一.陳氏の罪
第五章が始まります。よろしくお願いします。
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船の中。船頭に立ち、景色をどことも無く眺めている年若き女性。しばらくして歳を重ねた男性が隣に立ち、年若き女性に声をかける。
「篠殿?」
はっとして隣を見る。隣の気配にも気付かなかったようだ。
「白様、申し訳ありません」
「いいえ、気分が悪くなりましたか?」
男性の方は商人のようだ。他国の服、それも良いものを着ている。船も良いもので、船頭も船人も技術や知識が優れている者らで集められ、裕福な様子が伺える。白は篠に優しく気遣う。
「大丈夫です。共に来て頂き、感謝し尽くせません」
「人脈を広められ、新たな商売も出来るのです。通訳をして頂き、こちらこそ感謝を」
ふっと会話が途切れる。互いに海の果てを見る。
「…間もなく和乃国に着きます。覚悟は、出来ましたか」
白が気遣い、そして問う。篠は頷く。
「仲間がいます。すべては過去です。何を恐れる事がありましょう」
「篠、そなたに導きがありますように」
〔五年前〕
十代前半の男の子がどこかの屋敷の裏から叫んでいる。
「もう少し、待っていろ。すぐに出すから」
「何をしている荻君」
燃える火
泣き叫ぶ声
私を見て、少女が言う
「私達に罪など無い」
はっと目覚める
息が苦しい。消えない過去。それは、我らの罪なのだ。
それは、
陳氏の罪なのだ
ここから少し時を遡る。和乃国・宮中
「護衛…ですか?」
先人と瀧が共に宇茉皇子の元に来た途端、指令を受ける。怪訝な顔をする先人と平然としている瀧を横目に話を続ける宇茉皇子。
「ああ、内密にな。近々居の国から来る商人の方と通訳の方を宮中に迎え入れる事になった。その商人と通訳の方を密かに護衛してもらいたい」
「商人と通訳、ですか。宮中で?」
通常ならば一般の民である。それを宮中でとなれば疑問に思う先人。
「何故だと思う?」
笑ってこちらを見つめる宇茉皇子。
「出身は高位貴族か王族で?」
瀧が冷静に問う。
「高位貴族の庶子、という形だが恐らく、な」
成程。三国や等の国は序列がはっきりしている。同じ父を持ちながら正式な妻の子とそうでない子の扱いは異なる。父が高位でも母の身分が違えば扱いの差は歴然。和乃国でもそうだが、比べるとこちらは割と緩い。
とにかく、扱いに差がある産まれなれば、自力で立ち上がり生きていく。官人になったり、商人になったりと、大陸はその辺りは実力主義だがそれに血筋も加えれば割と重宝もされる。と先人は考える。ならば、
「それはすでに決まっているのでは?」
外交担当は綜氏である。商人とはいえ高位の血を持つならば綜大臣、貴族らも丁重にもてなすだろう、と意図を考えていると宇茉皇子が小さく息を付く。
「密かに、と言っているだろう。迎い入れるだけではなくその際宴と会談を行う」
「宴はわかりますが会談とは、居の国と密談、ですか」
先人の問いに宇茉皇子が頷く。
「ああ。向こうもきな臭くなってきたようだ」
「戦、ですか」
「恐らく。しかし、今回は無しだろう。こちらは昔と違い、内政を重視している。兵もそう出せない。物資のみ支援が相当だろう」
「成程。ですが、護衛をするのは通訳の方も、との事ですがこちらも身分は同じという事ですか?」
黙っていた瀧が問う。先人も気になっていた。高貴な方の護衛ならばわかるが共にいる通訳もとなれば作戦の立てようが違ってくる。勿論共にいる限り守るが、どちらもと命があるという事は通訳の方も重要人物であるという事になる。瀧の問いに、少し苦しそうになる宇茉皇子。
「いや…この国の者だ。五年前に出たがな」
その表情と声で先人も瀧も察する。
(五年前…。まさか)
先人が考えていると瀧が話す。
「成程。あの乱のきっかけになった氏族の者、ですか」
「ああ」
「生き残りが居たとは聞いていましたが、居の国に居たとは」
「綜大臣の判断だ。この国は苦しかろうと」
「それで通訳に。納得しました」
瀧の言葉に宇茉皇子は頷く。先人も苦しそうに見つめる。
「綜大臣が力を入れ迎い入れる準備をしている」
「ならば必要ないのでは?大臣も責任を感じているでしょうし」
「瀧、」
かつての乱を思いながらいつも通り辛辣に発言する瀧を諫めようとすると、
「―服織、皇子様に向かい口が過ぎるぞ」
諫める言葉と共に現れた皇子様の護衛。まだ名前はわからない。瀧は無表情だ。
