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和乃国伝  作者: 小春
第三章 くにのかなめ
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九.帰郷と綜大臣の怒り

御記氏と別れ、先人達は青海の国から都に戻って来た。


「戻ったー」


 瀧が珍しく叫んでいる。十日程だが先人もやはり故郷が一番だと感じる。


「お疲れ様でした。師匠」


 一息ついている鋭に声をかける先人。


「疲れてはいない。先に屋敷に戻っている」


 いつもの淡々とした口調に頷き、


「はい。私達も宇茉皇子様に報告してから戻ります」

「戻してくれれば、ですが」


 報告後、屋敷に帰る気だった先人が瀧の言葉で気が付く。…そういう可能性もあるのかと


「帰れたら、帰ります」

「…先に戻る」


 鋭と途中で別れ、瀧と二人で宮中へ。使用人から聞き出し、宇茉皇子の処へ向かう。


「…そういえば宇茉皇子様から監視を命じられていた護衛の人、結局青海の国に戻らなかったな」


 歩きながらふと思い出し、呟く先人。


「仕事が増えたんじゃね?」


 まったく関心が無い様子の瀧。そうこうする内に目的の場所に辿り着く。


「大知先人、服織瀧、戻りました」


 さっと部屋に入り、礼をする。入ってすぐに宇茉皇子が迎える。



「遅かったな」


 いつも通りの穏やかな様子をしつつ皮肉のような言葉に苦笑いする先人と


「十日以内ですが何か?」


 いつも通り平然として返す瀧。どこか冷めた目をしている様子に失礼だと感じた先人が


「瀧。申し訳ありません」


 瀧に釘を刺し、宇茉皇子に謝罪する。瀧も渋々頭を下げる。


「いつもの事だ。ご苦労だった」


 瀧の様子に気にも留めずと労る。先人がふと気付き、周りを見渡す。


「いつもの方は?護衛の…」

「ああ。後始末に出した。しばらくしたら戻る」


 淡々と答える宇茉皇子を前に先人ははっと思い出し、


「宇茉皇子様。今回の件、お手を煩わせてしまい申し訳ありません」


 先程より更に深々と礼をする。表立って動けないのに筈氏の拘束、人質奪還、いくら皇族とは言え他の氏族に容易に手を出すことは出来ないのに。と落ち込むと、ふっと笑われる。


「まったくだ。表に立てないと言ったのに。…だが、よくやった」

「?」


 何の事かと首をかしげると更に笑みを深くされる。


「内密に書簡が来た。御記氏からだ。世話になった事と今後は力になると」


 驚き、思わず頭を上げ、宇茉皇子を見つめる先人。瀧も黙って見つめる。


「味氏にも助力を頼み、承諾したと。これで鉄、湖、海。国の要が手の内に入る」

「良かったです」


 嬉しそうにする宇茉皇子にほっと見つめる先人。味氏は憤っていたと御記氏当主も話していたし、元々湖と海で繋がる国同士、共に五大氏族。五大氏族は皆、仲が良いと言われているので密かに繋がっているのだろうと考えていると、


「綜大臣、綜氏が怒りません?」

「わかっているのだろう?」


 水を差すように瀧が言うのを物ともせず返す宇茉皇子。瀧が両手を軽く上げて


「はいはい。筈氏(同族)のやらかしの件で手が出せない」


 軽口だが確信を付いた言葉に宇茉皇子も先人も苦笑いする。ふと先人が言葉を付く。


「それにしても、五大氏族筆頭にして伝説の皇后を輩出した氏族に手を出そうとするなんて、恐ろしいことを考えますね」


 権威もだが、名声もあるのに、と考えていると宇茉皇子がため息を付く。


「全くだ。だが、その最大勢力の氏族を切り崩す事が出来れば、己の氏族再興も叶う。危険は伴うがその分戻るものも大きい。長年、綜氏に奪われたものへの恨みが大きかったのだろうな」

