十.船の中
太子についての話も終わり、先人と瀧、味氏の当主一族は港に立っている。
味氏の長である溌が先人を柔らかく見つめる。
「もう行くのか? 」
「はい。次は津の国へ行きます。これで最後です」
「他はすべて周って来られたのですか? 」
最帆が驚く。青海の国と古志の国はともかく北の守気の国まで行っていた。統括ならば長を以前のように青海の国に呼び出しても良いのにと思いつつ、深く感嘆する。先人はしっかり頷く。
「はい。私の事です。私が皆様に伝え、了承を得なければなりません。領国と氏族、民を巻き込みますゆえ」
「ははは。光村様にそっくりだ」
「そうなのですか? 」
溌が笑い出し、先人は驚く。光村から大連時代の話は多くは聞いていなかったからだ。そんな先人の様子を見て溌は笑いを止め、笑みを向ける。
「うん。大連なのにあちこち回っていた。国のためと言って」
「そうでしたか。曽祖父様はすごい方です」
「うん。すごい。先人様も受け継いでおられます」
「いいえ。まだまだです」
「それはそう。光村様には敵いません」
「父上」
溌の明け透けな言い回しを諫める最帆。昔から苦労しているのだと察する瀧。先人は溌の言葉に深く頷く。
「はい。少しでも追いつけるように精進します」
「うん。大丈夫。きっとそうなります」
「そうすれば、迎えに行けます」
「迎え? 」
困惑する溌。先人は真っ直ぐに溌を見つめる。
「証明したら迎えに行って一緒に国を守ると約束しました」
「 …光村様は? 」
「笑っていました。こんな老いた者で良ければそれでと」
「そうか…。うん。はい。きっと待っていますよ。光村様ならきっと」
少し泣きそうな笑みを浮かべ、先人に答える溌。無為となり生きた主は幸せだったのだとわかったから。先人も切なそうな笑みを浮かべる。
「そうであれば嬉しいです」
「うん。大丈夫。…航、津の国まで送っていけ」
「うん。勿論」
溌の指示に航は頷く。
「よろしいのですか? 」
「うん。早く迎えに行くんだろう? 」
「はい」
「手伝えて嬉しい」
「はい。ありがとうございます」
先人と航が互いに笑みを向ける。それを見ていた最帆が、察する。今代もまた、と。
「航…。はい。先人様。航をどうぞお使いください。思いのままに」
「おお。強いし知恵も回るし頑丈だから好きに使え」
溌もあっさり言う。基本放任主義の味氏である。先人は首を横に振る。
「いいえ。そのような勝手には」
「いいよ。使って」
「私はそんな命はしません」
「えー。いいのに」
不服そうにする航に、溌は笑う。
「まあいずれ必要になるだろうから、その時に使えばいいぞ」
「はい。滅多な事では壊れませんので大丈夫です」
「いえ。大事な次期当主様です」
最帆にも言われるが、先人は否定する。次期当主に出来ないと強く主張する。それを見て少し考えた航は最帆に向く。
「うーん。父上、もう一人つくって」
「え」
「おお、いいな。うん。ここは大丈夫だからいいぞ。好きにして」
「いえ、あの」
「先人様、行こ。流れが変わる」
戸惑う先人に航は誘導する。今はいいかと言った感じで。瀧はそれを察しているが何も言わない。げんなりはしているが。先人は気付かず溌と最帆に頭を下げる。瀧も。
「あ、はい。では、ありがとうございました。航殿は後でお返しします」
「ありがとうございました」
「うん。気を付けて。先人様、服織もな」
「ご無事で。航、しっかり送り届けるのですよ」
「うん。返さなくても良いけどなあ」
「駄目です」
「えー。あ、そうだ。父上」
最帆に声を掛けながら先人と瀧を一瞬見る航に最帆と溌も察する。
「そうでした。お待ちください」
「うん。それでは危ない」
「 ? 」
戸惑う先人と瀧だがすぐに互いに察した。
それから、船の中。
航が先人の隣でずっと見つめている。
「何かおかしいですか?」
