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和乃国伝  作者: 小春
第九章 きたとうみ
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二十六.溌と光村

味氏の長である溌と光村の過去になります。


 青海の国から呼び戻された航が味の国に戻って来た。すぐに味氏屋敷に行くが、一室で最帆と溌が黙り込んでいる。空気も重い。それを感じつつ航が声を掛ける。


「祖父様、父上。どうしたんだ?」

「…」

「航。読みなさい」


 航の問いに答えず黙り込んでいる溌。最帆は静かに航を見つめ文を渡す。戸惑いつつ、読み始める。


「守様?」


 珍しいと思いつつ、航は更に読み進める。


〝 先人様の側に陳氏当主がいる 〟


「うん。青海の国の時に聞いていた。分流で先人様の主君になっている宇茉皇子の元にいるのだろう」


 だから何だと思っていると最帆が先を促す。


「先を、」

「うん?」


 言われるがまま先を読む。


〝 分流・陳荻君 〟


「そういえば先人様が言っていたな。そういう名前だった。…え? 」


 初めて青海の国で先人と会った時を思い出す。長達がそんな話をしていたなと思いつつ更に先を読む。


〝 陳新鹿と容貌酷似せり 〟


 ばっと文から顔を上げ、溌と最帆を見る。二人は航を見つめ、頷く。


「陳新鹿。こいつは」

「壊した男の名だ」


 航の言葉に被さる溌。最帆が深く頷く。


「はい。父上。そして、航、」

「ああ。国と主を壊した男。良く知っているよ」

「そうだ」


 航が頷き、溌は昏い目になる。そして、昔を思い出す。





 和乃国最大の反乱は三つ。古志の国・津の国そして味の国


『正当な血筋が途絶えた。今度は我らが』

『皇孫とは言え、氏族の力はほぼ無い者に皇位など。我らこそが』

『海の支配を奪い、強制しかしない大王など…戦だ』



 味氏の者らが当主であった祖父をそそのかし、都に戦を仕掛けた。結果は


『強い。何だ。あれは』

『化物だ』


 船が、町が、村が、国が、皆壊される。


(やめてくれ。もう。もう、やめるから。だから)


 破壊した男がこちらを見る。


『悪いな。やらなきゃやられる。終わりだ』


 笑い、すべてを破壊した。



 我らは負けた。味氏は滅びる。この国も。そう、皆覚悟していた。しかし、あの方が来た。


『申し訳無い』


 皆驚いた。着いた途端に頭を下げる。都の者なのに。我らを忌む目をせず、真っ直ぐな澄んだ目をした美しい人、そう、思った。


『赦されざる事をしました。叶うなら立て直す事お許しください』


 頭を下げながら言っている。心底悔いている。その様子を見て、皆涙した。祖父だけ泣かず淡々と話す。


『我らは罪人でしょう。処しに来たのではないですか』

『いいえ。このまま治めて下さい』


 祖父が驚きその人を見る。


『何故?』

『我らにもまた非はあるのです。この国を治められるのは味様だけです』

『大王が認めません』

『認めさせます。何をしてでも』



 結果、どうしたのか認められた。私が質に出る事になった。成人したばかりだった。


『味の国は少しずつだか立て直している。都は不自由だろうが出来るだけ力になる』


 質の責任者は味の国で頭を下げた人。たった一人。大知光村と言う名の大連だった。


『何でここまでする?』


 素直になれずそう問うと遠くを見るような目になり


『戦が無く、安定した国をつくりたいのだ』


 夢物語だと思った。けれど、見てみたいと思った。



 都での質としての暮らしに、少しずつ慣れて来た頃、ある男が近付いてきた。


『味氏の若様』


 鍛えられた体に精悍な顔立ち、しかし優しげにも見える男。味の国を壊した男。


『…何?』

『いや、やり過ぎた。すまん』


 悪びれもしない口調と声にかっとなる。


『は?お前、それで済むわけが無いだろう』

『うん。そうだな』

『国を壊された。全部』

『そうだな。俺がやった。でも、反乱を起こしたのは味の国』

『…』

『和乃国を守るためにやった。反乱などしなければ良かったのだ』


 曇りの無い目でこちらを見据える男。それに更に怒りを覚える。


『支配されていれば良かったのか』

『?』

『海を奪い、すべて強制され、捧げていれば良かったのか』

『そうだな。それが国のため』


 その言葉に怒りが爆発する。


『ふざけるな!』

『溌。新鹿やめろ』


 大声で叫ぶと光村様が現れた。男は、陳新鹿は光村様を見てため息を付く。


『光村。謝ったのだがな』

『謝っていない。味氏は初代から大王を支え、皇后も輩出している。今の皇統に連なる血を残し皇子を祖としている。血筋正しく海を統べる由緒正しい氏族だ。それを我らが海の支配を安易に奪おうとした。憤怒するのも当然だ』


