五.伝説の忠臣
一室での打ち合わせも終わり、当初の通り生き残った兵に話を聞きに行く事にした。
兵は屋敷の奥の一室に寝かされていた。医師に聞いたところ見込みは難しいらしい。が、話ははかろうじて…ということで刺激しないようにゆっくりと近づき、先人が声をかける。
「当主の命で賊の話が聞きたい。出来るか?」
歳は二十歳後半ほど。体のあちこち布で巻かれ苦しそうにしているが、こちらを見つめる光は強い。やっとのことで頷く。
「…皆、皆死んじまった。俺一人…どうか、どうか敵を討ってください。何でも言います」
涙を流し、訴える。悲痛の叫びだ。先人は苦しい気持ちをこらえながら問いかける。
「ありがとう。では、何人いた?」
「十人程。全員、黒の衣に、口当てをして、とにかく強かった。見た事の無い武器を出しー」
途中でどもりながら、やっとの事で話す兵。その言葉を遮り、
「これか?」
鋭が暗器を取り出す。視線を暗器に移し、やっとの様子でしかしじっと見る。
「…似てます」
先人と瀧、鋭が目を合わせ、頷く。更に鋭が問いかける。
「口当てを取った姿を見て渡来人と言っていたようだが、私のような者か?」
兵に顔を近付ける。兵は顔を見る。やがて、小さく首を振る。
「…違う」
「違う?」
大陸の者では無いのかと三人共考えを巡らせていると更に兵は続ける。
「渡来人かと思った。顔立ちも持っている武器もこの国のとは違ったし。けど、けど何かおかしい。同じなんだよ俺達と。他の渡来人にも会った事あるけどそれとは違う。違うはずなのに、同じなんだよ」
悲痛ともとれる声で訴える。本人もわからずに話しているが、混乱している訳でも無い。
「話し方、態度…とか?」
考えつつ、瀧が鋭に問う。
「どんなに長く住んでいても国が違えば言葉の発音、元々の国の習慣、雰囲気など多少のずれが残るはず。しかし、それを感じず同じだと言う」
鋭も考えを巡らせている。先人は話を置き、他を問う。
「他に気になることは?」
「…動きが」
「動き?」
「皆、強かった。けど、慣れてないのが、多かった。慣れている者の、指示で、動いていた感じがした」
「慣れてない?…実践ということか?」
頷く兵。息も絶え絶えで、やっとの事で話す。
「今、賊はどこに?」
「鉄鉱石が出る山の洞窟にこもっています」
「わかった。…必ず敵は討つ。待っていてくれ」
先人が心を尽くし声をかけると、苦しそうな顔をし、頷く。後ろ髪を引かれながらその場を三人去る。
先程打ち合わせた一室に戻る事にする。皆考えを巡らせている中、先人が口火を切る。
「どう思う?」
「違うが、同じ。恐らく」
「渡来人がこの国にとどまった後の子孫」
鋭の考えを引き継ぎ瀧も話し出す。何だかんだ息が合う師弟なのである。
「指示を出す者がいた。暗器を使い、使わせている。影の可能性が高い…が」
「簡単に手に入れられる物でもないし、扱いも難しい。けど、」
瀧は鋭の言葉を引き継ぎ話すが、いったん言葉を区切り、考えてまた続ける。
「それにしては雑なんだよな。動きが」
頷く先人と鋭。
「影ならば兵を帰らせることはしない。万が一にも顔を見られるという失態をしている事も配慮してな。すべて確実に始末する。―しかし、その様子も無い」
生き残りの兵の気配を感じないはずはない、追ってこないはずはないと考える。ならば一つの考えに達する三人。
「兵が生き残り、すでに報告されている。ならば」
「あえてそうした」
先人の言葉に、結論を入れる瀧。全員が頷き、鋭が補足する。
「そして報告されても中央(都・宮中)に報告されない、しないことを知っていた。…と考えた方が理に適う」
「目的は御記氏の排除か、青海の国を手に入れる事か、あるいは両方かー」
(目的はどれかあるいは両方だろう。だが)
考えつつ思う処を話していく瀧。
「黒幕は?」
先人が問う。氏族は多い。今現在綜氏が国一の権力を持っていても快く思っていない者らは大勢いる。今回の件は穴があれど上に力がある氏族が関わっている可能性が大きい。綜氏ならばこのような事は穴がある策は考えない。そもそも今、綜大臣が御記氏を排除する理由も無い。迂闊に手を出せば五大氏族が動く。御記氏は筆頭なのだ。それに追随して味方する他の氏族らも動く、国が二分する。となれば、やはり綜氏以外の他氏族。しかし、と三人考えあぐねる。
他に何か手がかりがあればと先人と瀧が考えていると、鋭が話し出す。