視線が気になり、小声で話しかける。船人が居るので小声である。
「ううん。こうして見るとすぐにはわからないなと思って」
「そうですか?良かったです。女子らしく見えていますか? 」
「うん。大丈夫。波流の港で見た時もわからなかった。仕草とかも変わっているし。どこで習ったの」
「曽祖父様です」
「 …え?そうなんだ。祖父様そういうの許さないと思うけど」
「大連になる前の若い時にと言っていました。間者を捕まえるために女官に扮した事があると。何が役に立つか分からないから一応と言っていました。最終手段だとも」
「へー。何でもしていたんだ。光村様。そっか。うん。かなり昔だな。だったら知っている奴らはほぼ居ないか」
成程と深く頷く航。少し考える様子である。先人は続ける。
「はい。恐らく。上の限られた方々ばかりの席での事とも聞いていますので」
「光村様より上なら、うん。そうだな。良かった」
「どうしてですか? 」
「うん?知っていて覚えている奴らが居たら祖父様何するか分からないから」
「そうなのですか? 」
何をするんだろうと思っている先人に航は少し真面目な顔になる。
「うん。光村様の事で知らない事があるのが嫌だから。祖父様」
「私にもありますか? 」
「ううん。無い。先人様は別。一緒に話すと嬉しいから祖父様」
「そうですか。良かったです」
「うん」
( …怖。上の方々の会合での女官。なら知っているかも。都に戻ったら頭に聞いてみるか)
航と先人の会話を聞きながら思う瀧。光村の話には興味は無いが、情報として。
考え込んでいたら先人が少し近付き、小声で囁く。航は船人に視線を向けている。
「瀧」
「ああ。どうした? 」
「何人かの船人が見つめている。悪意は感じないけど」
「 …大丈夫だ。あれは」
「若」
「何? 」
気安いやり取りで味の国の船人で航と顔見知りとわかりほっとする先人と色々察した複雑そうな瀧。
「ずっと気になっていたのですが」
「うん」
普段は他の者に礼儀正しい航だが、国の者にはかなり砕けて話している。それでも上としてしっかりしているが。
「そちらの女子は、その」
言いにくそうにする船人に笑顔になる航。
「ああ。嫁」
先人と瀧が目を見開く。
「そうなのですか。最近別れたと聞いたのですが、もう?おめでとうございます」
「うん。ありがと。余計な事言わないでね。見合いが無くなっただけだし」
「いえいえ。長く付き合っていたから婚姻すると思っていたのに別れたので皆驚いて。良かったです」
「いえ。違います」
慌てて否定する先人に船人が航に問う。
「違うと言っていますが」
「照れているだけ」
「ああ、成程。前の方とはまた違った感じですね。そちらの方がお好みで」
「うん。最近知った」
「航殿」
何やら話がおかしいくなっていると抗議する意味で声を掛けた先人に航は笑顔を向ける。
「主だし似たようなもの。ずっと一緒だし」
「似ていません。いけません。縁談が来なくなります」
「大丈夫。ここだけの話だし。ふざけているだけだし」
「 …そうなのですか? 」
「うん。海の者の暇つぶしの話になってよ。ずっと海だと飽きるから噂話も良くする。しばらくしてわかればまた揶揄う。そんな感じ」
「成程。皆様の息抜きですね。わかりました」
そういう事なら、と納得する先人に頷く航。違う…と思いつつ今の姿では何も言えない瀧。
「そういう事」
「若、ではそちらの者は? 」
瀧に目を向ける船人。航はあっさり答える。
「話を持って来た人」
「そうですか。それは良き縁を、ありがとうございます」
「 …いいえ。何よりです」
それしか言えない。遠い目になる瀧。
「では津の国には贈り物を?大陸の珍しい物が沢山ありますからね」
「そう。だから頼むね」
「はい」
「 …瀧」
「 …もう乗っかっておけ。どうしようもない」
何でこうなる。五大氏族。と内心深くため息を付く瀧である。




