四.伝説の皇后
〔青海国・御記氏屋敷〕
「渡来人?」
思わぬ状況に愕然とする。その上犯行に及んだのが渡来人とは驚きを隠せない先人、瀧、鋭。渡来人とは本来は知識・技術などを伝えに他国から来た外国人。中には帰化する者もいるが、只の民でも問題を起こせば他国との軋轢を生む。それは誰でもわかっている筈である。仮にそうならば国際問題…。考えていると、御記氏当主・採が続ける。
「戻った兵ですが、息も絶え絶えの中話してくれました。『この国の者と顔立ちが違う。見た事の無い武器を使う』と」
「顔を見たのですか?」
賊が顔を容易にさらすとは思えず、驚く先人。黙って聞いている瀧と鋭。
「黒い衣と口を覆っていたようなのですが、皆が息絶えたと思ったようで油断したのか取った処を見たようです」
「―賊としては甘いが、十中八九渡来人と考えてよさそうだな」
冷静に判断する瀧。うなずく先人と鋭。
「中央(都)に報告は?」
念のために問うてみる先人に、口をつぐむ御記氏親子。
「まあ、そうだろうな」
ため息をつく瀧。このような失態、報告すればここぞとばかりに綜大臣が出てくる。そしてあれこれ理由を付け領地を奪い、氏族ごとどうするか…。五代氏族筆頭で別格、手が出せなかった氏族をここぞとばかりに責め立てる。陳氏のようになるか。と考えを巡らせていると先人が口を開く。
「…採様。この件、私に預からせて頂けませんか?」
「先人?」
真剣な表情と口調の先人に驚いて声をかける瀧。それを見ず、当主・採を見つめる。
「どうなされる?」
初めの穏やかな調子とは一転し、怜悧な口調に変わる当主・採。それに気にせず続ける。
「渡来人ならばこちらにもいます。同郷かもしれませんし、そうでなくとも同じ立場で話が出来るかもしれません。鉄鉱石は国の要。取り戻さねば」
「しかし、三人ではとても。こちらも兵を出します」
皇族からの使者に何かあればと懸念し、助けを出そうとする。しかし、先人は断る。
「いえ、これ以上は。たとえ解決しても製鉄する者らとそれを守る者らがいなければ国は立ちゆきません。この者らは、強い。そして私も将軍氏族です。ご案じ無く」
「その代わり…」
安心させるように伝える先人の言葉から突然、瀧が続ける。
「無事に解決したら当初の指令通り、船を作ってもらいたい。内密に大型四隻、でどうですか?」
しれっと交換条件を出す瀧に冷静に話を切り替える当主・採。
「書状通り、物資を運ぶ船の依頼とは別で都に内密の船、という事ですか?」
瀧の口調と態度で察する。
「そうです」
「しかし…」
現在の状況と先の事を考え、計算している。穏やかなようでいて、やはり氏族の当主なのだ。迷っている様子に先人は力強く伝える。
「この件も内密に致します。決して御名に傷をつけません」
先人の言葉にじっと見つめる当主・採。息子・瑞の顔を見て互いに頷くと
「…わかりました。手配いたします」
了承の言葉にほっとする先人。瀧は続けて
「それとー味氏族に手配を」
抜け目なくお願いをする。心得たように頷き、
「わかりました。よろしくお願い致します」
「お気を付けて」
御記氏親子から言葉を頂く。
その後、御記氏親子との部屋を辞し、通された屋敷の一室に話し合っていた。
「で、どうする?」
瀧が口火を切る。
「まずは兵の聞き込みをする。師匠、お願いできますか?」
先人が考えを伝える。兵と話をし、判断してほしいという事かと察する鋭。
「ああ。…しかし、この国は他国と比べて穏やかだと思っていたのだが」
正直な感想を述べる鋭に笑いながら答える瀧。
「内部はずぶずぶですよ。どこの国もそんなものです」
「…味氏族とは、五代氏族の一つか。船の手配から考えるに海か?」
先程の御記氏との話の最後で気になった事を問う鋭に先人が答える。
「はい。この青海の国の湖から川に下り、海に向かいます。味氏はこの湖を西に行ったら波流という国に港があり、その先の西の海を治めている氏族です」
