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和乃国伝  作者: 小春
第四章 ふたりのおうじ
31/69

一.長之皇子

第四章が始まります。よろしくお願いします。

翌日(第三章終わりから続き)


 着いていくと聞かない瀧と一緒に宮中へ向かう。若干くたびれた感じの先人に察して笑う瀧。


「昨日は大変だったようで」

「…わかっているくせに」


 ぐったりとし、ため息を付く先人に更に笑う。


「『先人、皇子様の処で何をしていた?』『答えられません』で、暴れる。違う?」

「あってる。やっぱりすごいな、瀧は」


 巌の言葉を真似たり先人を真似たりと昨日の流れを見てきたように話す瀧を褒める。


「いつもの事だろ。本当、何年同じ事をしているんだよ。あの人は」


 素直に褒める先人に呆れる瀧。呆れているのは先人ではなく巌だ。先人が若干声を落とす。


「事が事だから公には出来ない。だから、話せない」

「だろうな。御記氏から筈氏、綜氏までもが関わっているしな」

「父上に何かあれば報告しろとは言われているけど」

「安易に話すものじゃない。周りからの信頼を失う。お前の父もそれをわかっているから暴れるだけで済ませているんだろ。いつもの事。気にするな」


 若干の板挟み状態に悩む様子を見せる先人に瀧はいつもの軽い調子で話す。それに先人はほっとする。


「…瀧はすごいな。ありがとう」

「別に。…それより皇子様の用を済ませようぜ」

「着いてこなくていいのに。すぐ終わらないかも」

「なら尚更だ」


 不機嫌な顔になる瀧に、不思議そうに見つめる先人。明らかに宇茉皇子の前だと様子が変わる友の様子に戸惑いを覚える。


「服織」


 突然声をかけられる。宇茉皇子の専属?護衛である。


「…何か?」


 あからさまに不機嫌な様子の瀧に先人は困惑する。


(宇茉皇子様といい、この護衛への態度といい何が瀧をこんなにさせるのか分からない。出会って十年近くだけどこんな瀧は見た事が無い)


 などと考えているが答えも出ず、更に困惑する先人。護衛は気にせずに命を伝える。


「今日は織部司に顔を出せと皇子様の命だ」

「…へー」


 空気が更に冷えた。


「大知、来い」

「…はい」


 瀧の様子を全く気に掛ける事も無く先人にも命を出す。大分慣れてきたのかと思いつつ、瀧に目線を向け『後でな』と声無く伝える。瀧も頷く、が、


「終わり次第、そちらに顔を出すのでよろしくお伝えの程を」


 かなり冷えた声で護衛の方に伝える瀧。暗に『余計な事をするな』と警告しているように。しばらく目線を護衛の方と瀧が合わせるが、


「…わかった。伝えておく。行くぞ、大知」


 先に目線を外したのは護衛の方。それに従い着いていく。瀧はその背を見つめていた。



「よし、行くぞ」

「はい?」


 護衛に案内されて宇茉皇子の元へ。珍しく部屋を使っているらしく、そこここに書物や書簡が積まれている。入るや否やこの一声。

 慌てて追いかけるも護衛は着いて来ず、先人と宇茉皇子のみである。


「あの、どちらへ」

「来ればわかる。お忙しい方だ。急げ」


 速足の宇茉皇子に着いていく先人。宮中の奥に来た。初めて皇子様に会った場所に似ている庭の縁に私より歳が下のような、品の良い方が座っていた。何やら書簡に目を通しているようだが。こちらの気配に気付いて目を向けてくると、


「兄上」


 宇茉皇子を見て穏やかに笑う。(…兄上?)と思っていると


「長之皇子様、参りました」


 すかさず礼をとる宇茉皇子の後ろで先人も慌てて礼をとるが内心動揺している。


「いつもの護衛の方ではないですね。そちらは…」


 宇茉皇子に穏やかに笑いながら後ろの先人の方を見る。


「お会いしたいと言っていたので連れてまいりました」

「大知先人か?面を上げよ」


 若干声が大きくなっているのを感じる。はしゃいでいる?…まさかと思いつつ顔を上げると優し気な、品のいい顔立ちの御方がいた。悪意を感じない、それ処か嬉しそうにしている様子に呆気に取られる。宇茉皇子が小さく咳をすると、先人は気が付き、慌てて