 俺の前に立ち、あの男と対峙する光村様。叱り付けている。


『だから反乱を起こしていいと?皇統に連なる血筋ならば皇統を守るのが筋。それを破り国を揺るがした。大連として将軍として処した。それだけだ』

『壊された者らの気持ちも考えろ!』

『それが俺の仕事だ』

『新鹿』


 光村様が力無く名を呼ぶと空気を和らげる男。


『しかし、確かにそうだ。悪かった若様』


 謝っている。だが、何も言えなかった。そして


『でもやらなきゃやられていたし、こちらも兵を失った。お互い様だ』


 その言葉にまた怒りが沸いてくる。男の胸倉を掴む。


『新鹿。溌、やめろ』

『お前らはそれでもここ(都)がある。俺らは壊された。壊されたんだよ。戦船だけで無く、輸送船も何故焼いた。それがあれば民は少しでも助かったのに』

『戦で判別が付かなかった。お前達皆、強かったから』


 悪びれもせずまた言うその態度に、更に


『新鹿。やめろ。もう行け』


 光村様が俺をあいつから引き剥がす。あいつは


『わかった。じゃあ光村。後でな』


 去って行った。引き剥がされ、地面に蹲り泣いていた。それを


『…溌』


 同じ位置まで屈みこんだ光村様に何も言えずにひたすら声も出さず泣いていると


『すまない。溌。すまない…』


 ずっと背を撫でてくれていた。



 それから、五年たった。味氏に対する疑いはまあ、ほぼ落ち着き、質はいらないと言う事になり、帰る事になった。光村様が珍しく優しく見つめている。


『早いな。もうすぐ当主か』

『戻ったらすぐに交代するって。まだ若いのに』

『当主として何をするか早い内に知っておいた方が良いだろう。帆凪様も付いている』

『帰りたくない。光村様と共に居たい』

『何を言う。味の国はほとんど立ち直った。後はお前が守ってくれ』

『…』

『当主になったら私と共に国を守ってくれ』

『…うん』

『はいだ』

『はい』


 対等に見てくれるのは嬉しかった。だけど、ずっと側に、共に居たかった。



それから十年程が経った時、本当に突然だった。


『長様。都より通達が』

『ん?』


 不思議そうにする父(帆凪)と通達文を読むと


〝 大知光村、罪人として処し、追放 〟


『…は?』


 すぐに御記様(宗の父・しょう)の処へ向かう父。行きたかったが当主不在はいけない。最帆もまだ幼い。代わりに行くと主張したがこれだけは譲られなかった。

 

