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和乃国伝  作者: 小春
第十章 たいし
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八.佑廉の見送り


 無事に話を終え、古志の国・綾武屋敷を出て一路、青海の国へ向かう道中。来るかもしれない監視の目を気にしつつ、それを悟られまいとゆっくりと進む先人と瀧、そして見送りで来た佑廉。先人は佑廉を見つめ、小声で小さく頭を下げる。


「佑廉殿、申し訳ありません。共に来て頂き」

「いいえ。監視は勿論、怪しき者らもどこから現れるかわかりませんから。歩きにくくはありませんか? 」


 先人の姿を見て佑廉が気遣う。女子の姿は動きづらいのである。先人は頷き、また小さく頭を下げる。他から見て怪しまれないようにしているのである。そうで無ければもう少し深く頭を下げるのだが。


「はい。見苦しいものを見せ、申し訳ありません」

「いいえ。とんでもありません。あれは、断る口実と言いますか。良くあったので」

「そうですね。佑廉殿は良き方ですから。皆様好意を持たれるのでしょう」

「そのような。お恥ずかしいです」

「いいえ。…それより佑廉殿」


 先人の声が少し張りつめる。それを察し、何事かと佑廉が気を引き締める。


「はい」

「私の隣では無く、瀧の隣に、」


 少し前に瀧が居る。表向きの立場は瀧が上のため先を歩き、先人が後ろである。


「え、」

「万一の事もありますし、私は大丈夫です」

「そうですか…。はい。わかりました。すみません。服織殿」

「いいえ。主君を優先するのは当然ですから」

「 …そうですね。…」


 少々残念そうにする佑廉。瀧の方に行こうとすると、何かを察し、言葉を止める。先人と瀧も察する。


「瀧、佑廉殿」

「ああ。取り敢えず知らぬふりをして」


 歩こうと言おうとした瀧の話を聞かずさっさと山の中に入る佑廉に先人と瀧が目を見開く。追おうとすると気配を感じた先の方で何やら声と音がする。佑廉の後を追い、さっと動くが佑廉は更に奥に入ったようだ。先人は感心する。


「早い。流石佑廉殿」

「ここは若様の国だからな。道を把握しているんだろう」

「だが瀧。数が」

「十と少し。大丈夫だろう」

「でも…行ってくる」

「はいはい。承知」


 佑廉の腕は疑っていないが万一あればと考え後を追う選択をする先人を放って置けばいいのにと思いつつ従う瀧。気配を隠し、後を追う。思ったより遥か奥に佑廉の背中が見える。


「ゆ、」


 声を掛けようとした先人が瀧に引っ張られる。


「瀧、佑廉殿が」

「見ろ」


 佑廉の先にいる男達、ならず者のようだが全員血まみれで倒れている。息はあるようで、傷もそんなに深くは無さそうだが、佑廉一人で成したのかと驚く先人。瀧は冷静にじっと見つめ、近くの敵ではない気配を感じている。


 佑廉がならず者の頭らしき男と話をしているようだ。男は傷の痛みを感じながら佑廉を睨んでいる。


「 …お前、」

「お前と言われる筋合いもありませんが、もっと斬るべきでしたかね? 」

「何故やらない」

「色々面倒なので。後は任せますね」


 さっと出て来る人達。あれは、と思い瀧に目線を向けると頷かれる。


( 影…。古志の国、綾武氏の)