「お初にお目にかかります。大知連当主・巌が子・先人と申します。お会い出来、光栄に思います」


 失礼が無いよう丁寧な礼をする。綜大臣の後見があり、次期大王候補、高位に立てられる皇族だ。両親共に純血の皇族。と考えていると近くに寄られる。


「面を上げよ」


 先人が宇茉皇子に目線を送ると頷かれた。ゆっくりと顔を上げるとかなり近くに居てじっと見つめられ、困惑する。


「…あの?」


 かなり見つめられていたので耐えきれず声を出してしまう先人。隣で小さく笑う宇茉皇子。


「大知光村殿は容姿端麗であったと聞いていたが、そなたも良き顔立ちだな」


 長之皇子が笑顔で言うが宇茉皇子が慌てだす。


「長之皇子様、それは」

「?」


 慌てる宇茉皇子に戸惑う視線を送る長之皇子だが、次の瞬間、


「まさか。私なぞ、曽祖父様と比べるなどおこがましいです」

「…」


 先人の言葉に固まる長之皇子。宇茉皇子は内心頭を抱える。どこかで見た光景だ。


「…そうか。それはすまない」

「いえ。血の繋がりがあるとはいえ、曽祖父様のような御方はどこにもいません」


 長之皇子の謝罪に真っ直ぐに答える先人。物凄く嬉しそうに。


「長之皇子様、申し訳ありません。この者はその話の時だけ少々発言が理解しにくく」

「理解しにくいですか?」


 宇茉皇子の言葉に困惑する先人を見て、長之皇子が震え、笑い出す。


「いえ、すみません、兄上。そう来るとは思わず」

「こういう者なのです」

「成程」


 皇子二人、何か分かり合ったような会話をしているが、分からず、置いてきぼりの先人。


「すまなかったな、先人」


 笑顔でまた謝罪する長之皇子に悪意を感じないので先人も言葉を返す。


「いえ、宇茉皇子様も私の顔の事は最初に」

「そうなのですか?」

「余計な事を言うな」


 最初に会った時の話をすると、更に興味を示し宇茉皇子を見つめる長之皇子。その視線に罰が悪そうにしている宇茉皇子。


「兄上も同じ事を?やはり気になりますか」


 ふふっと笑う。


(よく笑う御方だ。優しさと穏やかさ、品の良さを感じる)


 先人が二人の様子を見て思っているとこちらに視線を戻し、優しく微笑む。


「すまぬな。兄上というのは二人の時だけなのだ。私が一方的に兄のように慕っているだけのこと」


 先程からの先人の疑問に答える。従兄同士では?と考えていたのを察したのだろうと考えの深さ・観察眼に驚かされる。*宇茉皇子と長之皇子は従兄同士(色々ややこしいので後日)


「一方的にとは、無いです」


 長之皇子の言葉にすぐさま言葉を被せる宇茉皇子。二人顔を見合わせて微笑む。仲が良い様子を温かい気持ちで見つめていると、長之皇子が再び先人を見る。


「先人は、大知光村殿にお会いした事は?」


 さらっと聞かれて一瞬戸惑う。悪意を感じない。純粋な興味と好奇心だと感じながら先人が宇茉皇子に目線を送ると頷く。


(…大丈夫ということか)


「あります。共に過ごした時が」


 正直に答える。お二人とも目を見開かれる。


「あるのか?…会った事はあるとは思っていたが、共に過ごしていたとは」


 思わず零れたという宇茉皇子の言葉。それもそのはず、大知光村は失脚の後、しばらくは領地(都では無い)に籠っていたそうだが、その後あちこち移住していたそうだ。大王のみ居場所を知らせ、身内でも分かっていなかったとされている。*領地は取り上げられていない。


「あちこち転々と居を移しておられましたが、七つの頃に」


 先人は当時を思い出しながら答えるが、


(そういえば、誰に連れていってもらったのか…)


「そうか…。どのような御方であった?」


 長之皇子が問う。本当に興味があるらしい。先人も曽祖父に【殿】や【御方】と相手に敬称を付けて話してくれる長之皇子の対応に嬉しくなり、話始める。


「清廉で、高潔で、美しく、哀しい方でした。多くのものを一人で背負い、苦しみ、生きてきた方です。私にとって何よりも尊敬する人です。最初に見た時は、身だしなみは最小限で分かりませんでしたが、共に過ごす内に整えられて、見ると若い頃はさぞかし美しい人だったのだなと思います。整っていて品の良さを感じました」


 当時を思い出し、思いに耽る。手に皺があったが、固くしっかりしていた。傷もたくさんあった。けれど、


「けれど、私が好きなのは目でした」


 思い出す。曽祖父・光村は、とても澄んだ目をしていた。


「「目?」」


 静かに聞いていたお二方が同時に驚いた言葉を発する。驚く事かと不思議に思っていると、宇茉皇子が考え込む。


「…大知光村殿の目は、昏く、淀んでいたと聞いていたが」


 その言葉に驚き、声を上げる。


「いいえ。確かに少し影がありましたが、目の奥は澄んでいてきれいでした。あれ程美しい目は見た事がありません」

「…そうか」


 思わず声を荒げた先人の無礼を咎める事も無く考え込む宇茉皇子。


「先人の目もきれいだな。澄んでいる」


 同じく咎める事無く、先人に顔を近づける長之皇子。一瞬反応が遅れ、かなり近づかれてしまった。


(…修業が足りない)