「成程。船だけでなく、大陸へ行くための航海権と海の者ら(船頭・船員)を内密に手配してもらうということか。ぬかりないな」
先人の説明に頷き、瀧を褒める。
「どーも」
気の抜けた返事である。
「それと、聞いてもいいか?」
「はい」
何となく気になっていることをここぞとばかりに聞いていく鋭。情報を知れば後で何かに役立つ、そういう生き方をしてきた癖が抜けない。先人はにこにこと答えてくれるので余計に聞いてしまう。信頼とはほとんど無縁の世界で生きてきたのでたまに困る。主は別だが。
「あの瑞という当主の息子の力とは?あの御方の血とは何だ?」
「あの御方というのは、和乃国伝説の皇后様です」
「伝説?」
「今から二十代程前の大王の時代、御記氏族から輩出された皇后様の事です。巫女のような神がかった、先を見通す力があったそうです。早くに亡くなった夫である大王とすぐに即位した幼い息子の代わりに政を行い、兵を率い、国を守り抜いた伝説の御方です」
「神がかった力、だから伝説なのか?」
幼い王をささえた母である皇后の話はどこの国でも歴史上存在する。なので不思議に思い、問う。
「それもありますが、それだけでは無く」
奥歯に物が挟まったような言い方をする先人に、瀧が話に入る。
「戦ですよ」
「戦?皇后がか?」
「はい。先を見通す力で幼き大王を認めない反乱勢力らを察し、兵を率いて連戦連勝。そのまま何故か大陸にも行くという話になり、臣下達が止める止める」
「ほう」
「最終的には、亡くなった夫である大王の代から仕えている忠臣が止め、事なきを得たと言う事です」
先人が最後を引き受ける。珍しく驚きを隠せない鋭。
「…すごいな」
「それでその時代は反乱がほとんど起きなかったと。大王は皇后の子で幼いが、皇后様がいれば」
「…確かに。起こす気も無くなる、か。成程」
幼き大王に誰よりも信を置ける母である皇后。その皇后が自ら軍の象徴となり動けばそれに従う者らも信奉あるいは奮起し、戦うであろう。民もまたその姿に敬意を抱く。おいそれと反乱を企てる者などほぼいないだろうな、と思い至る鋭。
「それで伝説となりました。神がかった力と、それを使いこなす力、内政も大王が成長するまで臣下らと対等に行っていたそうです」
「軍事力も政治力もあり、その上、大王を守り国を安定させた。その皇后を輩出した御記氏は確かに別格だな。皇統の血筋もある」
「そしてそれを支えた忠臣は、綜氏の祖・叶内淑那です」
「綜氏の?…名字が違うが」
「綜氏は分流(*分家)です。しかし、祖を誇りに思っている」
「本流は?」
「現在は筈氏です。何代か後に名字変更したそうです」
「そちらは聞かないが」
「宮中には居ますよ。しかし、現在は綜氏がほぼ本流扱いですが。かつての立場がひっくり返っている」
「そうか。成程」
鋭が頷くと唐突に瀧が問う。
「そちらには、そういう存在はいらっしゃらないのですか?」
「何故だ?」
「こちらばかり内情を話しているので、不公平かと思いまして」
「瀧、内情は」
内情は聞かない約束だと先人が止めようとすると
「似たようなものだ」
鋭があっさりと話す。先人も瀧も驚く。
「え」
「現皇帝の皇后は、そういう御方だ。神がかった力は無いがな」
「そうなのですか?兵を率いて?」
思わず食いついて聞く先人に頷く鋭。
「まあ、戦には出ぬが。外での戦の際に内を守る兵を鍛え、率いていた」
「なかなか剛毅な御方ですね。そちらの皇后様も」
感心したように言う瀧に鋭は苦笑いをする。
「皇帝皇后両方に振り回されてあの方も目を回しておられた」
一瞬、懐かしむような、そして優しく微笑む鋭。その表情に思わずじっと見る先人と瀧。
「…何だ?」
「いえ、何も」
先人が返事をしながら首を横に振る。瀧も同じ仕草をする。その様子に怪訝な顔をするがすぐにいつもの様子に戻る鋭。あの方とは、鋭の主なのだろうと二人察する。声と表情から心から慕っているように感じた。ほんの少し、心の内を見せてもらったような気がする二人であった。