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和乃国伝  作者: 小春
第三章 くにのかなめ
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光村と先人

本編より九年前の大知光村と先人、二人の出会いです。光村の視点です。

「そなたは、誰だ?」

「私は、大知先人です」


 都の隣、青海の国の外れ。そこで我らは、出会った。


 国を追われ、三十年以上が過ぎた。都に入る事は許されず、あちこちを転々としていた。その内に息子二人は亡くなり、孫世代になった。だが、私は干渉する気も無い。死ぬことも許されず、命が尽きるのをただ、待っていた。


 今は青海の国の外れに居る。人里離れ、山に小さな家を建て、一人、過ごしていた。

 そんな、ある日。

 子どもが家の近くの森に居た。軽装で、しかも村人とは思えない着物と雰囲気で。無視しても良かったが、泣かれても面倒だと思い話しかけるとそう、名乗った。大知…


「先人?…ああ、巌の」

「父を知っているのですか?」


 子どもが驚いて私を見る。…しまった。仕方無い。


「ああ、何故ここに?」

「連れて来られて…ここに居なさいと」

「…誰に?」

「伯母上の使いの者と言っていました」

「…そうか」


 咲、か。これを認めろとの事か。大知氏再興、一将軍ならば問題無かろうに。そんなにかつての権力が欲しいのか、と悪態が出てくる。まあ、いい。


「あの?」

「…この先を真っ直ぐ行けば村だ。送るから、行きなさい」


 言い切り、すぐに歩こうとすると子どもが慌てる。


「でも、ここに居なさいと」

「ここには何も無い」


 子ども特有の素直さかと呆れていると、じっと見てくる。


「あなたがいます。あなたは、」

「罪人だ。関わってはならぬ。行くぞ」


 歩き出すと子どもが後ろから叫ぶ。


「嫌です」

「は?」

「確かにここに居ろと言われました。勝手に動くのは約束に反します。私は、ここで待っています」

 頑なに約束を果たそうとする子どもに内心頭を抱えるが、強く促す。


「ここには誰も来ない。来るのだ」

「嫌です。あなたがいます。動きません」

「私は罪人だ。罪人に会いたい者などどこにもいない」


 それを聞いて更にじっと見つめて来る子ども。頑なな奴だ、と思っていると


「真に罪人ですか?」

「そうだと言っている。…恐ろしく無いのか?【化物】のようだと」


『大王を操り、国を我が物とした化物』

『大知光村、罪をとい、都を出ろ。二度と戻ることは許さぬ』

『これで国は安泰』


 かつての声が聞こえる。そうだ、私は、と思っていると


「恐ろしくありませぬ」

「は?」

「罪人はたくさん見てきました。ですが」


 言葉を区切り、子どもが更に近付き、私を見上げる。


「あなたのような澄んだ目をした人は見た事がありません」


 その言葉を聞き、瞬間、頭を過ぎる。


『…子どものようだな。澄んだ目をしている』


 かつて、良く笑った、あの御方を。


「は…」

「私を遠ざけようとしていますか?私は怪しい者ではありません。この国を守る将軍の一族です。恥ずべき事など致しませぬ」


 子どもの癖に達者な口調。そしてまた過ぎる。


『怪しい者では無い。この国を守る者だ』

 あの御方を。


「…」


 黙り、俯く私を子どもは心配そうに見上げている。本当に恐ろしく無さそうだ。


「大丈夫ですか?えっと、薬草」


 慌てて巾着を見たり、そこらに生えて無いか確認する子どもに何とも言えない気になる。


「よい。…待ち人が来るまで待てばいい。すぐそこに家がある。そこから見ればいい」

「よろしいのですか?」

「約束は、違えぬものなのだろう?」

「はい」



 それから、数日が過ぎた。待ち人は来ず、何となく一緒に暮らしているという感じになった。

咲は、何を考えているのか。と、思っていたが、この曽孫は何でも出来るようだ。

獲物を捕まえる時も、罠を張る。その前に場所の特徴とどんな獣が出てくるのか、どう防いでいるのか等事細かく聞き、それに伴って罠の場所を決める。大きいものはまだだが、小さき獲物はさばいているし、火も熾せる。一通りの家事もこなせる。おおよそ高位貴族の子息がこなすものでは無いが、苦労したのだろう。と思って見ていると、笑って多くの食事を寄こしてくる。…本当に私の血か?