 翌日疲れた顔をした父が戻って来た。


『光村様に会った。都を出て、去ると』

『何で?』

『陳大連が大王に告発した。その罪で処されたのだ』

『何の罪?』

『三国との密談。賄賂、収賄と』


 呆れかえるほど愚かな話。怒りが沸いてくる。


『そんな訳が無い。密談ならどこでもやっている。国のためだ。光村様は財など興味も無い』

『わかっている。だが、何を言っても聞かぬのだ。去ると』

『じゃあ、皆の兵を。あの兵を使って大王と、あの男に』

『それは師悟殿も言った。皆も。しかし皆を国賊にしたくない、己もなりたくないと言い、だから去ると』

『何でだよ。光村様は、今は』

『去った。服織が付いている。大丈夫だ』

『…服織?織部司の、何で?』

『光村様の影だ。もはや』


 何で?何でだよ。光村様…。


 どうにか頼み込んで繋ぎを付けてもらった。どうしても、会いたかったのだ。

月明りのみの時間、小さな家に光村様は居た。


『光村様』


 声を掛ける。気配でわかっている。互いに。顔は良く見えないが驚いた気配がする。


『溌、どうしてここが』

『頼んだ。どうしても』

『…柳か』*吹の父

『何で、何で』

『溌』


 縋りつくが、目を合わせてくれない。光村様は俯き、小さく声を出す。それに構わず


『罪など無い。俺らを使ってくれ』

『溌』

『国を安定させたいんだろう。力を使ってくれ』


 俺の言葉に哀しそうな気配を感じる。


『その力でそなた達は苦しんだ。すまぬ』

『光村様』

『もう良いのだ。私は』


 すべて諦め、深い絶望の声。どうしようも無く、哀しく、夜が明けるまでずっと縋りついていた。


 光村様が失脚し、追放されて三十年が経った。一度も会う事が無かった。ずっと探している。皆も。だが、誰も見つけられていない。

 そんなある日


『光村様から知らせが来た』


 あっさりと言う父に一瞬意識が飛ぶが、すぐに戻る。


『五大氏族すべて集めると。行ってくる』

『俺も』

『長だけと厳命されている。ここで待て』


 付いて行きたかったが最帆が留守をしている。責を負う者が居なければ危うい。まだまだ間者は出て来るのだ。


 翌日、父は戻って来た。そして


『何て言った?』

『兵を使ってほしいと』

『!とうとう』


 驚き詰め寄る。期待したが首を横に振られる。


『いや、今では無い。己のためでも無い』

『じゃあ、何?』

『忠臣を継ぐ唯一様に』


 困惑した。


『誰それ?』

『曽孫様だ』

『曽孫…。居た?』


 光村様が婚姻したのは知っているが屋敷に帰った処を見た事が無い。噂で息子が二人。孫は四人か。…余計な事をしたのが居たな。考えていると父が話す。


『一人だけ。当主と言うか総領姫が財を積み産ませた子らしい』

『嫡子では無いだろう。その産まれでは』

『その子しか出来んだろう。嫡子だ。光村様が怒るぞ』

『…その曽孫が唯一?』

『そう言っている。証明したいと言っているそうだ』

『証明?』

『光村様が守ったものを守り、光村様が忠臣だと証明したいと』


 目を見開く。昏く濁ったと聞く大知の血に、そんな事を言う奴がいたのかと思った。


『いくつ?』


 いくら何でも成人前、どのくらいかと思ったら


『七つだ』

『七つ?』

『誰に言われるまでも無く自分で考えて決めたそうだ。光村様が皆に跪いて頼んで来た。いつか必ず死地に送られる。その時に使ってほしいと』

『そこまで、そんなに』

『ああ。熟練殿も師悟殿も認めた。曽孫様の才を』

『会ったんだ』


 何か悔しい。どちらも。


『ああ。才があり、信を持ち、心根が光村様によく似た子だそうだ』

『…』

『光村様も心から思っている。とても大切な存在なのだと、そう感じた』


 何も言え無い。何か悔しい。


『…来るの?そんな時。子どもだろう』

『光村様の言う事が信じられんのか?』

『名は?唯一の』

『大知先人様だ』


 どんな奴だ?光村様の唯一は



 それから一年が経ち、外に出ようと門の前に行くと文が置いてあった。裏を見ると〝光〟

慌てて見る。すると


〝 大知光村、大王の命により 〟


 震え、文を落とす。様子がおかしいと思った使用人が父を呼んでくる。落ちた文を見た父は俺を見る。


『…溌』

『戦だ、戦だ!』


 暴れ出しそうになる俺を抑える父。


『溌!』

『すべて奪って命まで。決して赦さぬ。決して』

『唯一様が居る』

『そいつが叶えてくれるのか。出来るのか』


 父の腕の力にもがき、叫ぶ。父も強く叫ぶ。


『溌。光村様に従ってくれ』


 国を、民を、守る。それが意思。わかっている。わかっているが、もう、空っぽなのだ。



 少し前に父が亡くなり、五大氏族・味氏の長となった。

 味の国は相変わらず。穏やかな日々。息子はとっくに当主だし、孫はすくすく育っている。まあ、気性は私に似ているが、何事も無く居れば出て来る事も無い。狂いの血は、もう。

 都は陳大連と綜大臣が大王を支えているらしい。仲は良く無いが。あの男も、今の綜大臣の父とは仲が良いとは言えなかったのに。


(関係無いが…)