 すべて俯き顔は見えないが、気配も薄く、無の様子である。男達はその影らに押さえられ、運ばれていく。


「おい。どこへ連れて行くんだ」

「きちんと処さなければ。曽祖父様がお怒りになる」

「何、」

「主君が立て直され整備された我が国の法に背いてはならぬと言われております故。ですが」


 佑廉が男に近付き、足を刺す。男はうめき、地面に突っ伏す。


「女を寄こせと言われて非常に腹立たしい。あの方を下衆な者に触れさせる訳が無いでしょう。ああ、これも報告しておいて下さい」

「はい」


 影が頭を下げる。そして皆片付け、去って行く。それを静かに見つめていた佑廉がやがてため息交じりに呟く。


「はあ。津の国では我慢しましたが、非常に不愉快でした。我が国なら主に不埒な視線や感情を向けた者などすぐに斬っても許してくれますのに。まったく」


 心の底から残念と言う声を聞き、気配を消し、覗いていた先人が困惑しつつ瀧にどうするべきか問う。


「 …瀧、」

「何も知らずに近付け」

「うん。そんなに思ってくれているなんて。津の国での事は、悪意が無いから放って置いたのに。気を使わせてしまった。申し訳無い」

「 …お前すごいな」


 あれを肯定的に受け取る事の出来る先人に心から感嘆するとともに佑廉をさっと見つめ、内心一言。


( …あいつ(佑廉)やばい)


 先人のために必要だが極力関わりたく無いのが本音である。

 先人が今、ここに来た様子で佑廉に近付く。


「佑廉殿」

「先人様」

「ご無事で、大丈夫でしたか? 」


 けがは無いかと体を見つめる先人に佑廉は笑みを浮かべる。


「はい。少し多かったですが話をしてすぐ終わりました。近くに居た者に対応させましたのでご案じ無く」

「ありがとうございます。どんどん先に行ってしまったので追いつけませんでした。情けないです」

「いいえ。ここは我が国。道を覚えているだけです。先人様も何事も無く良かった。行きましょう」

「はい。瀧、」

「はい。若様」




 古志の国と青海の国の境に到着する三人。突然壮年の男から声を掛けられる。


「おい」

「はい」


 偉そうだが、すぐに役人の証(木彫りの札)を見せられ返事をする瀧。壮年の男・役人はじっと瀧達を見つめる。


「服装、年齢の程、顔立ち(似顔絵)、成程。織部司だな。都から一応見てくるように命じられた。たまにどこか寄り道をする者がいると聞いてな。確認をしに来た」

「はい。ご苦労様です」


 先人と瀧が頭を下げるが、佑廉はせず、男に笑みを浮かべ見ているだけ。役人は怪訝な顔になる。


「男一人と女子一人と聞いているが、そっちは? 」

「古志の国綾武氏当主の子でございます。お役目ご苦労様です」

「 …綾武氏当主の。…確か宮中にも」

「はい。以前は我が主が世話になりました。礼を申し上げに綜大臣様に拝謁をしましたが大変良き方ですね」

「それは、はい。勿論です」


 役人は恐縮する。直接見ていないが宮中では噂になっていた。都と距離を置く五大氏族長老・綾武氏の長が前大王の前で恫喝していたと。その圧倒的な威厳と強さ、恐ろしさは今も噂が絶えない。その若様を目の前にして言葉も若干丁寧になる。

 佑廉は大した事無い奴と内心侮蔑しながら表面的にはにこやかに話す。


「出仕したばかりの者を死地に送り込もうなど私には思いもよらぬ考えをお持ちで。此度も女大王様御即位おめでとうございます。主が統括になった途端に決まるので霞んでしまいます」

「たまたまです。事が重なっただけの事。誤解されますな」


 役人は更に恐縮する。統括の話は高位貴族のみだが噂になっていた。本当にそうなのだと確信し、自身の主たる綜大臣様に怒っているのだと感じて胸の動機が収まらない。若いのに圧が強いのだ。佑廉は。

 佑廉は話を続ける。


「はい。此度は古志の国に衣と飾りの依頼で、用意いたしました」

「物は、どちらに? 」

「我が手の者が青海の国の御記様の屋敷に運びました。大切なものなので我らが手で運びたいとこちらに伝えまして了承を。何か不都合が? 」

「いえ。では、青海の国で受け取ります。…津の国は? 」


 佑廉に返事をしつつ、瀧に問いかける役人。瀧は都からの使者。ならばこちらが上と、偉そうになる。わかりやすい姿に瀧は内心笑いつつ、役人に恐縮したように頭を下げる。


「これからです」

「都を出て大分立つと聞いている。何をやっているのだ」

「申し訳ありません。道に迷い、」

「 …女子連れでもあるか。仕方無い。…どこの女官だ? 」

「織部司です。新しく入りました」


 瀧が言うや否や先人を不躾に見つめる役人。


「そうか。中々の器量だな」

「女官に不埒な視線を寄こすのはどうかと? 」

「そのような」


 さっと割って入る佑廉に役人は恐縮する。先人だからでは無く、品性の無い行いが許せないと言う態度で佑廉が語る。


「我が国では許されません。女子の扱いがわからぬのですか。都人は」

「すみませぬ。余計な事を。わかった。行け」

「はい」

 

