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和乃国伝  作者: 小春
第四章 ふたりのおうじ
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二.忠誠

「良き御方でしたね。長之皇子様」


 辞した後、宇茉皇子と宮中の廊下を歩く。先人は少し後ろに付き、歩いている。


「穏やかで聡明、他の話をよく聞き判断し、決断できる。芯が強い御方だ」


 少し微笑んでいる気配を感じる。自慢の『弟』といった様子である。


「口調が砕けていましたが、威厳があります。やはり、皇族ですね」


 先人は長之皇子の様子を思い出す。穏やかな様子から突然空気が変わる、人の上に立つ者の器を感じた。


「…私はそうでもないがな」


 ぽつりとつぶやく宇茉皇子に思わず目を見開く先人。


「?宇茉皇子様も威厳がありますよ。初めてお会いした時、特に感じました。静かなれど場を掌握し、他者を圧倒させる強さも。人の上に立つ者の器、皇族なのだと」


 先人は思い出す。物言いは侮辱そのものであったが、噂等の情報は間違い無く、淡々と時には相手を刺す言葉を使い、翻弄し、己の思うままに動かそうとする。狙っていたのもあるが、素の時もあった。場と他者への掌握の才があると感じた。

 それを簡潔に伝えると、宇茉皇子が突然止まり、こちらを向く。


「…お前は」

「はい」


 何かを伝えようとしている様子だがやがて諦めたようにため息を付き歩き出す。


「何でも無い。けれど、次に会う時はあの砕けた口調は止めておけ。不敬だぞ」

「申し訳ありません」

「長之皇子様に仕えたくなったか?お前を気に入っていた」

「それは」

「望むならば伝えておくが?」


 軽い口調で問われて思わず止まる。


「先人?」


 突然止まった先人に怪訝そうに見つめる宇茉皇子。それを見つめ返す先人。


「また試しておられるのですか?」

「いや、」

「初めてお会いした時もそうでした。私を試しておられた。今なおも私は、信に値しませんか?」

「そうではない」

「私は大知氏再興を叶えたいと思っています。そのためならばどのような事でもすると決めています。しかし、主君を利のある方に変え続ければ、信ずるに値しない者となります。誰が付いてきましょうか」

「先人」

「宇茉皇子の命で私は仕えました。ですが、どういう経緯であったとしても私の主君は宇茉皇子様です」

「…」

「青海の国での件も宇茉皇子様の指示が無ければ始まりませんでしたし、成す事叶いませんでした。その結果として長之皇子様も私をお認めになられた。そうでなければ気にも留められません」


 先人が強く伝えると宇茉皇子は呆気に取られた顔をする。


「いや、出会いは遅くなるだろうが恐らく気に入っていたと思うぞ」

「そうですか?ですが、私は宇茉皇子様にお仕えすると決めたのです。物のように簡単に手渡すような事はしないで下さい」


 先人の言葉に宇茉皇子は更に呆気にとられた様子でしばらく固まっていたら、


「は…ははっ。物か」


 突然笑い出した。


(今日は色々な顔を見るな)