「長之皇子様、お戯れを」


 反省する先人と窘める宇茉皇子。


「すみません」


 くすくすと笑い、謝る長之皇子だが、やがてふっと笑うのを止め、先人を見つめる。


「先人。私も兄上同様、大知光村殿を忠臣と思っている。しかし、今の大知氏族はかつての国と大王を守るという本分を見失っている。目は昏く、淀み、我欲が強い。それが光村殿の噂を増長させているとは考えず」

「―はい」


 先程の優し気な口調とは打って変わり毅然と話す様子に先人は驚く。


(やはり高位の皇族なのだ。この御方は)


「その上で兄上が突然そなたを側に置くと聞いた。最初は大知氏が何か良からぬ事を企んでいるから監視を兼ねているのかと」


 その言葉に思わず先人は宇茉皇子を見つめる。


「長之皇子様」


 宇茉皇子が窘めようとすると、長之皇子は手を上げ制し、話を続ける。


「しかし、そうでは無かった。今回の働き、見事であった。五大氏族筆頭である御記氏がこちらに着き、味氏も助力するという。これは大きい」


(この御方は、)


 先人は思う。船の依頼の際、御記氏への書状で宇茉皇子が名だけ借りたのかと思っていたが名だけとしても問題あれば責任はある。宇茉皇子が船の依頼をする事に詳しく説明していたとは思えない。この関係性では、宇茉皇子は責を押し付ける事を良しとしない。しかし、察して、それを成功すると踏んでいた。御記氏はこちらに付いた。そう、この御方へ。すべて、見通していたのだ。


「五大氏族としての力と、国の要となる湖と海、鉄ですね」


 宇茉皇子の言葉に頷く長之皇子。


「五大氏族は他の氏族よりも格が違う。それにも関わらず綜大臣の台頭を許し動くこと無く、沈黙を守っていた。それが今回、動いてくれた。そなたの手柄だ」


 穏やかだが高位、人の上に立つ者としての威厳を持ち言葉をかけられる。先人は褒められている、認められている事を感じている。しかし、と思い顔を上げて答える。


「私は、命令で動いただけです。今回の件は、助けてくれた師、服部瀧、護衛の方、御記様や助力して下された味様それに、証言してくれた兵の方、皆のおかげで」


 言葉を言い切る前に被せられる。


「それでも、賊に内密にし、渡来人達を助け、影をあぶり出し、捉えられていた人質達の情報を手に入れた。そなたの判断と決断で今があるのだ」


 長之皇子が先人に近付き、見つめる。


「大知先人、そなたが【大知】で良かった。光村殿もきっと喜んでいるだろう」

「長之皇子様」


 優しく微笑み言葉を掛ける長之皇子に涙が出そうになる先人。それはかつて曽祖父・光村が言っていた事と同じだったからでもある。


(そなたが大知嫡流として産まれたのは奇跡に近い)


 そう言い、手を握ってくれた。先人はそれを思い出す。


「御記氏と味氏、それから大知氏、国の要となる湖と海、製鉄それと将軍(武)の氏族が手を組めば必ず対抗できる。今度の事で独自で動く氏族もこちらに就いてくれるかもしれぬ。残りの五大氏族も。力を増やし綜氏の専横を止め、新しき、良き国をつくろう、共に。ね、兄上」

 威厳に満ちた様子から最後に一転して穏やかな口調に戻る長之皇子。


「はい、必ず」

 優しくそれでいて決意に満ちた返事をする宇茉皇子。それを見つめ、決意を込め言葉を発する。


「長之皇子様、大知先人、微弱ではありますが力を捧げまする。よろしくお願い致します」

「うん。それで、今回の件は兄上の指示で行ったのだろう。何故、意図に気付いたのだ?」


 さっきの様子から一転して『宇茉皇子の弟』に戻り興味津々で聞いてくる。不思議な方だと感じつつ、圧倒されつつ、一つ一つ丁寧に答える。


「それは…」

 しばらく説明する。興味深げに聞いていたかと思えば問いかけたり、思ったより話が長くなったが、時間を気にも留めずにこにこしている。やはり、大物だ。この御方は。


「成程。さすが兄上。そこまでお考えとは」


 先人がひとしきり話し終えた後、長之皇子が頷きながら宇茉皇子を見つめる。


「私はそこまで言っていないが、良くわかったな」


 感心したように話す宇茉皇子。少し照れつつ答える先人。


「師の言葉で考えがまとまりました。合っていたのですね。やはり宇茉皇子様はすごい御方です」


 言葉を返す内に熱いものが込み上げてしまった先人。


「でしょう?兄上は本当に聡明なのです。それにお強い。戦で兵を無駄にせず策を練る」


 長之皇子も熱くなり話す。仲が良いのだと改めて思う。


「文武両道というのですよね。本当にすごいです」

「ですよね」


 にこにこしている長之皇子。


「戦は、その時の運もございます。…それ以上はおやめください」


 戦の話題では遠くを見る表情だったがすぐに少し照れたように返す宇茉皇子。…宇茉皇子の出陣した戦は一つだけ。それは、陳氏との戦である。


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