表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
和乃国伝  作者: 小春
第二章 であい
16/128

四.宇茉皇子

「興味があったのだ。あの【化物】と呼ばれる大知光村殿の血を持つ者を」


 宇茉皇子が事も無げに言う。先人は固まり、瀧は思わず顔を上げる。護衛は冷たく先人を見据える。更に、畳み掛けるように問う。


「そなたはどう思っているのだ?祖として敬意を払っているのか。美しいとは容姿の事か?皇族・貴族を誑かし、利用したからか。それだけは褒められると?」


 絶句する先人に矢継ぎ早に続ける。止まらない。


「すべての氏族を統括し、政を己一人で行い、望むままに国を治めた。大王という存在を無下にして」


「挙句の果てに友や同士に裏切られ、他氏族や身内に背を向けられ、国を追われた」


「当時の大王の慈悲により【連】として生き残ったが、残った身内は皆権力を欲する小心者ら」


「すべて、大連・大知光村が招いたこと。それを美しい人、とは。ああ、そなたは祖を褒めたたえ、皆を欺き、実は大知光村が【忠臣】とでも吹聴するのか?それを浸透させて、己を上に立たせる。実に良き考えだ。そこまで考えるとは、そなたは、」


 言葉を区切り、先人に微笑む。


「大知光村と同じく権力が欲しいのか」


 宇茉皇子の様子に何か違和感を感じていた瀧が何かに気付く。


(まさか)


「宇茉皇子様」


 瀧が叫ぶ。だが遅かった。 


「黙れ」


 先人の、静かな、しかし通る声が響く。


「無礼な」


 護衛が声を荒げるが、すぐに止まる。

 先人は、無表情だった。しかし、そこにいるすべての人間が瞬時に感じる。静かな、激しい怒り、憤怒。それらすべてを飲み込み表情を消している姿を。全員息を飲み先人を見る。先人は立ち上がる。


「これにて失礼致します。瀧」


 礼をし、立ち去ろうとする先人と、頷き立ち上がる瀧。その背に宇茉皇子が声をかける。


「違うのか?」

「そう思われたいのであればどうぞご随意に。私は、私の道を行きますので」

「祖を貶され、そのままにするのか?そなたにとっての大知光村はそれだけの」

「では何故今、国は在る?」


 宇茉皇子の問いに答えず、背を向けたまま冷たい声で問う。その問いに目を見開く宇茉皇子。


「…在る?」

「大連としての絶大なる権力を私欲に使えば、反乱は起き、国は疲弊し、民は逃げ、他国に付け入る隙を与えてしまう。けれど、今、国は在る。大王の血は滅ぶこと無く、貴族や民は逃げだすことも無く生き続けている。改めて問う。なぜ、在る?」

「…」


 先人の言葉に、宇茉皇子は声も出せずその背を見つめる。


「そしてもう一つ」

「…?」

「何故、大知は在る?連として残った?当時の大王のみことのりの意味は?何故?」


 静かに、重く、嚙んで含むように話す先人。そんな中、


「黙って聞いていれば、皇子様に向かい何と無礼な」


 先人を咎めるように護衛が叫ぶと、


「無礼はどちらか?」


 静かに瀧が反論する。


「何?」

「先祖、死人を侮辱しております」


 瀧の更に冷たい声に護衛がぐっと声を詰まらせる。


「宇茉皇子様。先程問いましたね。大知光村が美しいとは何か、と」

「ああ」


「知を持ち、忠を尽くし、礼を尊び、信を持つ者」

「!」


 宇茉皇子が息を飲む。遥か昔にあった国の思想家の言葉である。優れた人とは何かを述べている。先人にとって大知光村とはどんな存在かを明かしている。


「私はそれを持つ者を美しいと思います。それが答えです」


 話は終わりだと今度こそ場を去ろうとする先人に宇茉皇子が引き留めようとする。


「勝手に離れるな。我を誰と心得る」

「先に貶めたのはどちらか?どうぞ、ご随意に」

「高貴な御方のお暇潰しになりましたでしょうか。失礼致しました」


 先人の言葉に続き瀧も優雅に礼と皮肉を返して共に去ろうとする。護衛と宇茉皇子を冷たく見据える事も忘れずに。


「待て」

「…」


 そのまま無言で去ろうとする先人と瀧。すると、


「大知先人、非礼を詫びる。許せ」


 侮辱したかと思えば突然の謝罪の言葉に先人は思わず止まる。


「皇子様、詫びるなどー」


 護衛が諫めるが手を上げて制し、黙らせる。


「私も同じ見解だ。権力に溺れたものが権力を握り続け国が存在し続けるなどありえぬ。六代の大王に仕えてそれはあり得ぬ」

「…」

 

