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和乃国伝  作者: 小春
第二章 であい
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三.出仕と出会い

〔出仕の日〕


「雲一つない良き日になって良かったわね。先人」

「伯母上、わざわざ来てくださり、ありがとうございます」

「いいのよ。どうせ男共、衣のことなどわかりゃしないんだから」


 朝からの支度を手伝ってくれる伯母・咲。先人が幼い時から変わらず、気さくで大らか。かと言っておっとりしているだけで無く、氏族をまとめる総領姫としての面も持ち合わせている芯が強い人である。


「後は…ちゃんと付けてるわね」


 こそっと話す咲に先人は頷く。


「はい。…けれどこれは何なのですか?」


 いつも身に着けるようにと物心ついた頃から言われている巾着。


「内緒のお守りよ。神力がついているの。人に知られると力がなくなるから見られないようにね」

「はい」

「先人、行くぞ」


 部屋にやってきた巌に声をかけられ、気を引き締める。


「はい」

「気を付けて」


 笑顔で送り出す咲。巌と先人が礼をして屋敷を出る。




〔宮中〕


 巌の姿を見るなり、貴族、官人、女官、下人などがこちらを見ながらこそこそ小声で話している。気にせず歩く巌の後をついていく先人。しばらくしてある大きな部屋の前で止まる。