「…何でも出来るのだな」

「叔父上が教えてくれました。将たる者のたしなみだ、と」

「…佐手彦か」

「叔父上もご存じなのですか?」


 驚いた顔で見上げられる。内心ため息を付く。初手での過ちだ。巌の事を知っていると知られているのだ。仕方無いと隠すのを諦めた。この子は、聡い。偽りは通じぬ。


「まあ、少し、な」


 不思議そうに見上げられる。調子が狂う。本当に大知氏かこの子は。


「叔父上は将軍です。警備(警察のような仕事)もしています。強くて、優しい人です」


 にこにこと嬉しそうに笑う曽孫につい、余計に出る。


「あやつが継げば、一将軍として生きられたものを」


 余計な欲を持った、と口の端から零れようとした時、はっと気が付き、止める。曽孫は悲しい顔になる。


「父上では駄目ですか?」

「…すまぬ」


 謝ってしまう。何故か分からないが、そう思い、言ってしまう。


「謝らないでください。えっと、罪人様?」


 慌てて首を横に振りながら言う曽孫に、少し笑う。そう言えば名を言っていない。聞いても来なかった。事情があるのを踏んだのだろう。子どもなのに。我が罪で氏族がどんな目にあってきたのか、知っても何もしなかった。その事を、何故か、今、悔いてしまう。


「…罪人に様は無いだろう。変わった奴だ」

「ですが、年上です。敬う相手です」

「…そうか」




〔翌日〕


 家の真ん中で書物をたくさん出す。*いつもは物置に入れてある。


「どうされたのですか?」


 達者な話し方をして驚く曽孫に小さく笑う。


「待ち人はまだ来ないだろう。暇潰しに学を教えよう。後、身を守るすべを」

師匠せんせいになってくれるのですか?」

「暇潰しにな」

「嬉しいです」


 嬉しそうに笑うのを見て、何か悪くないものを感じる。




〔その晩〕


「師匠、食事が出来ました」

「ああ…量が多いな」


 昼に採った魚や近くの村で交換した食材が並んでいる。


「師匠は大人ですから。でも、全然食べませんね」

「私をいくつだと思っている。もう老人だ」

「老人は食べないのですか?」


 至極当たり前の事を聞いてくるのでつい問いかける。


「会った事は無いのか?そなたの一族でも」

「見かけた事はあります。でも、皆私を避けます。一緒に居た事が無いのでわかりません」

「一族の者が?何故だ?」

「私が、違うからと」

「違う?」

「何の才も無く、欲も無いからだと」

「そなたが?」


 阿呆だ。この子のどこを見て才が無いと。確かに欲も無さそうに見えるが、聡明で礼儀もあり他者を偏見で判断しない、偽りが無く、通じない。向上心もある。これのどこが。大知氏はすぐにでも終わらせるべきかもしれぬ。腹立たしい。…腹立たしい?


「師匠。私は強くなれますか?」

「将としてか?」


 首を横に振る。そして、しっかりと私を見る。


「氏族の、昏く濁ったものをはらえるだけの強さを持てますか」

「!」


 ああ、この子は、


「…一度堕ちた者は戻っては来られない。私とてそうだ」

「師匠は、戻っています」

「そんな訳、」

「はじめて会った時にも言いました。澄んだ目をしています。曽祖父様」


 驚き、目を見開く私をじっと見ている。


「曽祖父様、なのでしょう?」

「私…は、罪人だ」

「罪人はそんな目をしません。叔父上の仕事も見てきました。知っています。罪人の目を」

「…」

「私はたくさん言われてきました。大知光村は大王を操り、国を我が物とした【化物】。己の欲がためにすべてを犠牲にした冷酷無比の大連、その血を持つ者と」

「その通りだ」


 この子の目を見る事が出来ない。この子には、偽りは、


「違う。違います。一緒に居て、わかりました。曽祖父様は欲の無い人です。小さな家に住み、書物を読み、武芸をし、己が生きるだけの物を整える。それだけです。国を手に入れて何かを手に入れたい人ではありません」

