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和乃国伝  作者: 小春
第二章 であい
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二.出仕話と友の心配

〔宮中・謁見の部屋〕


「息子の出仕を、ですか」

「そうだ。早々に出仕させよと大王の御言葉である」


 最初の声は、大知巌。次の声は大王の側に仕え、言葉を伝える官人である。目の前の上座に座っている壮年の男性が現・大王である。わずか数名しかいない内々だけの部屋である。突然の事に戸惑いつつ、思わず問う。


「有難き事なれど、何故でございましょう」

「――」


 大王に問いただすという無礼な行いに官人が声を上げようとすると、大王が片手を上げて制する。穏やかそうで、整った顔立ち。磐を見つめ、言葉を発する。


「綜氏といさかいがあったそうだな」


 巌は恐縮し、


「大した事では」

「責を求めているのではない。それはあちらにも非はある事」


 大王の言葉にひたすら恐縮していると、


「そうそう、聞いておる。そなたの嫡男が鎮めたと」

「…誰がそのような」


 いさかいの噂は確かにある。しかし誰がとなると伝わっていない筈、と戸惑っていると大王が更に続ける。


「噂ではあるが、もしそうであればなかなかに使えるのでは。いつ内外で戦が起こるとも限らぬ。優秀な者あれば早く迎えておきたい。近く、謁見を許す。連れてこい」

 

 有無を言わさない言葉。答えは決まっている。


「は…。有難き幸せ」


 礼をし、出て行こうとするとふとつぶやくように


「…共に再興、叶うと良いな」

「はっ」


 再度、礼をして出ていく。この大王、綜大臣にほぼ実権を握られている。それを抑えるため各氏族と対抗することを目論んでいると思われている。

 部屋の外に出ると、巌はぼそっと


「大知氏に恩を売り、利用するつもりか。我らは捨て石にはならぬ」


 誰も信じることの出来なくなった男の昏いつぶやきは空しか知らない。





〔その夜・大知屋敷・巌の部屋〕


「…という訳で先人の出仕が決まった」


 淡々と伝える巌に


「え」


 驚く佐手彦。その隣で女性が嬉しそうに手を合わせる。


「おめでとう、先人。成人しても中々許可が下りなかったのに。余った先に幸があるというのは本当ね」

「ありがとうございます。伯母上」

「姉上、また他国の学問の話ですか?何か違うような」


 のほほんとした口調で先人に声をかけている女性。先人の伯母であり巌、佐手彦の姉のさき。大知氏の総領姫である。


 現在、遅まきながら中氏に嫁いでいる。古代の女性は家と財産を継ぐ婿取り婚なのだが、大知氏は色々ありごちゃごちゃなので弟がすんなり後を継ぎやすくするため、何とかもらってくれる氏族に嫁いだのである。


 しかし、実家での権力が強く、何かあればかけつけ相談役、親戚たちを諫める役目をしている。大変なのだが本人は楽しそうにしている。母がいない先人の親代わりでもある。


 姉と弟、二人の様子を巌は気にせずに続ける。


「まあ、大王と謁見し挨拶するだけだ。その後は、毎日出仕し、私や佐手彦に付き軍について学べばよい」

「そうそう。取り合えずは真面目そうにやっておけばいいのよ。何を言われても相手にせず成すべきことを成しなさい」


 にこにことして先人に言葉をかける咲。


「そうですね。心配するな、先人。我ら(大知氏)に近づこうとする者などそうそういない。なんせ」

「【化物】の氏族」


 巌の声に、一瞬にして空気が重くなる。三人とも巌を見つめる。巌は昏い目をして皆を見つめる。


「先人」

「はい」


「何を言われても放っておけ。皆何か言うが直接は事を起こせん臆病者だ。面と向かって言えば何が起こるかわからんと思っておるからな」


「そうそう。何かしら起こると思われているからな、何故か。その上で良くも悪くも我らに近付こうとするのは中氏や綜氏、後はもう、」


「佐手彦」

「申し訳ありませぬ」

 

 暗い話題を終わらせようと少々軽い口調で話そうとする佐手彦を厳しく制す巌。そんな弟達の様子を呆れて見つめる咲。大知氏の暗い歴史が今も氏族を覆っていると肌で感じて見つめる先人であった。





