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和乃国伝  作者: 小春
第十章 たいし
109/114

四.青海の国


 先人と瀧は内密に都を出る。目指すは五大氏族の領国。その道中で打ち合わせている。


「確認するぞ。先人。命は、」

「古志の国と津の国に大陸からの衣と飾りを取りに行く。祝い用のものを」

「ああ。俺は織部司で命を受けて受け取りに行く使者。で、お前は衣と飾りを選別する女官」

「うん。…瀧の方が綺麗なのに」


 先人は真剣な顔をしていたが、自身の姿を見てふと呟く。不満というよりは本当にただ呟いただけである様子に瀧は不満そうに見つめる。


「女顔って事?まあ、言われるけど」

「ううん。男でも女子でもどっちでも綺麗だ。瀧は」

「 …お前、おかしい」

「何で?」


 心底不思議そうに見つめる先人に、さらっと素で人を誑すのはやめてほしいと思う瀧であるが、気を取り直す。


「いや、で、最初は」

「万一後で監視が来たら面倒だ。先に命じられていない国を行けるだけ」

「まずは青海の国、次は守気の国か」

「うん」


 先が決まり、二人頷き歩き出す。まずは、青海の国。




 青海の国・御記屋敷に辿り着く先人と瀧。屋敷前の兵に話しかけようと近付く瀧。今回はあくまで織部司からの使者の方の立場が上。女官はそれに従う存在となっているため、表向きは瀧が主体である。


「都から来ました。大知先人の命で来たと当主様にお伝えください」

「はい」


 兵は頷き、中へ入る。


「瀧。それでいいのか?」

「監視が無い。話が早いだろう」

「そうだな」


 しばらくしてやってくる。瑞である。


「当主は手が離せないので来ました。何用で?」


 瑞の様子がいつもと異なり空気が凍る。内心『何だ?』と思いつつ、戸惑う振りで返答する瀧。


「都より命を受け」

「聞きました。何用でしょう」

「当主様にお話ししたいのですが」

「私では不足ですか? 」

「どちら様でしょう? 」


 当主と指名したのに若者が出る。見た目で上の者とはわかるが、当主の年齢は把握している都で通用しない。瀧自身はわかっているがあくまで都人として会っているため知らない振りをして問う。

 問われた瑞は微笑むが、冷たい。


「そちらが名乗るべきでは?」

「それはそうですが、何故お怒りなのでしょう? 」

「怒ってなどおりませんが」

「大知先人の命で来たと伝えたのですが」

「それが何なのかお伺いしたいのですが」


 話にならない。なので瀧は揺さぶりをかけることにした。後、純粋にむかついてきたのである。


「 …統括に対し無礼ですね」

「は? 」


 今度は瀧の番である。都人として、静かに見つめながら淡々と話す。


「仮にも使者として来た者に対し何という態度でしょう。統括として認められたと思っておりましたが見込み違いでしたか。やはり唯一ではありませんでしたか。才の無い凡庸。元々の噂通り。いえ、失礼致しました。ならば大知様にそう伝えておきます。筆頭は認めていない。身の程をわきまえよと」


