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和乃国伝  作者: 小春
第十章 たいし
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二.決意


〔翌日・宮中・書庫〕


 いつものように書庫に籠っている宇茉皇子と護衛の荻君。先人と瀧もいる。今回は書庫の整理と司法からの依頼である。


「…」


 書庫の木簡を確認しながら考え込んでいる宇茉皇子。宮中は太子の噂で持ち切りであった。この度即位した女大王の子である長之皇子と言われているが綜大臣の決断がまだなのである。


「荻君殿、皇子様は」


 気づかわし気にそして小声で荻君に声を掛ける先人。荻君は頷く。


「昨日、奥に呼ばれ話をした後からあの調子だ」

「奥とは、どなた?」


 瀧も珍しく話に入る。


「皇太夫人、一の方様だ」


 聞こえていた宇茉皇子が声を上げる。荻君と先人は慌てて頭を下げる。瀧は少し頭を下げている。


「「申し訳ありません」」


 荻君と先人両方同時に謝るが、瀧はじっと皇子を見つめている。


「いい。太子の話だ」


 宇茉皇子があっさりと言う。荻君も平然と聞いている。知っているのだろうと先人と瀧は察する。


「次代はどうなりますか?」

「瀧、それは」


 平然と問う瀧を諫めようと先人が声を掛ける。それを遮り、


「一の方様は私を支持した」


 驚き、目を見開く先人と珍しく驚く瀧。宇茉皇子は一つ息を吐き、


「昨日その話をされた。綜大臣にも今一度太子の人選を考慮するようにと伝えたと」

「考慮…。実の姉とは言えもはや三人の大王を産んだとされる皇太夫人。実質的な圧力ですね」

「服織、口を慎め」

「瀧。皇太夫人様に無礼だ」


 先人の言葉に首をすくめ黙る瀧。先人が様子を伺いながら問う。


「皇太夫人様が支持されたのならば、二の方様は」

「ああ。勿論私を。二の方様が頼み込んだらしい。そうせずとも決めていたと一の方様は仰っていたが。…長之皇子様も」

「長之皇子様もですか」

「綜大臣の打診も突っぱねたと」


 先人と宇茉皇子の話に再度瀧が入る。


「それは困りましたね。奥の最高権力者である皇太夫人様とその妹である二の方様、現女大王の嫡子である長之皇子様が支持に回ったとなれば綜大臣も勝手は出来ない。どうされるのですか?」

「私は皇位に興味は無い」

「皇子様。しかしそれでは、」

「生き残れない」

「瀧」

「そうですよね。長之皇子様」


 瀧の目線の先には長之皇子がいた。宇茉皇子の元に近付く。


「その通りです。兄上」

「長之皇子様」

「わかっておられるのでしょう?このまま私が太子となればどうなるか」

「わかっています。しかし、綜大臣は私の血を恐れている。伯父と同じにならないかと」

「反乱の血、ですか?」


 瀧が平然と言うのに対し、宇茉皇子は声を荒げる。


「反乱などでは無い。伯父は伯父のやり方で国をまとめようとなされていただけだ。それを」

「 …元々、兄上の父である月大王の後は二の方様の長子である皇子様であった。兄上は成人を迎えられる歳ではあったが大王になるには若すぎる。私もそうだ。だからそうなる筈だった」

「はい。伯父は聡明で強く、真っ直ぐな気性で二の方様に似ておられました。母も私も慕っていた。しかし、突然、反乱の意があるとし、処された。そして」

「罪人となるくらいなら、と、自害した。このままでは同じになります」

「長之皇子様」


 長之皇子は宇茉皇子を静かに、しっかり見据える。


「祖母様(一の方)は二の方様に頼まれたからそうしただけでは無いのです。妹の血を消す真似をする弟に怒りを覚えている。このまま私が太子となれば生き残れないともわかっている。どう力を奪ったとしても月大王の嫡子なのです。兄上は」

