八.服織氏
夜・服織屋敷
服織当主・吹の部屋
吹が目を閉じ座りこんでいると、音もなく部屋に入る一つの影。
「戻ったか」
「はい」
吹の息子・瀧である。向かい合うように座る。
「どうであった?」
「ご存じでしょう」
淡々と話す我が子に苦笑いしつつ続ける。
「他国の影を大知に引き入れるとは、そなたもさすがよ」
「わかっているくせに」
父の誉め言葉も一蹴しているが、言葉の固さは少し抜けている。親子の口調だ。
「先人様は、良い成長をされているようだ」
吹の嬉しそうな声を聞きつつ、
「まあ…まだまだですが」
読めない顔で返答する我が子を見つめる。
「手厳しいな。しかし、そなたがそこまで動くとは」
「角が立つので」
「そうでも無いだろう。先人様は弁えておられる。徹底して裏へ回したのは、そなたの意思か?」
普段自らが表に出ない事を徹底している息子にらしくないと暗に伝えてみるが、相も変わらず平然とした表情を崩さない。
「たまたまですよ。あいつを下手に前に出せば、他の者に目をつけられやすくなると思いまして。ですが、もう遅かったようです」
面倒だという口調をしているが表情は崩れていない。まったく考えが読めない。昔から。
「綜氏か。あれの影共は隙が無い」
「まあ、上手くやりますよ。出るには少し早いのでね」
「大王には、いかに報告を?」
一瞬空気が変わるが、平然としている。
「綜氏に伝えた情報同様、いさかいとして伝えますよ。あの元使者はいないので」
「真に隙がないな。綜氏も、お前も」
「それで国がおさまれば、どうとでもよいではありませんか。では」
立ち上がり、出て行こうとする後姿に向かい、声をかける。
「そなたは、何を望む?」
問いに反応し、一瞬止まるがすぐに口を開く。
「何も。何事も無ければ影など無い。光のもとを歩くだけですよ」
温度の無い声をつぶやくように言うと音も無くなく去っていく。
誰もいなくなった部屋でぽつりとつぶやく
「あれの望みは…。我らの望みは唯一つ。大知光村様。服織吹、お約束、必ずお守り申し上げます」
服織連、表向きは宮中行事の飾りや皇族の衣を作る部署を統括する氏族。その実態は初代より代々受け継がれる大王直属の影の氏族である。大連であった大知光村もまた彼らを統括し、そして共に国の闇を背負いし者であった。
瀧が服織屋敷を出て、おもむろに足元を見ると花が置いてある。手に取り、じっと見つめる。屋敷裏の裏道に佇む女が一人。突然女に小刀が頬すれすれに切り裂く。
「ずいぶんな挨拶ね」
女が壁に刺さった小刀を抜く。
「余計なことをしてくれたな。お前だろ、霧」
冷たく睨む瀧。
「私は綜大臣のもの。主に伝えるのは当たり前」
気にもせず、小さく笑い答える霧。
「これ以上は許さない。余計なことをしてみろ、そちらの内情すべて上に話す。我ら氏族が誰に仕えているか、わかっているだろう」
冷たい目をそのままに淡々と話す。美しい男だと、霧は思う。
「そんなにあの坊が大事?ごめんなさい。命令でしたね」
くすくすと面白そうに笑う。続けて、
「二人の主を持つのは大変ね」
また笑い、そのまま相手に近付く。瀧は表情も変えず
「次は無い」
短く伝えるとその場から離れる。霧もすぐに離れる。
瀧が向こうの気配が消えたと確信するとおもむろに立ち止まり、月を見上げる。
「我が主は一人だけだ」
哀し気な目で、一人つぶやく。