「皇子様、戻りました」
「ああ、ご苦労」
いつも通りの硬い口調の護衛を労いながら首を軽く動かす。すると、どさどさと書簡が目の前に積まれる。
「…これは?」
目を丸くして思わず聞く先人に宇茉皇子は淡々と答える。
「宴に参加する皇族、貴族ら簡単な情報を集めたものだ。会談に参加する者らは印が付けてある。目を通しておけ」
「承知しました。準備して頂き、ありがとうございます」
先人が礼を言い、宇茉皇子は頷く。
「―で、そちらの方も一緒に?」
ちら、と護衛に目線を送りながら瀧が言葉を発する。瞬間、空気が凍った気がしたが、宇茉皇子は護衛を横目で見、
「いや、私と共にいてもらう。護衛はそなた達二人だ」
すぐに何も無かったかのように話す。
「皇子様、私がやります」
護衛が語気を強め、宇茉皇子に詰め寄る。驚きながら見つめる先人と感情ない様子の瀧。
「駄目だ。先人、瀧頼む」
「…拝命しました。護衛のみ、ですか?」
語気を強くした護衛を軽くいなしながら先人と瀧に指令を出す宇茉皇子に対し、今回の意図を考えつつ伺う先人。
「ああ、そうだ。守ってほしい。大事な御方々なのだ」
先人と瀧を真剣に見つめ、命を下す宇茉皇子。
「「拝命します」」
それに答え、命を受け取る先人と瀧に対し、
「皇子様、私が」
なおも主張をしようとする護衛に
「出来ませんよね。向こうも望まないでしょう」
瀧の言葉に瞬時に場が凍り付く。分かってないのは先人だけ。
「服織…何が言いたい」
「事実かと」
護衛に襟首を捕まれる瀧だが表情は変わらない。むしろ冷たく見つめる。
「力でねじ伏せますか?真に、血は争えない」
「貴様―」
流石に止めようと言葉を出そうとした宇茉皇子の前に先人がすっと前へ出、瀧の頭を思い切りげんこつする。場の空気が一瞬で変わる。先人が護衛を見つめ、
「すみません。最近口が悪いのです」
「「最近なのか…?」」
心の声が思わず出ていた宇茉皇子と護衛。瀧はうずくまっていたが顔だけ上げる。
「先人…痛いんだけど」
「瀧、気持ちは全くわからないが一方的に傷つけるのは良くない」
瀧を見つめ諭すように言う先人。元来真面目なのである。その言葉は最初に反応したのは護衛である。
「傷ついてなど、」
護衛が反論しようと声を荒げるも先人が言葉を切る。
「傷ついていますよ。だから怒るのです。祖を貶す真似をしてしまい、申し訳ありませぬ。瀧に代わり、お詫びします」
「―――…」
詫びる礼をする先人に驚き、戸惑う護衛とそれを見つめる宇茉皇子。瀧が立ち上がり、
「お前が詫びる事など無い。こいつは」
はっとして言葉を止める瀧に瞬時に
「もうよい。私は出るが、しばらくここで目を通しておけ。行くぞ」
護衛に顔を向け指示を出す宇茉皇子だが、
「皇子様、」
「行くぞ」
護衛の更なる言葉を遮りさっさと歩いていく。一瞬拳を握りしめすぐさま追いかける護衛。それを見つめる先人と瀧。瀧は変わらず平然としているが、先人は訳が分からずにいた。
〔同時刻・宮中〕
「万事抜かりは無いな?」
「はい」
重々しい空気と共に威厳のある声。綜大臣とその息子・央子である。
「伝令では一月後出立との事で、こちらに着くのは半月程かと」
「船での移動は負担がかかるだろう。遅れても良いからゆっくりと来るよう護衛らに指示を」
「もう通達しております」
「ほう…」
息子の手回しの良さに目を細めるが、ふと考え
「霧だな」
「お見通しで。大臣ならばそう仰るだろうと」
霧に感心するとともに正直に話す息子に綜大臣はふっと笑う。
「すべて己が考えた事とすれば良いものを、正直が過ぎるな」
「父上にはお見通しでしょう。それに部下の手柄を横取りするなど」
央子の言葉を遮る。
「為政者には必要だ。嘘でも真と言えば真になる。霧は何も言わんだろう」
「はい…」
少し肩を落とす息子の腕を軽く叩く。
「そなたは、いずれ我が後を継ぐ者だ。綜氏族を率い、国を守るのだ。我が後を見ておけ」
「はい」
重々しいが優しさが見える綜大臣(父)の言葉に感激し、央子は返事をする。その様子を見て
(…器は悪くない。気性も仕事ぶりも、しかし強さが足りないかもしれぬ)
と先を思う大臣である。
「失礼致します」
どこからともなく現れる霧。音も気配も感じず驚く央子と静かに頷く綜大臣。
「いかがした?」
「あの残党が、動きを見せています」
場が、凍り付く。それでいて強き怒りの圧を出す綜大臣に央子もまた激しい怒りにさらされるのであった。