「取次ぎを…」


 巌が部屋の前の護衛の兵に声をかける。兵は頷き、先に部屋に入り確認する。少しして扉を開け


「お入りください」


 その返事をもらい、兵に軽く礼をして部屋に入る。

 部屋は豪華に設えてあり、手前に大王の声を伝える老年の官人が、その奥の上座に座る壮年の男性、それが


「大王、大知連、ご挨拶申し上げます。我が嫡男・先人です。この度、出仕が叶い、恐悦至極に存じます」

「大王もお喜びでございます。今後も尽くすよう」


 巌の挨拶に老年の官人が大王の言葉を伝える。


「ありがとうございます。先人」


 巌が礼と共に、先人を促す。


「大知連当主・大知巌が嫡男・先人にございます。これから先、大王に忠節を誓い、励みます」


 幼き日から伯母上や父上に叩き込まれた礼をする。頭上からじっと視線を感じる。しばらくして、大王より直々に声を賜る。


「話は聞いている。国のため励め」


 良く通る声で一言、言葉を頂き、更に深く礼をする。型通りの挨拶である。が、しかし、


「決して、立場を超えぬよう」


 空気が凍る。巌は屈辱に耐えるように礼をし続け、先人もまた、静かに耐えた。




その後は何事も無く謁見が終わり、


「何事も無く終わって良かった。正式な仕事は後日だ。急な出仕で軍も集まりが悪い」

「はい」


 謁見の場での事は何事も無かったかのように言う巌。


「父上、大王は」

「忘れろ」

「…はい」


 一言で切るが苛立っていることが伝わる。やはり、未だ大知氏は警戒されている。それをひしひしと感じた。考え込んでいる先人を巌が声をかける。


「私は別件があるので行くが、そなたは宮中を見ていくか?案内もいるようだが」

「え?」


 振り向くと瀧が立っていた。いつもと恰好が違う。宮中での礼服仕様である。


「よっ。…大知連様、申し訳ありません」


 先人にはいつも通りだが、ここは宮中。正式な言葉遣いで巌に話す瀧に巌は頷く。


「かまわぬ。先人、くれぐれも余計な問題を起こすな」

「はい」


 巌に釘を刺され、先人は頷く。


「では、頼むぞ」


 去っていく巌を見送った後、一息ついていつもの口調に戻る二人。


「何でいるんだ?」


 瀧に思わず聞くと小さく笑って


「せっかくだし、色々教えてやろうかと」

「心配させてごめん。ありがとう」


 この前の事を思い、謝罪と感謝を伝える先人に瀧が苦笑いをして


「いいよ。行くぞ」


 とあちこち案内してくれる。勿論、入れるところまでだが。その間中あちこちから声がする。


『あれが大知氏の嫡男ー』

『凡庸と聞いているが―』

『いやいや、そう見せかけてー大連の座をー』

『綜氏に対抗出来るとでも?』

『【化物】の片鱗も感じない』『現当主も頼りない』

『やはり大知氏は終わりか』 


 鳴り止まない中傷と嘲りの声、どこに行っても同じだと意識が飛んでいると、


「先人」

「うん。大丈夫。どこに行っても同じだと思って」

「だろ?同じ事、一言一句変わらない。嫌味ならもっと捻って言えって」


 お互い小さく笑う。しかし、その時、


『まあ、【化物】は見目も良かったそうだから、な。あれではどの皇族・貴族も誑し込めん』


 下卑たその言葉に思わずかっとなりかけるが、瀧に腕を掴まれる。


「気持ちはわからんがやめろ」


 その言葉に冷静になるが、


「昔から思っているけど、何でそんな言い方をするんだ?」

「知らん奴のことなんか知らんし、お前が怒る理由はわからんでもないが、俺が怒る理由にはならんだろ」

「そうだけど、知らん奴って…、知らない事は無いだろう」


 あれ程噂になっているし昔からよく話していたのに、という先人の視線を瀧は一蹴する。


「会ったことも話したことも無い奴なら知らんだろ」


 もっともだ。もっともだが何やら悪意を感じる。と考えていると


「おい」


 後ろから声をかけられる。先に振り返った瀧は驚いて相手を見ている。次いで振り返ると、瀧と同じくらいの年齢で精悍で真面目そうな男が立っていた。


「お前だな。大知先人」

「はい。あなたは」

「主が呼んでいる。ついて来い」


 問いに答えずそっけない声で歩き出す。分からないが、ここは宮中。堂々と罠、でも無さそうなので付いて行ってみる。


「主とは?」

「行けばわかる」


 先を歩く背中に問えばそっけなく冷たい声が返ってくる。悪意も感じるが、殺気はあまりなさそうだ。どこかで会っただろうか?

 しばらく歩いていると、男が突然振り返る。


「何故服織まで付いてくる?」


(気配だけで判断できるのか。出来る人だ。瀧は静かに歩いていたのに。主と言っていたし、護衛の任の方だろうか、どこの氏族の者だろうか)


 などと思いながら先人が冷静に考えつつ見つめていると、


「先に共に居たのは私ですが?」


 瀧が平然と返答する。いつもの軽い調子に見せかけて、目が笑っていない。


「用があるのは大知だけだが」

「あなたと二人にする方が余程危険だ」


 暗に場を外せと言われているのにも関わらず瀧も譲らない。危険とは、と不思議に思う先人。


「衣装係は衣装係に行け」

「指図される言われは無いはず。私の方が高位だ。そうだろう?」


 更に強く場を外せと主張している護衛と思われる人(会話の様子から連より下らしいので)に挑発するように話す瀧。言葉の応酬が続いていたが、瀧に軍配が上がりそうだ。


(…知り合いのようだが、仲が悪そうだ)


 などと思っていると、


「…主の命だ」


 言葉の応酬の末、言葉が弱くなる護衛の人を瀧が冷たく笑う。


「共に行っていいか聞いてみろ」


 まるで命じるかのように言う。護衛の人は悔しそうに背を向け、歩き出す。冷たい顔をしてその背を見つめる瀧。あからさまに様子がおかしい二人を見て気になり声をかける。


「瀧、この人は」


 正体を聞こうとすると前が突然止まる。宮中の庭先の縁のようだ。驚き止まると視線の先、向こう側に誰かがゆったりとした様子で座っている。護衛の人は礼をし、


「宇茉皇子様、連れてまいりました」

「ああ、こちらへ来い」


 大きくはないが、通る声で呼び寄せる。


「その前に、もう一人いるのですが共にお会いになりますか?」


 護衛の人は恐縮しながら、不承不承の体で聞いている。


「誰だ」


 いぶかしんだ声で問う。


「服、」

「服織連が嫡男・瀧と申します。お会いできて光栄にございます。共に拝謁してもよろしいでしょうか」

「…という事です」


 護衛の人の言葉に被さり挨拶する瀧に先人は戸惑うが、宇茉皇子は気にも留めず、


「かまわぬ。来い」


 と呼び寄せる。共に近くまで移動する。

 宮中の庭の縁といっても広い。ゆったりと座り、穏やかな顔をしているが醸し出す空気が違う。穏やかさと凛とした強さを感じる。


 宇茉皇子。先代大王の嫡子であり、かつての次期大王候補であったが、何故か皇太子にもなっていない。現在はあちこちの部署に手伝いに回っているらしく、評判は良いが後継候補でも無いので扱いに困る存在だと、父・巌が言っていたことを思い出す先人。