「この国に帰化した渡来人はどのくらいいる?」
「…かなり」
瀧は考えながら鋭の問いに返事をする。先人が補足する。
「渡来人は大王も奨励し、貴族として位を授けられた者らもいます」
「貴族になれば、他の高位貴族が世話をするという名目で上に付くのか?」
更に鋭は問う。先人も答える。
「いいえ。貴族になっても元々の知識・技術が認められたのでどこの氏族にも属する事無く仕事をします」
「ならば貴族になった渡来人は外した方が良いな。独立した力があり、どこかの貴族の世話になっていないなら巻き込まれる事は無いだろう。そもそも渡来の一族が外国で地に足を付けて生きる事は難しい。余程の事が無い限り、危険な道には行かないだろう」
「そうですね。では、」
「一般に紛れ込んでいる民、と見るべきか」
瀧と鋭の考えが一致する。そこから更に考えながら鋭は話す。
「今回の件では、御記氏が関わっている。狙いはこちらだ。ならば、高位貴族が関わっているのは間違いない。しかし、渡来人の子孫と高位貴族がどう関わるか。人は集めようと思えば集まるが、渡来人の子孫となると簡単に集められるのか?」
「初めて帰化した渡来人は、共に帰化した仲間で村を作っていました」
簡単に集めるにはやはり村と推理する先人。鋭も同意見だが、
「渡来人らの村ならばどこにでもある」
「高位貴族、渡来人、村…」
もう少し何か無いかと呟き、考える先人に何かに気が付いた様子の瀧。
「先人、ある」
瀧の言葉にはっとする先人。二人見つめ合い、頷き合う。
「どうした?」
「師匠、あります。条件全てに当てはまります」
先人が強く言う。鋭が問う。
「それは?」
「先程話しました伝説の皇后の忠臣・叶内淑那ですよ」
「?」
瀧も話し出す。鋭は疑問に思うが黙って聞く。瀧が続ける。
「伝説の皇后の時代、叶内淑那が子を連れて居の国の援軍に出た時があります。その際、戦で帰る処を失った人々を和乃国に連れて帰りました。その者らが村を作り、当時の技術と知識をこの国に伝えたと言われています」
「では叶内淑那という者が直々にその村を管轄したという事か」
「幼き大王と皇后(後に皇太后)の信頼を経て」
「…では今は綜氏か?」
「いえ。それは本流が」
「本流…ああ、」
「綜氏と祖を同じくする同族でありながら権力を奪われた。国の要所である湖、要となる鉄を手に入れる事で五大氏族を切り崩し、かつての権力を取り戻し、綜氏を追い落とすことを強く画策する氏族。―筈氏」
〔その頃、和乃国・宮中〕
「出仕とは珍しいですな」
珍しい顔に少し軽い様子で声をかける綜大臣。隣にいる息子の央子が礼をする。
礼を返す親子。綜氏親子とは父と息子どちらも歳が近い。綜氏親子は体格が良く、目元がすっとしているのに対し、その親子はがっしりとはしているが中肉中背、整ってはいるが影がある。親子の父親の方が声を出す。
「これは大臣。しばらく引きこもっておりましたが、補佐をと思い参りました」
言葉は丁寧だがどこか険を含んでいる様子に綜大臣は気にも留め無い。
「無理をなさらずとも。こちらはどうにかやっております」
互いに笑顔だが目が笑っていない。その隣で息子同士も挨拶しているが空気が重い。
「いえいえ。大臣の手を煩わせる訳にもまいりますまい」
「ならば国内の方を頼めますかな?」
「他国も対応できまする。かつては我らが」
仕事を割り振ろうとする綜大臣の言葉に割って入るが、綜大臣は首を横に振る。
「情勢も変わってきております。息子に任せようと思っておりますゆえ」
ちらと央子を見る綜大臣。微笑んで頷く央子。更に空気が重くなる。
「…そうですか。では、大臣のご指示のままに」
丁寧に礼をし、去っていく親子。
綜大臣と央子から少し離れてから親子は話し出す。
「父上。よろしいのですか?」
「今にわかる。元の形に戻すだけだ」
「はい」
冷たい目になりながら仕事に向かう親子。
一方、綜大臣親子。去っていく親子の後姿を見ながら央子がぽつりと呟く。
「あの者らは未だにかつての栄光が忘れられぬのですね」
後姿に哀れんでいる目を向けながら話す息子に目を向けず先を見る綜大臣。
「哀れなものよ。そして、愚かだ」
あの親子は筈氏当主とその息子である。綜氏と祖を同じくし、かつては本流として上の立場であったが時と共にその立場と権力を奪われた氏族である。