 瑞は目を見開く。思っていたのと違うと言う反応だが、瀧は淡々と続ける。


「これで綜大臣様に良き報告が出来ます。女大王様の即位までして統括を抑える事が無かったと。忠臣の復権など夢のまた夢。うん。ありがとうございました」


 一礼して背を向ける。先人も一端立て直しかと察し、共に背を向けるが、瑞が声を張る。


「待ちなさい」

「そう言う事でしょう。話をする事も拒絶されたのですから。試させて頂きました。失礼致しました」


 歩き出そうとすると、後ろから気配がもう一つ。


「お待ちを」


 宗である。どうやら、気配を隠し様子を伺っていたらしい。瀧も先人も気配には気付いていたが。

 瀧は振り返り微笑む。


「どなたでしょう? 」

「筆頭ですが」

「そうですか。では」


 都人が筆頭と名乗っても揺るがない様子を見て、少し考え、静かに声を出す宗。


「綜氏の手の者ですかな?」

「どうでしょう。どちらでも良いのでは?どちらも認めていないのですから」

「困りましたね。どちらかわからないのでは」


 宗がすっと手を上げると瀧と先人は兵に囲まれる。


「対応が分かれますので」

「 …そちらは何をお怒りに?」

「いるのですよ。集りが。光村様の時もそうでした。権威を求めて我らに力を貸してくれと言う者らが」

「ああ、成程」


 納得して頷く瀧。光村様と言い切るならばこちらがある程度知っている者としての対応をしたと察し、話を続けてみる事にした。先人もそれを察して静かに様子を見つめる。

 宗がわざとらしくため息を付く。


「先人様も今まで見向きもしていなかったでしょうに統括に据えた途端、やって来るのですよ。親戚だの親しくしていただの、ああ、この前は正式な妻で無くとも側に置いて欲しいと親と娘が訪ねて来られて」

「何ですかそれは」


 素で呆気に取られる瀧。先人も驚く。


「都の者らは皆恐れてはいますが憧れもあるのです。偉大なる忠臣の血を欲しがる身の程知らずがたくさん」

「統括様は、知っておられるのですか? 」

「まさか。言う筈がありませんでしょう。主に穢れた者を見聞きさせる臣下がいるでしょうか」

「何故大知氏に直接来ないのでしょう」

「関わると何故か消えるらしいですね。九年前から。何故でしょう?」

「…」


(頭… )


