七.それぞれの思惑
第二章はこれで終わりです。ここまで読んで頂きありがとうございます。
一方、瀧の方といえば。
同時刻・服織屋敷
屋敷に戻り、すぐに当主である父・吹の部屋へ行く瀧。
「失礼します」
と声をかけ入ると当たり前のように座し、話を聞く姿勢になっている当主・吹。見た目は普通の屋敷だが仕えている者すべて影として鍛えられている。当主は門の前から息子の気配を感じ準備していた。
(まあ…今日は気配を隠してなかったし)
いつもと同じく上座に座る当主の向かい合わせに座る。
「珍しいな。お前が気配を隠さず屋敷に入るとは」
「うっかりしてたんですよ」
「うっかりが命取りだ」
相変わらずの口調だが、態度にいつもと違うものを感じる瀧の様子が気になるが、父として一応注意をする。
それから、一瞬で当主の顔になる。
「話が来た」
「随分と早い」
宇茉皇子への出仕の話である。相変わらず端的に要点のみ伝える吹に瀧は平然と答える。
「どうであった?」
「御存じでは?」
「中での込み入った話は知らん。お前がいたからな。様子が違うのもそのせいか」
「私はいつもと変わりませんよ。それで」
瀧の報告を淡々と聞く吹だが、徐々に驚きが増していく。
「成程、試したか」
「そのようです」
「血筋としては皇位継承に近いが、後見(綜大臣)が動かんから放っておいたが」
「自身が皇位を狙うのか、他に意図があるのかわかりかねますが、綜大臣以外の力が欲しいようで」
「…五大氏族を動かしたいと?」
「恐らく」
瀧の言葉に吹はため息を付く。
「…見立ては悪く無い」
「私の過ちです。あれ程大知光村を貶すとは思わず」
「どれ程貶したのか」
「かなり」
瀧の言葉に吹は米神に拳を付け、俯き、考え込む。この仕草は親子そっくりである。
「…仕方無い。それ程先人様の光村様への思いは強い。…瀧」
「はい」
「様を付けろ。あの方は、呼び捨てされる御方ではない」
「申し訳ありません」
(先人の事言えないだろうが)
大知光村への思いが強いのは吹(父)も同じと内心呆れている瀧(息子)である。
「しかし、それでもそなたなら有利な状況に誘導出来そうなものだが」
「出来ませんでした。先人の憤怒からの謝罪、大知光村様への賛辞、場を掌握する力は充分にあると。そして己の思うまま相手を誘導する。為政者の才を感じました」
「成程。隠していたか」
吹は宇茉皇子を思う。宮中での評判。しかし、さほど注視してはいなかった。敵になった処でそう難しくは無いと判断していたが…考えを改めねばならぬか、と気を引き締める。
「腹立しいですが思うように動けませんでした」
めったに表情を崩すことのない瀧(息子)を目にし、吹は少々驚くも冷静に判断を下す。
「ならば、引くことだ。我らは他の者らに気づかれてはならぬ」
一部を除いてな、と同時に思う親子二人。なんだかんだ似ているのである。
「そのまますべて引きたいのですがね。…父上」
突然息子の顔と言葉になる。表の事かと察する。
「何だ」
「長之皇子様の衣、いつお届けに?」
「接触する気か」
「後継、あるいは高位に登られる御方であることは確実。あの御方とのつながりを持っておいて損は無い。それだけです」
今まで興味も持たなかったのに、もっともらしいことを言う息子に察しが付くが、敢えて問いかける。
「長之皇子は宇茉皇子と親しい。側に付いていればおのずと近い内に会うだろう。あえて接触する意味は?」
その言葉に下を見、黙り込む瀧を見つめ、(…これは、恐らく)と考えが確信になる。
「先人様のためか?」
その言葉にいつもより若干勢いよく顔を上げる瀧。―図星だな、と考える吹。
「高位へのぼる、あるいは大知氏再興への近道と?」
「違いますか」
「近道ではある。確かにあの御方ならば先人様の気質・器量お気に召すだろう。」
長之皇子はまだ十代前半と若いが、芯は強く、讒言流言に惑わされる事無く判断できる方だ。まっすぐで賢く、誠実である先人様を気に入るだろうと吹も考える。―だが、
