十.思惑
第三章はこれで終わりです。ここまで読んで頂き、ありがとうございます。
同じ頃、服織屋敷。瀧が戻り、当主・吹に報告する。
「そうか。御記氏が、味氏も助力を…成程」
息子であり部下の報告に頷く吹。瀧も淡々としている。
「皇子に付くそうです」
どちらの皇子とは言わない。恐らく今回の件で皇族の誰が動いているのか御記氏も味氏も掴んでいると思われる。宮中にも他の氏族の影はいるのだ。二人の皇子か、それとも。
「沈黙していた五大氏族がついに動いたか」
表情を変えずに淡々と話す吹。だが内心驚いているのだろう。宮中での権力争いで中立、あるいは綜氏寄りだったのに。
「はい」
「綜大臣は動けぬ…か」
「…はい」
話をしながら返事しかせず、どことなく不機嫌になっていく瀧の様子に眉を顰める。
「不満そうだな。何かあるのか?」
じっと見つめられ、目線を逸らす瀧。
「いえ…ただ、あいつの変なのがまた出たんですよ」
若干拗ねたような様子を見せる息子にああ…と察する。また誰かを惹きつけたのか。やはり光村様に似ているな、と改めて思う。
「御記氏か?」
首を横に振り剥れる。子供のようだ。尤も、子供時代にも自分は見た事は無いがと思う。
「多少ありますが、皇子ですよ」
ため息もついている。先人様が絡むとこうも変わるかと思いつつ、冷静に返す。
「上の者に気に入られるのは悪いことではあるまい」
「そうではありません」
「宇茉皇子の何が気に入らない」
子供のように拗ねているがそれだけでは無いともわかる。元々この子は完璧なのだ。何もかも。そう思っていると瀧がぽつり。
「…あいつの主は長之皇子様が相応しい。それだけです」
そう悪くないが、と言っても機嫌を損ねるだけと思い黙る。何を考え、何を望むのか全く分からない。
「…そうか」
只の好き嫌いでも無い。ならば、とふいに察する。血は争えない。きっと、私と同じなのだこの子はと思う吹である。ふと親としての顔から瞬時に切り替わる。
(しかし、瀧は知らない。五大氏族が沈黙していた本当の理由を。そして、今動き出し始めた理由も)
吹はじっと瀧を見つめる。
「…何ですか?」
「いや」
(御記氏と味氏は皇子に付いたのでは無い。素地を整えただけ。近いかもしれない)
(光村様、必ずや)
宮中??
薄暗い一室にゆったりと座る男と影らしき男がいる。
「―報告は以上です」
影が話を終えると、座っている男がふっと視線を遠くにやり、
「そうか、筈氏が」
思いにふけったように声を出す。
「命は?」
「無い。大臣(綜氏)が動いたのだろう。詮無い事だ」
影の言葉を一蹴する。
「大王を蔑ろにしているのでは?」
すかさず返す影に薄く笑う。大王直属の影(服織氏)よりも皇子時代の影の方忠義深く信用が置ける。服織は、何を考えているのか分からない。仕事は的確だが。
「同族は問題にしたくないのだろう。それより、御記氏は?」
綜大臣は恐ろしいが、我らに歯向かうことはしない。それよりもー
「―わかりません」
悔しそうに話す影にさもありなんと頷く。
「そうだろうな」
かの一族には容易に手出し出来ない。遥か昔より国の要を担ってきた五大氏族筆頭。容易にはいかない。思わずため息が出る。影がそういえば…と続ける。
「しかし、今度の件、大知が関わっていたとの事」
空気が一瞬で冷たくなる。
「大知…?誑し込んだか。化物が」
手を握りこみ、這うような声を出す。大王、皇族を操り国を我がものとした化物。その血は我をも操ろうとした。出仕を許した曽孫は凡庸と思っていたが五大氏族筆頭御記氏とを誑し込むとは…。やはり、
「大王、綜氏が謁見をとー」
部屋の外から女官の声が聞こえる。影は気配を潜める。
「大臣か」
側には影しかいないので大王自ら部屋の外に声を上げる。
「いえー、綜央子様です」
「ほう…入れ」
影は一礼して一瞬で消える。それを一瞥し、迎い入れる。これが、新たな火種の始まりとなる。
同時刻・宮中
「宇茉皇子様、いかがなさいました?」
書き物をしている宇茉皇子に仕事から戻った陳荻君が声をかける。普段は仕事中に話かける事など無いのだが滅多に使用しない自室を散らかしている状況に思わず声をかけてしまった。
「やはり…これだ」
荻君の声を聞いているのかいないのか夢中になっていた宇茉皇子は、何かを決めたのかいつもより若干声を張りながら顔を上げる。
「何をなされているのです?」
再び荻君が聞きながら近付くと目の前に手を上げられる。
「見るな。先人が先だ」
ぐっと詰まり、俯いて見ないようにする荻君に頷き、質問に答える。
「前々から考えていたことを実行しようと思う」
「…まさか」
驚いて顔を上げかける荻君の頭に手を置く宇茉皇子。
「その名称を考えていた。実行する者が先に聞くべきであろう?」
「大知先人がそれをすると?」
にやりと笑う宇茉皇子。
「今回の件で確信した。実行出来るのは先人だけだ」
「しかし、御記氏は元々大知光村殿が」
「先人は詳しい事は知らなかった。そしてさして力も借りず解決した。資格は充分」
統括していた、そう言いたい荻君を抑え結論付ける。しかし…
「殿を付けるようになったのだな」
誰を?とは言わずもがなだ。
「…」
黙り込む荻君を少し笑って見つめる。ずっと呼び捨てにしていた筈なのに思う処があったらしい。真面目一徹だが素直な部下に成長を感じ安心するのであった。しかし、それゆえこの者では実行出来ない。欲しいのは影ではなく、影のようで影ではない者なのだから。
第四章はすぐに始まります。少し短めです。更新は第三章と同じように進みます。
その前に、光村と先人の出会いを一話挟みます。よろしくお願いします。