「追放され、そのまま生きただけ。そなたに何がわかる。知ったような口を聞くな」


『そなたは国を思いのままにしたかっただけであろう』


 頭を過ぎる。かつての御方の声。離れてくれ、私は、


「私は、私の見聞きしたものを信じます。他の言に惑わされる者、将の器に在らず。叔父上が教えてくれました。私は、私の信じる道を行きます。曽祖父様は」


 言葉が区切られる。声がする。


『すべてが抜かりない。真に人か?』

『永遠に国に尽くせ、化物が』


「大連・大知光村は罪人でも化物でもありません」


 大きく、叫ばれた。その瞬間、


 かつての、声が消えた。


 目の前には、強く、澄んだ目が、真っ直ぐに、私を見ていた。そして、


「何を」


 突然、跪かれた。


「もう一人の師に教わりました。大陸での最上の礼だと」


 跪き、深く礼をする。


「国と、大王と、我が氏族をお守り下された大知光村に、末裔大知先人、心より敬意と感謝を捧げます」


 子どもながら、凛とし、深く深く、頭を下げている。只、見ているしか出来ない。


「曽祖父様。国も、大王も、大知氏も在ります」

「…」

「それは、曽祖父様がされて来た事すべてのおかげです」

「…」

「お守り下さり、ありがとうございました」

「…」


 ゆっくり屈む。そして、深く頭を下げたままの先人を起こす。


「曽祖父様」


 顔を上げた先人が驚いている。私は、涙が、出ていた。震えもある。だが、


「…先人」

「はい」


 初めて名を呼んだ。先人は私を真っ直ぐに見つめている。


「私の目は、澄んでいるか?」


 その問いに、すぐに笑顔になる。


「はい。とても綺麗です」


 その声と共に私は先人を抱きしめた。泣いたのも、抱きしめたのも、初めてだった。






「先人、そなたはどうしたい?」

「?」


 私の問いに不思議そうな顔をしている。


「そなたは一将軍として生きるのか、それとも」

「大連になりとうございます」


 強く、真っ直ぐな声で伝えてくる。この子は、先人は、権力が欲しいのでは無い。それはわかる。だが、


「大知氏の再興ならば、一将軍でも十分だ。元々我が氏族はそうだった」

「はい。曽祖父様の父上から出世されたと聞いています」

「ならば、何故大きな力を望む」

「大知氏の昏く濁ったものをはらいたいのです」

「大連に成れば、はらえると?」

「大連に成って、曽祖父様のように国に大王に忠誠を誓い、守ります。そうすれば」

「大知氏の昏く濁ったものは、私から始まった」


 語らねばなるまい。すべては私から始まったのだ。


「六代の大王に仕えた。戦乱の時代だった。王権が弱く、それを守るために私は手段を選ばなかった。大王あって国はまとまり守られる。そう信じて。大王は清を持ち、臣下は濁を飲まねばならない。何故かわかるか?」


 先人は頷いて私を真っ直ぐに見つめている。


「上に立つ者は、正しくあらねばなりません。そうしないと、誰も付いてこない」

「そうだ。私は濁を飲んだのだ。そして大連として全権を握った。しかし、大知氏族はそれに追随して己の権力のみを追い求めるようになった。当主であった私が権力を握った。だからその恩恵はあるはず、と」

「それは曽祖父様のものです」

「そう思わない者だらけになっていたのだ。大知氏は」


 苦しい表情になり強く手を握る先人。その手に触れる。


「先人。そなたが大知嫡流として産まれたのは奇跡に近い。そなたは一将軍として大知氏を残すだけで良い」

「私では無理ですか」


 首を横に振る。資質は充分。見込みはあるだろう。しかし…


「今の大知氏は濁が多すぎる。それをはらうのは困難な道だ。そなたの血と志を後に残せばいつかは消えよう」

「今の大知氏はどうなるのですか?」

「…自業自得だ」


 私を否定しながら私の権勢を利用する。今なおも。【化物】が今もなお国に、宮中に生き続けるのはこの者らのせいでもある。自らを昏く濁らせている。そんな者らを助ける義理など無い。先人が居なければ共に滅びるつもりであった。


