


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