「…そうですね」


 大きな危険を顧みても、成し遂げたい。それは、己にも繋がる。しかし、恨みだけでは約束は果たせないとも考える。己が何を成し、どう成し遂げるか、気持ちを新たにする必要があると考える先人である。


「先人?」

「いえ。あの、ありがとうございました」


「?」

「御記氏当主から曽祖父様の事を聞きました」


「先人、それは言わなくても」

「どうであった?」

「やはり、思っていた通りの方でした」

「…深く話してもらえたか」

「はい」


「そうか、良かったな」

「はい。ありがとうございます」


 じっと先人を見つめる宇茉皇子。それを一瞬怜悧に見つめる瀧。


「曽祖父様の事を悪く言わない方に初めて会いました。青海の国に行かせて下さりありがとうございました」


 深々と再度礼をする。目を見開いて驚く宇茉皇子と瀧。


「いやいや。行かされたせいで巻き込まれて大きな事になっているんだぞ」


 思わず突っ込む瀧にまっすぐな目を向け、強く語る先人。


「けど、そのおかげで、俺は心を救われた。確かに大変で辛い事もあったが、学んだ事もたくさんある。それでいい」

「お前なあ…」

 気迫に押されつつ呆れた声を出す瀧に、ふっといつもと違い表情を少し崩して笑う宇茉

皇子。

「おかしな奴だな、そなたは」


 その顔を見て、先人も笑う。


「宇茉皇子様もそのように笑うのですね。いつものきれいな笑い方ではなくてそちらの方が良い顔をしていると思います」

「「…」」


 つい思ったことを口にした先人を見つめる宇茉皇子と瀧。


「…何を言っている、阿呆」


 ふいと横を向き小さな声で言う宇茉皇子。その様子を見て先人ははっとして、


「申し訳ありません」


 またまた深々と頭を下げる。その様子を瀧は『またこいつは』と睨む。


「では、これにて失礼します」


 瀧が話を終わらせる。


「ああ、今日はゆっくり休め。明日から頼む」


 宇茉皇子は調子を戻し、事も無げに言う。


「明日?休みくださいよ」

 瀧が面倒そうに言う。宇茉皇子様に対し瀧は何故いつもこの調子なのだろうと先人は毎回疑問に思っていると、


「瀧はいい。先人だけだ」


 宇茉皇子が先人を静かに見つめ、


「明日付き合え」


 それだけ言うと用件は済んだと背を向ける。疑問に思いながら辞する。瀧が宇茉皇子様をじっと見つめていたことも知らず。




 その頃、綜氏屋敷にて筈氏当主が連行され、綜大臣の前に引き出されていた。筈氏当主の様子を一瞥し、


「…愚かなことをしたな」


 憤りを押し殺しているが、怒りに満ちている。その圧に圧倒されるが筈氏当主はそれを抑え


「何の事で?」


 いつもの調子で、何の事か分からないという様子で問う。綜大臣はそれを無視し、


「権力を握りたい。本流であった過去を思い、元の形に戻したい。気持ちはわからんでもない。わからんでもないが、選択を誤ったな」


 静かだが、重い声。隠しようが無い。隠せるはずが無い。そう頭を過ぎる筈氏当主。


「鉄と湖、国の要。手に入れて何が悪い。五大氏族とはいえ今は領国に籠り、権力など無きに等しい。見る影も無いではないか。それなのに未だに大王もそなたも御記氏に遠慮して」

「当たり前だ」


 怒りに満ちた声で筈氏当主の言葉を一蹴する。


「今の皇統と国を守った皇后の出身氏族。我らが祖・叶内淑那様がどれ程の忠誠を捧げ守り抜いたか。皇后も大王も深く感謝し、信頼し、共に国を発展させた。それが我ら氏族の今を形作ったといっても過言ではない。それをそなたはー祖先の誇りを貶しおって」