 肝心な事を何も言わない頭であり父である男の姿を思い出す瀧。

 宗は更にため息を付く。


「まあ、そう言う事です。今回も先人様の名を借りて出て来た集りと思いましたもので。女子もお連れの様でしたので、皆警戒しておられるのです。ご容赦下さい」

「!」


 ふと思いつく瀧。先人を前に出す。


「では、どうでしょう?お相手に」

「!」


 驚く先人に、少し目をやり米神を抑える宗。


「やはりそれですか。まったく」

「器量良しですよ。聡明で優しく穏やか。芯は強い。お勧めですが」

「いりません。器量は悪く無いようですがお諦め下さい」

「正式な妻で無くとも良いのですが」

「いりません」

「はい。お帰り下さい」


 瑞も参戦する。にっこり笑っているが目が笑っていない。


「今まで会った事も無い主にそこまで義理立てせずとも良いのでは?」

「 …今度は勧誘ですか? 」


 宗の声が低くなる。瀧はにやりと笑う。


「だとしたら? 」

「汚らわしい。ここで斬っても良いのですよ? 」

「と言いながら問いかけるように言う。ならば帰して下さると? 」

「ええ。少々お話の後に。我らの主を甘く見ているようですし」


 宗も瑞と同様に笑う。似ているな、と感嘆して見つめる瀧に、瑞は目線を兵に向ける。


「そうですね。連れて行きなさい」


 兵らが近付いて来ると、先人が更に前に出る。


「宗様、瑞様」

「 …え?」


 女子だと思っていた者から先人の声が出て驚く宗に、瑞もすぐに見つめ、


「 …先人様?」

「申し訳ありません。お話が」


 瞬時に兵は去った。


 そして、すぐに屋敷の部屋に通される。


「申し訳ありません。先人様。とんだ無礼を致しました」

「申し訳ありません」


 部屋に入るや否や宗と瑞が頭を下げ、兵から話を聞いた採も慌てて入って来て頭を下げる。


「父と息子が申し訳ありません。一応確認はしっかりするように伝えましたのですが。瑞」


 隣にいる瑞を睨む採。瑞は更に頭を下げる。


「はい。真に」

「頭を上げて下さい。こちらこそすぐに名乗り出ず申し訳ありません。いつ監視が来るかと警戒していましたので。それとこの姿なので。…瀧」


 先人も謝罪するが、先程の瀧の様子を思い、瀧を小さく睨む。睨まれた本人は平然としている。


「余りの言い様と態度につい言い返しました。申し訳ありません」

「いいえ。こちらこそ」


 宗が瀧に返事をする。先人と対応があからさまに違うのは主との違いの他、言い様に思う処があるからだろう。それをわかっているのでそのままに受け取る瀧である。

 先人は再び謝罪をする。


「申し訳ありません。知らぬとはいえ、皆様に迷惑を」


 本当に知らなかったのだ。集りなど。まさか五大氏族まで行くとは、と思い苦し気な表情になる先人に宗は安心させるように柔らかい声で答える。


「それは良いのです。光村様の時からありましたので」

「曽祖父様はご存知だったのですか? 」

「はい。大連の頃から、五大氏族を始めた時から良くありました。いつも謝罪されて、こちらが申し訳無く思う程でした」


 昔を思い出し遠くを見る様子の宗。隣にいる瑞が再び頭を下げる。


「最近始まったのですがしつこくて、見れば黒いものをまとう者ばかり。うんざりしていましたので、あのような態度になり、申し訳ありません」

「いいえ。私の方こそ見苦しい姿で申し訳ありません」


 そう。今は女子の姿なのだ。統括としてどうかとは思うが命なので仕方無い。が、他から見れば見苦しいだろうと困り顔になりつつ謝罪する先人に瑞は首を横に振る。


「いえ。まったく。ですよね。祖父様、父上」

「はい。先程も思いましたが、良くぞそこまで」

「何か心得が?」


 宗が感心したように言う。女装と言っても女官である。立ち振る舞いや雰囲気が求められる。先人は違和感が無いのだ。採もそれを感じ、先人に問いかける。先人はにっこり笑う。


「はい。曽祖父様からです」

「 …は?」


 素で驚く宗に、採も瑞も驚いた顔で先人を見つめる。瀧も思わず先人を見る。


「大連になる前、若い頃に間者を捕まえるため女官に扮装したと言っておりました。何かの役に立つかもしれぬから一応教えておくと言われましたので」


 光村を思い出し笑みを深める先人に宗は頭の中が混乱しつつ声を振り絞り返事をする。


「 …そうでしたか」

「流石ですな。光村様」

「はい。まさかそのような事もされていたとは」


 採も瑞も感心する。瀧は小声で先人に問う。


「 …そうなのか?」

「うん。女子の仕草とか、女官としての教養とかも」

「お前に? 」

「うん。でも最終手段だからするなとも言われた。命じられたら教えるようにと真剣に」

「そっか… 」


(若い頃なら祖父(柳)か…。いや、大連からの付き合いらしいし知らないか。頭が知ったら卒倒するかもな。先人が女官の扮装も抵抗なく出来ているのはそう言う事か。何を教えているんだか)


 内心ため息を付く瀧。光村の女装は想像したくないので頭からはずす。

 先人は真っ直ぐに宗達を見つめる。


「突然このような姿で現れ、申し訳ありません。事情が事情なので鷹や文は危ういと思い、知らせなく来ました。皆様にお話があります」

「わかりました。…太子の事ですか」

「はい」

「未だ決まらない事に疑問がありました。聞きましょう。採、瑞」

「はい」

「お聞かせください」



 説明中・・・


 先人の話を聞き終わり、考え込む宗達。


「太子を宇茉皇子にと」

「奥の総意ですか。…確かに姉妹仲は良いとは聞いておりましたが」

「それでも自分の血を優先するものと思っておりました」


 宗、採、瑞の順で各々声を出す。先人は文を出す。


「皇太夫人、一の方様と二の方様、長之皇子様からの文を預かっております。それを総意とし、宇茉皇子様からも預かっております。ご確認ください」


 さっとすべてに目を通す宗に続き、採、瑞も確認する。


「はい。確かに」

「綜大臣も自身の推す皇子からこのようにされて憤慨されている事でしょうな」

「ええ。姉二人にもこのように。…一人はわかりますが、もう一人にもとは」


 先程の順で考えながら話をする宗達。宗が先人を見つめ、問う。


「奥の総意ならば、奥はまとめられたと?」

「はい。皇太夫人様と二の方様が奥の方々の実家をまとめたと。綜氏も宇茉皇子が立てば後見せざるを得ないので黙るだろうと」

「成程。しかし、それでは」

「はい。危うい」


 瀧も話に入る。意図を察する宗。


「だから我らの支持を、と言う事ですか」

「はい。沈黙を願います」


 先人から出た言葉に全員(瀧以外)驚き見る。


「肯とも否とも出来る沈黙。それを願います」

「それは、」

「いざという時はどうでも出来ます。責は私一人」

「命じ無いのですか?統括なのですよ」


 宗が驚きながら問う。何故我らを使わないと言いたげに。先人は気付かないが瀧は気付く。

 先人は真っ直ぐに見つめ、答える。


「統括は五大氏族を国のものとするため、都と繋ぐためにある存在です。己の私心で使うものでは無い。その事は皆様に伝えてあります。周りにはそう思わせ、力を付ければ良いのです」