 それとやはり護衛と思っていた人は護衛だったのかと納得する。


「宇茉皇子だ。そなたらは」


 宇茉皇子は名を名乗りつつ、どちらがどうかと顔を見ている。

 *瀧は出仕しているが互いに直接会った事は無い。


「そこの顔の作りがいい方が服織瀧、平凡な方が大知先人です」

 

 すかさず護衛の人が紹介する。『…どういう紹介の仕方をしているんだ』と呆れている瀧と『まあそうだな』と気にしてない先人。


「服織瀧です。お会い出来、光栄の至りでございます」

「大知先人と申します。此度出仕することとなりました。国と大王のために働く所存でございます。お見知り置きください」


 型通りの挨拶をする二人。宇茉皇子は礼をしたままの二人を見つめている。


「面を上げよ」


 命じられるまま、二人顔を上げる。宇茉皇子は突然立ち上がり先人と瀧に近付く。護衛が慌てて二人の前へ出る。


「安易に近づいてはなりません」

「何故だ?」


 護衛が言葉を荒げるが、気にせず問いかける。護衛の人は先人を見、


「罪人の氏族です」

「そちらもでしょう」


【罪人】という言葉に先人は怒りを感じるが、すかさず瀧が護衛に冷たく返す。


「無礼な」

「どちらが?」


 睨みつけ、声を荒げる護衛と冷たく応酬する瀧。


「やめよ」


 静かでよく通る声が響く。慌てて礼をする護衛と無表情で礼をする瀧。先人も一緒に礼をする。


「そうか、成程」


 得心したといった声を聞き、瀧と先人は戸惑う。


「いや、大知光村殿は大層顔が良き方と聞いていたが、そなたはまあ、悪くはないが違うようだな」


 遠回しでも無い言い方で容姿を揶揄う宇茉皇子に護衛は笑いを堪えている。

 瀧は思わず先人を見る。

 当の先人は、


「当たり前です。叶いません」


 平然とし、きっぱりと答える。宇茉皇子と護衛は目を見開き、瀧は(始まった)と内心頭を抱える。


「曽祖父様のような美しい方と私を比べるなんておこがましいです」


 何故か照れたような嬉しそうな様子で言う先人に全員絶句している。


「…そうか」

「はい」


 何とか、といった風に宇茉皇子が小さく答えると嬉しそうに返事をする先人。護衛は固まり、瀧は拳をつくり米神を抑えている。何だかおかしな空気である。


「申し訳ありませぬが、戯れでお呼びであるならこれにて失礼致します。こちらも暇では無いのです。皇子様の暇つぶしには付き合えません。そこの者にお頼みしては?」


 おかしな空気を何とか戻し、瀧が場を辞そうと促しつつ、皮肉を言う。


「無礼な」

「人の容姿を揶揄い共に笑うのは無礼では無いと?とんだ主従だ」


 怒る護衛を瀧は心底呆れた様子で応酬する。続けて、


「これにて失礼致します。先人、行くぞ」

「申し訳ありませぬ。これにて失礼致します」


 無理やり場を辞す挨拶をする瀧に促され、先人も共に挨拶をする。そして立ち上がろうとすると、


「待て」

 宇茉皇子が呼び止める。皇族に不敬は許されない。取り敢えず二人、元の姿勢に戻る。


「戯れが過ぎた。大知先人、面を上げよ」


 命じられ、顔を上げると穏やかな表情をした宇茉皇子が目に入る。


「良き面立ちだ。目が違う。今まで会った大知氏族のほとんどの者が昏く、淀んだ目をしていたが、そなたは違うのだな」


 先程のからかうような口調とは違い、すっと通る声で語り掛ける。先人はその様子を見て、自然と問いが出る。


「お呼びの件は?」

「顔が見てみたかった。綜大臣が言っていた。そなたは光村殿に似ていると」

「私が…?」


 似ているという言葉に嬉しい反面、会ったことも無い綜大臣が何故自分(先人)を知っているのかという疑問が生まれる。前の件(師匠)の事から何か情報を得たのか、と一瞬思いに耽っていると


「興味があったのだ。あの【化物】と呼ばれる大知光村殿の血を持つ者を」


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