五.五大氏族
同じ頃、宇茉皇子の処から辞した先人と瀧は宮中を出て大知屋敷に向かう所であった。
先人に背を向け先にずんずんと歩いていく瀧をしばらく見つめている先人。やがて、
「怒っているのか?」
「別に」
恐る恐る話しかける先人ににべもない返事をする瀧だがやがてため息を付き
「向こうの思惑通りになった事が腹立たしいだけだ」
「思惑?」
「何でも無い。はあ、」
瀧がちょいちょいと手招きして先人を狭い道に誘い込む。
「あの皇子は聡明で人望もある。だが、大王にはなれない」
「それは疑問に思っていた。先代大王の嫡子なのに何故」
「聞いているだろう。綜大臣が認めなかった。他の貴族もそれに付随して何やかんやと理由を付け。けど、真は」
「綜大臣。自分の身内なのに」
綜大臣の姉二人は三代前の大王の夫人となっている。二番目の姉が生んだ皇女が先代大王の妃となり、宇茉皇子が誕生している。
*現在は大王の皇后・妃は皇女で有力貴族の娘の場合は夫人と呼ばれる。
「それは置いといても、もっといい人物がいる」
「長之皇子様か」
冷静な声の瀧に、瞬時に意味を悟る。長之皇子は、綜大臣の長姉が生んだ皇女が先々代大王の妃となり誕生した嫡子である。*ややこしいので後日解説します。
瀧は頷いて
「尽くすならばその御方だ。あの御方こそ大王の座に近い。次あるいはその次かも。あるいはそれに近い高位に。正当な血筋と綜大臣の後見もあり。まだ十四と若いのにも関わらず流言偽言に惑わされず、聡明で穏やか、決断力があると評判だ。あの皇子とは違う」
「ずいぶん辛辣だな。お前らしくない」
いつもの様子と違い真剣な瀧に戸惑う先人に更に喰い下がるように話す。
「先人。お前は大連になるのだろう。ならば望みが無い者に付くより、確実な方に付け。今言った通り、綜大臣が推しているが、長之皇子様本人にも芯があり判断力もある。お前が功績を上げれば大知氏だからと偏見で判断しないだろう。だから、」
「確実などない。曽祖父様もそうだった。大連でありながら失脚した」
瀧の言葉に否をする。続けて、
「それに、宇茉皇子様もまた己で調べ、判断した。讒言流言に惑うことなく本質を見抜く御方だと感じた。俺は、信じてみようと思う」
「先人」
冷静に判断し、話す先人に瀧は力無い声で呼ぶ。
「それに、大知氏が皇族に近付ける。それは悪い事では無いと思う。危険もあるだろうが、必ず約束を果たす」
「…」
「巻き込んでごめん。勿論、危険が無いように最善を尽くす。瀧にも迷惑をかけないように努力する。だから」
「そうでは無い。そうでは無いのだ。あの皇子は」
珍しく声を荒げ反論する瀧に驚き、目を見開く。
「瀧?」
はっとし、幾分か冷静な声で
「いや…何でも無い。とにかく、よく考えろ。お前の主はあの皇子ではない」
瀧はそう言うと先程と同じくずんずんと先を歩いていく。それを先人は慌てて追いかけながら瀧の言葉の意味を考えていた。
しばらく歩き、大伴屋敷に戻る先人とおじゃまする瀧。すぐに師匠・鋭のいる離れに向かう。鋭は戻った二人を見て安心そうに見つめる。とりあえず部屋に入り鋭は二人を労う。
「出仕は無事に終わったようだな。何よりーではなさそうだな」
様子がおかしい瀧を察する。困った顔をする先人が事情を説明する。
「実はー」
・・・ 事情説明中
「成程。で、何が不満だ」
事情を聞き、瀧に目を向ける鋭。
「不満では、」
若干不満そうな顔で言葉を出す瀧に鋭は言葉を被せ、
「宮中に顔を出すことを許され、聡明で人望も厚いのであれば悪くは無い人物だろう。ましてや皇族だろう。内政に口を出せない氏族が仕えるには上々、だと思うが」
師からの至極まっとうな言葉に瀧は言葉を詰まらせるが、言い返す。
「後ろ盾も無い皇子ですが」
「それはわからんが、それでも宮中である程度の自由が利いているのだろう?我が国ではそんな事は許されない。後ろ盾も無い、後継問題で揉めそうな皇族は即刻処断される」
鋭の言葉に先人は頷く。
「そうですね。三国も等の国も後継問題が苛烈だと聞いています。ならば」
「問題は無い、そう考えられているのだろう。どういう意図かはわからんが」
だから仕えてもそう危険では無いと言いたい鋭の意図を二人共察するが、瀧は不貞腐れている。
「何となく、気に入らないのです」
「子供か」
「この通りなんです」
駄々をこねる子供のような言葉に思わず突っ込みを入れる鋭とひたすら困惑している先人。ここに戻る最中も大変だったのだろうと察する鋭。しかし、いつもと違う様子の弟子(瀧)を冷静に見る。