 瀧の返事を聞き、逃げるように去って行く役人。完全に去ったのを確認して瀧が吐き捨てる。


「 …やはり来たか」

「思ったよりあっさりだけど、大丈夫かな」

「私も一緒でしたし、問題は無いかと」


 佑廉の言葉に、先人は先程の礼を伝える。


「佑廉殿。先程はありがとうございました。庇って頂き、助かりました」

「いいえ。まったくあのような不埒者が役人とは情けない」

「下はああいう者らが多いですよ。都は」


 瀧が役人が去った先を見つめながら言うと、佑廉はため息を付く。


「統率がなっていない。我が国では斬られます」

「佑廉殿。ここでお別れしましょう。監視に顔を覚えられました。これ以上は共に居ては不自然となります。このまま古志の国へお戻りください」

「若様。助力下さり、ありがとうございました」


 先人と瀧は礼を言い、頭を下げる。佑廉も頭を下げる。


「そのようですね。残念です。青海の国まで送りたかったのですが、仕方ありません。先人様」

「はい」

「必ずお側にまいります。待っていてください」

「はい。ありがとうございます」

「はい。では、服織殿、頼みます」

「はい。若様」


 佑廉が少し離れて付いてきていた護衛と合流したのを見届け、先人と瀧は気を引き締める。


「 …行くか」

「うん。役人より先に青海に行って、味の国へ向かわないと」

「ああ」




 それからすぐに向かい、再び青海の国・御記屋敷前に辿り着く先人と瀧。万一青海の国へ向かった監視と鉢合わせしたら面倒だと踏み、急いで来たのである。扮装を解くのも考えたが、凄腕の影でも呼んだらと考えそのままにしている。先人の提案だが、瀧はそれは無いとあっさり否定。わからないけど念のためと言う先人に押された。先人に従う瀧である。


 扮装のままだが、長から指示を受けているだろうと考え、門番に近付く瀧。


「大知先人の命ですが、当主様にお会い出来ますか? 」


 こちらをじっと見つめる兵。一つ頷き、


「はい。お待ち下さい」


 気配と空気的に大丈夫のようである。安心して待つと、採が出て来る。


「先人様、瀧殿。お疲れ様です」

「採様。ありがとうございます。無事に了承を得る事が出来ました」

「何よりです。次は味の国ですね」

「はい。その前に。国境で都の役人が来ました。私達を確認して、大丈夫でしたが、もうすぐ屋敷に来ます」

「はい。古志の国から鷹が来て、そのように。荷物も受け取っておきます」

「私達は国境から直接味の国に向かっている事になりますので、すぐに発ちます。後をお任せしてもよろしいですか? 」

「はい。勿論。瑞、波流の港まで送りなさい」


 採の呼びかけに、瑞がすっと出て来る。


「はい」

「それは危ういです。共に居て、もし役人に感づかれましたら」

「味の国は都の者に更に厳しくなります。その姿で会えば警戒され、何をされるかわかりません。津の国も同じく。私が説明します」

「しかし、」

「主君を危うくさせる訳にはまいりません。こちらも徹底して警戒し案内しますので」


 瑞の真剣な言葉に、先人が迷うと、瀧が先人にしかわからない小声で話しかける。


「先人」こそっ

「瀧」

「この先は危うい。味氏、津氏は特に。わかるだろう」

「うん」

「周りを思うのもわかる。だが、頼る事も覚えろ。この先必要だ」


 瀧の言葉に頷く。


「瑞様。よろしくお願いします」

「はい。まあ、来ないと思いますが。一応しっかり警戒しますので」

「そうですね。来ないと思いますが警戒するに越した事はありませんから」

「採様、瑞様。ありがとうございます。宗様は? 」

「色々仕度を」

「そうですか。お礼を伝えて下さい」

「はい」

「では、行きましょう」


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