 突然の発言撤回に疑念を持ったが、悪意を感じず凛とした宇茉皇子の言葉に背を向けたままの先人から重い空気が少し和らぐ。宇茉皇子はそれを感じ、更に続ける。


「かつて戦乱の時代であった。光村殿の最初の主君である大王は周りの貴族の力に押され、王権を失いつつあった。それを守り、次に繋げ、それでも危うく、更に次は皇統危うく、それを利用し他氏族の内乱、他国との戦、すべて抑え今がある。それは、すべて大連・大知光村殿が成し遂げた事だ。どれ程の覚悟と痛み、苦しみに耐えて生きて来たか、史書を読むだけでも察するに余りある」

 

 静かに、強く語る宇茉皇子を先人は振り向き、ただ見つめる。更に続ける。


「清も濁も飲み込みすべてを捧げ、尽くした。そういう御方であったと。心の底から尊敬に値する。そうありたいと、私も思う」


 先人は、宇茉皇子の言葉を聞きながら見つめ続ける。先程とは違い、いや、先程も悪意は無かったと思い返しながら、今の誠実な口調と言葉に聞き入る。


「大知先人。そなたは周りだけでなく身内でも大知光村殿の悪評に晒され続けた。しかし、それに惑わされず祖である大知光村殿を重んじ、敬意を示している。他者に惑わされず真を見抜く力がある。信に値する者と見た。我に仕えてほしい」