「嫌です」


 強く否定される。


「先人」

「どれだけ難しい道でも、私は成し遂げます」

「上に立つ事は決して楽ではない。常に国の事を考え、大王、皇族、貴族、民のあらゆる問題を解消し、他氏族の動きを監視し、大陸の動きも知らねばならない。まだまだある。常に休まる時などない。辛く、苦しい人生だ。他者に恨まれ、失脚あるいは命の危険もある。それでも成すのか」

「はい」

「大連に成るには、私の問題もある。罪人を出した氏族が上に行く事は困難だ」

「曽祖父様の汚名を雪ぎ、手柄を立て、上に行きます」

「何故そこまでして大連に成りたいのだ。濁は時を重ねれば良い。再興だけならば、私が」

「証明したいのです。大知光村が【忠臣】であると」

「は」


 呆気にとられる。何を言っているのだこの子は。そう思って見つめている私を気に留める事無く先人は語る。


「すべてを捧げ、守り抜いた忠臣がいると。それを証明出来れば、大知氏の濁も無くなります。きっと、そうなります」

「…」


 迷いの無い澄んだ目。かつてのあの御方のよう、いや、それよりも遥かに


「私が国と大王に忠誠を誓い、正しき政を行えば、曽祖父様の汚名も消えましょう。私はたくさん言って回ります。曽祖父・大知光村から教えを請い、学んだと。そうしたら、曽祖父様は間違った事などしていない。大知光村は【忠臣】だと証明出来ます」

「私は、そのような者では無い。そのような事も望んでいない」

「そのような者です。私が、そうしたいのです。します」

「…夢物語だな」

「夢でも強く思い、叶えるために動けば叶えられます」

「私を【忠臣】と」

「【忠臣】です」

「【化物】では無いのか?」

「化物などいません」


 怒った顔だが、真っ直ぐに見つめる先人に何かが込み上げてくる。


「…そうか、そうか」

「笑わないでください。本気です」

「すまぬ」


 一瞬間が空く。ならば、私は、


「…先人」


 声が低くなる。様子が変わったと思った先人が姿勢を正す。


「はい」

「真に覚悟はあるか?困難な道だぞ」

「はい」

「始めれば止める事叶わぬ。止めたら、終わる時だ」

「はい」


 先人は本気だ。似ていないと思っていたが我が血筋か。ならば止められぬ。

 それならば


「わかった。ならば、私も覚悟を決める」

「はい」


 私はこの子の道をつくるまで。





〔その夜〕


「―吹」

「は」


 眠った先人から離れ、家の前に出る。名を呼ぶとどこからか現れる。後ろで跪いているのが気配でわかる。


「…私はもうそなたらを統括する立場では無いぞ。かつてのような態度で無くともよいと何度も言ったはずだが」

「いつまでも変わりませぬ。私も、皆も」

「…そうか」

「はい」

「…大知氏を残す事にした」


 沈黙しているが気配で驚いているのを感じる。影が察されてどうする。


「先人を連れて来たのはそなただろう。指示は咲か」

「申し訳ありません。諦めがつくかと思い」

「板挟みにさせてしまったな。すまぬ」

「いいえ。決められたのですね」

「先人が居る限り、大知氏は残す」

「お気に召しましたか」

「それ以上だ」

「そうですか」

「繋ぎを付けたい」

守氏もりしですか?」


 一将軍として残すと思ったか。相変わらず察しが良い。しかし、


「五大氏族すべてだ」


 また驚く気配がする。大丈夫か吹。


「先人様を上に付かせるおつもりで」


 様を付けたか。本当に察しが良い。


「私は、覚悟を決めた。すべて動かす。吹、そなたらも、頼む」

「承知」


 出来る事はすべてやる。私の最後の道だ。




白梅の花を思い出す。


 夢物語で終わるかもしれぬ。だが、


『国と、大王と、大知もあります』

『お守り下さり、ありがとうございました』

『私が証明します。大知光村は【忠臣】だと』


 大知先人がゆく道を、見てみたいのだ。


 あの子は、私の光なのだ


先人の口調が大人になったり子どもになったりするのは幼少期大変だったからです。この二人の話はまだまだありますのでまた入れようと思います。第四章は来週から第三章と同じペースで投稿します。よろしくお願いします。


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