「なればこそ、」
「しかし、何故だ?」
珍しく感情的な様子の息子であり部下である瀧に疑問を覚える。じっと見つめ合う。
「何故、かの皇子を厭う?」
「お分かりでしょう。綜大臣が後見しない理由」
「ああ。で?」
「大知氏が上に立つには綜大臣を落とさねばならない」
「五大氏族を動かすなら問題無い」
「その後は」
権力を握った後、宇茉皇子が先人様をどうするか、それが懸念かと吹は察する。
「…成程」
「それならば長之皇子の元で力を付け、自力で上に行った方が良い。宇茉皇子は、決して守らない」
瀧が何を思ってそう判断したのかわかりかねるが、実際に会い、対峙した結果かと取り敢えず頭に入れる。
「…そなたの言い分はわかった」
「はい」
「しかし、すでに命は下った。宇茉皇子の元へ行くのだ」
「ですが」
「断れまい。綜大臣の後見を得られないのは皇位継承の件のみ。宮中での事は黙認されている。意味はわかるな?」
「…」
瀧が黙る。裏を返せば、皇位継承以外は後見しているという事、綜大臣が敢えて口にしていないだけで完全に宇茉皇子を切り捨ててはいないのだ。なので、簡単に申し出も断れない。その事を理解出来るが故に表立っての命では吹も従い、瀧も黙るしかないのだ。
「そなたの話もまだ憶測の域を出ぬ。側に仕え、その内心を計り、確実にしろ。その上で危険と判断するならば先人様を連れ、すぐに撤退しろ。理由はどうとでもする」
裏の者として命を下す。
「―承知」
苦しそうな様子で了承した瀧が部屋を辞そうと立ち上がるが、ふと、思い出した様子で止まる。その様子に吹が疑問に感じる。
「どうした?」
「…宇茉皇子の元に、陳氏の当主がいました。ご存じで?」
瞬間、空気が変わる。ぞっと冷たく無感情になる吹。
「…そうか。慈悲深き御方だな。宇茉皇子様は」
あの時、放っておけばよかったのにと、心の声が聞こえてくる。瀧は時々、父の方が感情的なのではないかと感じる時がある。強き恨みだ。当たり前かとも思う。大知光村の名を汚し、大知氏を危機に陥らせたのはこの氏族なのだから。
それから少ししての宮中
綜氏親子が宮中の一室で仕事をしながら話している。
「大知先人が宇茉皇子の元へ?」
「そのようです」
綜大臣の息子・央子が報告している。宮中の噂は影を通さずとも伝わる。
「そうか、そうか」
くくっと笑う綜大臣に困惑した顔を向ける。
「いや、良き組み合わせではと思っていたが早いことだ」
手際の良さを褒め、のんびりしている様子の父に声を荒げてしまう。
「何を悠長なことを。宇茉皇子と大知氏が手を結び、我らに挑んだ場合」
「央子」
突然低く重たい声にびくっとし、沈黙する。
「心配せずとも、どちらにも力はない。そう目くじらを立てることもなかろう」
いつもの軽い口調に戻った父である綜大臣に強張った体が落ち着き、
「気に入らぬのです。大知はどうでも良いが、あの皇子はかつて共に陳氏族と戦い、父がどれほど目をかけているか。それをー」
不満をあらわにして強い口調になる。話しても心を見せない、得体が知れない、その上こちらをよく思っていない事は伝わってくる宇茉皇子の態度を思い出し憤慨している。
その様子にふっと和らげ、
「良き息子だな」
「父上」
穏やかな空気になるが、次の瞬間、
「が、大局を知らぬ」
冷えた声になる。空気も重いまま続けて言葉を発する。
「先を読め。今は放っておけ。宇茉皇子にしろ大知氏にしろ何の力も無いのだ」
「はい」
肯定するしかないと気落ちする息子を労わるように肩を叩くと、遠くを見る。
「さて、どうなるかー」
面白そうに笑う綜大臣・綜茉子。権力の上に立つ者の余裕である。
ここまで読んで頂きありがとうございます。この後第三章の一話を入れます。
その後の第三章の話は、週二回で進めたいと思います。水・土曜日予定です。よろしくお願いします。




