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和乃国伝  作者: 小春
第三章 くにのかなめ
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三.五大氏族筆頭

〔青海の国付近・道中〕


「青海の国は近いのだな」


 都の隣の国と聞いていたが思っていたよりも近いと感じて感想を述べる鋭。命じられた仕事で危険ではと止めた先人に対し、これ以上役に立つ人はいないだろと賛成する瀧。


 結局警護も兼ねてと行く事になった。先人は元々屋敷の当主・巌にはしばらく宇茉皇子の処で預かるという事になっているので報告する事も無く、鋭に関してはしばらく留守にするという旨を数少ない用人に託して来た。仕事の事は内密で。


「はい。都から歩いて一日かかりません。青海には大きな湖があり、そこに船を浮かべ他国に人や物を運んでいるのです」


 知識はあれど都からほぼ出たことが無いという鋭に解説する先人。瀧も引継ぎ、


「この国の中継地、と言った処ですか。何せ道が整備されてないから歩くのも難しい」


 和乃国はまだ交通整備が整っていないのででこぼこ道ばかり。馬は歩けなくも無いがそれでも遅いので海や川に船を流して移動が主になるのである。


「そうだな。等の国は当時からかなり整備されていた。そのおかげで人も物資も手に入れやすかった」

「これからの課題ですね」


 もはや等の国という出身を隠す事が無い師に小さく笑う先人と瀧。やがて風に乗り、水の匂いがする。それからうっすら鉄を打つ音も。


「大きな川…ではないな。これが、青海の湖か?海のようにも見える」


 視線の先に見える湖。先人が説明する。


「はい。ここが中継地でこの国すべての川につながっています」

「成程な。鍛冶場もあるのか?」


 遠くから打つ音も聞こえる。瀧も説明に加わる。


「青海の国は製鉄の地でもありますから。和乃国で数少ない鉄鉱石も採れるのですよ。な、先人」

*和乃国では鉄鉱石では無く砂鉄からつくる。鉄鉱石は大陸からの輸入。


 同意を求められ、一瞬黙る先人。それを見て鋭が問う。


「どうした?」

「いえ、昔それを講義していた師を思い出しまして」

「?今はいないようだな」

「瀧が追い出しました。…たしか」

「ちょっとからかっただけだって」


 軽く笑い話を切ろうとする瀧を鋭はじっと見る。


「…まあ、この国で鉄が採れると言えば鉄鉱石では無く砂鉄と聞いたことがあったな」

「良く御存じで、さすが、影」


 話を戻す鋭に調子よく返す瀧を少し睨み、一言。


「元、だ」


 もはや隠す気は本当に無いらしい。




そうこうする内に青海の国に到着し、その地をおさめる御記氏の屋敷に辿り着く。


 五大氏族筆頭であり、国の要となる重要な湖と鉄を司るのにふさわしい大きな屋敷だ。流れる空気も静かで清廉としている。門番に話を通し、中に通される。使用人に案内されている途中で、屋敷の者らが鋭をじろじろと見つめている。少々の悪意と殺気を感じる。鋭本人に対するもの、でも無さそうだ。渡来人に何か思う処があるのだろうか、と先人が考えていると、客人を迎い入れる部屋に通される。そこに当主らしき中年と青年の男性が待っていた。


「ようこそおいで下さりました。青海の国を治める御記臣おきおみ当主のさいでございます。隣にいるのは息子のずいでございます」


 隣の青年・瑞も当主と共に礼をする。当主は巌と同じくらいだろうか。瑞は瀧より少し上のようだ。互いに物腰柔らかく、静かで上品な雰囲気をまとっている。


「長之皇子様より書状、頂いております。返事は派遣した使者に渡すようにと承っております。わざわざお越し、礼を申し上げます」


 瑞のその言葉を聞き、先人と瀧、同時に『私は表立って動けぬ』という宇茉皇子の言葉を思い出し、察する。鋭は当事者ではないのでさらっと流す。


(成程。親しいという噂は真、ということか)


 瀧は宇茉皇子の言葉を思い出すと共に、長之皇子が彼のために名を出し表に出る程親しいのだと察する。…先人の主はかの御方だと考えている。

 五大氏族筆頭、御記氏から礼儀正しく迎えて頂き、緊張しつつ先人は気を付けながら礼儀正しく挨拶を返す。


「丁寧な礼、こちらも礼を言います。使者の大知先人と言います。こちらは同じく使者の服織瀧、こちらはー」


 自身と瀧の紹介をし、師匠の事を言おうとして一瞬言葉に詰まる。するとー


「護衛をかねた使用人です。主人の命で同行しました」


 いつもの様子とは違い、礼儀正しい言葉遣いと品のある振る舞いに驚く先人。ちょっとびっくりしている瀧。


「―これはこれは。渡来人の方ですか。言葉も流暢で、強そうだ」

「身に余るお言葉」


 当主の採が褒めると、礼儀正しく返す鋭。雰囲気も変わっている。場によりどのようにも化ける。本物なのだと先人と瀧は感じていた。

 鋭はというと礼をしつつ、御記氏当主と息子を見通す。


(違う国の者が来れば警戒するだろうにそれも感じられない。しかし、全く警戒していない様子もない。身にまとう空気が違う。国の中枢にいる者らの空気と近いものを感じるが、清廉に近いものも感じる。この者らには、偽りが通じぬ)