「奥の総意となれば奥の者らの実家もそういう事。後は、」


 瀧が先人を見る。他の皆も見つめる。先人も察している。


「五大氏族ですか。宇茉皇子様」

「私に支持すると思うのか?」

「皇子様の意志を聞きたいです」

「私は、皇位を望まぬ」

「覚悟無き者に支持せよとは言えません」

「先人」


 先人の強き声に宇茉皇子は口を噤む。


「良き国をつくりたい。長之皇子様を支えたい。その意はわかっております。ですが、それは生きていてこそ。今、自らの意志で立たなければ終わります。何も成せずに終わるのです」

「…」

「曽祖父・大知光村は私に覚悟はあるかと言いました。やめたら終わる時だと。皇子様は覚悟を決めなければならない。覚悟無き者に誰も従いません。志も成し得ません」

「先人」


 先人の言葉に長之皇子も深く頷く。


「兄上、その通りです。覚悟を決める時です」

「私が立てば、長之皇子様は」

「兄上が即位されれば、次は私です」

「 …はい」

「順番が逆になるだけです。兄上に子はいない。この先産まれても幼い。ならば私。両親ともに大王で皇太夫人様の孫です。何の問題もありません」


 宇茉皇子は長之皇子の言葉を聞き、しばし見つめ合う。やがて、静かに先人に向く。


「 …先人」

「はい」

「五大氏族の支持をもらいたい。頼めるか?」


 宇茉皇子と先人が見つめ合う。


「私は、消える訳にはいかぬのだ」

「はい」

「ですが、簡単にはいきません」


 瀧が割って入る。長之皇子が問う。


「瀧。どういう事だ?」

「長之皇子様。五大氏族の恨みは深い。皇族を支持する事ありましょうか」

「 …確かに。先人の、統括の意思でも難しいか」

「いいえ。色々思う処はあるでしょうが従うでしょう。ですが、彼らもまた危うくなる。兵を出したことは国のためと言えるだろうが支持となれば別。綜氏の敵に回ると思われても仕方が無い」