 考えていると最帆が急いで現れた。


『父上』

『どうした?』

『文が、陳氏からです』


 奪い取る。


〝 味様 我に力をお貸しください。国の安寧のため、綜大臣を倒す力を 〟


『父上?』

『ははははは。これを、私に、…愚かしいわ!』


 笑った。大声で。皆が戸惑っているのがわかる。だが、それでも、笑うしかない。何故これを送れたのか。私に。ひとしきり笑い、そして、止まる。


『 ―戦だ』


 主を奪いし者ら、決して赦さぬ。

 戦準備を始めた。する気の無い者は去るように言ったが皆去らなかった。

 しばらくして、宗殿と熟練殿が来た。三人で部屋に居る。


『戦準備をしているそうだな』

『そうだ』


 宗殿の問いにすぐに答える。都の口調が崩れているなと思いつつ見つめると哀しそうな顔をしている。熟練が続ける。


『今ならまだ間に合う。気付かれる事無く終わる。やめるのだ』


 諭すような言葉に首を横に振る。


『都に出てどうする?』


 宗殿の言葉に目が血走る。狂っている。もう、


『すべて滅ぼす。どいつもこいつもすべて奪う。奪いつくしてそれでもまた得ようとする。耐えるのも飽きた。もう、これでいい』

『光村様のために、あの御方を国賊にするつもりか』


 熟練様の声も入らない。


『聞き飽きた。あの世で謝る。赦してくれなくても謝る。我慢したぞ。これでも』

『溌殿。私も同じだ』


 哀しい顔のまま話す宗殿に目を向ける。


『なら、放っておいてくれ』

『だが、光村様の守って来たものを壊す事など出来無い。国のためにすべて捧げて来たあの御方のつくりしものを壊す事など赦され無いのだ』

『宗殿。俺はもう、そうは思えないんだ。ずっと守って来た。だけど、主はもういない。空っぽなのだ』

『溌殿』


 宗殿が何かを言おうとするのを遮り、立つ。


『もう行け。仲間と思われたら大変だ。後は頼む』


 そして部屋から出ようとすると、熟練様が静かに言った。


『光村様はすべて奪われた。だが一つあるではないか』

『…それは』

『唯一様。知っているだろう』

『そいつは、』


 幼子だ、忘れているだろうと口に出そうとすると熟練様が強く言う。


『服織殿から知らせを受け取っている。忘れていない。決して、忘れてなどいないのだ』


 体が止まる。動けない。忘れていない?本当に?


『奪うのか。お前が』


 驚き振り向く。熟練様が強く見つめている。宗殿も隣で頷いている。


『光村様から唯一様を奪うのか』

『そんな事、するわけが無い。これは、俺の、』

『そうなる。このまま戦になれば味氏反乱の理由が明かされる。そうなれば大知氏は終わりだ。唯一様も免れない。嫡子だからだ』


 沈黙する。


『お前に出来るのか』


 熟練様の言葉と同時に持っていた武器を落とす。大声で泣いた。泣き叫んだ。そして、やめた。



 出来る訳が無い。出来る訳が。すべて奪われた優しい人のたった一つを…





そしてまた月日が流れた


『父上。使用人が見つけました。屋敷の門前に名も無い文が』


 最帆の言葉にはっとする。裏には〝先〟…唯一は、大知先人。震える手で文を開く。

その様子に最帆は心配そうに見つめている。


〝 大知先人、大王の命により大将軍として居の国へ 〟


 父の言葉を思い出す


『光村様が皆に跪いて頼んで来た。いつか必ず死地に送られる。その時に使ってほしいと』


 ああ、来た。本当に


『父上?』

『ん?どうした。祖父様』


 息子と孫を見つめ、笑う。


『兵を出すぞ』

 文を見せる。

『!父上、ついに』

『来たのか。本当に』


 動いた。とうとう動いた。忘れてなどいなかった。光村様…




 青海の国で集まる事になった。とは言え、どんな奴なのか


『大知先人です』


 似てないな。顔は。覇気も感じられない。…少し、試すか


『侮辱は決して赦さん』


 うん。ごめん。同じ気迫。そっくりだ。光村様もそうだった。普段は穏やかで静か。怒る時だけやたらに怖い。…そうだった。そう


『大知光村の守りしものを守り、国を安寧に導き、その礎を築いた忠臣がいたことを証明したいのです』


 ああ、似ていた。同じだ。心根も、澄んだ目も





『怖く無いか?狂っているのだぞ』

『まったく。心から思って下さったから怒って下さっている。嬉しく思います』


 光村様も同じ事を言った。光村様がそう言ってくれたから、俺だけは、傷つける者らすべてに怒ろうと…。先人様、ありがとうございます。必ず、お守りします。貴方だけは、必ず。



過去での溌は成人したてで、光村は十六歳上です。二人は師と弟子のような関係です。溌は光村を心から慕っています。ちなみに、筆頭御記氏の長である宗と溌は同じ歳なので割と気安い関係ですが、仲が良いとは少し違います。光村を取り合っていたので。

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