 一点の曇りのない眼。芯の通った言葉。殺意も悪意も感じない。先人もまた宇茉皇子という人物を信に値する者ではないかと感じた。が、


「先人」


 瀧が割って入る。


「宇茉皇子様、先人は本日出仕を許されたばかり。当主は父親です。勝手には決められません」


 瀧の冷静な言葉に頭が冷える先人。改めて宇茉皇子に礼と共に返答する。


「お言葉、光栄なれど、我が意のみでは叶いませぬ。一度、父に伺ってからで」

「先人」


 言葉の途中で宇茉皇子に名を呼ばれ、顔を上げる。


「大知当主には話を通しておく。まず、断られる事はないだろう」

「宇茉皇子様、この者はまだ未熟。側に置くのならば他の者を」

「服織瀧」


 丁重に断ろうとする瀧に宇茉皇子は視線を向ける。


「我が意志だ。意を翻すつもりは無い。大知氏にとっても悪い話では無いであろう」

「そちらがいますが」


 瀧が護衛に視線を向ける。


「問題無い」

「真に?」


 平然と答える宇茉皇子を伺うように見据える瀧。護衛は俯く。


「そう思うならば、そなたも来るか?」

「は?」

「当主は父、問題無いだろう」

「皇子様、衣装係など使えませぬ」


 大知氏だけで無く、服織氏にまで声をかける宇茉皇子に護衛が思わず声を上げる。宇茉皇子は平然と瀧を見つめ、


「そうか?なら先人のみで、」

「…使えるかどうか見極められては?但し、こちらに同じ轍を踏ませるならば容赦は致しませぬが」

「ならば頼む」


 満面の笑みで言う宇茉皇子に無表情の瀧。苦虫を嚙み潰したような表情をする護衛。それらを困惑して見つめていた先人だったが、


「先人、これからよろしく頼む」

「はい」


 更に満面の笑みの宇茉皇子に言われた先人は戸惑いつつ、了承する。巌にはすぐに話がいき、そして通るであろう。皇族に逆らえる訳が無い。それがこの国の理なのだから。




 その場を辞し、去っていく先人と瀧の背を宇茉皇子と護衛は見送るように見つめている。やがて見えなくなると宇茉皇子が後ろの護衛に声をかける。


「複雑そうだな?」

「大知の件、真にそうなのですか?」


 疑わしそうに問う護衛に頷く。


「私が知る限りそうだ。失脚となった件も調べた限り、罪状もはっきりとしない」

「三国との密談による賄賂、収賄では」

「そんなもの、問題に上がる前に大連の権限で握りつぶせる。実際、調査もされたが蓄財もしていなかったし、見つけられていない」


「密かに隠していたのでは」

「追放された後も細々と生活していたらしいし、大知氏族も財を持っている様子も、使った様子も無い。罪人の氏族として助けも無く生きて来た者らがそれを使わないのもおかしい。そもそも、当時から言われていたそうだ。本当に、この件はあったのか、と」

「では」


「大連・大知光村には罪など無かった。そう考えたら筋が通る」

「では何故罪を認め、都から去ったのですか?」


 護衛が声を上げるが宇茉皇子は首を横に振る。


「わからない。ただ、そこからだ。大知光村が【化物】と言われ、国を、大王を操ったという噂が広がったのは。そして、陳氏の世となり、綜氏が台頭した。そして今」

「綜氏が、国を動かしている」


 護衛の言葉に頷き、更に問う。


「それを意味する事は?」

「すべては企み、陰謀。大知大連を退けるための…それでは、我が氏族がしたことは」


 護衛は拳を握りしめ、苦しそうな声を出す。宇茉皇子は淡々と話を続ける。


「陰謀に加担した。しかし、すべて把握した上かはわからない。かつて(大知光村時代)の陳大連は、文武に長け、情が深い人物と言われているからな。ただ、その性質故に利用されたとも考えられる」

「…」

「私の持つ情報から分かった事だ。証拠は無い。だが、事実を重ねていけば自ずと真に辿り着く。そなたには受け入れがたい事だろうが」

「…」


 宇茉皇子の言葉に護衛は苦い顔をする。この者の名は陳荻君のべのおぎみ。かつて大知光村と共に氏族を束ねていたもう一人の大連・陳新鹿のべのあらかを祖に持つ。この祖が大知光村を失脚に追い込んだ一人である。*荻君は新鹿の弟の血筋。新鹿の血筋は一人息子が早世したため弟が継いだ。

 そして、五年前綜氏により滅ぼされた陳氏族の若き当主である。


「今まで言わずにいた。離れたくなったか?」

「いいえ。私は貴方様に救われました。どこまでも付いて行きます」


「そなたは忠誠心が強く、真面目だが本質を見抜く力を身につけねばな。再興のために」

「はっ。しかし、大知を側に置いて、真によろしいのですか。目をつけられるかと」


 陳氏族の事は置いておいても、大知氏は皇族・貴族に注視され続けている。それを気にして問いかける荻君に宇茉皇子は一蹴する。


「放っておけ。今の私にも大知氏にも何の力も無い。皇族の気まぐれ、それで終わる。それに、あの者が気に入った」

「は?」

 

どこが?と言いたい顔をする荻君に宇茉皇子が小さく笑う。


「凡庸そうに見えたが、物事の本質を見抜いている。昔の思想家の言も知っていた。教養があり、礼儀正しい。穏やかなようで、内には火が見える。先程の気迫、恐らく似たのだろうな。大知光村殿に。静かに、そして内から溢れる恐ろしく強き気迫、すべての氏族をひれ伏させ統括したと聞いている」

「どなたにお聞きで?」

「過去の語り部から」


 自身が生まれる前にもかかわらず大知光村の時代の話に詳しい宇茉皇子に荻君は問いかけるが平然として返される。


「わかりませぬ」


 何を言っているのかわからないという心の内を素直に吐露すると、笑って返される。


「それでよい。これから楽しみだ」

「何をお考えで?」


 その問いに遠くを見つめると、


「力に勝つには、それ以上のものを用意せねばな」


 内に秘めた決意を口にする。


*先人が言っていた知は知識・知恵、忠は忠誠、礼は礼儀、信は信念という事です。

 ちなみに、先人は光村の容姿を格好いいと思っています。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