 と先人は思っていたが、はっと気が付く。


「も、申し訳ありません。無礼でした」


 考えなくとも皇族に対して失礼な物言いだったと慌てて謝罪する。


「いや、こちらこそ。物は良くないな」

 笑いを堪えつつ許す宇茉皇子。こちらもいつもより砕けた感じがしている。少ししてお互いにふと庭を眺めながら話す。


「長之皇子様。聡明で、公正。威厳もありました。大王に相応しい御方です」

「そうだろう?私もそう思う」

「宇茉皇子様もそのような御方です。そのような方々にお仕え出来、良かったと心から思います。これからも、誠心誠意、お仕え致します」

「…そうか」

「私の主は、宇茉皇子様です。お忘れなく願います」

「ずっとか?」


 本当にふと、という様子で呟かれる。


「いや、いい。戻るぞ」

「宇茉皇子様」

「ん?」

「私は約束が必ず果たされるという事は無い、という事も知っています。ですがこれから先、どう道が変わろうとも貴方様が主君であった事には変わりありません」

「先人」

「私は、私の誠意を伝えたいと思います」


 先人の言葉に宇茉皇子は何とも言えない複雑な顔をして、


「そうか」


 と呟く。先人は強く


「そうです」


 と返す。この時、宇茉皇子が何を考えていたのか、それを知るのは少し後の事。それでもこの誓いは、生涯破ることも破られる事も無かった。

 何とも無しに会話が途切れ、沈黙となる。しばらくして、


「用件はこれで終わりですか?」


 先人が問う。宇茉皇子が思い出したような表情になる。


「ああ、そうだ。もう一つ」

「はい」





その後・屋敷帰りの道中


「と、言う事にになった」

「阿呆か」


 先人が『今日はもういい』と言われ宇茉皇子の処から辞すと、織部司から戻った瀧と合流し、互いの屋敷に戻る道中の会話である。瀧に『宇茉皇子様の処に行かなくていいのか?』と聞くと、『そもそも会う用事も無いし、いい』との事。まあ、護衛に伝言を入れたとの事だから抜かりは無いのだが…いいのか?と先人は思う。皇族相手に雑過ぎないかとも。話は戻るが、


「断れるか?」

「断れる。断ってこい」


 瀧は先程からこの調子で何を言ってもなしのつぶての状態。先人は長い付き合いからかなり怒っている様子だと感じている。


…そもそもこうなったのは


 つい先程の事で、先人が長之皇子から辞し、宇茉皇子と書庫に行きもう一つの用事を聞いた事から始まる。

「どうだ?」


 得意気な顔をし、何やら紙を見せてくる宇茉皇子。文字を読むと、


「しのび?」


 読んだ文字に頷く宇茉皇子。


「ああ、前々から考えていた。皇族、貴族などには代々仕える影となる存在がや独自に雇い入れる影がいるが、我らにも必要では、とな」

「影、ですか。いるのでは?」


 皇族なのだから当然いると思っていたが、首を横に振られる。


「…いない。つてがあるだけだ」

「え」


 驚く。宇茉皇子様は先代の大王の子である。いないはずは無いと思っていた。青海の国の件では動かすまでも無いとの意思だと、と考え怪訝な顔をしていると宇茉皇子が息を付き、


「とにかく、この『しのび』は影ではない。諜報し、問題を事前に把握、独自に解決する存在と考えよ。上手く機能すれば犠牲も少なくなる」

「成程。それが、『しのび』?」


 納得して頷くと、得意気に頷く宇茉皇子。


「文献を読んで知ったが、東方の国に昔から存在する。その国の言葉で“し”は静かなるを指し、“の”は野原、“び”は跳ねる、影のごとく静かに野に在り、そして動く。そのような存在をこれからの我が国にも取り入れたいと思う」

「成程。良いと思います」


 先人は頷く。影は通称だ。諜報と暗殺が主となる者らの事をそう呼ぶ。それとは異なる存在、それを取り入れる事は犠牲を少なくする事にも繋がる。それは良い事と思い宇茉皇子を見つめる。


「だろう?」


 にこにこして言い、やがて肩に手を置かれる。


「これから頼むぞ」


 満面の笑みで言われる。


「はい?」

「本格始動は先だが試しにやろうと思う。まあ、国が安定しない限り始動は難しいが」

「――私が?」


 思わず辺りを振り返るが先人(私)しかいない。


「他に誰が?」


 満面の笑顔で言う宇茉皇子。


「私は、『大知氏』として出仕を」

「両方やれば良いではないか。幸い実権は父であろう」


 慌てて拒否しようとすれば畳みかけられる。


(幸いとは…?)


