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和乃国伝  作者: 小春
第三章 くにのかなめ
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八.忠臣と唯一

翌日。朝方に三人共呼ばれ、部屋に行くと当主・採と息子・瑞が自ら迎えられる。


「「ありがとうございました」」


 丁寧な礼である。心からの感謝が伝わってくる。慌てて三人共礼を返す。


「いいえ。あの、それで、渡来人の子孫の者らの処断は」


 先人が気になっていたことを問いかける。彼らは加害者でもあり被害者でもあるのだ。騙され、人質を取られて…と考えていると、当主・採が静かに話す。


「兵や民を手にかけたのは罪ですが、始末したのは影らということ。人質を取られ、脅されていたともあれば、熟考を重ね、少しの罰とし家族の元へ帰そうかと」


 ほっとしたのと同時にある考えが浮かぶ。


「しかし、故郷に戻れば」


 筈氏がどう処断されるかはわからないが、綜氏の親戚。領地を奪われることは無いだろう。仮に奪われても綜氏が治めるだけ。今回の件に関わった者らを生かすだろうか…という考えを察し、当主は更に言葉を続ける。


「ご案じ無く。味氏に事情を伝え、そちらに預かりとしました。人質達も共に送れるようにしましょう。製鉄はあちらでも行っておりますし、船人にするかもしれませんが」


 今回の件、筈氏と渡来人で大体察したのだろう。やはり高位の方は違うと改めて感じる。


「味氏は海と製鉄の国。ありがとうございます」


 先々の事まで考えてくださりほっとして礼をする。当主・採と瑞が首を横に振る。


「とんでもございませぬ。賊が去り、製鉄が行われ民達も安心しております」


 当主が礼をすると、瑞が続けて、


「…船はご指示通りに。味氏当主も今回の件、密かに憤っております。海の者ら、目星を付けておくとの事」


 静かに穏やかに話す。味氏も青海の国が奪われれば、次は海と、狙ってくるだろうと算段を付けたようだ。御記氏と味氏は湖と海で繋がり、互いに国の要を担っているので手を結んでいる。そう考えていると、黙っていた瀧が声を出す。


「…影の者らはいかに?」


 瞬時に穏やかな空気が引き締まる。


「…こちらに一任下さいませぬか?決してご迷惑をかけませぬ」


 当主の静かな冷たい声に気圧されつつ、先人が小さく首を横に振る。


「私達は視察に来ただけ。何も知りませぬ」

「礼を申し上げます」


 当主・採と瑞が頭を垂れる。五代氏族筆頭に頭を下げられ、慌てて三人も礼をする。

 顔を上げながら先人はふと、気になっていた事を聞いてみる。


「一つ、伺っても?」


 話は終わりと思っていた当主親子だが、静かな様子で先人を見つめる。

「何でしょう」

「大知光村をどう思っておられますか」


 目を見開く御記氏当主親子。先人はずっと違和感があった。この国に来て名乗った時、悪意や敵意、殺意を向けられることも流言も聞くことは無かった。五代氏族を統括した大知光村。どのように最大勢力の氏族を動かせたのか、わからない。その嫡流が目の前に現れても反応を見せなかった。それが、気になっていたのだ。

 当主親子は先人を静かに見つめ、問いかける。


「先人殿は、どうお思いで?」

「【忠臣】です」


 淀みなく答えられ驚いた表情になる当主親子。


「先人」


 瀧が口を出そうとするが、そのまま話し続ける。


「大王を守る事こそ国を守る、その信念で生きた、誰よりも清廉で、高潔で、美しく、哀しい人だと思っています」


「…身内は何と?」

「関係ありません。私は、私が信じた道を行きます」

「…すべてに背を向けられ、国にも大王にも捨てられた男ですよ」

「私は背を向けていません。これからもずっと」

「慕っておられるのですね」

「心から」


 偽りなく答える先人に問い続ける採。


「我らは助けませんでした。お恨みでは?」

「貴方がたは、己の氏族と領国、領民を守っただけです」

「五大氏族を動かせば抑えられたでしょう」

「国を二分します。曽祖父様は【国賊】となったでしょう。曽祖父様はそれを望みません」

「言い切れるのですか」

「はい」

「心からそう思われるのですか」

「はい」

「何故」

「大知光村は、そのような人です」


 一点の曇りも無く言い切る先人。それを採はじっと見つめ、


「…『唯一』」

「え?」

「良く分かりました。ありがとうございます」


 礼を言い、続けて答える。


「お答えしましょう。我らは、大知光村殿を哀しき方と思っております」


 瑞が話を引き継ぐ。


「祖父と父から聞いています。冷酷無比の大連、確かにそうです。かの時代は戦乱の世でした。内外からの乱が絶えず、皇統も危うくなり、王権も臣下に奪われそうになり、混沌を極めていた、と」

「私も聞いています」


「それを鎮めるには己の心など関係無い。人である事すら止めなければ抑える事など叶わなかったと」

「…」


「ありとあらゆる方法であの方は、やり遂げた。しかし、多くのものを失った。そして、最後は」

「祖父も父も言っていました。…冷たい方であった。恐ろしい方であった。しかし、それだけでは無かったと。五代氏族は力に支配されていた訳では無いとも。我々もその気になればやり返せた。しかし、そうしなかった。あの方は、私欲など、微塵も無かった、と」

