二.師の故郷
〔大知屋敷離れ・鋭の部屋〕
「わからん」
「申し訳ありません」
屋敷に戻るなり、すぐに瀧と共に離れに居る鋭に話を聞くことに。大体の説明をして、等の国について問うと、最初の台詞に戻る。
内情は話さない、最初の約束だから仕方無いと、先人が謝罪すると、
「そうではない。現在の状況はわからんと言っている」
どうやら聞く耳持たず、では無いらしい。確かにと瀧も頷く。和乃国に来て、一般の民が他国の詳しい情報を知るすべはほぼ無いのだ。
「師匠が分かっている情報で言える範囲で良いのです。お願いします」
今回の件、宇茉皇子の意図と己の考えが一致しているか確認したい。そうでなければ命を達成できないと訴える先人(弟子)にひとつ息をついて、鋭は話し出す。
「…等の国の皇帝は、長きに渡り分裂した国を一つにまとめ統治した御方である。元は分裂した国の一つの将軍の一族に生まれ、武勇に優れ、聡明な御方であった」
言える範囲を確認しながら話す鋭(師匠)にふんふんと頷きながら聞いている二人。
「いやそれ知ってる」
瀧が突っ込む。和乃国・宮中での基本情報である。まったく他国を調べてないという事は在り得ないのだ。
「続ける」
鋭の冷静な声に二人黙る。
「国は統一されている。恐らく、崩れる兆候は今もないだろう」
「何故わかるのですか?統一されたばかりなのに」
八年前に統一されたばかりの新しき国なのに、と思わず聞く先人。
「国の仕組みが出来ている。前王朝(繊の国)から皇位禅譲され、元の仕組みをほぼそのまま移行したため、貴族や民が混乱する事は無かったらしい。和乃国に来ても渡来人から噂が聞こえて来た。法制度、交通、建築、交易等抜け目なく行われていると」*皇位禅譲…君主が血縁関係の無い者に皇位を譲る事。
「成程。前王朝を倒し、新しく建国した国にありがちな混乱を招く事が無いと。そしてその混乱に乗じて反乱等も起こらない。前の皇統から皇位を頂くのみ。等の国は実に理にかなっていますね」
瀧の言葉に先人も鋭も頷く。先人も問う。
「混乱が無いという事は、内政は上手く回っているという事ですか?」
「そうだな。当時と今の和乃国に来る渡来人の噂での判断だが」
「具体的には?」
「例えば、交通整備。道が整っていれば、民が国のあちこち安全に行き来できる。警備体制も含めれば、賊に襲われること無い。すなわち、歩きにくい道も危険も無くなる。すると商人や職人だけでは無く、一般の民の行き来が増え、多方面での技術・文化の吸収、店が増え、仕事も増え、豊かになる」
「豊かになれば、国はまとまる。たとえ気に食わないと思う貴族がいたとして内乱を起こす大義名分も生まれない」
国づくりについての師匠の言葉にしっかりと聞き入る先人。
「国が治まれば、更に豊かさを求める。自国に足りないものを埋めるため他国を手に入れようとする。まずは、三国の一つ、広の国」
瀧の言葉に一瞬空気が凍るが、すぐに治まる。様子を伺いつつ、先人が続ける。
「まずは一番近くから、という事ですね」
「瀧も前に言っただろう。三国の北(広の国)は強いと」
話す範囲を迷いながら続ける鋭(師匠)。…ぎりぎりらしい。
「そうでしたっけ?」
「言った」
平然と言ってのける瀧と冷静に突っ込む鋭。話しても良さそうなので先人が更に続ける。
「北(広の国)を攻めるという事は、三国も、そしていずれはこの国も」
「無くはない」
「なら船は戦のため?いや、四隻で充分と言っていたし…もしかして」
瀧が一つの答えに辿り着こうとしていた時、突然、鋭が先人をじっと見て、
「先人、どう見る?」
問いかけられる。一瞬止まり、すぐに鋭(師匠)をしっかり見つめ、答える。
「…外交、ですかね」
「!」
「ほう」
目を見開いて先人を見つめる瀧と、感心したように見つめる鋭。視線で促され、続ける。
「三国の北(広の国)は強いと言われました。ならば等の国が北との陸戦で疲弊した場合―」
「海か」
先人の言葉を瞬時に理解する鋭。口に手を置き黙って聞く瀧。
「はい。三国の南・居の国と和乃国は友好国です。我らが海から攻め、居の国が南から攻めれば挟み撃ちすることが出来ます」
「陸戦で手を焼いても等の国は数十万の兵を動かすことが出来る」
「広い場所なら勝算は無いでしょう。しかし、地理では国をつなぐ経路は細い。その上、狭き道に誘導叶えばいかがでしょう」
策を献じる様子の弟子に笑みを向け、鋭は頷く。
「狭き道に引き寄せ、戦う兵を減らす。前にお前が使った手だ」
「はい」
「外交は、独立を狙ったもの。等の国と広の国の戦の隙に海から攻められるという事で己の国を高く見せ、属国ではない対等な同盟をするためか」
先人の話から結論を導き出す鋭。先人は頷く。
「考えすぎ、ですかね」
「いや…何というか…」
言葉を詰まらせる瀧。先人の意見を否とは考えていないが考えがそこに行きついた事に驚いている。鋭は淡々とし、先人の言葉を継ぐ。
「賢明だ。仮に戦となれば、あの御方ならばそうする。しかし、戦が終わればどうなるか」
「大国の君主、分裂した国を統一した御方ならば一度出した言葉をすぐに無下にはなさいますまい。統一してまだ十年も経っていない。その中で簡単に意見を翻せば仕えている者達が疑心暗鬼に陥ります。下手をすれば、」
「内乱」
鋭の一言に頷く先人。
「出来立ての国を安定させるためには時間もかかるし、安易に動いてはならないということか」
ようやく瀧も話に入る。先人は話を続ける。
「そうでなくとも、戦となれば簡単には終わらないでしょう。その間にこちらも準備をするのです。対等な同盟の名も元に優れた人材を送り、または派遣してもらい学ぶのです。知識、兵法、武器、建築…あらゆるものを吸収し、それを糧として対抗するのです」
「成程な。理に適っている。見事だ。…ならばそうではないのか」
素直に弟子を褒める鋭。続けて、
「私は宇茉皇子という人間を知らない。けれど、大知先人という人間は知っている。そなたは曽祖父の事に対しては少々盲目的だが、周りをよく見、他者に惑わされず本質を見抜く力がある。そのお前がそうだと思うのならそうなのだろう」
師匠・鋭の称賛に嬉しくなる先人。普段淡々とし言葉も多くはないがちゃんと見ているのだ。
「この国のため、先々の事を宇茉皇子様は考えておられる。すごい御方です」
「そうとは限らんだろう」
目を輝かせて言う先人に冷静に突っ込みを入れる瀧。
「そうで無いとも限らないだろう」
鋭がじっと瀧を見て諭す。少々不貞腐れた様子に見えなくもないもう一人の弟子をつい探るように見てしまった。何がそんなに気に入らないのか、心を露ほども見せない様子に昔の自分を感じる…近いのだ。
「師匠、ありがとうございます。考えがまとまりました」
先人の言葉に正気に戻る鋭。頭を振り、先人に顔を向ける。
「もう経つのか?」
「はい。青海の国へ。一日あれば行けますよ。な、瀧」
先人の言葉に頷き、共に礼をして出ようとすると、
「待て」
突然呼び止められる。続けて、
「私も行く」
思いもよらぬ言葉に先人と瀧、二人共目を見開いた。