「…私は何を?」

「近々指令を出す。頼むぞ」


 取り合えず話を聞くだけ聞こうと思っただけだが、引き受けたようになってしまった先人。しかし、逆らえない。中々に難しい、掴みにくい御方だ。にこにこしているが。


 で、瀧との会話に戻る。


「宇茉皇子様の命だ」

「そうか、わかった。断ってこい」


 さっきからこの繰り返し。取り付く島もない瀧の様子に耐えかねて力無く


「瀧」


 と呟くしかない。困った、と思ったら物陰に引っ張り込まれる。


「【大連】になるのでは無いのか?【影】になるなど、連の家の次期当主として許される事では無い」


 いつもより語気を強く言う瀧に驚きつつ話をする。


「影ではない。【しのび】だ」

「やる事は同じだ。捨て石にされるぞ」

「皇子様はそんなことはしない」

「する!あれは皇族だ」


 一層語気を強め叫ぶように言う瀧。やがて一息ついてこちらをしっかり見つめ、


「【忠臣】、大知光村を見捨てた皇族だ」


 冷たい声で言う。


(わかっている。曽祖父様は、しかし…)


「…瀧。俺も曽祖父様を【忠臣】だと思っている。初めてお会いした時から今に至るまでこれからも変わらない。しかし、思っているだけでは駄目なのだ。それを証明したい。国と大王に忠誠を尽くし、功績を上げ、汚名を雪ぎ、忠臣を証明する。そのためなら、何でもする。そう、決めたんだ」


 強く見返し、強く語る。


「先人」

「それに」


 少し空気が柔らかくなった様子の瀧に更に言葉を重ねる。


「さっきの言い様は駄目だ。【影】は主の命を守り、主の代わりに自ら泥をかぶりその手を汚す者達の事を言う。主が正しく無かったとしても主のために忠義を尽くす者達を侮辱してはならない。手を汚す責は、主君だ」

「…」


 先人の言葉に目を見開き黙る瀧。更に続ける。


「宇茉皇子様も言っていた。国が安定しなければ【しのび】は成り立たない。今は曽祖父様の時代のように戦乱の世では無いが、まだ戦はある。【影】という存在はまだ無くならない。けれど、それを終わらせる事が出来たら?」

「権謀術数のみの時代。頭での争いが主軸となると?」


 頷く先人。続けて、


「そうなれば、【しのび】の時代だ。頭を使い、問題が起こる前に解決、起こっても犠牲を最小限に抑えられる。そういう者らが必要になる」

「夢物語だ。今は、まだ終わらない」


「次代は、きっと変わる」

「先人」


「そのために俺は【大連】になるんだ」

「…」

「功績を上げるためだけでは無い。次の時代への礎に成りたい。大知氏を継ぐ前に」

「…」


「手を汚す者らを減らし、次に繋げたい。だから」

「…阿呆だな。お前は」

「瀧」


 また阿呆と言われたと思って俯く。しかし、瀧は黙っている。どうしたかと思い顔を上げると、泣きそうな、それでいて少し笑っている瀧の顔があった。


「だけど、お前らしい。お前のつくる国が見てみたい」

「瀧」

「…仕方ねーな。付き合うぜ」


 その言葉に一瞬ぽかんとすると慌てて、


「いや、俺だけ、」

「俺に話した時点でお前だけの話ではない。ただしー」


 服織連次期当主が何を言っている、自分もさっきそう言っていただろうと色々言おうとするが、言わせてくれず術中にはまってしまう。いつもそうだ。


「無理だと判断したら辞退しろ。そんなに甘い世界ではない。青海の国の時のように上手くいくとは限らない」


 釘を刺される。―わかっている。瀧はいつも、そうして頭を冷やしてくれる。だから、


「うん。わかった」


 しっかり返事をする。瀧の前だと返事が子供の頃に戻ってしまうが、しっかりと。


「なら、いい」


 返事に満足して頷く。


「親には言えねーな」


 いつもの軽口で言う。


「そうしてくれ」


 想像するだけでげんなりする。その様子を見て思い切り笑う瀧であった。


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