「…はい」


 突然涙を流す先人。


「先人殿」

「すみません」


 案じる採に謝罪する。何故涙が出たのか分からない先人は戸惑う。瑞が優しく話す。


「大変な思いをされて来られたのでしょう。位を残されても罪人を生み出した氏族。生き残るために苦難の日々でしたでしょう」

「…はい。ですが、曽祖父様の姿を見れば、知れば、そんな事など」

「…」


 先人の言葉と姿をじっと見据える当主親子。先人は涙を止め、頭を下げる。


「ありがとうございます。曽祖父様の事を教えて頂き、心より感謝します」

「いいえ。先人様、私らもお話出来、良かったと思います。光村様の選択は間違えていなかった」

「?」


 当主・採の言葉を先人は疑問に思うが、瑞が続けて、


「先人様、貴方様に大きな守りが見えます。必ず、貴方は守られる。それを、覚えておいてください」

「…はい」


 静かに、確信を持って伝えてくる言葉に疑問に思いながら頷く先人。その姿を悟られないように、しかし苦しそうに見つめる瀧と、その瀧の姿を見つめる鋭が居た。





 再度礼をして、門の前で見送る当主親子。先人達の後姿を見つめ、それが見えなくなると二人は目線を合わせず話始める。


「父上。影の者ら、いかがするおつもりで」


 先程の穏やかな口調からさっと怜悧な口調に変わり、当主の考えを聞く瑞。


「綜氏に送る。元はあちらの責だ。しかし、我が氏族に手を出そうとするとは。あちらの祖がかつての皇后と大王にどれだけ忠誠を尽くしたとー先祖を汚す真似を」


 こちらも怜悧な表情と口調で息子に返す。憤りを感じている当主・採に無理も無いと思う瑞。綜氏の祖は我らが氏族から輩出した皇后と共に国を守り、その子である大王を守った比類なき【忠臣】と称えられている。その事を代々の誇りとしてきた。綜氏が御記氏に今まで手を出さなかった理由の一つでもあるというのに。


「筈氏も焦っていたのでしょう。領国はあれど、権限は綜氏に奪われた。かつては本流。綜氏の上の立場であったのに」


 向こうの考えを思う。しかし、相手が悪かった。内政から離れていても和乃国最大勢力の五大氏族筆頭とされている御記氏族は別格なのだ。当主も穏やかに見えるが、為政者の器なのだ。


「向こうの事情は関係無い。今回は牽制で済ませる。今後これ以上手を出せば我が氏族に味方する他氏族を動かす。その上で五代氏族残りの四氏族と手を結べば脅威だと思わせ、容易に手が出せぬと知らしめる。今は待つ時だ。いずれは、わかるな?」


 一国をおさめる領主としての顔で次代の当主となる息子を見つめる。*御記氏は他氏族との交流もあり、婚姻による同盟関係もある。


「はい」


 当主の意志はわかっている。それが伝わるよう強く返事をする。

 為政者の顔になり語る当主を見、次代を担う者として考えを伝える。


「いずれ、五大氏族を動かす日が来ます」

「大知先人」

「我らは筋を通す事になりそうです」

「そのようだ。しかし、」

「はい」


 ふと、という様子で当主・採が首を傾げる。


「確かに冷酷無比に成らざるを得なかったのは真だ。だが、祖父と父が言うには元から他者に対して情が薄い性分だったようだ。表情も滅多に変わらず、感情も薄いと」

「私もそのように」

「身内だからと甘く見る性分でも無い。ならば、何が光村殿を動かしたのだとずっと疑問だったが」

「彼が、彼だったから、でしょう」

「そのようだ」


 瑞の言葉に頷く当主・採。すると、


「唯一は伊達では無かったか」

「父上」

「戻った」


 前当主・宗が出て来る。出かけていたようである。突然出てきて驚く当主・採。落ち着いて挨拶をする瑞。


「お帰りなさいませ」

「話は聞いた。大変だったな。光村殿の曽孫が来たと」

「もう行かれました」

「残念だ。見てみたかった」

「いずれ会えます」

「そのようだな」



回想・八年前・光村が亡くなる少し前


「どういうつもりだ。光村殿」

「その通りだが」

「突然手紙を送ってきてはいそうですかと言えるか」

「お止めください、帆凪ほなぎ様」*帆凪…味氏先々代当主。

「宗殿、しかし」


 宗が前に出る。


「光村様。貴方様がこれを送って来た意図は理解出来ます。それを持つのが誰かも予想が付きます」

「ならば、その通りに」

「まだ幼子だろう。正気か?」

 

 帆凪が食いつくが、突然光村が跪く。


「な、」

「我が最後の願いだ」

「…貴方様がそこまでされる御子なのですか」

「私の、唯一なのだ」




現在

 

「どうやら、筋を通す時が近付いているようだ」


 宗が空を見つめる。



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