 そう感じていると、当主の息子・瑞が先人に目を移し、言葉をかける。


「大知光村様のお血筋で?」

「はい。曽孫になります」


 微笑みながら問われ、いつもの周りの反応と違う空気に戸惑いつつ先人は答える。しばらくじっと見つめられ更に戸惑う。しかし、嫌な感じはしないと感じていると、


「…大きな守りが見えます」

「?」


 突然の言葉にまた戸惑っていると、当主・採が声をかける。


「すみませぬ。息子は時々人には見えぬものを予知するのです。―あの御方の血筋でしょうね」

「はい…」


 戸惑っている先人を見つつ、あの御方を察する瀧と黙って流れを見ている鋭。

 当主・採は少し微笑み、話を戻す。


「長之皇子様の書状に寄れば、新たに人や物資を大量に運べる強い船を作ってほしいとの事ですが、お引き受け致しかねます」


 簡単なことではないが、皇族の願いを断られるとは思わなかったので先人は思わず声を少し上げ、


「何故ですか?」


 と問うと、当主・採は目を伏せ、


「皇族の願いとあればお聞きしたいのですが、今、少々問題が…」


 と言いつつ当主は息子・瑞を見る。瑞は小さく頷く。


「―話す前に内密にとお約束頂けますか」


 何かを察する先人と瀧、鋭。三人目線を合わせ、頷く。


「お約束します。何があったのですか」


 当主・採と瑞は互いに目を合わせると先人達に向かい話を始める。


「鉄鉱石が採れる山が何者かに急襲され、採掘出来ない状況なのです」


 当主の言葉を瑞が継ぐ。


「製鉄が出来ぬ状況に皆弱り果てています。山を取り返すため、兵を出し、他にも自ら民達も出ていきましたが、戻ってきたのはたった一人―それも深手で治療も難しく」


 思ってもいない状況に言葉を失う。製鉄は国の要。この国で鉄鉱石が採れる国はわずかしか無い。それを取られることは国の根幹を揺るがしかねる。そして、それを治めている氏族も。


「兵を制圧する事の出来る盗賊?どのような人物かわかりますか?」


 瀧も話に入り、問う。


「かろうじて戻った兵が言うには…渡来人ではないかと」




〔その頃 宮中〕


 宮中での綜大臣の執務室。綜大臣が報告書を読みながら


「霧か?」


 こちらを見ず、一言だけですぐにどこからか姿を見せる。


「少々急ぎです」


 手紙を差し出す。さっと読む。


「ほう…」





〔宮中・皇族専用書庫〕


「兄上?いかがなさいました?」


 長之皇子の言葉にはっと正気を戻し、微笑みかける宇茉皇子。


「いえ、何も。今日はどの書物にしましょうか」


 時々二人でこっそり勉強会をしている。他の皇族や貴族の目から隠れつつ交流を続けている。多少親しいと噂になる程度に表面的な付き合いにしつつ、裏では良く交流している。綜大臣等には知られているが。

 ふふっと笑って


「青海へ行かせた者らを気にしておられるのですね」

「話が早い」


 このように察しが早く穏やかに接してくれる長之皇子に心が和む。


「大知先人と服織瀧、でしたね。どのような者達でしたか?」


 興味深げににこにこと問いかける長之皇子に苦笑いしつつ答える。


「服織の方は、隙が無い感じですね。飄々としていますが、万事にそつがない。あれはその気になれば上を狙えるでしょう。本人にその気は無さそうですが」


 淡々と評を述べる宇茉皇子の言葉に長之皇子は頷き、


「大知先人は?大知光村殿の曽孫なのでしょう?」


 継いで聞いてみる。


「あれはーなかなか、かもしれません」


 初めて出会った時や任務を命じた時を思い出し評を伝える。少し声が柔らかい。長之皇子はその様子に微笑む。物腰は柔らかくそつがないが人を余り信じず寄せ付けない兄のような人が珍しく褒めている。それが何か嬉しく感じていた。


「気に入られたのですね。大知先人、私も会ってみたいです」

「今の仕事が終わったら連れて行きます」

「兄上、無理はなされぬよう。私も力になります」


 長之皇子は分かっている。宇茉皇子が己を立てるために考えを巡らせ、実行している事を。今回の件、現在自らの領地を守って内政には関わらないという姿勢を取っている五大氏族。その中でも御記氏は筆頭にして別格だ。国の要と言える製鉄と湖を抑えているし伝説とも言われる皇后を輩出している。それに御記氏が動けば、海を守る味氏も動く。今は沈黙し、従っているが何を考えているのかわからない。今回の件で溝が出来ねば良いが…とその不安を察したのか宇茉皇子が微笑む。


「ありがとうございます。ですが、長之皇子様はまだ表立ってはなりません。今回名を使うのも本来なら憚れるのに申し訳なく思っております」

「そのような事は良いのです。まだ、どうとでもなります。綜氏も母の事を気にかけており、丁重にしておりますので」


 *長之皇子の母は、三代前の大王と綜大臣の長姉との間に生まれた皇女。


「はい。ありがとうございます。それだけで充分です。今は、待つ時です。来るべき日のために」

「兄上…」


 その後、長之皇子との勉強会を終えた宇茉皇子が宮中を歩いていると、綜大臣が近付いてくる。宇茉皇子の顔を見て、礼をする。一応皇族として丁重に扱っているのだ。顔を上げるといつもの調子で軽く微笑む。―あまり好きではない。そう思っていると綜大臣が話始める。


「側に置いたと伺いました大知先人は見ませんね」


 内情を把握している。話が早いがやっかいだと思いつつ淡々と答える。


「別の仕事を任せている」

「会ってみたかったのですがね。…宇茉皇子様、その仕事一筋縄ではいかぬ様子」


 一瞬表情が崩れる。


「…何?」

「氏族の暴走、お気を付けください」


 再び礼をして去る綜大臣の背を見る。どこまで知っている。

 宮中から青海の方角を見据え


「先人…」

 何とも言えず、一人呟く。



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