「奥の総意だ。祖母様も二の方様も綜氏」

「実質的な政を行っているのは綜氏本流、綜大臣様。その意に反し、宇茉皇子を支持するのですから敵に回ったと思い警戒されても仕方が無い」

「そうだな。では、取引として何か彼らが喜びそうな事は」


 長之皇子が考え込むが、宇茉皇子は理解している。静かに声を出す。


「 …忠臣の復権」

「兄上」

「皇子様、」


 長之皇子と荻君は驚くが、静かに瀧を見据える宇茉皇子。


「そう言いたいのだろう。瀧」

「ええ。大喜びしますね。無為にされた主の名誉を回復するのですから。な、先人」

「瀧。それはいい」

「先人」


 黙って見ていた先人が首を横に振る。


「只の復権では疑いは晴れない。皆に証明するために私は覚悟を決めているのです。それに今の大王では難しいでしょう」

「ああ。それは正直無理だ。今の大王では」

「はい。母は、大知氏を警戒しています。いえ、だからと言ってどうする事も無い。公平な方だ」


 皇子二人に口々に否とされるが、瀧は気にも留めていない。元々出来るとも思っていないのだ。先人に向く。


「では他を。先人はどう考える?」

「五大氏族は最大勢力。国の要を持ち、特権もある。曽祖父様以外の事で喜ぶ事は… 」

「あるだろう。もう一つ」

「何だ、瀧」


 先人に向いている瀧に問う宇茉皇子。瀧はにやりと笑う。


「大知先人を大連にする」


 全員目を見開くが、長之皇子が待ったをかける。


「いや、瀧。それは、」

「ならば皆支持しましょう」

「いや、早い。大将軍の任に付いていたとはいえ功をあげていない。統括も正式な役職では無い」


 宇茉皇子も否とする。当たり前である。大きな功績も無い罪人を出した氏族の嫡子にそのような事をすれば皇子も先人も的になる。だが、瀧はにやりとしたまま続ける。


「居の国の戦、鎮まったそうですね。津の国が流した噂で」

「 …先人がしたのか?」

「はい。帰りがけに、津の国の当主様に相談して」


 それを思い出し伝える先人。噂程度の話を報告する事も無いと置いておいたのである。瀧は続ける。


「綜大臣様の元で止まっているようですが、礼状を頂いたと聞いています。それが功では?」

「 …居の国の王から文が来ていると聞いてはいたが、何故来たのかもわからず公にもしないのは何故かと思っていた。そうだったのか」

「やっぱり止めていたのですね。津の国の当主がわざわざ大知光村の曽孫だと伝えたのに」


 ため息交じりに言う瀧に長之皇子が宇茉皇子を見る。


「そうだったか…。兄上」

「確かに功だ。大きい。しかし、大連は」

「それは残念。ですが先は?」


 瀧は更に笑みを深める。それにはっと気づく長之皇子。


「成程。そうです。兄上」

「つまり、先人を大連とする事を内密に確約する。それで五大氏族を」

「しかし、それはいずれの話。確実では無いとされましょう。それだけでは」


 わざとらしく考え込む様子を見せる瀧に、少し考え、長之皇子が声を出す。


「 …大知氏の内政関与の権、いかがでしょう」

「 …成程」


 宇茉皇子は頷く。大連よりその方が早い。それを瞬時に悟り頷くのを確認した瀧がにっこりと笑う。


「流石です。長之皇子様。まずは出来る事から誠意を見せる。そして信を得るのです」

「 …わかった」

「宇茉皇子様」


 先人が話そうとするが宇茉皇子は手で制し、わかっていると言うように頷き、長之皇子を見つめる。


「長之皇子様、皇太夫人様に会います。助力を頼みます」

「はい。大王様(母)も祖母様(一の方)なら聞くでしょう」


 二人の皇子は頷く。それに瀧は深く頷く。


「何よりです」

「瀧。ですがそれで納得して下さるかは、会ったばかりですし」

「大丈夫だ。唯一だしな」

「 …うーん」


 瀧に言われるが先人はぴんと来ていない様子で困惑している。


「まだ納得出来ていないのか?」

「曽祖父様はいつも優しかったし、大切にしてくれたけど、唯一とは」

「五大氏族の皆様も言っていただろう。唯一だと」

「そうなんだけど」


 瀧と話していても先人は納得出来ていない。その様子に黙って見ていた荻君が口を開く。


「何が納得出来ていないのだ。先人」

「荻君殿。納得出来ていないと言うか、私の何が良かったのかがわからなくて」

「そういうものは本人にしかわからないだろう。先人は一緒に居てどうだったんだ?」

「え。幸せです」


 真顔で言う先人に少し圧倒される荻君だが、少し考える。


「 …幸せ」

「はい」

「なら光村殿もそうだったのでは?だから唯一」

「え…」


 先人が固まる。今度は荻君が困惑する。


「先人?」

「は、いえ、私はとても幸せでしたが、曽祖父様もそう思っていて下さったのならとても嬉しいと、心から思いました」

「 …そんなにか」

「はい」

「厳しく冷たい方と聞いていたが違うのだな」

「はい。とても優しくて暖かい人です」


 全員固まる。*荻君以外


「まあ、とにかく唯一には変わりは無い。周りにそう言っていたのならそうだろう」

「そうですね」

「光村殿を慕っていたのなら唯一である先人を助けたいと思うのでは無いか? 」

「はい。皆様とても慕っていました。成程。わかりました。ありがとうございます。荻君殿」

「いや、しかし、何故肝心な事を先人に話していなかったのだ。光村殿は」

「私が忘れているだけかもしれません。幼い頃ですし。もし言われていて忘れているのなら悔しいです」

「まあ、幼い頃なら忘れるか。仕方が無い」

「悔しいです」


 全員混乱中。*荻君以外


「いや、先人。とにかくそう言う事だ。五大氏族と」

「あ、申し訳ありません。…宇茉皇子様」

「何だ?」

「休暇をください」


宇茉皇子は一の方様にも大切にされていて敬意を持っています。身内としているので皇太夫人様では無く一の方様と呼んでいます。公式で人前では皇太夫人様と呼んでいますが、今回は先人達だけなので。


二人の皇子は仲良しです。荻君は噂は噂で真では無いとわかりましたので先人から光村の事を聞いてもそういうものかと素直に受け取ります。新鹿の事は色々調べ中です。光村の事に関しては記録が少ないため先人からでないとわかりません。


光村さんは先人を大切にしています。この二人は互いが居れば幸せなのです。

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