「もし別の意図で反対しているのなら今すぐ言え。そうでないのなら口を出すな。先人はどうなのだ?」
瀧に苦言を呈し、先人に問う。先人は鋭を真っ直ぐ見つめ、
「まだどのような御方かは掴めませぬが、良き方だと感じました。虚や噂に惑わされず本質を見る方とお見受けしました」
鋭は弟子(先人)の言葉にひとつ頷いて、二人を見る。
「ならば、様子を見ればいい。大知氏の力は今ほぼ無いといっても良いのだろう?それならば今仕えたとしてもさして問題だと捉えられず、たとえ後に離れても双方に禍根は残らないだろう」
「はい」
と先人が力強く返事をする。
「瀧も、様子見だ」
「…はい」
鋭はちらりと瀧を見て釘をさす。不承不承に返事をする瀧に小さくため息を付く鋭。仕方ないという風情で弟子二人をそれぞれ見据える。
「そちらの内情を聞いていいのかわからんが、大王になるための後見は綜大臣だけなのか?」
鋭が唐突に聞いてくる。戸惑いつつ先人が師の問いかけの意味を考え問う。
「他の氏族の後見があれば即位可能か、という事ですか?」
「そうだ。綜氏ばかり取り正されているが、他の有力氏族が後見になれば即位可能、とも考えた。が、その宇茉皇子が後継問題で処断されないのを見ると、それは問題無いのか?」
「…五大氏族が味方に付けば、可能かと」
瀧が答える。その上で先人が説明する。
「和乃国の中でも最大勢力の氏族です。北に守氏、都より北に綾武氏、都の隣の御記氏、西に味氏、南に津氏です」
「しかし、無理ですね」
瀧があっさりと否定する。
「何故だ?」
「五大氏族は自領の国を守っています。都に出る事はほとんどありません」
「都に来ない?」
「北の守氏と都隣の御記氏はともかく、他の三氏族はかつて和乃国に反乱を起こしていた氏族ですから。自領を治め、大人しくしていてくれれば充分との国の判断です」
瀧と先人が交互に鋭の疑問に答えていく。更に鋭が問う。
「成程。下手に都に来られても反乱の恐れがあるから困る、か。ならば守氏と御記氏とやらは?」
「北の守氏は反乱に備えて配置された氏族ですし、御記氏はこちら寄りですが」
「?ならば御記氏が後見をすれば」
「御記氏は五大氏族筆頭と言われ、特に別格です。動かれれば国を二分する争いになるため、国としても扱いにくく」
「…成程。しかしそれならば、御記氏は何故動かない?権力に興味が無いのか」
鋭の疑問に先人はわからず戸惑っていると、瀧が引き受ける。
「わかりませんが、宇茉皇子はそもそも綜氏の血を持っているので、皇子本人に興味が持てないのでしょう」
「?綜氏と対立しているのか?」
「いいえ。表立っては。けれど、筆頭である御記氏以外で五大氏族すべてを統括出来たのは大知大連のみであったと言われています。五大氏族それぞれ思う処はあるのでしょう」
「成程。それならば皇位継承で他氏族との争いが出てこないのも合点がいく。最大勢力の氏族が動かないのであれば、大臣である綜氏の天下。その血筋で皇位継承問題が出そうな皇子が自由に動き回れるのも理由は頷ける」
鋭の言葉に先人は頷く。先人自身も頭の整理が出来た。五大氏族と曽祖父・光村との関係は知っているが、現在まで五大氏族が動かない理由までは把握しきれていなかったのだ。自身の未熟を恥じ、精進しようと心に誓う先人である。*大知氏は内政から外されているので情報がたまにまばらになる。
「ならば、仕えても問題無いな。瀧、どうだ?」
「…はい」
不承不承返事をする瀧を先人は見て、師が皆を納得させるために話題を振ったのだと察し、頭を下げる。
「師匠、ありがとうございます。瀧」
唐突に呼ばれて先人を見つめる瀧。先人は、瀧をしっかりと見つめ
「危険が無いよう警戒は怠らない。大知氏である限り、どこに行っても危険はあると思ってる。出仕したなら尚更だ。出来る限りの事を、それ以上の事をして、必ず、果たしたいんだ。だから、」
「わかってるよ。仕方ねーな」
真剣な先人の言葉に一つ息を付いて、いつもの調子に戻る瀧。それを見て
「ありがとう」
と礼を言う先人を瀧は小さく笑い、二人は穏やかな空気を取り戻す。それを見つめていた鋭が
「で、今日の授業はどうする?」
「「やります」」
と二人で食い気味に宣言する。こうする事が自分の役目だと考える鋭である。
*現在の和乃国では皇后・妃は皇女からとなっていますが、大知光村の時代より前は有力貴族の娘から皇后や妃が選ばれています。戦乱の世では有力貴族の力が必要という事で。