「宇茉皇子にそれ程のものがあるのですか?先人様を側に置いたのは」


 宗は、五大氏族を動かすため。そう言いたいのだと察し頷く先人。


「恐らく、そうでしょう。最初はわかりませんでしたが」

「では」

「ですが決して己を上にしようとは成されませんでした。あくまで長之皇子様を立たせるため。それを助ける地位を求め、皆様の力を欲したのだと思いました」

「 …それでは身内で固められ、飾りとなりましょう」


 将来、五大氏族をまとめたとして恩を売り、大連となったとしても皇族と綜大臣で固められる。その懸念を突かれるが、先人は首を横に振る。


「飾りになるつもりはありません。私は、忠臣を証明するために生きてきました。例えこの先違える事あろうとも、私の意は変わりません。曽祖父様は私の覚悟を聞き、覚悟を決めると言いました。止まれば終わる時だとも。私は止まりません。決して」

「先人様」

「どうか頼みます。私に任せて頂きたいのです」

「真に、我らが動かずとも良いのですか? 」

「動かして頂きました。疑念を持たれ、警戒され、攻撃されてもおかしくは無い筈ですのに」


 深く頭を下げる先人。それを見てさらに戸惑う宗。五大氏族を使わない理由は今の話で理解はしたが、何か引っかかる。しかし、今は


「私の番です。私が皆様を守ります。沈黙を願います」


 更に深く頭を下げる先人を見つめる宗。一つ、考え、


「 …先人様」

「はい」

「頭を上げて下さい。貴方様は主君なのです」

「宗様」

「光村様の唯一が貴方様で良かった。採、瑞」

「「はい」」


 宗の言う事を察し返事をする二人。宗は静かに先人を見つめる。


「御記臣は先人様を支持します。どうぞ思うままになされるよう願います」

「宗様」

「二人も、良いな」

「はい」

「勿論です」

「ありがとうございます」


 先人は深く頭を下げる。瀧も。だが、


(使う訳が無いだろうが)


 頭を下げて俯いている表情はぞっとする程冷たい瀧である。



 話が終わり、御記屋敷の前に先人と瀧、宗と採、瑞が立っている。

 宗が先人を気づかわし気に声を掛ける。


「もう経たれますか? 」

「はい。すぐに次へ行きます。監視が来ないとも限りません」

「すべて周るつもりなのですか? 」

「はい」

「私が文を出します。それで」

「いいえ。これは私の事。皆様に私からしかと伝えねばなりません」

「…」


 先人の言葉に、宗は昔を思い出す。青海の国の使者として都に行き、光村と話した時の事を。


『失礼致します。…光村様?』


 いつものように大連の部屋に行くと、小さな荷物が置いてある事に気付く。少し遠出するくらいの荷物である。光村が出て来る。大連らしくない軽装である。


『宗殿。青海の国からの使者いつもご苦労様です』

『何をしておられるのですか?その格好と、荷物は』

『反乱が収まったと聞きましたので、交渉に行くのです。その仕度を』

『またですか?ついこの前も小国で反乱が起き、立て直しの采配をされたと聞いています。休まれておられないのでは』


 心配げに言う宗に光村は真剣な表情になる。


『収まったばかりが肝心なのです。そこを抑えなければまた起こります。私が行かなければ』

『他の者に』

『国を安定させたいのです。私の事、私からしかと伝えねば』


 真剣に、真っ直ぐに見つめていた光村の姿が、先人から思い出される。


 先人と瀧が頭を下げる。


「宗様、採様、瑞様、ありがとうございました。では」

「先人様、お気を付けて」


 すっと離れる先人に正気に戻った宗が声を掛ける。


「ご無事で、味の国へ行く時はお寄りください。兵に覚えさせましたので」

「はい。次はこのような事決して起こさせませぬ故」


 採も瑞も声を掛けてくれ、先人は振り向き、一礼して瀧と共に去る。次の国へと。


先人は素で瀧を褒めています。

宗は光村が女官に扮していたと聞き、見て見たかったと思っています。美人でしたので。

先人が五大氏族を使わない理由はこの先の話で出てきます。認識が違うとだけ。

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