〔翌日・大知屋敷の離れ・鋭の部屋〕


 朝になり、師匠の鋭と先程やって来た瀧と話をする。


「出仕する事になりました」

「そうか」

「急だな」


 冷静に頷く鋭と少々驚いている瀧。二人を見て頷き説明する。


「この間の一件、綜氏との揉め事の真相がばれたようです。揉め事を収めた中心人物が何故か私になっていて、大王が謁見と出仕を認めたと父が言っていました」

「…そっか」

「それで目をつけられたか。流石だな。こちらの君主も良いもの(影)をお持ちのようだ」


 瀧は考え込むようにしながら頷き、鋭は冷静である。


「では、今後は難しいか?」


 授業は、と言いたいのだと察し、先人は首を横に振る。


「いえ、出仕してもまだ見習い。勉強と言えば父上も叔父上も優先しろとの事でした」

「そうか」

「へー、楽じゃん」


 先程の様子からいつものように戻る瀧を鋭は見つめ


「お前は出仕しないのか?」


 ふと訊ねる。当たり前のようにこの場に居るが先人よりも歳上で高位貴族【連】の家系、嫡男なのだろうと考えていると、


「してますよ」


 瀧が平然と答える。一瞬場が沈黙し、


「「…えっ⁉」」


 驚いた先人と鋭がほぼ同時に声を出す。それを見た瀧が笑い出す。


「知らなかった?」

「とっくに出仕している歳だと思っていたけど頻繁に来るから忘れてた」


 まだ呆気にとられている様子の先人に更に笑う。


「まあ、父がいるし。俺も勉強って事で好きにさせてもらってる」

「気楽だな。和乃国は」


 鋭は故郷を思い出し、ため息をつく。瀧は平然としている。


「必要な事はやってますよ。織部司の次期当主として堅苦しいお偉いさん相手に礼儀正しく誠実に。ま、息抜きも必要ってことで」

「息抜きって。いつから出仕してたんだ?」


 瀧の言葉に少々呆れつつも先人が問う。


「正式には十三、その前からちょこちょこ行ってたな」

「早い方、だな」

「俺ら氏族は争い事から遥かに遠いからな。衣装係だし」


 先人と事情が違う、と出仕が遅れていた友を気遣う瀧。


「じゃあ、宮中での大知氏の噂も」

「まあ…な」


 先人の言葉に少し言いにくそうに答える瀧。その様子を見て、思い至る。前の件を思い出す。綜氏の使用人でも知っていた。宮中では更に苛烈な噂となっているだろう。父や叔父上は詳しく話してくれないが、大知氏に関する噂はまだまだ下火になっていない、という事か、と察し、瀧をしっかり見つめる。


「ありがとう」

「は?」


 突然礼を言う先人に思わず声が出る瀧。それを見て少し笑う。


「宮中での噂、言わないでいてくれてたんだろう」

「…別に。どこに行っても変わらない。同じ事言っているだけだ。気にするな」

「うん。わかっている」


 瀧の言葉にうんうんと頷く先人だが、瀧はじっと先人を見つめる。


「…本当に放っておけよ」

「うん」

「言ってるだけだからな。只の噂に過ぎないから、な」

「わかってるよ」

「何を必死に言っている」


 重ねて何度も噛んで含むように先人に伝えている瀧に鋭が思わず突っ込む。


「前も見ましたでしょう?こいつは曽祖父様(大知光村)の事になると冷静で無くなるんです」

「ああ…」


 前の件、使者であった男とのやり取りを思い出す鋭。


『確かに、宮中であの調子で返したら火種に成りかねない。その場に居た者らは血を、感じるだろう。【化物】を。この言い方をしては先人が怒るだろうが』

 

 話でしか聞いていないが、氏族すべて統括するのであれば知性も必要だが強き信念と他者をひれ伏させる程の威厳が必要である。先人のあの怒りを見れば恐らく大知光村という人物を彷彿させるだろう。そうなれば危険だと鋭は考える。


「…一緒に行く」


 鋭と同じことを考えていただろう瀧が切り出す。先人は横に首を振る。


「駄目だ。謁見の場に一緒に行けば、大知氏の味方だと思われる。ただでさえ今、俺といる事で良く言わ

 れてないだろう」


 宮中の噂は聞こえてこないが、都を歩けば聞こえてくる。服織連の子が、大知氏の子に付いている。味方なのでは。当主同士が手を組み、宮中で得た情報を子らを使い利用しているのでは、等々。巌と吹が友同士であるのに現在疎遠なのもその理由があると考えられている。先人がそれを思い、断るが、瀧が食い下がる。


「言うだけだ。政治的に何の力も無い衣装係の氏族が一緒に居た処で何が出来る、と上は一蹴するだけ。何の問題も無い」

「それでも言い掛かりを付ける理由にはなる。服織氏を巻き込みたくない」

「子らの事など親父は気にしない」

「冷静になれ。先人の方が賢明だ」


 終わりの見えない二人の言い合いにとうとう鋭が間に入る。


「瀧、お前は次期当主だ。先人が心配だろうが個としては生きられない。お前の罪は一族の罪になる。わかっているのだろう」

「…」


 鋭の諭す言葉に黙る瀧。鋭は先人を見つめる。


「先人、お前は正しい。噂に熱くなるな。これから証明するのだろう。何を言われても冷静でいろ。…友に余計な心配をかけるな」

「はい。申し訳ありません」

 

 鋭の言葉を受け止め、謝罪する。瀧にも向き直り、謝る。


「瀧、心配させてごめん」

「…別に。こっちこそ、」


 先人の素直な謝罪に口をもごもごさせる瀧。素直では無いな、と思いつつ仲直りする弟子らを見つめる鋭である。その視線に瀧が気付いて、頭を下げる。


「師匠、申し訳ありません」

「わかればいい。しかし、大丈夫か」


 瀧の謝罪を受け取りながら鋭は先人を見つめる。

「はい。只の謁見です。無事に終わらせます」


「「…」」


 若干の不安を覚えつつ先人を見つめる二人であった。


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