 今にも爆発しそうな怒りを無理矢理抑えている綜大臣。祖先の誇りは絶対だ。それを貶されたのだ。更に続ける。


「叶内淑那様が連れてきた渡来人の末裔にも手を出すとはーどこまで祖先を貶せば気が済むのだ」


 綜大臣の怒りが爆発した。その場にいるすべての者が圧倒され震え上がる。


 伝説の皇后の話には続きがある。神がかった力を持つ皇后と兵が大陸に渡ると言い出した話。それは、居の国が他二国から攻められ、助力を求められたからである。内乱を鎮めた皇后は幼い大王を叶内淑那に託し、自ら行こうとしていた。幼い大王の後見として居の国の助力を求めたのだ。*内乱が多く、大王の後見となる強い氏族が少なかったため。


 それを止め、叶内淑那が子と共に兵を率いて参戦したのが歴史の真実である。無事に収め、当時の王から幼い大王の後見となる約束を取り付けた。その際、戦で帰るところを無くした居の国の民らを和乃国に連れて来た。そして村を興し、当時の民らが持っていた技術を伝承させた。そして国は栄えた。どれも知っていたはずだ。同族であれば。

*それが伝わっていないのは、当時の王権の弱さ(他国に頼る等)を史書に残したくなかったため。


「…そ、それが何」


 筈氏当主はやっとのことで声を出そうとすると綜大臣は爆発した怒りを瞬時に収め、静かに声をかける。


「影は、始末した」


 驚き、声を出そうとする筈氏当主に続きを話す。


「もはや必要ない。祖を同じくする故、今は許そう。しかし、今後は許さない。―さりとて影がいなければ心配であろう。新たにそなたに付けよう」


 いつもの穏やかな口調で話し出す。瞬時に切り替わる。それに恐ろしさを感じ、震えだす。


「な」


 それでも何かを言おうとする筈氏当主に口を挟ませず、


「礼はいらぬ。送り届けよ」


 誰もいない場所に向かい声をかけると、そこからすっと女性が出てくる。霧である。


「承知しました」


 礼をしつつ、霧は共に来た部下に目線で指示を送る。言葉を出す暇も無く筈氏当主は連れて行かれる。

 綜大臣も目線で部下に指示を出し、下がらせる。霧と二人になる。


「…お怒りで」


 ただならぬ気配に伺う霧に目線のみを送り、


「祖先の名と誇りを傷つけた。許せるとでも?」

「ご案じ無く。良き影を付けましたゆえ」

「ならばよい。…しかし、御記氏は」


 今度の件で確実に離れただろうと惜しむ。こちら側では無いにしろ逆らうことも無かった。あの事で五大氏族は沈黙していた。それが今回の件。


「表立っては何も。内密に何か動きはあるようですが、五大氏族筆頭。近付く事難しく、手が出せません」


 今回の件もあるが、元々隙が無い氏族であるのに更に難しくなったと霧は悔しがる。


「仕方あるまい。まあ、今すぐ動くという事も無さそうだしな」

「はい。申し訳ありません」


 己が許せず謝罪する霧。忠誠心ある影に綜大臣は首を横に振る。


「機会もあろう。しばらくは御記氏、いや五大氏族すべて。様子見だ」


 御記氏に手を出したと知られれば五大氏族の残り四氏族も疑念と警戒をするだろうと内心頭を抱える綜大臣。


「筈氏の影を我らに送ってきたのも牽制かと」


 霧の言葉に綜大臣は頷く。すぐに動くならば影共を始末した後にこちらに送り、宣戦布告するはず。それを敢えて生かして届けた、という事は『次は無い。我らに手を出すな』という警告という名の牽制。


「だろうな。この件は互いに諸刃の剣だ」

 御記氏もまた領国に賊(影)を引き入れた責任、しかしそれをこちらが取り正せば筈氏が出る。互いに失い、得るものは無い。御記氏もまた為政者の器なのだと、改めて警戒する綜大臣である。


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